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■ 立ちはだかるもの 〔1〕


〔あれはロゴスの残党! 議長の言葉を聞かず、自らの古巣と利権を頑なに守らんとする奴らの残存勢力だぞ!? 撃て! 撃ち落とすんだ、ザフトの為に……! これは命令だ!!〕

 ――ステーション・ワン。
 守備隊司令官の怒声が、ボルテールにも響き渡った。

 よく知る艦とモビルスーツが 『大量破壊兵器の排除』 を宣言するなり、ザフトに攻撃を仕掛けてきたと、報されるや否や、

『あいつら……ッ!』
『連絡無いのは当たり前だぜ? 俺たちはザフトなんだからな、やっぱり』
『分かっている! ともかく発進だ、とっとと艦を出せ!!』

 眦を吊り上げた隊長と、ディアッカの会話に、ボルテール艦長が慌てて頷いたのが十数分前のこと。


「なんだ? あのモビルスーツは――」


 エターナルからは、重量級と思しき紫色がぞろぞろと。
 アークエンジェルに至っては、ど派手な金ぴかモビルスーツがお出ましときた。宇宙に融けそうなカラーリングの前者とは対照的に、とことん悪目立ちしている後者。
(……あれじゃ、的にしてくれと言ってるも同じだな)
 と思ったら。
 なんとソイツは、降りそそぐビームを軽々と弾き返した。攻撃を仕掛けたザフト機は、カウンターを喰らって自滅――どういう装甲なんだか知らないが、反則だろソレ?
 そういえばどちらとも、オーブ攻防戦の記録に映っていた機体だったか。

「そんなことより。どーすんだよ、隊長? 俺たちは?」

 ダイダロス基地の守備を “ルソー” 乗員に任せ、目下、ステーション・ワンへと急行しているわけだが。
「一応出てって、瞬殺されてくる?」
「馬鹿者! そんな根性なら最初から出るな!!」
 あながち冗談でも無いディアッカの軽口に、真顔で噛みつくイザーク。
「いや、だってなぁ……」
 はっきり言って、根性でどうにかなるレベルの相手じゃない。たとえ全力で奴らを阻もうとしても、いったい何分足止め出来るか微妙なところだ。
 しかしザフトである限り、連中との戦闘は不可避。
 おとなしくダイダロスの守りを固めていればまだしも、ここまで出てきたからには、敵を討たねば筋が通らない。特にイザークは、隊員の命運を左右する立場でもある。
 なにか考えがあるのか、それとも勢いで来てしまったのかと訝るディアッカを一瞥して、
「俺が出る!」
「はぁ?」
「隊長?」
「ボルテールは後ろから支援だけしていろ! いいな? 前に出るなよ、死ぬぞ!!」
 戸惑う相棒も、艦長も置き去りに。
 指揮官ことジュール隊長は、簡潔過ぎるほど簡潔な命令ひとつ残して、真っ先に出撃して行ってしまった。

 隊員たちも日々鍛錬に励んではいるものの、今回ばかりは相手が悪すぎる。
 だから母艦やルーキーたちを、後方支援に専念させておくことには賛成だが――ならば尚更、オーブ軍に好き勝手させておく訳にはいかない。
 自分は言うまでもなく、イザークも多少は、アスランたちとの繋がりを疑われる経歴の持ち主だ。

「けど、どうするんだよ? イザーク、おまえまさか……」

 黙って見てましたじゃあ済まされないからと言って、本気で、奴らに真っ向勝負を挑んでくるつもりか?
 急いで追いかけ愛機に乗り込みながら、策はあるのか問い質そうとすると、

「今、俺が殴りたいのはアイツだけだ!」
「――ああ?」
「よくもまた、おめおめと……あんなところに!!」

 まったく的外れな答えが、スピーカーを壊しそうな激しさで返って来た。
 脱力するも、イザークらしさに苦笑して――さて、どうしたものかと考える。

 レクイエムを破壊するというオーブ陣営の、言い分は解る。
 あんなものが宇宙にあっちゃ、撃たれかねない側はもちろん、撃つ側も常に敵襲を警戒してなきゃならない。オチオチ眠ってもいられなくなる。
 さっさと壊してしまうべき、というより一度は叩き潰したものを。
 修理して使おうなんて安易に考えた輩が、この面倒な事態を招いた訳だが……。

 それでも、道を開けろとは無理な相談だ。
 ザフトにとっては、ロゴスの残党に “レクイエム” をくれてやると同義。ラクスが語った “目的” など、到底信じられたものではない。
 加えて、いつになく高圧的だった彼女の声も、迎え撃つ兵士たちの敵愾心を最高潮まで煽ったことだろう。

 プラントの歌姫は、死んでしまった。裏切り者のアスラン・ザラたちに殺されたと――誰が独断で吹聴したのやら、そんな訃報が、全軍の耳に入った直後では。

 オーブ軍は攻めて来る。
 ザフトは一歩も譲るまい。
 単機の戦闘力では敵に劣ろうが、物量では、地の利もこちらにある。
 下手をすれば、消耗戦の果てに共倒れとなりかねない。

『よくもまあ貴様は、ぺらぺらぺらぺら口と頭が回るな』

 イザークの呆れ声が、ふっと浮かんで消える。
 お褒めに預かった部下としては――どうやらアスランを殴りたいらしい隊長殿の意向と、ザフトの務め、その他諸々まとめてどうにかしなくてはならないだろう。

×××××



 ザフト守備隊の猛攻をどうにか退け、掻い潜り。
 一足先に斬り込んでいったフリーダム、ジャスティスが――彼らの装着した “ミーティア” が、第一中継ステーションをロックオンする。
(あれさえ壊せば……!)
 しばらく時間を稼げる。その間にレクイエム本体を集中攻撃、叩き潰してしまえば、オーブは撃たれずに済むはずだ。
 思わず息を呑み、二機を注視したミリアリアの手元で、
「えっ?」
 けたたましい警告音を発する計器。
 間髪入れず、弾かれたように左右へ退いたキラたちの間を掠め、赤々と切り裂いていく閃光――二人の反応が一瞬でも遅れたら、直撃していたかもしれない。
 危なかったと胸を撫で下ろしつつ、彼らを襲ったビームの軌跡を目で追った先に、
「……あ」
 カーキやブルー系が大多数である、ザフト艦隊において。
 突出して派手という訳ではないけれど、どこか印象に残る――グレーの外装に、ダークレッドの翼部を広げた艦影が。

「ミネルバ……!?」

 ブリッジに、愕然とした空気が奔る。
 因縁の艦を先頭にして、何十ものナスカ級、何百というモビルスーツが迫ってくる。
 ダイダロスから駆けつけてきた増援部隊か――いくら “ミーティア” の破壊力が凄まじいとはいえ、ゲシュマイディッヒ・パンツァーで内部を固めてあると思しき、巨大構造物を撃ち砕くには相当手こずるだろう。
 敵艦隊に背を向けたまま中継ステーションを撃ち続けるなんて、どんな秀でたパイロットでも自殺行為だ。
「オレンジ12に、新たにモビルスーツ4!」
「取り舵10! コリントス、てぇー!!」
 ターゲットを目前にしながらもキラたちは、新手の迎撃に集中せざるを得ず。
「ネオ・ロアノーク。アカツキ、行くぜ!」
 ようやく発進準備が整ったロアノーク機に続いて、ムラサメ隊も競うように出撃して行き。
〔ラクス様の艦を撃とうなんて、ふざけた根性してんじゃないか。ええ!?〕
 エターナルの護りについたドムトルーパー三機が、襲い来るザフト軍を片っ端から蹴散らしていく。

「……ミネルバ、来ます!」
 まっすぐに向かってくる敵艦の砲門、照準は――アークエンジェルだった。
「取り舵10、下げ舵15! ゴットフリート、照準ミネルバ!!」
 マリューの指示が、ブリッジに響き渡り。
 一斉に放たれた両艦のミサイル、ビームの嵐が、激しくぶつかりせめぎあって爆炎を噴き上げる。
 そんな攻防の隙間を縫うように迫ってくるトリコロールの機影を、ディスプレイに拡大した、ミリアリアは目を瞠った。

『あの! それじゃあ “ミネルバ” が――所属パイロットの、ルナマリア・ホークがどうしてるか分かりますか!?』
『シン・アスカって子が “デスティニー” を受領したから。あなたのお姉さんは “インパルス” を譲り渡されて……』

 医務室で交わした会話が、脳裏を過ぎる。
 獅子奮迅の戦いをしてきたミネルバを象徴するエース機に、今乗っているのは、確か――
(メイリンの……?)
 それ以上考える余裕は無かった。あっという間に接近してきたインパルスは、エターナルに狙いを定め。
〔お姉ちゃん、やめて!〕
 今にもビームライフルが火を噴くかと、ヒヤリとした瞬間に、
〔なんで戦うの? なんで戦うのよ……どのラクス様が本物か、なんで分かんないの!?〕
 泣きそうな声で叫んだ、妹の訴えが届いたんだろうか? わずかにインパルスの動きが鈍ったところへ――タイミング悪くも、猛然と襲い掛かるドム部隊。
〔やめてくださいっ、撃たないで! あれは、あれにはお姉ちゃんが……!〕
〔はあ? この期に及んで、甘っちょろいこと言ってんじゃないよ。小娘が!〕
 メイリンの悲鳴を、猛々しい女性の一喝が撥ねつける。
〔私たちの任務はレクイエムを破壊すること! それを阻むザフト艦隊も撃つ――きゃあきゃあ騒ぎたてるしか能が無いなら、とっととその席から降りな。鬱陶しいんだよ!〕
〔……っ!〕
〔おいおいヒルダ、あんまり苛めてやるなよ〕
〔しかしまあ、戦闘のジャマはしないでもらいたいね〕
 代わる代わる諌めに入った男性の声音も、どこか呆れ気味だった。
〔生き別れの姉ちゃんだか何だか知らないが、ザフトのエース相手に手加減してる余裕なんか、これっぽっちも無いんだぜ? 俺たちには〕
 心情は分からなくもない。だからといって配慮していられる状況ではないのだ、確かに。
 それでもメイリンの制止に、ドム部隊が気を取られている間に、被弾したインパルスは無事に宙域を離脱したようだったが――

(……マズイわね)

 頬を冷や汗が伝う。
 どのラクスが本物か、なんて――彼女が遺したディスクの内容を、コペルニクスで起きたことを知らない、ザフト兵やプラント市民に分かるはずもない。
 ルナマリア・ホークは、メイリンの声に油断したところを撃たれた。
 自分たちが、ここへ来るまでに墜としてきたザフト機の中には、ラクスの呼びかけに戸惑い武器を下ろそうとした人だって居たかもしれない。
 けれど進路上にいたモビルスーツは全て “レクイエム破壊を阻む敵” としか見なせず、区別などつかず、片っ端から撃ち抜き振り払って第一中継ステーションまで辿り着いた。
 さらに悪いことに、ダイダロスに攻撃を仕掛けているオーブ艦隊には、一部、地球連合軍の残存部隊も混ざっている……アルザッヘル宙域にいたものの難を逃れた連合兵たちが、二射目の阻止、及びザフトに占拠された基地の奪還に動いたものと思われた。
 敵の敵は味方、という訳でもないが。
 最優先事項は共通しており、ただでさえザフト相手に数で不利な状況下、銃口を向けあう理由は無いから向けずにいるのだが――ザフト側には 『やはり地球連合と手を組んでいた』 と映るだろう。
 ただでさえロゴス支援国家と誤解されていたところにこれでは、違うと証明する術も暇ない。
 中継ステーションとレクイエム破壊して、すぐさま戦闘中止を申し入れれば、少しは、プラント側の疑心も和らぐかもしれないけれど……。

〔キラたちは、まだ取り付けないのか!?〕

 さすがに焦りを滲ませた、バルトフェルドが呻くように呟いた。
 ザフトの猛攻にさらされたフリーダム、ジャスティスは、どちらも本来の目標に狙いを定めることが出来ずにいた。アカツキやムラサメ隊、ドムトルーパーも母艦の護りで手一杯――戦闘が長引けば、両軍ともに被害は増える一方だ。
 アークエンジェル、エターナルも敵機に阻まれて身動きが取れない。
 ミリアリア自身、次々とレーダーが捉える機影の多さ、速さに、次第に対応しきれなくなりつつあった。そんな膠着状態の最中、

「ミネルバ、陽電子砲発射態勢!」
「え?」
 注意を喚起したチャンドラに、虚を突かれた様子のマリューが振り返り。
「しまった……!!」
 ブリッジに愕然とした空気が奔る。
 こちらが押さえ込まれている間に接近していたミネルバの艦首が、青白く明滅した、次の瞬間には――赤い稲妻に似たエネルギー波が渦巻いて迫ってくる。この至近距離では、避けられない――

「!!」

 とっさに舵を切ろうとするノイマンが、視界の隅に映ったが最後――どこもかしこも真っ白に塗り潰された。
(……生き……てる?)
 数秒後、おそるおそる薄目を開けてみれば――艦窓を覆うように人型の影があり、その周りは鮮やな黄金に輝いて。
 既視感に囚われる。
 違う、こんな情景を確かに見たことがある。
 回避と叫ぶ声に、絶望の応え。ドミニオンから迸った閃光。目の前で、消し飛んでいった “ストライク” の――

「少佐!?」

 次々に、我に返ったクルーの悲鳴が上がる。
 ロアノーク機となった “アカツキ” が、タンホイザーの射線上に立ち塞がっていた――アークエンジェルを庇って。
 眩しすぎて直視出来ずにいるうちに、ひときわ輝きを増したエネルギー波が爆散する。
 黄金のモビルスーツは光に融け、あのときと同じように消し飛んでしまったかに見えた。しかし――

「あ……」

 突如、ミネルバの艦首砲が撃ち抜かれて爆発する。
 光が霧散した宙域には、損傷した様子すらない “アカツキ” が悠然と――ビームライフルを掲げ留まっていた。

〔……だいじょうぶだ〕

 一瞬後に、宥めるような声が聞こえ。
「えっ?」
〔俺はもう、どこにも行かない!〕
 そうしてよく知る人の姿が、正面モニターに映し出される。
〔終わらせて帰ろう。マリュー〕
 ただただ呆然とモニターを仰いでいたマリューが、なにか言うより早く、映像はぷつんと途切れた。
 アカツキはどこも損傷した様子なく、バーニアを噴かして飛び去っていく。

「ムウ……?」

 前大戦時においては28%だったという確率。ビームを弾く特殊装甲が、約二年を経て、まるで違う結果をもたらしたのか――だけど今は、それより何よりも。
「少佐、今……艦長のこと “マリュー” って」 
「ああ。ただ名前を呼んだだけなんだろうけど、なんて言うか……なあ?」
 ミリアリアの呟きに、背中合わせに座ったチャンドラが、半信半疑といったふうに応じる。
 モニターに映っていたロアノークの、泰然とした表情は、なんの違和感も無く “フラガ” とだぶって見えた。



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49話前半。ラクスの台詞を噛み砕けば 『争いはヒトの性。生きるために戦わずにはいられない存在だからこそ、ヒトの手に余るような、世界そのものを壊しかねない兵器を使ってはなりません』 ってところでしょうが――オーブ陣営の評判が激悪なだけに、説得力皆無 (汗)