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■ 立ちはだかるもの 〔2〕
第一中継ステーション宙域。
集中砲火にさらされている “ジャスティス” を見つけるなり、ジュール隊の長は、ジャマだと言わんばかりにミサイルその他をふっ飛ばしながら、通信機越しに旧知の相手をどやしつけた。
「貴様! またこんなところで、なにをやっている!!」
〔イザーク!?〕
開戦前、ユニウスセブンで出くわした折を髣髴とさせるやり取りだった――考えてみれば、場所と対象物は異なれど、目的そのものは似たり寄ったりである。
「なにをって、コイツを陥とそうとしてんじゃんかよ」
〔ディアッカ……〕
なにか言いかけたアスランを遮り、イザークの怒鳴り声がコックピットにこだまする。
「俺が言っているのは、そういうことじゃない!」
「もういいだろ、そんなことは――それより早くやることやっちまおうぜ」
積もり積もった鬱憤をぶちまけるのも、アスランを殴り倒すのも、ひとまず後回しにしてもらわなくては。
「ディアッカ! 貴様……!!」
「こいつを陥とすんだろ?」
悪目立ちしているオーブ軍の皆様方には、せいぜい、ザフトの主力部隊を引き付けておいてもらうとしよう。
アスランを置き去りに、さっさとステーションの逆側へ回り込んで行けば、
「貴様、分かっているのか? 本部からの命令は――」
後ろから追いかけてきたイザークが喚くのに、ディアッカは肩をすくめ答える。
「レクイエムは、あるだけで物騒だからな。あいつらが壊すって言ってんだ、さっさと撃たせちまえばいいさ……でなきゃ、仕事熱心な奴らがやられてくだけだぜ?」
「しかし!」
「あれ壊すのに、せいぜい燃料ミサイル消耗してもらって? 停戦合意の時点で無力化しててくれると言うことないんだけどねぇ」
まあ、そこまでこっちに都合良くはいかないだろうが。
「たぶん、もうすぐシホが来るだろ」
留守を頼んできたとはいえ、状況が状況だ。まず間違いなく、本国からの増援部隊に加わっているだろう。
「タイミングは狙わなきゃだけどな。この戦闘に決着がついたら、おまえはシホ連れてエターナルに行け」
「なんだと?」
「俺がボルテールに残って、テキトーにあいつら言いくるめっから」
元からおめでたい連中だ。中継ステーション破壊に手を貸しておけば、自分たちに味方してくれた、理解者だと思って疑わないだろう。
「あいつ殴りたいって言ったじゃん。それに――男の約束があるんだろ?」
「……貴様、いったい何を考えている?」
モニターの中、イザークは、部下の真意を測りかねているように碧眼を眇めた。
×××××
オーブ行政府。
国家元首たるカガリの執務室には、普段は置かれていない通信機器が持ち込まれ、ダイダロス宙域の様子を報せるオペレーターや政府高官の声が飛び交っていた。
「第一中継ステーションに、ザフト軍の増援部隊が到着した模様!」
「くっ、間に合わなかったか!」
「包囲されて身動きが取れなくなる前に、どちらかだけでも陥としてもらいたかったが……それで戦況は?」
「ミネルバが陽電子砲を発射するも、“アカツキ” の対ビーム防御反射システムによって無効化! 母艦、モビルスーツ、ともに損傷無し――現在も敵艦隊と交戦中です」
「おお、ヤタノカガミが……!?」
「理論的には耐え得ると聞いていたが、まさか本当に陽電子砲まで弾くとは!」
「ウズミ様が、カガリ様にと遺したものを。元連合の指揮官に託すと伺ったときには、反対せずにいられませんでしたが――いやはや」
歯噛みするも、すぐに気を取り直したように驚きざわめく面々に、
「……あれは、護るための剣です」
それまでずっと黙って報告を聞いていたカガリが、静かに応じた。
「剣は、同時に盾とも成り得る。けれど私には、アカツキの性能を最大限に引き出すほどの技量が無い――手元に置いても、オーブ全土を護ることなど叶いません」
太陽の光をそのまま映したような瞳で、順に、閣僚たちを見渡して、
「パイロットの命を守り、アークエンジェルも守って。彼らが無事に、人々を脅かす兵器を破壊してくれるなら……あなた方の反対を押し切っても託した甲斐があったと、素直に喜べるのですが」
想い巡らすように、一拍の間を置き、
「今はまだ、朗報を待つしかありませんね」
祈るように瞑目して。
執務室は再び、情報処理に励む人々により、慌しい空気に包まれていった。
「しかし、あの男は、本当にムウ・ラ・フラガなのですかな?」
「前大戦時――エンデュミオンの鷹は、ガンバレル・システムを自在に操るパイロットとして名高かった。アカツキに搭載されている “シラヌイ” も、同系統の武装でしょう」
「オールレンジ攻撃など、訓練してもそうそう出来るものではないと聞きますしねぇ」
「難なく使いこなしているところを見ると、頭から否定も出来ませんが……」
膠着した戦況報告が続く中。
ロアノークの素性を話題に上らせた将校たちに、カガリが、ちらりと目線を向け――見知った機体を探すように、宙域の映像が転送されてきているモニターに視線を移したところへ、
「“エターナル” より入電!」
ひときわ高い、オペレーターの声が響いた。
「ザフト軍モビルスーツが二機、第一中継ステーションへの砲撃に加わったとのことです」
「ザフト機が?」
「この状況下で説得など、通じるとは思えなかったんだがな……ラクス・クラインの呼びかけに応えたか?」
「今は理由など、どうでもいいさ。手を貸してくれるなら――」
歓迎すべき展開だ。
ザフト軍に対して、数では圧倒的に不利なオーブの実情を思えば。
「しかし、カガリ様」
そこへおずおずと異議を唱えたのは、まだ若い、カガリとさほど年頃も変わらぬ文官だった。
「一方的に通告したきり、強行突破とは……やはり少々疑問が残ります。プラント政府との和平交渉、レクイエム放棄の確約を先に求めるべきだったのでは?」
「私が、もっと国際的な信頼を得ていれば良かったんだがな。今までが今までだ。レクイエムが存在する限り――お互い、話し合いの席に着くことも出来ないだろう」
尤もな問いに、カガリは苦笑して答えた。
「まず決める。そして、やり通す。それが、なにかを成す為の唯一の方法だと――以前、友人から言われたことがある」
会談要請に応じてもらえるなら、それが一番良い。
けれどプラント側の心境を考えてみれば、到底、呑めた要求ではないだろう。
「もちろん、考え方を改めるべきときはある。より良い方法を探す必要もある。けれど今は……これが最善の策だと思っている」
言葉を選びつつ、きっぱりと断言してから、
「オーブ軍宇宙艦隊は、レクイエム撃破に専念。民には避難勧告、総掛かりで郊外やシェルターへの誘導を急ぐ。プラントとの交渉再開は、あの大量破壊兵器が排除された後だ」
部屋中の視線が自分に集まっていることに気づいた、カガリは、彼らに向けて訊ねた。
「皆。なにか異論や、対案は?」
「ありません」
「住民の避難状況、再度、現地にて確認してまいります」
「え……?」
しかし誰も何も言わず、数名は、手分けの段取りを話し合いながらバタバタと執務室から出て行ってしまった。
「どうしました、カガリ様?」
代表首長が思わず見せた少々頼りない表情を隠すように、机の前に立った、グロード家の青年首長が可笑しげに囁き。
「いや。閣議では、ずっと――なにか言えば反対されるのが当たり前だったから」
ぼそぼそと小声で本音をこぼす少女に、
「あんなふうに、あっさり “ありません” って言われると拍子抜けるって言うか……」
「現状では、停戦交渉など試みるだけ無駄。時間も人手も限られているからには、出来ることを優先して当然でしょう? 正論だと認められたんですよ」
涼しい微笑を向けると、芝居がかった台詞をさらっと口にした。
「せっかくの凛々しさ、説得力まで翳ります。堂々となさっていてください」
「今は、レクイエム撃破が成功すると信じて。我々も、プラントとの交渉再開に備えましょう」
セイランの元秘書官も横から、励ますように言う。
「……そうだな」
どんなに振り払おうとしても拭えない不安を、胸に秘めた少女の背を押すように、
「カガリ様、アークエンジェルからです! 第一中継ステーション、撃破されました!!」
ようやく齎された、待ち望んでいた報せのひとつ。
「そうか……!」
「やりましたね! これで、少しは安心出来ます」
張り詰めていた執務室の空気も一瞬、和らいだ。
残る脅威、ダイダロス本体の排除は―― “クサナギ” を旗艦とする、オーブ軍主力艦隊の働きに掛かっている。
×××××
「そんなこと、私に訴えられても困るなあ」
すっかり馴染んだ、TV局の控え室で。
「人類を救済するプランなんだろう? 地球連合なんかと一緒にしないでくれ、ここがこう違うんだと、素人にも解りやすく解説すれば良いじゃないか」
タッド・エルスマンは携帯電話片手に、のらりくらりと話をしていた。
「当然、詳しく議長から聞いているんだろう?」
会話内容までは分からないが、時折、ヒステリックな罵声が聞き取れる。
(……気の毒に)
その様子を頬杖ついて眺めながら、しみじみと思う。
まあ、通話相手と思しき女性からの苦情を、つい最近、ああやって突っぱねた自分は同情出来た立場でもなかろうが。
「とりあえず落ち着きたまえ。エザリアじゃあるまいし、そんなにヒステリーを起こしていては、せっかくの美人が台無し――」
小気味良い、ブツッという音がして。
「おお? 切られてしまったよ」
タッドはわざとらしく、心底驚いたという顔をして振り返った。
ルイーズの心労も思いやられるが、背後の冷気に気づかず要らぬことまで口にした、この男も憐れなものだ。
口は災いの元、我関せず。
先人が遺した格言に従ってノーコメントを決め込んだ、アイリーンの隣で、
「私が、なんだと?」
「エザリア!? い、いつからそこに……」
ぎろりと睨みを利かせる碧眼の女性を見とめ、タッドは珍しくうろたえ仰け反った。
「コメンテーターが控え室に現れて、なにがおかしい?」
「いやあ。最近なにかと物騒だし、ジュール家の執事さん方が心配して、女主人の外出には猛反対するんじゃないかと思っていたんだが」
「元ザラ派、元クライン派――二人揃っていた方がバランスが取れると言ったのは貴様だろう」
ふん、と鼻を鳴らしたエザリアは、不機嫌そうに腕を組んでイスに寄りかかる。
「息子が戦っているのに、無為に時間を潰してなどいられるか」
どうやら口喧嘩に突入せずに済んだようだと判断して、アイリーンは、気になっていたことを訊ねた。
「ところで、タッド? 今の電話はルイーズからでしょう? 評議会の人間も、なにも知らされていなかった……?」
「そのようだね。プラン導入だけじゃない、レクイエムの使用に関しても」
タッドは、やれやれと肩を竦めた。
「気の毒に、パニック寸前だったよ。指揮権はいつの間にか議長ごと “メサイア” に持っていかれて、アプリリウスに残った議員は、なにがなんだかサッパリといった様子だ」
そうして少し真顔に戻って、ルイーズを評する。
「元々、バランス感覚には優れた女性だ。我に返ってくれると良いんだがねぇ」
「そのパニックを煽った分際で、よく言う。エクステンデッドが強化される過程や、生態に、これ以上言及するなと怒鳴られたんだろう?」
呆れ顔で口を挟んだのは、エザリアで。
「おや? 察しが良いね」
物問いたげなタッドに 「見てきたからな、市街地を」 と冷笑を返した。
「全マスメディアに報道規制を敷き、誰もが期待を込めて我先に、検査に向かっていると――政府に都合の良い場面しか流していないようだが。実際には市民のほとんどが、なにを今更といった反応だ」
憤慨もあらわに、彼女は続ける。
「当然だな。我々はコーディネイターだ。己の才能、適性――そんなもの生まれる前から判って、親から聞かされ育っている。その道へ進んだ者、与えられた素質を理解した上で、あえて別の道を選び努力・鍛錬を怠らなかった者――どちらにとっても今更な提案だ。検査など必要無い」
そういえば、いつだったか……愛息をザフトに引き戻されたことで、ずいぶん立腹していたなと思い出す。
出産・育児の経験が無い自分には、想像の域を出ないが。
母親にとっては、我が子の “今” を、試行錯誤しながら育ててきた年月のすべてを否定されたように感じるのかもしれない。
「オーブ軍に勝てるのかと、ダイダロス宙域の方を、よほど気にしていたぞ。第一中継ステーションは、ラクス・クラインの “通告” どおり破壊されたらしいからな」
「ああ。地球各国も、提案だけならまだしも導入実行とは――内政干渉も甚だしいと、迷惑顔でいるらしいね。早々に拒否を表明したオーブとスカンジナビアは、決断が早いというか、売られたケンカは買うつもりのようだが」
「貴様こそ、ずいぶんと詳しいな?」
「いや、仲良くなったTV局のスタッフからね。ところで、市街地の様子について……他には?」
「アスラン・ザラがロゴスの回し者だった。メイリン・ホークも情報漏洩に加担していた。ならば他にスパイが潜んでいる可能性も高いだろうに、なぜ、あの段階で発表したのかと疑念も噴出していた――オーブを撃ち、裏切り者が他にいなかったか調べた後でも良かっただろうに、もし、システムに細工でもされていたらどうするんだと」
「それはまた……世論の動きは速いねぇ」
「貴様の “解説” が、それに拍車をかけているぞ。適性検査、訓練、矯正――デスティニープランの管理システムは、笑えるほど、連合のエクステンデッド研究施設と似通っている。どんな目的であれ人間を管理するというのだから、共通項が多くなるのも当然だろうが」
軍という組織、社会と呼ばれる全体――規模が大きくなれば比例して、トラブルも増える。
デスティニープランに “淘汰” の文字は無いが、システムが導入された社会で排除されずに済むものか?
「いくらTVやラジオ局の報道を押さえ、ネット回線を遮断しても。人伝の噂までは止められない……貴様とグルになってプランへの猜疑心を煽っているのは、ターミナルの連中か?」
「人聞きの悪い。私は地球連合の非道について、自分の意見を述べているだけだよ? ターミナルの彼女たちも、しばらく前から音信不通だしなあ――議長殿の妙案にケチつける輩がいるというなら、パトリックを戦犯扱いされて憤慨した、ザラ派の皆さんじゃないのかね?」
「なんだと、人聞きの悪い!」
「……ですが」
一度は回避された口論が始まりそうになってきたのを遮り、アイリーンは呟く。
「皆が行くなら自分も行ってみようかと、周りに流されてしまう心理もヒトの常――大多数がプランに賛同していると解釈させる報道が続けば、実際に、そうなっていく可能性は否めません」
虚を突かれたように目を瞠ったエザリアが、また、ふんと鼻を鳴らす。
「報道規制が続くのも時間の問題だろう。評議会の存在意義すら無視して、勝手な行動をとり続けているデュランダルに、いつまでも盲目的に従っているほど馬鹿ではなかったぞ……ルイーズたちはな。新顔は、どうだか知らないが……」
彼女の語尾が、そこで僅かに鈍り。
〔高エネルギー体、収束! どこからっ……!? 光が、月面、ダイダロス基地上空に群がっていたオーブ艦隊を薙ぎ払いましたっ!!〕
割って入るように響いた絶叫に、三人揃ってハッと振り返る。
点けっ放しになっていたTV画面に、まるでレクイエムの一射に灼かれたような――元は戦艦と思しき、残骸の数々が映し出されていた。
その頃のオーブ本国と、その頃のプラント内。
もう流れ的に、エザリアママの出番は無いかな……と思っていたら、自ら乗り込んでおいでになりました。