■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

NEXT TOP


■ BACKSTAGE 〔2〕


 コペルニクス市街のビジネスホテル、地下深く。
「――ええ。いーわよ、そんなの捨てちゃって。まあ、保険として取っとくのも悪くはないけど」
 イスに凭れて脚を組み、通信機に向かう女が一人。
「血が滲んだ包帯なんて不衛生だし? あのボーヤたちが敵になることは、まず無いでしょうから」
 仲間からの問いに、愉しげに答えながら、
「そ。こっちで会って話した……のは、私じゃないけどね。牽制ついでに、若い子からかって遊ぼうかと思ってたけど、しゃしゃり出る必要も無かったわ」
 横目に睨んだディスプレイの中には、黒髪の男が一人。

〔私は、人類存亡を賭けた最後の防衛策として―― “デスティニープラン” の導入実行を、今ここに宣言いたします!〕

 それが、繰り返される悲劇を止める唯一の方法だと。
 全世界へ向けて高らかに告げる、ギルバート・デュランダルの姿があった。



〔デスティニープランは、我々コーディネイターがこれまでに培ってきた遺伝子工学の全て。また、現在最高水準の技術を以て施行する、究極の人類救済システムです〕



 ……とあるTV局の、控え室。
〔ヒトは、その資質の全て。性格、知能、才能――また、重篤な疾病原因の有無の情報も、本来体内に持っています〕
 番組収録に訪れていたタッド・エルスマンは、瞑目したまま、
〔今のあなたは、不当に扱われているかもしれない。誰も、あなた自身すら知らないまま、貴重なあなたの才能が開花せずにいるのかもしれない。それは人類全体にとっても非常に大きな損失なのです〕
 柔らかな電子音声が語り続ける概要を、これといった感慨もなく聞いていた。
「同じですか? ……メンデルで研究されていた、当時のプランと」
「変わっていないように思えるがね」
 アイリーン・カナーバの声に顔を上げ、少し考えて答える。
「適性を調べて、人生の選択をもっと効率良く行おうじゃないかという、主旨そのものに大した危険は無い。問題にすべきは――如何にして導入・維持管理システムを構築するつもりでいるかだ」

 以前、夢物語と断じられた理由は、デュランダルも忘れてはいないだろう。
 ヒトは到底、世界の為になど生きられるものではないと……あの日、壇上に立ち、結論を示したのは他ならぬ自分だったが。
 致命的欠陥と思われた、矛盾の。
 一般市民に訊かれても堂々と答えられるような解決策を、すでに見つけ出しているなら。本人の希望とのズレ、需要と供給の兼ね合い、肉体労働・夜勤など就労を嫌がる者が多い仕事を誰に担わせるのか――予想されるトラブルへの対処法まで、きっちり指し示すはずだ。
 プラス面だけを饒舌に、マイナス面には言及せず済まそうとするなら。
 それは変革でも何でもなく平和主義の仮面をかぶった、独裁政治の到来を予感させる代物でしかない。

「とりあえず、その辺りを第三者に突っ込んでもらう手筈は整えているから。私たちは普段どおり、ほどほどに、受け持ちの番組を盛り上げて行くとしようか」
「整えた……いったい、いつの間に?」
「とうの昔に」
 驚くカナーバに、タッドは軽く笑い返した。
「蛇の道は蛇。こういった情報戦の駆け引きも、プロに任せるに限るだろう?」
 そうこうしている間にも、プラント内外における遺伝子検査の受付窓口について、所在地や問合せ先などの案内放送は途切れることなく――



〔私たちは自分自身の全てを、そして、それによって出来ることをまず知るところから始めましょう。これは、あなたの幸福な明日への輝かしい一歩です〕



 オーブ連合首長国、行政府。
「――では、はっきりと拒否を表明しているのは、まだ我々とスカンジナビア王国だけか?」
 カガリは閣僚たちを従え、足早に通路を歩いていた。
「はい。どの国もまだ、どう判断すべきか決めかねているようで……」
「 “ロゴス” という名の魔女狩りのおかげで、今は、どこも政府がガタガタですからなぁ」
「それも全てプランどおり、ということなのだろうな」
 決起した民衆によって、一網打尽にされたブルーコスモスの母体。
 ヘブンズベースのみならずダイダロスも制圧されて、弱体化する一方の地球連合軍。
 開戦当時すでに、例の同盟を拒否する力も無かった国々に、大西洋連邦さえ霞んでしまうほどの発言力・軍事力を持つに至ったプラントの “提案” を、要らぬ世話だと断ることは、おそらく出来まい。
「だが、もうこれ以上――世界を、彼の思い通りになどさせるわけにはいかない」
 逆らうとなれば命懸けだろう、けれど。
「かつてウズミ代表は連合の侵攻に際して、人としての精神への侵略という言葉を使われた。これは、それよりも尚悪い!」

“他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない”

 ……声が聴こえる。
“オーブがこれを理念とし、様々に移り変わっていく永い時の中でも、頑なに守り抜いてきたのは――我々が国という集団を形成して暮らしていくにあたり、最も基本的で大切なことと考えるからです”
 記憶に焼きついた、ウズミ・ナラ・アスハの言葉。
“今この状況下にあっても私は、それを正しいと考えます”
 けれど自分は、他国の争いだからと傍観していることが卑怯に思えて……父の元を飛び出して、砂漠のレジスタンス組織に加わった時期もあった。
 少し前には、ベルリンでの戦闘にも介入して。
 アスハの名を継ぐ身でありながら、オーブの理念とは相性が良くないんじゃないかと指摘されてしまう有り様で――そうだなと、認めざるを得なくて。
 なぜ先人たちは “三つ目” を掲げたのかと、訝しかった。
 他国を侵略しない、他国の侵略を許さない。それだけで充分じゃないかと。
(……でも)
 今は、少しだけ解った気がする。
 “介入” と “侵略” の線引きは困難を極めると、知っていたからこそだろう。
 たとえ善意による介入であっても、人々が不愉快に重圧に感じれば侵略と同義だ――デスティニープランを導入実行するという、議長の行為も例外ではなく。
“地球軍の軍門に下れば確かに今、武力による侵攻は避けられるかもしれません”
 おとなしく従えば、武力による衝突は避けられるかもしれない。

“しかし、それは何より大切なオーブの精神への、いや、人としての精神への侵略を許すことになるでしょう”

 戦争による侵略は、外から、身体と心を脅かす。
 議長が語る人類救済システムは……確かに、物理的な暴力ではないけれど。
“望む “力” を全て得ようと、人の根幹、遺伝子にまで手を伸ばしてきた――僕たちコーディネイター世界の、究極だ”
 人の根幹を丸裸にして、システムの一部・データとして管理する。
 それで皆が幸福になれると、あの人は誇らしげに言うけれど。
“今従ってしまえば、やがて来るいつの日か、我々はただ彼らが示すものを敵として、命じられるままにそれと戦う国となるでしょう”
 なんの不安も、悩みも無く。決められたルールに従い、定められた役割を果たして?
 そんな世界で生きる人間は、きっと心が死んでいく。
“そうして程度の差はあれど、計算外の欠陥を持って生まれ落ちた。突出した能力の代償に、命を継ぐ力をすり減らした”
 悩み迷い、苦しむ。
 ヒトである限り切り離せないはずの気持ちを、抱かずに済む道を選べば、感じる機会ごと無くしてしまえば。
“当然、どこかデリケートな部位から圧迫されて”
 じわじわと気づかぬうちに、劣化していくに違いない。
 ウナトの意見に従って、大西洋連邦に与しプラントを敵として、ユウナの妻として、オーブの安寧だけを考えて……そうすることが正しいと思い込もうとしていた自分の心が、死にかけていたように。だから、
“我々は、やはりそれに従うことは出来ません”
 議長の真意は、未だ判らないままで。
 この懸念が杞憂に過ぎないという可能性だって、もちろんあるけれど。
 他国の争いに介入せずにいることの是非は、皆と議論して、いつか変えていきたいと思うけれど。

“侵略を許さず、これはオーブの理念です”

 これだけは決して曲げてはならないと、胸を張って言える。
「オーブの理念、何としても守り抜く! それが必ずや、全てを守ることになる!!」
「はい!!」
 口々に頷く頼もしい声を背に、目指すは会議室。
 そこにはセイラン、グロード、アスハ派、反アスハ派、中立派と――世代も考え方も異なれど、オーブの今後を憂う者たちが集っている。



〔こんにちは! もう、検査には行かれましたか?〕
〔今からなんですよー。どんな結果が出るか楽しみっ!〕
〔スッチーとかモデルって言われたらどうしよ?〕
〔あはは、んな訳ないじゃん。でも、今の仕事つまんないから転職しようかって考えてたし、これってイイ機会かも?〕
〔だよね。それに無料で調べてくれるなんて、議長さん太っ腹ー〕
 デスティニープラン導入が発表されてからというもの、チャンネルを切り替えても、ほとんど同じ話題ばかりで。
〔こんにちは、今から検査ですか?〕
 今もモニターの中では街頭インタビューが行われていて。
〔はい……僕、なんの取り得も無くて、才能なんかあると思えないんですけど。これといった適性無しって結果になったら、どんな仕事を勧められるんでしょう?〕
〔オレは、実家が農家で。オヤジの後継ぎたくなくてこっちに出てきたんですよ。まさか、検査結果によっちゃあ強制送還されちまうなんて、そんなバカな話ありませんよね?〕
〔え、ええ?〕
 リポーターに声を掛けられた人々は、良く当たると評判の占いにでも出掛けていくような気軽さ。
 あるいは困惑気味でいるか、興味無さそうにしているという感じだった。



 アークエンジェルのブリッジにて。
〔――思ったとおり、世界の反応は緩慢なものだな〕
 エターナルから通信をかけてきたバルトフェルドに、マリューが応じた。
「思った以上に、じゃない?」
 その隣では、ロアノークが肩をすくめ。
「よく分からないってのが本音だろ? 人種も国も飛び越えて、いきなり遺伝子じゃあ。誰だって判断困るよ」
「あれだけ聞くと本当に良いこと尽くめですものね。不安がなくなる、戦争がおきない、幸福になれる……」
「議長は信用ありますしね、今は」
 うつむいたキラに続いてアスランが、硬い声音で言う。
「だが、これがプランの提示だけで――終わるはずはない」
〔導入実行すると言っているんだからなぁ、奴は〕
 バルトフェルドの相槌に、ますます表情を険しくした青年は、不意にオペレーター席を振り返った。
「オーブは?」
「もう防衛体制に入っているわ。プランの拒否が採択されるのは間違いないもの」
「そうか……」
 黙り込んだアスランと入れ替わり、溜息混じりに口を開いたのはマリュー。
「力押しで来られたら、もう戦うしかないものね」

 それっきり、ブリッジに沈黙が流れ。

「戦うしかない、か――」
「キラ?」
 そんな静寂の中へ落とすように、ぽつりと呟く声がした。
「いや。あっちもそう思ってるんだろうな……って、思って」



NEXT TOP

AA組はまったく言葉が足りず、逆に議長はよくしゃべるけれど、仰る意味の半分も解らないという点ではどっちもどっちでした種運命。ここまで細々書いてきて、あらためて台詞を追ってみましたが――やっぱ飛躍しすぎです議長。