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■ 戦いを呼ぶもの 〔2〕
国防本部内、ジュール隊の執務室。
〔ひとつには先にも申し上げたとおり、間違いなくロゴスの存在所以です。敵を創り上げ、恐怖を煽り戦わせて、それを食い物にしてきた者たち――〕
ヤヌアリウス・ディセンベル宙域の救助活動を終えたシホは、先日から繰り返し再放送されている議長の演説を、ぼんやりと聞いていた。
〔だが我々は、ようやくそれを滅ぼすことが出来ました〕
そうして、虫の息だったろう “敵” にも止めの一撃が放たれた。
アルザッヘルは潰えた――月面の脅威は消えた。
ダイダロス制圧に伴い、本体ごと破壊されたとばかり思っていた “レクイエム” によって。
卑劣にも民間人を狙った地球連合軍。
ザフトは、虐殺された同胞たちの仇を討っただけと。
理屈では納得出来ても、あんなものを使うなんてと不快感は残った……それでも、これでようやく終戦を迎えられると安堵したのに。
〔だからこそ今、敢えて私は申し上げたい! 我々は今度こそ、もうひとつの最大の敵と戦っていかねばならないと〕
世界は、なおも揺れている。
戦火に怯えるが故ではなく。
議長自ら全世界へ向けて落とした、新たな混乱の火種によって。
〔皆さんも既に、お解りのことでしょう。有史以来、人類の歴史から戦いが無くならぬ訳――常に存在する最大の敵! それは、いつになっても克服出来ない、我ら自身の無知と欲望だということを!!〕
デスティニープラン。
社会における遺伝子解析の有用性が、如何ほどかは分からないが。いくら議長の提案とはいえ、すんなり受け入れられるとは思えない。
賛同する者は、試してみれば良いだろう。
けれど渋る人々には? 参加するしないは個人の自由だと、好きにさせるのか?
まずは支持層のみで試験的導入。ゆっくりと成果を立証して、自発的に加わる国を増やしていく?
それならそうと明言すれば良さそうなものを、TVやラジオから流れてくる音声は、検査施設の案内ばかり。
戸惑う人間がいることを想定していないとは考えにくいのだが――なんらフォローらしいフォローも無いとは、どういうことだ? 評議会は何をやっている?
(留守番していても、誰も来ないし……)
再調査班メンバーにも、それぞれ本来の仕事があるはずで。
シュライバー委員長やライトナー議員は、なおさら、アスランのスパイ容疑になど構っていられる状態ではないだろう。
やろうと思えば雑務はいくらでもあるけれど、正直、一人でじっとしていると気が塞ぐ。
早く、帰って来てくれないだろうかと。
今はここに居ない人物に想いを馳せていた、シホの感傷も何もかもぶち壊すように、唐突に、
〔コンディションレッド発令! ステーション1に接近する機影あり――!!〕
緊迫したオペレーターの声がザフト全軍へ向け、迫り来る “敵” の名を告げた。
「……アークエンジェルとエターナルだって?」
各基地に遅れること十数分。
遠く宇宙を隔てた、地球――ロード・ジブリールの屋敷では。
「ああ。ダイダロスにも、オーブ艦隊が押し寄せてるってよ!」
「月艦隊やミネルバが迎撃に出て、本国からも増援部隊が向かったらしいが……」
伝わってきたとんでもないニュースに、ロゴスの罪状裏付けを進めていた調査員は、それぞれ手を休め興奮気味に話し合っていた。
「しかし、呆れた大義名分だな? よりにもよって “レクイエム”を使うな、大量破壊兵器を排除するとは――」
「まったくですよ! ジブリールを匿いダイダロスへ逃がしておきながら、どのツラ下げて、我が軍を非難するのやら」
「月面の脅威も取り除いた今となっては、確かに “レクイエム” は破壊すべき代物と思いますが。あれよりも、フリーダムやアークエンジェルの方がよほど凶悪な兵器でしょうに……議長の武装解除要求は、なんだかんだと理屈をこね無視しておきながら、これですからねぇ」
「笑えん事実だな。こちらも総力で迎え撃たねば、ダイダロスとアルザッヘルの両方を奪い返されかねんぞ」
「コントロールはもちろん中継コロニーにも、連中を近づけさせる訳にはいきませんね」
「ああ。再びプラントに照準を向けられては堪らんからな」
「いっそ “レクイエム” 本体やコロニーを、今のうちに壊してしまってはどうでしょう? そうすれば万が一、奴らに防衛線を突破されたとしても、すぐさま本国が被害を受ける心配は無くなりますし――」
「おいおい、勝ち方を考えるより先に負けたときの心配か?」
「地球連合が造った兵器なんだぞ? オーブの技術力は世界でもトップクラスだ。施設を明け渡そうものなら、あっという間に修理されちまうさ……木っ端微塵に吹き飛ばしておけば、さすがに諦めるだろうが」
「あんな馬鹿デカイもの、ひとつ壊すにも大量の爆薬が必要だしな」
「そういえばモルゲンレーテは先の大戦でも、連合に手を貸していたのでしたねぇ? まったく、とんだ “中立国” ですよ」
「当時からロゴスに与していたとは、あまり思いたくないがな」
すでに一度はオーブで激突した両軍のこと。
あちらが唐突に攻めて来ようと、驚くほどのことはなく――彼らに衝撃を齎した報せは、もうひとつの方だった。
「……しかし、本当かよ? ラクス様が殺されたって」
「護衛は全滅。マネージャーまで、アスラン・ザラに撃ち殺されていたらしいからな……まだ遺体は発見されていないとはいえ、生きていらっしゃる可能性は限りなく低いだろう」
市民の動揺を避けるため、今は、くれぐれも内密に。
ロゴスの残党どもを討ち果たし、今度こそ、亡き歌姫に捧ぐ真の平和を――それが本部からの命令だった。
「それにしても、二度もザフトを裏切った挙句に、婚約者まで……」
仕事そっちのけで話し続ける男たちの、背後で。
――どんっ!!
いきなり響いた大きな物音に、会話は中断。
不快感に眉を寄せつつ一斉に振り向けば、いつの間にやらテーブルに座っていた緑服の少年が、無表情に 「……なにか?」 と振り仰ぐ。
小柄なその姿は、積み上げられた書類の山に埋もれかけていた。
「いや、シェリフ。おまえ――もう少し静かに出来ないのかよ?」
現地民の手によって打ち壊された屋敷に、最寄のザフト基地から調査員が到着した後しばらく経って、プラント本国より派遣されてきた調査課の新米だ。
「ああ、すみません。まだ調べ終わっていない資料が山ほどありますので」
ベテランが感心するほど仕事熱心で将来有望、喜ばしい限りだが。
少女と言っても通じそうな外見に反して、何に腹を立てているのか元からそういう性格なのか、常に不機嫌そうな眼つきをしている。
「…………」
それきり黙々と仕事に向かう少年を見やり――油を売っていた面々は、誰からともなく、ジブリールの交友関係を洗う作業に戻って行った。
不毛に思えても、たとえ成果が上がらなくとも。
前線に立つ兵士とはまた別の、果たすべき務めが自分たちにもある。
「なっ……連合軍と一緒じゃないかですって!?」
プラント首都、アプリリウス。
デュランダルとジェセックを欠いた最高評議会は、ほとんどパニックに陥っていた。
「名乗ったの? どこの誰から!」
「わ、分かないわ! 答えに困っているうちに、もういいですって切られて――」
半ば睨みつけるように振り返ったルイーズの剣幕に、
「でも、その人……ほら、あなた元議員のタッド・エルスマンとは旧知よね? 連合の、エクステンデッド研究所の内情が判明した頃から、彼がやってるTV番組があるらしいんだけれど、それを観たっていうの」
縮こまりながらも一方的にまくしたてる、クリスタ。
「才能を生かせる仕事を推奨するなら、軍人に向いている子供は軍人にするのかって。親の七光りで要職に就いた人間やブルーコスモスは、プランに抵抗するはず――それを、どうやって解決するんですか? 説得が通じる相手じゃないでしょうし、結局のところ派兵するんですか? じゃあ、まだ戦争は続くってことですね? 私は度重なる戦争で、パイロットだった夫を亡くしました。子供を戦場に送りたくはありませんって」
気のせいではなく本当に頭痛がするが、他の再選議員たちにも誰かが泣きついて離れないような有り様では、愚痴る暇どころか相手もいない。
(勘弁してよ、もう……ようやく休めると思ったのに、どうしてこんなことに!)
寝耳に水の “デスティニープラン” 発表。
そんな社会システムに関わることを、自分たちに一言の相談もなく決めてしまうとは、さすがに議長権限の範疇を越えている。
訳が分からず、デュランダルに連絡を取ろうと試みれば、ジェセックに事実上の門前払いを喰らう始末――情報流出を避ける為だったなどと、そんな理由で8割の議員が部外者扱いされるなら、評議会が存在する意味もないだろう。
独断で “レクイエム” を修理、アルザッヘルを撃ったと思われたローラン隊長を問い質せば、
『要塞メサイアから、議長の指示だと連絡があり、それに従っただけなんですが……評議会の決定だったのでは? 違うんですか?』
これまた、面食らったように首をひねられ。
『あの〜、今の仕事は辞めなきゃいけないんですか?』
『いきなり全部変えるのは無理でしょう。具体的に、いつから実施されるんですか?』
『今のザフトには、敵のスパイが潜伏している可能性が高いんでしょう? 導入予定のシステムに、変な細工されたら困るんじゃ……』
プラント市民や諸国から相次ぐ問い合わせも、次から次へとキリが無い。
出来ることなら 「こっちが訊きたいわよ!」 と叫びたい。
アルザッヘルが沈黙し、さあこれでゆっくり話が――と思ったら、今度はオーブ艦隊のご登場。
『議長はザフト全軍の指揮でお忙しいんだ。悪いが、プランに対する一般人からの問い合わせには、君たちで対応しておいてくれ』
『概要もよく知らないのに、なにを訊かれて答えるというの!?』
『詳細については音声放送を流しているだろう? プラント社会の利点を極め、全世界へ導入するだけ話だ……まさか、同胞たちの中でも特に優秀な、君たちに理解出来ないはずがあるまい?』
プランに異議を唱える者はロゴスの同類だ、相手にしなくて良いという。
ジェセックの平然とした物言いが、ルイーズには、すでに理解不能だった。
×××××
バルトフェルドたちと合流後。
キラとアスラン、ラクスは――フリーダム、及びジャスティスの専用母艦たる “エターナル” へ。メイリンもオペレーターの一員して、彼らと共に移り。
「足の速い二隻が先行して中継ステーションを陥とし、オーブ軍の主力はレクイエム本体を破壊……か」
フルスピードで目標地点へ向かうアークエンジェルでは、すっかりブリッジに立つ姿も馴染んでしまったロアノークが、苦い口調でぼやいていた。
「近くにはザフト月軌道艦隊もいるってのに。やれやれだな――」
「……でも、やるしかないわ。彼らに負けたくなければ」
きっぱりと応じた、マリューが言うとおり。
まず、一次中継ステーションを陥とさなければ、いつどこが撃たれるか分からない。
〔勝敗を決めるのはスピードです。敵の増援に包囲される前に、中継ステーションを陥とします〕
通信機越しに聞こえる、ラクスの凛とした声。
「目標まで150!」
〔ザフト軍防衛線、光学映像出ます〕
〔ミーティア起動。総員、第一戦闘配備!〕
「エターナルの前へ出る――ゴットフリート、バリアント起動! ミサイル発射管、全門コリントス装填!!」
矢継ぎ早にバルトフェルドやマリュー、オペレーターたちの指示が飛び。
〔キラ・ヤマト。フリーダム、行きます!〕
〔アスラン・ザラ。ジャスティス、出る!!〕
立て続けに出撃していった二機を追うように、エターナルの艦首から “ミーティア” が分離していく。
〔……こちらはエターナル。ラクス・クラインです〕
そうして見る間に近づいていく――睨み合う両陣営の、距離が。
〔中継ステーションを護衛するザフト軍兵士に通告いたします。わたくしたちは、これより、その無用な大量破壊兵器の排除を開始します〕
アークエンジェルのオペレーター席から、ナチュラルの、ミリアリアの目にも判るほど。
〔それはヒトが守らねばならないものでも、戦う為に必要なものでもありません。平和の為にと、その軍服を纏った誇りがまだその身にあるのなら、道を空けなさい!〕
宙域にひしめく、それぞれ全長20メートルはあるはずのモビルスーツ群が翳んで映るほど――銀色に光る大きな、リング状の構造物が浮かんでいた。
×××××
〔戦闘を止め、道を開けなさい!〕
確かに “歌姫” と同質に思える、その声に。
自分たち、プラントに暮らす者がよく知る優美さは、まるで感じられず。
〔このようなものを、もうどこに向けてであれ、ヒトは撃ってはならないのです! 下がりなさい!!〕
いっそ斬りつけるように猛々しく、威圧的に響いた。
「……ラクス・クライン?」
増援部隊の一隻に乗り込んだシホが、違和感に眉をひそめ呟いた、隣で。
「はぁ? ラクス様を殺しておいて、俺たちの歌姫の名を騙って――ふざけるのも大概にしろよ!」
名も知らぬザフト兵が、腹立たしげにミーティングテーブルを殴りつける。
「ロゴスの残党どもが、ザフトの誇りを語るんじゃねえ!!」
「だいたい “レクイエム” が、大量破壊兵器以外の何だっていうんだ? ヤヌアリウスとディセンベルを撃ちやがった連中に、明け渡せる訳ないだろう!」
全速でダイダロス宙域へ向かっているはずなのに、遅々として縮まらぬように思える距離に、歯噛みしていた焦りもあるだろう。
そうだそうだと高まっていく怒号が渦となり、ブリッジの空気を震わせる。
艦窓の外、果てなく広がる宇宙に――そこだけ火を灯したように皓々と、輝く空間が見て取れる。
けれどそれは、何十、何百にも入り乱れて飛び交うビームの、爆散するモビルスーツや戦艦が噴き上げる炎の色――今は “ロゴスの象徴” と化したオーブ艦、アークエンジェルとエターナルも、あの場にいるんだろう。
「偽歌姫に惑わされて、モタモタしてた奴らが撃たれたってよ」
「馬鹿が……! 自業自得だろ」
「まったくだ。今までザフトが、連中に、どれだけ煮え湯を飲まされてきたと思っている?」
「そもそも混同するほど似てないだろ。演説の時だってラクス様は、あんな一方的な命令口調でしゃべったりしなかったぜ」
オペレーター席をぐるりと囲んで。
報された内容に時折毒づきながら話し続ける、彼らの輪に加わる気にはなれず。
シホは唇を引き結び、じっと外を見つめていた。
(数では、間違いなくザフトが有利だけど……)
フリーダムやジャスティスが出てきたとなれば、戦況がどう転ぶかはまったく予想が付かない。
なにより、ダイダロスに留まっていたジュール隊の皆も、あの戦場に居るはず――
次から49話エピソード本筋突入? やっぱ、どう考えても残り2話で終わる状況じゃないわ……これ。ガンダムには一年戦争って決まりでもあるのか? 全100話やるわけにはいかなかったのか!?