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■ 君に、伝え遺されし 〔2〕


 アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスの来訪と前後するタイミングで。
 ザフト軍からも “協力” を求める一報が入った。

『活動休止宣言後、静養も兼ねてコペルニクスに滞在していたラクス様が、アークエンジェル一派に襲われました』

 現場は八番街。
 数年前に閉鎖された、野外劇場。

『捜索隊が駆けつけたときには、すでに手遅れで……付き人やボディーガードは全員殺されており』

 遺品となった、マネージャーの手帳を調べたところ。

 表舞台から離れざるを得なくなった歌姫が、せめて新曲作りに専念出来るよう。
 誰にも気兼ねなく歌え、パパラッチなどに付き纏われずに済むような、静かな創作環境をと―― 『新人アイドルの、プロモーションビデオ撮影のため』 として、借り受けた場所らしかったが。

『場内に、ラクス様のお姿はありませんでした。敵に連れ去られたものと思われます』

 さらには証拠隠滅を図ったんだろう。
 警備会社の監視カメラやモニター室は、見る影もなく破壊されていたが……歌姫を襲った “殺人犯” の顔は、どうにか無事だった映像から確認出来た。
 ロゴス支援国家と共に在る、などと言い放ち、ラクス・クラインの名を貶めた娘。元連合兵と思しき男。
 だが、そんな輩より何より嘆かわしいことに。

『我が軍を裏切り、オーブへ逃げ込んだアスラン・ザラ、及びメイリン・ホーク。おそらく、そちらへ入港したと噂のアークエンジェルに乗っていたのでしょうが――』

 ……入港させたコペルニクスに非があるとでも?
 受信したオペレーターは、相手方の物言いに少々かちんと来たのだが、もちろんそんな反感は億尾にも出さず仕事を続けた。

 要は、オーブ軍籍を得ても、実質テロリストと変わらぬ連中を。
 逮捕拘束しろとまでは言わないが――せめて、コペルニクスから追い出してくれないかと。
 ザフトが強制捜査に踏み切れば、あちらも武力を以って抵抗するだろうから。
 プラントとしても、中立都市を戦場にしてしまう事態は避けたいが、このままではラクス様の安否すら確かめられない……と。


 そうして対立する両国、それぞれの言い分を検証するため。
 警察局に籍を置く者たちは、自ら調査に向かい、諸外国に滞在する部下や知人と連絡を取り合って――


「……迷惑さ加減では、どちらも大差ありませんがね」
「この街を巻き込むつもりが無いのなら、そもそも護衛が欠かせないようなVIPの休暇滞在先に、コペルニクスを選ぶなという話ですよ」

 調査結果が続々と届きつつある、当局の一室で。
 報告を受ける立場にある者たちは、苦笑いを交わしていた。

〔八番街、野外劇場です〕
〔撃たれた歌姫が倒れたと思われる位置から、わずかながらルミノール反応が出ました。採取完了〕

 ひとつ聞き終えれば、またすぐに別のコール音が。

〔二課チームです。ラクス・クラインが宿泊していたという、ザフトの保養施設に到着しました〕
〔これから検証に入ります。案内役のザフト兵、三名が一緒です〕

 次から次に鳴り響き、座して待つ側とはいえ休む間も無い。

〔鑑識です。例の筆跡についてですが、興味深い結果が出ましたよ〕
「なんだ、思ったより早かったな」
 受話器を取った壮年の警部は、意外に思いつつ応じた。
「官公庁に保管されていた書類はまだしも、ファンの所有物なんて、理由も無く見せてくれと頼んだところで怪しまれるだけだろう? いったい何人に依頼を回した? まさか割り当てられた捜査費を使い切ったんじゃあるまいな」
〔たいした手間はかかりませんでしたよ。偽者騒動の直後から、ネットオークションに偽のサイン入りグッズが出回るようになったので、入手経路が確かなものを参考にしたい、といったふうに――尤もらしい理由をつけて頼めば、見せるだけならと比較的に簡単にいったそうです〕
 さすがに貸してくれと言えば渋られたろうが……現時点では、無理に借り受ける必要も無い。
 その場ではケータイカメラに映すか、コンビニでコピーでも取って。
 どこの誰の持ち物かとチェックを入れておけば済むことだ。
〔効率良く集められたのは、やはりディオキアですね。以前ハイジャック騒ぎがあったという空港では、偽者と本物、二種類まとめて手に入りましたから〕
「それで?」
〔 “助けて!! 私、殺される――” でしたか? あのカード自体は、正直、参考資料になりません〕
 サイン色紙に併記された一行程度のメッセージに、“助けて” なんてフレーズが、そうそう都合良く残っていることは無かったし。
 仮に見つかったとしても、比較検証するには複数が必要になってくる。
〔ただ、C.E70年より前に、ラクス・クラインが記した公文書の署名や、当時のファンが所有していた物の、筆跡と――今の “オーブの歌姫” が書いた文字は、全体的に少し、違っています〕
「……では、オーブ側が偽者と?」
〔そういう意味じゃありませんよ。数年も経てば、多少は変わるものでしょう? いくら同じ人間の筆跡といっても〕

 ふむ、と唸り。
 警部は、まだ育ち盛りの学生である、息子と娘に想いを馳せる。

 大掃除のときなど、ふとした折に。
 子供たちが授業中に取ったノートを見つけ、ぱらぱら捲ってみると――2、3年前のものと最近のものでは、子供っぽい字が大人らしくなってきたとでも言うのか――確かに、若干の変化があった。

〔逆に、ここ数ヶ月、各地で活動していた “プラントの歌姫” の筆跡は……サインこそ、昔のものと、ほぼ完全に一致しましたが〕
 そうしている間にも部下からの報告は、淡々と続いていた。
〔色紙に書き添えた、メッセージの類――名前以外の文中では、文字の書き癖がまったく異なる。別人の筆跡ですね〕
「うーむ……」

 たとえば。
 アルファベットで “Lacus” と記す筆跡だけは、昔と寸分違わずにいながら。
 “Thank you” と書いたときの 『 a 』 や 『 u 』 が、名前を書くときの綴り方と、あきらかに違っている――そういうことか。

 どちらが人間の変化として自然であり、逆に不自然かは……まあ、考えるまでもない。

×××××


「思い出したって――本当? アスラン君?」

 マリュー帰艦後、再びブリッジに集ったクルーの前で。

「はい。開戦直前というか、直後というか……とにかくプラントへ渡った、初日に、ミーアと会って」
 アスランは、おぼろげな記憶を辿るようにゆっくりとした口調で、
「一緒に食事をと誘われていった、レストランのVIPルームで。彼女は――メニューを直に、手に持っていました」
 それでも、はっきりと言い切ってみせた。
「店内清掃時に拭き取られている可能性の方が高いか、とは思いますが。テーブルやグラスほど徹底して、拭いたり洗ったりするものではないでしょうから……」
 そこにミーア・キャンベルの指紋が残っているかもしれない。
「――そう。当局の捜査員が、見つけてくれると良いのだけれど」
「疑われる立場にある以上、仕方ないんでしょうが……こうして待つしかないというのも辛いですね」
 マリューやノイマンの呟きに、皆が頷き同意を示す中。

(あれから、ずっと考えてたんだ……?)

 ミリアリアは、内心かなり驚いて、アスランの横顔を窺っていた。
 もちろん個人差はあるだろうが、すぐに思い出せないようなことは、いくら時間をかけても思い出せずに終わることの方が断然多い。根気も要るし、なにより喉元まで出かかって出て来ない感じが、気持ち悪くて疲れるものだ。
 今までが、ことごとく肩透かしな結末に終わっていたから、期待する気も失せていたというのが正直なところで――だけど。
(……良くも悪くも真面目なヒト、なのよね。やっぱり)
 これが証拠に繋がるかどうかは、今の時点では分からないけれど――そういった話は抜きにして。
 
 ちょっと、見直した。





 それから、約一時間後。
 ミーアの遺体は、コペルニクス当局へ移送されていった。

 撃ち抜かれ血に染まった、黒い服ではなく……白いドレスにその身を包まれて。

 警察によって検死されることを前提にするなら、着衣は、そのままにしておくべきだったんだろうが――襟元の詰まった上着と、ミニスカートにハイソックス、なんて格好のまま当局へ引き渡しては――外傷を調べるには、どうしたって脱がさざるを得ないだろう。
 男女比が男に偏っているのは、どこの警察も変わらない。
 容疑者でもある自分たちは、当局に対して、あれこれ指図できる立場に非ず。
 被害者が少女だから、というような配慮は、あちらの厚意に期待するしかないし……それだって、女性検死官がいなければ無理な話だ。
 ただでさえ助けられずに死なせてしまい、こちらの都合で、遺体を弄り回されると判っているところへ引き渡すのだから。
『せめて、これくらいは――』 と、ラクスが訴え。
 クルーの中には、当局の心証を悪くするだけだと渋る者もあったが。

 どのみち、撃たれた傷痕はひとつきり。
 着替えさせたくらいで、検死結果を左右することも無いだろうと……最終的には、皆が同意した。

 そうして、棺に納められたミーアが纏っていたのは。
 やや厚めの生地で作られた、ほんのり紅を差したような白のロングドレスだった。
 ツーピースタイプだから、腹部を貫通した銃痕は、ぜんぶ脱がせたりしなくてもトップスを少し捲り上げるだけで確かめられる。

 指定の時間が過ぎても “情報提供者” が、現れず。
 ちょっとだけ息抜きにと立ち寄ったショッピングモールで、ラクスが気に入り、購入したものだそうだ。

 軍艦であるアークエンジェルには、他に、ミーアに似合う服などあるはずもなかったし――街へ買いにいける状況でもなくなってしまった、けれど。
 ラクスが好むようなシンプルなドレスと、白い造花に飾られた少女は……ますますラクスと見分けがつかなくなって。
 そのことをミーアがどう思うかと考えても、やはりミリアリアには分からなかった。



「……キラ?」

 移送されていくミーアを見送り、しばらく経って。

「まだ見えるの? 車」
 通路の窓から外を眺めている人影に、さすがにそれは無いだろうと思いつつ声をかけた。
「昔――」
 苦笑して、首を横に振ったキラは、
「お父さんが殺されたって、そのとき……初めて、ラクスが泣くところ、見たんだ」
 ぽつりぽつり、聞かせるともなしに呟いた。
「それっきりで。あんまり泣かない方なのかなって、思ってたけど」
 あまり素の感情を表に出さない、泣きそうにないという印象は同じだったから、ミリアリアは黙って頷く。
「……あの子が殺されたとき、ずっと泣いて」
 泣きながら帰って来たという話は、チャンドラから聞いていたけれど。
「アスランも、メイリンも……泣いてた」
 自分が艦に戻ってきたときはもう、三人とも落ち着きを取り戻していて――そもそも、彼女たちが泣いていたという話に戸惑ったくらいだ。
「僕は、全然泣けなかった」
 なにがあったのかというクルーの問いに、一人、冷静に受け答えしていたという同級生は、自嘲気味に目を伏せる。
「……冷たいね」
「冷たいわね、私も」
 ミリアリアは肩をすくめ、応えた。
「ミーアさんの亡骸、眺めながら。なにかラクスが本物だって証明する方法、他に無いかって、そんなことばっかり考えてたもの。薄情ったらないわよねー」
「え? えーと……」
 言葉に詰まり、バツが悪そうに項垂れて。
「ごめん」
「なにが?」
 こちらが微苦笑を返せばようやく、つられるように少し笑って、窓の外へ視線を戻す。

 ラクスや、アスランが泣いてくれたことは、ミーアも嬉しかったんじゃないかと思うけど。
 選んだ道の結果を、赤の他人に同情されたり哀れまれたりは――自分だったら、されたくないし。どっちみち私は、彼女のためには泣けそうもないから。

(……この仕事が終わったら、運転免許取りに行くの)

 最後に、忘れないでと願ったらしいから。
 彼女のバッグから出てきたという、ディスクに録音されていたもの。
 この先、街中で流れたりすることは無いだろう――ラクスの曲でも、それをアレンジしたものでもない、ミーア自身の。

“誰かが我を通せば、必ず押し退けられるものがある。モノか、気持ちか、それは判らんがな――”

 自分たちが、濡れ衣を晴らそう、誰かの嘘を暴こうと足掻いた結果――死に追いやってしまった少女に。

(あなたの歌かけて、走るから……)

 約束出来ることなんて、それくらい。
 ごめんね。

 さよなら。



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見る限り胸に傷はなかったから、頭を除けば他に急所って腹部ですよね……? 余談ですが、筆跡云々書いてる最中、昔ジャンプで連載してたアウターゾーンってマンガの、アンドロイド暴走話を思い出しました。