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■ 四番街のカフェ 〔1〕


 ニトラムと名乗る情報提供者は、トレンチコートを纏い、もっさりヒゲを生やした――バルトフェルドをやや小柄にしたような風貌の、年齢不詳な男だった。
 声だけ聞くと、さほど年食ってるようには思えないんだが。

 不特定多数が出入りするカフェに座っていては、話せるネタも話せないからと、とりあえず場所を移すことになり。
 初対面の情報屋に誘われるがまま付いていく訳にはいかない、といってコペルニクス市街では、ディアッカたちザフトの人間には土地勘も無い。内容が内容だけに部外者には聞かれたくないが、用心が度を越して無人の閉鎖空間となると、それまたお互い抵抗があると。
 ……結局、大通りに面するコインパーキングに停めたレンタカーの中で、双方妥協に至った。

 それから二時間弱。
 カフェで買い込んだドリンクやジャンクフードを適当につまみながら。
 敵方のスパイじゃないだろうなという、こちらの疑念が薄れるくらいには、男は一方的によく喋った――報せたいことがある、オーブ政府の内情に通じているという触れ込みも誇張じゃなかったようだ。
 信憑性が定かでない以上、すべてを鵜呑みには出来ないが……とりあえず、ザフトの内情を探り出そうというような雰囲気はなく。

『まあ、ほとんどはアスハ代表が語ったとおりですけどね』

 ぶっちゃけ、オーブは議長の真意を疑っている。
 開戦直後からプラントで活動していた歌姫は偽者であり、議長もそれを知っている。判ったうえで、報復を叫ぶ市民感情を宥めるため、ラクスと酷似した声を持つ少女に代理を頼んだと。
 ディオキアで、議長と話す機会があったというフリージャーナリスト。今はアークエンジェルオペレーターであるミリアリアと、ジブラルタル近海で保護されたアスランの話は一致しており。
 加えて、出来れば本物に戻ってきてもらいたい、だから居場所が判ったときには教えてほしいと言いながら――ラクスが滞在していたアスハの別邸が、コーディネイターの特殊部隊に襲撃されていたと報されても、まるっきり無反応だったという。

 ザフトに対して幾度となく攻撃を仕掛けたアークエンジェルに、不信を抱くは当然だろう。
 しかし、ラクスが殺されかけた、しかもコーディネイターの手によって。だからプラント政府の真意を疑っていると聞いて、それがどうしたというような態度はあまりにも不自然だ。

 最初から、暗殺者が向かうと知っていたようにしか思えない。
 そうしてラクスが抹殺されて、かまわなかったとも。

『……んで? それを “ラクス” から聞いて、ジブラルタルを脱走したってこと? じゃあ、アスラン自身が見聞きしたわけじゃないんだな』
『ええ、人伝の話になりますね』
『ミネルバ所属のザフトレッドが、写真を含めた資料―― “会話を記録したもの” を提出していたと言ったな? 議長ご自身が、その場で内容を確かめたのか? テープなり、メディアなりを再生して?』
『そこまでは分かりません。ただ、どちらにしろアスラン・ザラはスパイ容疑をかけられたまま、被疑者死亡という扱いになり』
 自らの権限で、FAITHの地位を与え復隊させた人間が、ザフトを裏切ったとなれば。
『再調査を命じたのも議長ではなく、内外の要請を受けたシュライバー国防委員長だったようですから……取るに足らないものとして片付けたには違いないでしょう』
 己の立場を守るためにも、まずはアスランが無実である可能性を考えそうなものだが、擁護不能としてさっさと切り捨てた感がある。
『そのとき提出された代物が、具体的にどんな内容だったかも知る術はありませんがね』
 ジブラルタルへ至るまでのアスランの言動に愛想を尽かしたか、他の理由があったかも定かでない。穿った見方をすれば、すべて “議長の歌姫” による虚言であり、そんな事実は無かったとも考えられる。

 けれど “ラクス” から渡されたという写真は、今もオーブ陣営の手元にあるらしい。
 それはアスランを尾行していた、ルナマリア・ホークが撮影した代物と考えるのが妥当な線だろう。
 メイリン・ホークの姉でもある彼女から証言を取れれば、信憑性も、対外的な物証としての有用度もぐっと増す。

「しかし憶測、又聞きだらけ――本名はミーア・キャンベルだっけ? その子に事情聴取できなきゃ、どーにもなんないよね」
「どこの馬の骨とも知れん情報屋の話を鵜呑みにして、ラクス・クラインを問い質すだと? ……馬鹿を言うな。上が許可を出すものか」

 ニトラムと別れ。
 先に市街へ降りていたザフトの諜報員らに会って、話を聞いて回るうち――早3日が過ぎようとしていた。
 そんな昼下がり、レンタカーの後部座席。
 舌打ち混じりに吐き捨てたイザークの隣で、ディアッカは肩を竦める。

「ごもっとも」

 そもそも例の演説以来、ぱったり姿を見ないしどこにいるのかさえ分からない。
 どっちが本物かという謎に関して、世論は――ガルナハンやディオキアなど、プラントに好意的な地域は “議長のラクス” の肩を持っているし、逆も然り。ただ現状、国際社会におけるオーブの信用は地に堕ちているため、
『ラクス様と盟友だった過去を持ち出して、アスハ代表が尤もらしい嘘ついてるんじゃないの?』
 ……くらいの認識で、プラント界隈の議論は止まっている。
 ともあれ活動休止と明言したからには、今後一切、公の場に出てくることはあるまい。少なくとも――偽者にとっては脅威以外の何者でもないだろう、もう一人のラクス・クラインが、なんらかの形で排除されるまでは。
 オーブの挑発に乗っては要らぬボロを出すだけだ。

「いや。事によっては、出て来ざるを得ないかもしれませんよ」
「へえ、なんで?」
「お二方はご覧になりませんでしたか? 先日、TV番組に出演していたカナーバ前議長が、オーブ側の “歌姫” についてどう思うかと質問を受け――直に話せば、どちらが本物か分かる。だからラクスに会わせてほしいと答えたんですよ」
 口を挟んだ運転席の黒服が、すらすらと答え。
「評議会は慌てているようですね。ラクス様は、宣言を撤回するつもりがないようで、お父上の右腕だった女性の申し出にも応じない。しかし番組を見た市民は、すぐにでも対談を実現して、こちらが本物と証明するべきだと騒いでいる……」
「カナーバ前議長が?」
 目を丸くしたイザークを眺めやり、頷いて返した。
「元々、不当に名を騙られているんです。傍から見れば、我こそシーゲル・クラインの娘と示せる願ってもない機会でしょう? それを固辞し続ければ、当然、頑なさを訝る者も増える」

 加えて、ザフト諜報部により、新たに判明した事実もある。

 “デストロイ” がユーラシア西部を襲う、少し前――要塞メサイアに、匿名で、その製造情報と警告が寄せられていた。
 しかし、軍上層部へ報告されるべきデータは、途中で消えていた。
 受信したオペレーターは、よくあるデマ情報のひとつだったと捉え、そのあと話題にならなくても気に留めてさえいなかったらしい。
 コンピューターエラーか人為的に削除されたものか、今となっては分からないが……新たな連合機の脅威を知りつつ、ザフトが対策を講じれぬよう、何者かが細工した可能性は高い。
 キラが言っていたように、オーブ政府が警戒しているように――その疑念が正しかったとしたら?

『……仮に議長が黒幕だったとして? 目的はなによ? んなことして何の得があるっての』
『かつて学会で否定されたプランの実現が、最終目的と睨んでいます』
 駐車場の片隅で、ディアッカの問いに、ニトラムは分厚い紙の束を寄こした。
『プラントの最高責任者であるデュランダル議長が、自国の民を欺き、ザフトを裏切っているなどと――いきなり信じてくれと言われても、逆の立場なら、誰だって疑うでしょうからね』
 コロニーメンデルで発見されたノートの、コピーであるという。
『ただ、もしも今後、議長が……デスティニープラン導入を主張し始めたら、そのときは。プラントの首脳陣だから間違いを犯さないとは限らないと、最悪のケースを踏まえた捜査をお願いしたい』
 胡散臭い風体の男だが、眼つきは真剣そのものだった。
『しょせん部外者である我々には、ザフト内部にまでは手が届きませんから』
 そうして頭を下げ、トレンチコートの裾をなびかせ去っていった。

「デスティニープラン。医学界のシンポジウムでケチつけられてお蔵入りになった、人類救済計画ねぇ……」
 一通り読み終えたコピーノートの表紙を眺めつつ、ディアッカは、気だるくシートに寄りかかる。
「荒唐無稽な話だな」
「まったくだ」
 イザークは、不機嫌丸出しで応じた。

 コペルニクス市街をほぼ一巡して、レンタカーは四番街へ戻ってきていた。
 それなりに収穫もあったし、あとはダイダロスへ戻るだけだが、小腹が空いたのでパンでも買うかと例のカフェに立ち寄る。
 サンドイッチの味付けが、好き嫌いの多いイザークにもお気に召したらしい。

 女性同伴か、いっそ一人で来たならのんびりくつろぎたいところだが、男だらけのティータイムなどまっぴら御免だ。
 テイクアウトでドリンクも頼み、レジ前のソファで、ニュース誌を読みつつ出来上がるのを待っている間――入り口ドアのベルは、ちりんちりんと鳴りっ放しだった。
 さすがはジャーナリストの溜まり場、客の出入りも激しいようだ。



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MARTIN ⇔ NITRAM と。テキトーな偽名を使ってダコスタくん、コペルニクスに潜入・地道に活動中。ディアッカが彼と接点持ってた期間は2〜3ヶ月程度でしょうから、軽く変装されていれば気づくまい……たぶん。