■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

NEXT TOP


■ 戦いを呼ぶもの 〔1〕


「くそっ! あんな演説があると知ってりゃあ、こっちだって厳戒態勢で待機してたのによ!」
「市民に避難勧告もしてないんだろ? 現場にどんだけ負担かかるか、考えてやってんのかよ評議会は?」
「シュライバー委員長は何やってたんだ!?」
「国防本部も寝耳に水だったんだと! 行政府っつーか “メサイア” に滞在中の議長を問い質そうとしたら、パーネル・ジェセックに、情報流出を避けるため発表まで極秘にしていた、ご理解いただきたいって一蹴されたらしいぜ」
「はあ? なんだそりゃ」
「おいおい、いくらなんでも勝手過ぎるだろ」
「隊長級の誰も知らなかったわけだ……国防委員長が、把握してないんじゃあな」
 情報課を含め、戦線へ駆けつける立場にない者たちに後を託して。
「戦争中なんだぞ、今は! 事後承諾で済むことと済まんことがある! ロゴス撲滅宣言で戦場になったのは地球だが、不用意にアルザッヘルを刺激すれば、再びプラント本国が危険に――」
「ダイダロス制圧はローラン隊に任せて休むように、との通達でしたから。被弾したモビルスーツなどの修理が完了しているかも危ぶまれますね」
 本隊と合流すべく小型シャトルに乗り込んだ面々は、不満に焦りも加わってイライラと愚痴りあっていた。
「べつにアルザッヘルを陥としてからでも良かったろ? なんだって、こんなタイミングで発表するんだよ? なあ?」
「まったくだ! ロゴスを潰して、ブルーコスモスの脅威も消えて。ダイダロスまで押さえたんだ……連合が白旗上げるまで待つ手もあったろうに」
 月艦隊はもちろんのこと、ミネルバに至っては地球から月へと不眠不休の強行軍。
 もちろん敵側が仕掛けて来れば待ったなし、ザフトであるからには、文句を言っていられる身分じゃないが。今回、引き金になったのは間違いなく議長による “宣言” だ。
 内容は、容易に思い返せる。

〔地を離れて宇宙を駆け、その肉体の、能力の、様々な秘密までをも手に入れた今でも。ヒトは未だにヒトを解らず、自分を知らず、明日が見えない――その不安〕

 コペルニクスで出会った情報屋から、報されていた概要と合致したことも理由にあるが。
 どのTVチャンネルも延々と、デスティニープランと “人類の明るい未来” について熱く語っているのだから、忘れようがない。

〔同等に、いや――より多く、より豊かにと、飽くなき欲望に限りなく伸ばされる手! それが今の私たちです。争いの種、問題は全てそこにある!〕

 “レクイエム” に撃たれたヤヌアリウス、ディセンベル市民への追悼表明として始まったはずの演説は、次第に本題から大きく逸れていき。
 ……いや、ニトラムの懸念が的中したと考えれば、発表の口実に過ぎなかったのかもしれない。

〔だが、それももう、終わりにする時が来ました。終わりに出来る時が――我々は、もはや、その全てを克服する方法を得たのです〕

 “貴重なあなたの才能” と自尊心を擽り、検査を、参加を呼びかける声。
 しかしその、輝かしい未来への第一歩だという才能を、人為的に引き出された人間こそがコーディネイター。
 某科学者曰く、代償として “命を継ぐ力” をすり減らした訳だが。
 出生率がどうあれ今こうして生きているからには、すべての産業分野においてナチュラルの上に立つ可能性が圧倒的に高い。
 そのうち減っていくことを前提に、社会システムを構築するつもりか?
 だが、持って生まれた素質が評価軸とされる世界で、今以上に数値化された事実を突きつけられたナチュラルが、遺伝子操作に手を出さずにいられるか? 法で禁止されたからといって従うか?
 今現在、コーディネイターのほとんどが宇宙へ移り住んでいる経緯を思えば、答えは “否” だろう。

「ただ単に、戦力差が歴然としてるって理由なら、負けを認める気にもなるんだろうけどねぇ?」
 ディアッカの呟きに、苦りきった調子で応じるイザーク。
「ああ。今の地球連合に残っている者は、特に、コーディネイター排斥論者ばかりだろうからな」
 プラン導入に従うことは、屈辱の極みに違いない。
 勝ち目が無いからといって降伏するとは考えにくい……総力戦必至だと、全員の見解が一致していた。

 今は連合の本拠地たるアルザッヘルを相手に戦闘再開となれば、すべきことはいくらでもある。なにより元々、2、3日留守にするといって出て来たのだ。
 ラクス捜索の特命を受け走り回るうち、予定日数はとっくに経過。
 『調べたいことが出来た』 とボルテールに連絡を入れ、艦長たちも了承済とはいえ、戦況が急変しては優先事項も変わってくる。
 ダイダロスへ向かう道程を、時計と睨み合いつつ過ごすシャトルの中。

〔――よって我が国は、デュランダル議長が唱えるプランの導入を、断固拒否する!〕

 流れるニュースが伝えた、オーブの動向。
 ためらいの欠片も無く言い切ったカガリの声が、いっそ小気味良く聞こえた。



 そうしてシャトルが到着した矢先。

〔連合軍、アルザッヘル基地に動きあり――月艦隊、並びにミネルバは、直ちに座標4286に集結せよ〕

 響き渡る、緊迫したアナウンス。
 ジュール隊は、ダイダロス宙域の哨戒を担うことになり。

「お帰りなさい、隊長!!」
「調べ物って終わったんですか? コペルニクスで何かあったんですか?」
「申し訳ありません! 艦体の修理は終わりましたが、被弾したモビルスーツがほとんど手付かずのままでして……」
「デスティニープラン導入って、隊長たちにも報されてなかったって本当ですか!?」
 戻ったとたん隊員たちに囲まれもみくちゃにされたイザークは、いつものごとく怒鳴り上げた。
「ええい、一度に喋るな! 質問の類は後だ、報告を先にしろ!」
「はっ、はい!」
「すみません!」

 そんな騒がしい人垣の間を縫って、苦笑混じりに。ルソー艦長が歩み寄ってくる。

「お疲れ様です」
「そっちこそ、お疲れさん。遅くなって悪かった……俺たちは、基地周辺の警備担当だって?」
「はい。小隊配置に関しては、チャニス隊が中央エリアを固めていますので――」
 イザークが解放されるには、まだしばらくかかると判断したか。ダイダロスの見取り図を広げて、ディアッカ相手に説明を始めた艦長の、声もなにも掻き消して。

「た、隊長……!!」

 オペレーターのうわずった叫びに加え、けたたましい警告音がブリッジに響き渡り。

「なんだ、どうした?」
「12宙域で観測された、高エネルギー体と同じっ――レクイエムが!!」
「……発射されたというのか!?」
 顔色を変えたイザークが、オペレーターを問い質す。
「コントロールはインパルスが潰したはずだろう!? どういうことだ!」
「捕縛し損ねた連合軍人が?」
 艦長たちも真っ青になって、その手元を覗き込んだ。
「警備兵は何をしていたんだ! 照準は!? まさか、プラントに――」
「コース、エリア4から……11……アルザッヘルです!」
 詰め寄る上司たちに気圧されたように、身を硬くしつつも計器を操作したオペレーターの、答えは予想外のものだった。
「アルザッヘル?」

 呆気に取られていた隊員たちが、さらにざわめく。
 据え付けの大型モニターに、おそらく偵察機から転送された映像だろう、瓦礫と化したアルザッヘルの様子が映し出されたからだ。

「ザフトが、あれを撃ったと……? 本部の指示でしょうか?」
「ローラン隊の独断だろう」
 ボルテール艦長の呟きに、硬い声音で応じるイザーク。
「コントロールが修理され、例の中継コロニーはアルザッヘルに照準を合わせていた――人手も時間も、それなりに掛かったはずだ。連合軍相手に使うつもりで、準備していたとしか思えん」
 確かに、ダイダロス制圧を任されていたのはローラン隊だ。
「あれで連合軍を一掃するつもりだったなら、わざわざ、月艦隊やミネルバを呼びつける理由が無い。だが本部からは、座標4286に集結しろと命令があった」
「射線上に誘き寄せる為だった、とは考えられませんかね?」
「敵艦隊がアルザッヘルをほとんど離れもしないうちに撃っては、囮を置く意味すら無かろう」

 出撃した先に敵がいなくては、無駄足だ。
 単なる伝達ミス、功を焦った輩の暴走か? 指揮系統の怠慢、それとも――

(アルザッヘル基地に動きあり、って理由は……フェイクか?)

 幸か不幸か、ディアッカには。
 ザフトに属する限りは “撃つべき敵” として、決戦の場へ向かって来そうな艦に心当たりがあった。

×××××


「……破壊したんじゃなかったんだな、あいつ」
「これで残っていた連合の戦力も、ほぼ全滅だわ」
「あれの破壊力も “ジェネシス” に劣らない。中継点の配置次第で、地球のどこでも自在に狙えるぞ!」
「艦長、オーブに連絡を――エターナルと合流します。すぐに発進準備を始めてください」
 ザフト軍によるレクイエム発射、アルザッヘル壊滅のニュースに、アークエンジェルブリッジは騒然としていた。
「従わねば死。どちらにしても、このままでは世界は終わりです」
 歯噛みするクルーたちを見渡して、ラクスが断言する。
「逃げ場はありません」
 あの兵器を、中継コロニーを破壊しない限り、どこへ逃げ隠れしても撃たれるだけだ。

“戦うしかない、これじゃあ戦うしかないって……結局、僕たちは戦っていく”

 発進準備を急ぎながら。
 ミリアリアは、さっきのキラとラクスの会話を思い返していた。

“プランも嫌だけど、本当は、こんなこともう終わりにしたいのに――”
“でも……わたくしたちも、今は戦うしかありません”

 夢を見る。
 未来を望む。
 それは全ての命に与えられた、生きていく為の力。

“なにを得ようと、夢と未来を封じられてしまったら。わたくしたちは、すでに滅びたものとして、ただ存在することしか出来ません”

 だから、今を生きる命として、未来を得るために。
 議長が示す死の世界と、戦うより他に道は無い。



NEXT TOP

時系列を追ってくと、ミネルバ&月艦隊の再出撃は、対アルザッヘルではなく、オーブ陣営がレクイエム排除に挑んでくることを予想して、事前に配備していたとしか思えません。シナリオライターさん、計算づくだったのかなー……。