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■ BACKSTAGE 〔1〕


 ――深夜。
 プラント首都アプリリウス、展望レストラン。

「ほう。出張で、こちらへ?」
「ええ。人使いが荒い上司でねぇ……参りますよ」
「朝から晩まで仕事漬けの毎日。普段は車なもんで、平日から酒は呑めないし――他に気晴らしといったら、好きな音楽をカーオーディオで聴きながら走るくらいだってのに」
 カウンターバーに座った二人組が、くだをまいていた。
「せっかく活動再開してらしたラクス様は、オーブの所為で、まったくTVに出て来なくなっちまうしさぁ」
「しかしまあ、先日、ダイダロス基地が制圧されたんですから。アルザッヘルが降伏するのも時間の問題でしょう」
 初老のバーテンダーは、グラスを磨く手を休めることなく穏やかに応じる。
「きっとまた、すぐに聴けるようになりますよ」
「そう願いたいですね」
「あーあ。次の新曲、いつ出るんだろうなぁ……」
 ぼやきつつ突っ伏した連れを横目で見やり、苦笑した男が、ふと思い出したように問いかけた。
「そう言えば、マスター」
「はい?」
「何ヶ月か前に、ここへラクス様が食事に来てたって噂を聞いたんですが――本当に?」
「え、なんだよそれ? そんな話どこで!?」
「ファンサイトで、ちらっと」
「どうなんですかマスター! 直筆サインもらったとか? もしかして一緒に記念撮影しちゃったり?」
 とたんにガバリと跳ね起きた、愚痴っぽい客の勢いに目を丸くしつつ、
「残念ながら、私はお会いしていないんですよ。お越しになったのは、もっと早い時間だったそうですから」
 バーテンダーは笑って肩をすくめ、人差し指をひょいと天井へ向けた。
「お座りになった席も、ここじゃありません。上階のVIPルームです」
「ああ、そりゃ仕方ないですよね。一般客に見つかればサイン攻めに遭って、ゆっくりディナーを楽しむどころじゃなくなるでしょうから」
「ええ。ちょうど勤務中だったシェフやボーイたちは、ひとしきり厨房で揉めていたらしいですよ。誰が料理を作るか、誰がテーブルに運ぶか……最終的にはジャンケンの、勝ち抜き戦をやったとか」
「あはは、熱いですねー」
「しかし、そんな噂をご存知ということは、お客様もファンなのでしょう?」
「まあ普通に。けど、その人たちや、こいつには敵いませんよ」
 こいつ、と。
 親指で指された男は、らんらんと目を輝かせカウンターに身を乗り出している。
「VIPルーム? そこって俺たちも入れる?」
「今は空いておりますよ。ただ、ルームチャージ料をお支払いただくようになりますが」
「うげ。これだから、高級レストランってやつは――ちなみに幾ら?」
「当店のパンフレットでございます。ご参考までに」
 にこやかに提示されたパンフレットを、どれどれと興味深げに捲った男は、
「有り金はたいても足りねーし!」
 再び、今度は頭を抱えてカウンターに突っ伏した。
「個人的には、中を見るだけなら……と申し上げたいところですが。そうも参りませんので、申し訳ございません」
「いいえ。こいつ共々、出直してくることにします」
「お待ちしておりますよ。ああ、そうだ」
「?」
「VIPルームへはお通し出来ませんが。メニューは、ご覧いただけますよ」
「メニュー?」
「ええ。そこの壁に掛かっているでしょう」
 言われて目を凝らすと、確かに、木製フレームに縁取られたメニュー表があった。
「ラクス様がお座りになったテーブルの物を、ご来店の記念にと――ああして飾っているんですよ」
 そこで、いったん言葉を切り。
「家宝にするんだと言っていたのは、支配人だったかね?」
「そうですよ。なにしろ、歌姫自ら手に持って!」
 首をひねったマスターの問いに、テーブル席を拭いていたボーイが笑顔で答える。
「あのメニュー表を、こう、ぎゅーっと胸に抱きしめて。楽しそうにはしゃいでいらしたんですから……あー、可愛かったなぁ」
 つぶやく表情は、今にも蕩けそうだ。
「あなたが接客されたんですか?」
「フルコースの配膳係は他のボーイに取られまして。水をお持ちするときに、少しだけ」
「お一人で夕食ってことはないよなぁ――誰と一緒だったんだ? はしゃいでたって、どんな話を?」
「さあ? 僕が入っていったところで会話は中断されましたから。仮に聞いていたとしても、そこまではお答え出来ませんけれど」
「ちぇ」
 けっこうなラクスファンと思しきボーイだが、ノリが良さそうな反面そこそこ口は堅かった。
「しっかし、プレミアもんだなぁ。ラクス様が、直に触れて抱きしめて? ……俺もメニューになりてぇ」
 酔いが回り出したか、真顔で阿呆なことをのたまう輩に
「いや。プレミアってことは無いだろう」
 連れの男が、生暖かい目を向けて言う。
「なにもラクス様の私物って訳じゃないんだ。それに手袋してちゃ、触った痕跡なんて残ってないだろ」
「レディがそんな、無作法なことする訳ないじゃないですか」
 すかさず反論したのは、ラクス・クラインを至近距離で見る機会があったというボーイで。
「お仕事帰りだったらしく、ステージ衣装のままでしたけれど――食事中には、もちろん外されていましたよ。手袋は」
 なるほど、と相槌を打った二人連れが。
「……それじゃ記念に、ラクス様と同じものを頼むか!」
「さすがにメインディッシュ系は、もう腹に入らないからな。なにか酒のアテになりそうな――」
 熱心にメニューを眺めながら満足げに笑う様を、不審に思う従業員は、このレストランにはいなかった。


「とりあえず一箇所確保、だな」
「アプリリウスまで出向いた甲斐はあった、ってとこか――わざわざ頼まなくても、大事に取っといてくれそうだしな」


 日付が変わる直前に店を出た、二人組は。
 コートの襟を立て、ぶらぶらと夜道を歩きながら話し続ける。


「後は……そういや、例の “テスト” ってどうなった? なにか聞いてるか?」
「ああ。マリュー・ラミアスに付いて来たんで、試させたけど失敗したってよ――夕方、電話したときに警部が言ってた」
「じゃ、ファントムペインの記憶云々って話はデタラメか?」
「いや。それが途中までは簡単に行って、ラストワードの寸前で止まったらしい」
「途中まで?」
「そう。まったくダメなら、艦長の嘘だったで片付けられるんだろうけどな」
「ツァイス弁護士も同席したんだろ? なんだって?」
「故意にしろ、無意識にしろ……開けられなかった理由が、あれを開けたくなかったからだとすれば。むしろ本物らしい気がするってさ」

×××××


 ――明け方。
 プラント首都アプリリウス、国防本部。

「本当に良いんですか? シュライバー委員長からは、なにも……」
「良いも悪いもあるか! 議長の補佐として “メサイア” にいらっしゃる、ジェセック議員からの指示だぞ」
「しかし、まだ現場検証中なのでは――」
「第一報が入ってから、どれだけ経ったと思っている? これ以上なにを調べると言うんだ」
 ためらう部下たちを前に、イライラと声を荒げる白服が一人。
「破損して断片的な代物とはいえ、あれほど証拠が残っていれば充分だろう!? 銃を乱射する裏切り者ども! 殺されていたボディーガード! 奴らに撃たれたラクス様の安否すら、未だ判らん」
 野外劇場にて押収された、監視カメラの記録映像は、プラント本国へも転送されて来ていた。
「即死を免れたなら、一刻も早く病院へお連れせねばならんというのに……いつになるかも分からん当局の回答など、待っておれるか!」
 マネージャーたちの遺体は、捜索隊によって回収されたが。
 そこに、真っ先に保護されるべき歌姫の姿は無く。
「いくらオーブの技術力が高くとも、軍艦の医療設備では限界があるだろう。適切な治療を施しているかも疑わしいが」

 連れ去られ、アークエンジェルに監禁されているに違いないという見解は、政府・軍部ともに一致したが。

 たかが一隻とはいえ、あの “フリーダム” に加え、オーブ戦で確認された “ジャスティス” ――さらにはビームを弾く特殊装甲を備えた、黄金のモビルスーツをも搭載していると予想される、不沈艦が相手とあっては。
 おとなしくラクスを返すとは到底考えられず。
 ザフトが強制捜査に向かえば、その場で戦闘になり、一般市民を巻き添えにしてしまう可能性が高いと。
 政府は真っ先に、コペルニクス当局へ、アークエンジェルに対して国外退去を命じてくれるよう協力を求たのだが……。
『事実確認後、回答する』
 判断対処を保留され、これといった進展もないまま時計の針だけが刻々と回っていく。
 捜査に従事している者には、たった一時間、たかが一日かもしれないが。
 事態を知りながら待機を強いられている側――それも熱心なラクスファンが多い、ザフト軍人にしてみれば堪ったものではない。

“もたもたしている間に、手遅れになったら”
“もしも、あれが致命傷だったら……”
“早く強制捜査に踏み切らないと、オーブの連中に、証拠隠滅の時間を与えてやるだけじゃないか?”
“そもそも連中には、ラクス様を助ける理由が無いだろう”

 敵に撃たれたと報されながら、きっと助かっているなどと楽観的に考えられはしない。
 悪い想像と不安ばかりが肥大化していく。

“なにも、マネージャーたちの殺害が目的だったわけじゃないだろう。ラクス様のお命を狙いに来たに決まっている”
“ペットロボットに発信器が仕掛けられていたんだって?”

 遺体損壊、遺棄。
 そうしてプラントの歌姫を、ラクス・クラインを葬ってしまえば。

“また、あの偽歌姫が出てくるんだろうよ。すまし顔で自分が本物だって、アスハ代表にくっついて――”

 おそらくもう、ラクス様は殺されているだろうと。
 誰もが考えながら、その一言は暗黙のうちに禁句となっていた。
 長かった戦争にようやく、勝利という希望が現実味を帯びて見え始めた矢先に、 『歌姫が殺された』 などと噂が広まっては……どんな騒ぎになるか判ったものではない。
 プラント市民はパニックを起しかねず、一般兵の士気にも影響するだろう。

 まだ生死の確認は取れていない。
 だが、殺されているとなれば――伝え方を選ばねばならない。
 ロゴスに与する者への怒りを “力” に変え。

 歌姫に捧げる、恒久の平和へと繋がる道を切り開く、完全勝利を手にする為にも。

 だからこそ慎重に進めたがる、評議会の心情も解らなくはない。
 しかし現場の人間にしてみれば、とにもかくにも後手に回りすぎである。

 ラクス・クラインが襲われて。
 撃った連中には、裏切り者の脱走兵が含まれており、そいつらが今どこにいるかも明白だ。
 アークエンジェルが中立都市に停泊しているからという、ただそれだけの理由で、殺人犯を野放しにしておくなど愚の骨頂としか思えない。

「そもそも、中立と言い続けて来たオーブが、蓋を開けてみればあの有り様だったんだ……この情勢下でアークエンジェルの寄港など認めおった、コペルニクスも信用ならん」
「確かに――」

 同調の空気が広がっていく、オペレータールームを見渡して。

「とにかく本日、議長が、世界平和の為のプラン導入を発表する」
 司令官は、厳かに告げた。
「おとなしく地球連合が降伏すれば、それで良し。逆らえばアルザッヘルを撃つ」
「……どんな奇策に出るか、分かったものじゃありませんからね。奴らは」

 ヤヌアリウス、ディセンベルが一瞬にして切り裂かれた、悪夢のような情景は未だ記憶に新しい。
 ダイダロス基地の “レクイエム” は押さえたが、まだなにか大量破壊兵器を、アルザッヘルに隠し持っていないとも限らない。

「オーブに関しても同じだ。逆らえば、行政府を撃つ。だが、その前に――全軍へ公表するんだ。良いな?」

 アークエンジェル一派にラクス様が殺された。
 特に裏切り者のアスラン・ザラ、メイリン・ホークを許しておくなと。



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あの衣装デザインも議長の指示だったとしたら、すごいなーと思うのです。まず真っ先に胸とかハイレグとかに目線が行って、常に手袋してる理由が、指紋を残さない為だなんて誰も思うまい……。そしてこの時間軸 (プラン発表直前) プラント政府内じゃ、誰がどーいう動きをしてたのか……謎。激しく不明。平均文量書くのに普段の倍かかりましたぞ。