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■ SIGN 〔2〕


 ラクスとミーア、それぞれの文字を比較して。
 確かに名前はそっくり同じに見えるが、他はまるで違うなと――ブリッジに集った面々の見解が合致したところで。
 護衛兼、証言者としてロアノークを伴い、コペルニクス当局へ赴いていたマリューが帰艦した。

『情報収集のため市街へ出ていたクルーが、知人からの “助けを求める手紙” に呼び出されて。向かった先で銃撃に遭った』 と。
 アカツキを緊急発進させた理由を、率直に。
 だが、当事者たる少年少女はひどく動揺していて、まだ詳細を聞き出せていない。だからもう少し待ってくださいと、ぼかした説明に終始……再出頭を約することにより、ひとまず了承を得たうえで。
 しかし与えられた猶予は、たった三時間――往復の距離を考えれば、実質は半分程度しかない。

「アスラン?」

 筆跡の差異に加え、いくらそっくりに整形しても、さすがに指紋は異なるはずだという意見に。
 皆の期待に満ちた眼差しは当然、この中では唯一、ミーア・キャンベルという少女を直接に知る青年へと向かうが、
「………いや。どこで会ったときも、あの衣装だった気がする」
 眉間に皺を寄せうつむいたアスランは、ぶつぶつと考え込み始めてしまった。
「ディオキアやジブラルタルで彼女が泊まっていた部屋なら、あるいはと思うが。こんな情勢下に、ザフト基地やプラント支持区が、オーブの調査員を受け入れるとは考えにくいし……どこのホテルも指紋云々と関係なく、手に触れる範囲は掃除されているだろうから」
 記憶を辿ってくれるのは良いが、どうにも覚束ない感じで。
 ミリアリアたちはともかく、どうにかしてコペルニクスのお偉方を、味方――とまでは行かずとも、せめて “危険なテロ集団” などと敵視されぬよう、事情くらい聞いてやろうという気になってもらえるように、話をつけなければならない立場にあるマリューは――彼が、なにか思い出すまで悠長に待ってもいられない。

 ラクスの手書きメモと、ミーアのカードを借り受けて。
 なにか判ったら連絡をちょうだいと、ばたばた慌しく出掛けていく彼女の後を、ロアノークも早足に追って行った。

 残ったクルーは再び、議論に戻り。
「いくらステージ衣装だからって……普通、朝から晩まで手袋したまま過ごすなんてことないよね?」
 つぶやくキラの反対側、アスランの真横に立って。
「そうですよっ! どこで会って、なにをしながら、どんな話してたのか全部ちゃんと思い出してください、アスランさん!」
 どうにも感情移入しやすいタチなんだろうか――詰め寄るように、握りこぶしの涙目で訴えるメイリン。
「忘れないでって。ミーアさん、そう言ってたじゃないですか!」
「…………ああ」
「このままじゃ、アークエンジェルが “プラントの歌姫” を誘拐して殺した、なんて話にされたり。もっと悪くしたら――ラクス様を誘き寄せる囮にされた彼女が、護衛だったはずの人たちに撃ち殺されたって訴えても――どうせオーブ政府が用意した偽の遺体だろうって、そんなふうに否定されかねませんよ?」
 アスランは、今にも自責の念とプレッシャーに押し潰されそうな形相で。
「開戦直後からずっと、あちこち駆け回って歌っていたことも。最期にラクス様を庇ったことも、ぜんぶ無かったことにされちゃうなんて……そんなの酷すぎるじゃないですか!」
「分かっている」
 時折、頭痛を堪えるように低く唸っている。
「指紋を照合出来れば、ミーアが――今ここに安置されている、遺体が――議長の歌姫として民衆の前に立っていた彼女本人だという、証拠にはなるだろう」
 懸命に思い出そうと努めているようだが、しかし。

(……あなた、カガリたちに、俺が調べてみるからって言ってたじゃない?)

 あの日、夕暮れの海辺で。
 敵の狙いはラクスだったと、キラが明言していたんだから。
 軍人としてミネルバに所属する以上、勝手気ままな行動は取れなかったとしても、せめて――アスハ邸襲撃に前後するタイミングで現れた、歌姫の代役を務める少女の言動くらいは、警戒しておくべきじゃなかったのか?
 ミーア自身は関与していなくとも。
 その周りにいる人間が疑わしいとは、容易に推測出来ること。
 フィアンセの肩書きは名ばかりで、ブラウン管越しにしか知らなかったというならまだしも、顔を合わせる機会は一度や二度じゃなかったようだし――彼なりに、注視してはいたのか? それでいてこの有り様なんだとしたら。
『あー、とにかく無理』
 ディアッカが、やけにキッパリと断言していた理由がよく解った。
 こういった諜報活動めいた仕事に、アスランは、能力がどうこうと言うより性格的に向いてないんだろう。

 見る限り、期待薄ではあるが……どうせ他に手段がある訳でもなし。
 ミリアリアも、シエルに協力を打診し終え、今は連絡を待つばかりだ。
 どのみち、マリューが戻るかオーブ政府から指示があるまでは待機なんだから、出来ることといえば対策会議くらいのもの。なにか他に打つ手はないだろうかと、グルグル考えながら――ふと傍らを見ると。

「……ラクス?」

 皆がガヤガヤと話し合っている中、うつむき黙考しているものと思われた少女は、ぼうっと視線を彷徨わせていて。
「は、はい? なんでしょうかっ?」
 声をかけられた数秒後に、ようやく反応してこっちを向いた。
「ごめんなさい、よく聞いていなくて――」
「え? ううん。べつに用があった訳じゃないんだけど……」
 本当に聞いてなかったんだなと拍子抜け、同時に、人前でぼんやりするところなんて初めて見たなと心配になった。
「疲れてるんだったら、部屋に戻って休んだ方がいいわよ?」
「お気遣いありがとうございます。だいじょうぶですわ、疲れてはいませんから」
 ラクスは、笑って首を振った。
 普段から微笑んでいるイメージが強い彼女だ、けれど、こんなときまで笑ってみせるのか?
 もし気持ちと表情が一致しておらず、“誰か” いるときはあくまで穏やかに振る舞うものと、条件反射のごとく身体に染み付いてしまっているんだとしたら――それはあんまり、幸せなことじゃないように思う。
「少しも眠くありませんし。マリューさんがお戻りになるまでに、もっと、これからすべきことを考えておかなくては……」
 でも、と。
「いくら考えても、なにも思いつけずにいるのに。あの手紙を示すことによって、コペルニクス当局の理解を得られるなら――」
 表情だけは笑顔のまま、淡いブルーの瞳を翳らせて。
「わたくしは……二度も、ミーアさんに助けてもらうことになるのですね」
 ぽつりぽつりと、弱音めいた呟きを落とす様は、やっぱり途方に暮れて泣いているように見えた。

「あなたを守ろうとして、飛び出したんでしょう? 彼女は――」

 いつものラクスなら、疲れてるみたいだなんて感じさせること自体、有り得ない。
 きっと、本人が自覚していないだけで。
 銃撃されたこと、ミーアをむざむざ死なせてしまったこと。しかも目の前で、自分を庇ってとあっては――受けた衝撃や心労は、相当なものに違いない。
 普通だったらショックで気絶して、そのまま寝込んでたっておかしくない事態だ。
 ラクス本人に断りもなく名前や姿を偽って。けれど確かに人々にとっては、慰めであり支えであったらしい事実に対する、想いも含めて。

「だったらせめて、ちゃんと助かって」

 私は、ミーア・キャンベルの人となりを知らないから。
 彼女の気持ちなんて、どこまで建前でどこから本心だったかなんて、解りっこない。

「命懸けでそうした意味を、消さずにいてくれなきゃ……あんまりじゃないかって、思うわよ」

 脳裏に浮かぶのは、霊安室に横たわる少女の姿じゃなくて。
 本当に言いたい相手は、ラクスじゃなくて――だからこそ言葉に出来ること。

「……私なら、だけどね」

 そうじゃなかったら、どうしたって詰る意味にしかならずに。
 どんなに時間が流れても、暗く濁った気持ちを完全には消せなくて――励ますつもりでも区切りをつける為だとしても、負担に思わせるに違いないから。
 肝心な人たちには、たぶん一生、言えないまま終わるだろうけど。

「そうですか……」
 柔らかく頷いた、ラクスは寂しげに独りごちた。
「あの方は、今――どう思っていらっしゃるのでしょうね」

 問いかける相手は死んでしまった。
 答えてくれるヒトは、もう、いないから。

 十数年で断たれてしまった命でも、生まれてきた意味はあった、出会えて良かったと……夢に見るあの人たちが、笑ってくれるなら。
 少しは救われるような、そんな気がする。

×××××


「……事情は分かりました。しかし、あなた方の話をすべて鵜呑みにすることも出来ません」
 重々しく告げた、警察局の長に。
「鑑識に回して調べさせますので、このカード類は預からせてもらえますかな?」
「ええ、依存ありません」
 マリューは、ひとまずホッと息を吐きつつ応じたが。
「我々も、サイン色紙や書類といった参考資料を探してみますので――」
「いや。それには及びません」
「え?」
「殺された少女の遺体が、今はアークエンジェルにあるという以上、第一発見者はあなた方であり。同時に、殺人事件の容疑者でもある」
 淡々と続けられた台詞に、言葉を失う。
「容疑者が持ち込んだものを、無条件に証拠品として扱うわけにもいきませんのでね。調査提出されるぶんには、そちらの自由ですが……我々は、物証のうちに数えませんよ」
 語調は柔らかいが、要するに、疑惑が晴れるまではおとなしく謹慎していた方が身の為だと。
「ラクス・クラインの筆跡鑑定、及び指紋の採取もこちらで行います」
 もしも再び、厄介事を呼び込むようなら。
「また、応戦が正当防衛であったとしても。この自由都市で要らぬトラブルの火種になるようであれば――我らも、市民の安全を最優先にした対応を取らざるを得ません」
 コペルニクスもアークエンジェルを、ひいてはオーブを敵と看做す。そういう意味だ。
「被害者の遺体も速やかに当局へ引き渡し、指定されたドックで待機なさっている限りは……あなた方が無実であるという前提の元、通常の捜査を行います」
 しかし国際社会においてオーブが、ほぼ孤立状態にあることを考えれば、この場で逮捕拘束されずに済んでいるだけ寛大な処置とも言える。
「ありがとうございます。クルーにもその旨伝え、徹底いたします」
 深々と頭を下げながら。ふと浮かんだ懸念に、マリューは眉をひそめる。
「ですが、どちらが本物かなどという調査を初めては、そちらの捜査員の方々まで――その。事の黒幕から敵視されて――場合によっては、プラントを敵に回すことに」
「コペルニクスは中立です。敵など、どこにもいませんよ」
 けれど相手は、あっさりと言い切って返した。
「強いて言うなら……争いを厭う人々が集ったこの街で、殺人事件などを起こした首謀者が、我々の敵です」

 二時間近くかかった事情聴取も、ひとまず、そこでお開きとなり。

「ああ、そうだ」
 丁寧に一礼して退室しかけたマリュー、続いて踵を返そうとしたロアノークは、思いがけない台詞に呼び止められた。
「差し支えなければ、ひとつ、本日伺ったお話の信憑性を試させてもらえますかな?」
「えっ?」
「ネオ・ロアノーク大佐? どうぞ、こちらへ――」
「……俺?」
 マリューは面食らい、ロアノークも困惑したように片眉を跳ね上げた。
 銃撃戦の舞台となった劇場で見聞きしたことこそ、直に彼から説明してもらったし。
 どこからか後になって知られ誤解を招くより、先に明かしていた方が良いだろうと―― “ファントムペインの大佐” をアークエンジェルに迎え入れた、経緯や理由も明かしていたけれど。他の質疑にはすべて自分が応じていたのに。
(試すって、どうやって……?)
 唐突な申し出に首をひねるも。差し支えなければ、などと前置きされたところで、自分たちに拒否権はあって無いようなものだ。

 促されるまま従って入った先は、取調室なんだろうか――机とデスクライト、あとはイスくらいしか置かれていない、妙にがらんとした部屋で。
 その机には、黒っぽい箱のような物が乗っていた。

(……なに、これ?)

 どう角度を変えても、家庭用サイズの金庫に見える。
「…………」
 ロアノークは無言だったが、その表情からも、なんだこれという不審感がありありと感じ取れた。
「簡単な、そうですね――テストとでも思ってください。単純な数式ですよ」
 ここまで案内してきた男が、苦笑まじりに、こちらの疑問に答えるどころかますます困惑させるようなことを言い放つ。

「ラミアス艦長の話が嘘偽りでないのなら。あなたは、この鍵を開けられるはずです」



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コペルニクスのイメージが、スイスゆえ。エンディングに向けてプチ捏造伏線をば。ロアノークというかフラガさん。どっからどう考えても死刑台行きの彼が極刑を免れる道って、ひとつしか無いと思うんですよね。