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■ 目覚める刃 〔1〕


〔くそっ! あんなものを隠してあったとは……!〕

 通信機越し、ブリッジに響いたバルトフェルドの舌打ちは、全クルーの心情を代弁するものだったろう。 
 ザフト軍の猛攻を突破したキラたちが “ミーティア” の火線砲をサーベル状にして、第一中継ステーションを切り裂き。どうにか目的を遂げられたと、ホッと息を吐いた直後――オーブ主力艦隊から、レクイエム本体が陽電子リフレクターに覆われており、ローエングリンが通じないと報されたのだ。
 他の武装は格段に威力が劣るうえ、ぼやぼやしていては、第二、第三――まだ幾つも点在するステーションを以って、狙い定められてしまう。
 基地を占領してから今日までの短期間に、そんなモノまで設置していたなんて……と。
 敵の周到さに驚愕しつつも、ダイダロスへ援護に向かおうと転針した矢先、さらなる衝撃が一帯を襲った。

「スサノオ、クサナギ、ツクヨミはシグナル確認――あとはダメです。状況、混乱!」

 乱戦の最中、いつの間にか進攻して来ていた巨大構造物をレーダーが捉え、注意を喚起するも時すでに遅く……収束した高エネルギー体が、オーブ艦群を薙ぎ払ったのだ。
 モニターに映し出された惨状を見る限り、半数が回避に成功していれば良い方だろう。
「発射されたレーザー砲は、γ線―― “ジェネシス” です!」
 コンピュータが分析した結果を読み上げると、ブリッジは一層ざわめいた。
「なんですって!?」
 強ばったマリューの顔色が、ますます褪せる。
 線源には核爆発を用い、発生したエネルギーを直接コヒーレント化したもの――前大戦時、エリカ・シモンズが語ったデータと、先刻の一射は同じだった。
 威力こそ昔の物より劣るようだが、地表全土を焼き払ってしまえると言われたレーザー砲の出力が多少弱まったところで、脅威に変わりは無い。
 ジェネシスは連射が利かない。一射ごとに、ミラーブロックを交換する必要がある。
 以前はそれが唯一の “隙” であり、ヤキン・ドゥーエに乗り込んだアスランやカガリの機転によって、地球への発射阻止が叶った。
 けれど、今も同じ時間が残されているとは限らない。 
 “レクイエム” に対してローエングリンが使い物にならず、オーブ艦隊まで半減してしまっては、第一中継ステーションの撃破など、プラス要素と捉えるにも足りない。形勢は悪化する一方だった。

 さらにゆっくりと接近してくる、巻貝を連想させる岩塊は……要塞? 小惑星を基礎として造られたものか?
 そこから飛来するモビルスーツ群の中でも突出した速さで、こちらへ向かってきた “デスティニー” 及び “レジェンド” を、アスランとキラが迎え撃つが――エース級二機が相手では、さすがの彼らもオーブ艦隊の援護に回る余裕など無さそうだった。さらには、
「後方より、ミネルバ接近! 距離15!」
 “アカツキ” に艦首砲を撃ち抜かれても、走行不能に陥るほどのダメージは受けなかったんだろう。しばし沈黙していたミネルバが動きだす。
〔ザフト、モビルスーツ群接近! 数20、グリーン18ブラボー!!〕
 チャンドラ、メイリンが次々に、新たな敵襲を告げる。
「エターナルをカバーして!」
「はい!」
 艦長の指示に、ノイマンが応える。
 ザフトは、あきらかに “ラクス・クラインが乗る艦” を狙っていた。高速艦とはいえエターナルの戦闘力は、フリーダムやジャスティス、アークエンジェルに比べれば危険視される程のモノではないだろうに……。
(ザフトに “口封じ” させるつもり!?)
 ミーア・キャンベルの死は、おそらく事の首謀者も把握しているだろう。
『木を隠すんなら森の中。自分の手を汚さず疑いも被らず、歌姫様を亡き者にするには――』
 以前、コダックが口にした台詞が脳裏を過ぎる。
 武器すら持たぬ生身の少女を殺せというなら、疑念も抱かれよう。けれど攻め込んできたオーブ軍の指揮官を艦ごと撃ち殺す行為だったら? ザフトに対する指令として、なんら不自然は無い。

〔レッド18アルファに “ゴンドワナ” ――モビルスーツ、オーブ主力艦隊へ向かっています!〕

 さらに数を増したザフト艦隊は、ダイダロス宙域へと矛先を向けた。
「残存の部隊まで掃討する気か!?」
 うわずったチャンドラの呟きに、ブリッジの焦燥がいっそう濃くなる。
〔インパルス、接近!〕
「その後方よりミネルバ!!」
 エターナルを庇いつつも包囲網を突破するべくノイマンが舵を切れば、よそ見するなと言わんばかりに、ミネルバの砲口が火を噴いた。
「右舷よりミサイル、8……!!」
「回避っ、迎撃!!」
 手加減してくれる筈も、見逃してくれる理由もありはしない。ザフトにとって自分たちは “敵” なのだという、

〔アークエンジェルは行ってください! アスランも!!〕

 絶望感を振り払うように、キラの声が響き。
「えっ?」
〔ここは僕とエターナルで抑えます。あとは、すべてレクイエムへ!〕
 通信機から、アスランやロアノークの驚きが重なって聞こえる。
〔えっと……命令です〕
 他に方法は無い、危険だとかムチャだとか、そういった反対意見は認めませんと意思表示をしたかったんだろう。キラは、ぎこちなく “命令” という単語を口にした。
 一佐待遇で迎えられたロアノークと同様、クルーは皆、オーブ軍において階級を与えられており――キラは准将。ミリアリアのみならず、この場にいる誰にとっても上官だ。マリューとて、彼の命令に従う義務がある。
 反アスハ派から捕縛連行といった危害を加えられぬよう、立場を保証する便宜上の感覚が強く、ほとんど意識していなかった身分だが。
「でも、それではエターナルが……!」
〔この艦よりも、オーブです〕
 キラの決断を後押しするように、マリューの反論を遮り、ラクスが告げた。
〔オーブは、プランに対する最後の砦です。失えば、世界は飲み込まれる――絶対に守らなくてはなりません。わたくしたちは、その為に、ここにいるのです〕
 ザフトが “エターナル” を集中攻撃している理由。
 戦力が散り散りになってしまえば、真っ先に危なくなるのは誰の身か、気づいていない訳ではないだろうに。
〔だから行ってください。アスラン、ラミアス艦長――さあ、早く!!〕
〔……分かった〕
 二人の決意に、最初に応えたのはアスランだった。
 フルスピードで遠ざかっていく “ジャスティス” に促されるように、モニター越し、艦長たちが敬礼を交わす。
「では、また後で――必ず」
〔ああ、必ずな〕
 そうしてアークエンジェルは、レクイエム本体を撃ちに発った。

×××××


 ダイダロス基地のレクイエム本体は、周囲に陽電子リフレクターを張り巡らせていたため、敵に壊されず済んだ。
 オーブ艦隊を薙ぎ払ったレーザー砲の名称は、ネオ・ジェネシス。
(まーた、いつの間にあんなモン造ったんだか……?)
 一兵士に過ぎない自分が把握していない機密は多々あって当然だ、しかし――ニュートロンスタンピーダーを始めとして、部隊を預かるイザークすら知らずにいた隠し兵器が、あまりにも多すぎる。
 情報漏洩防止というヤツか? 知らなかったのは自分たちだけ 特務に就いていた関係で連絡が遅れたとでも? 本当に、伏せられていた理由はそれだけか?

『敵の旗艦はエターナル。他を撃つのは、後回しで構わない』

 軍本部の指令にしても、どこの誰があれを旗艦と断言したのか。
 確かに、レクイエム排除宣言をぶちかました人物は “エターナルのラクス・クライン” だったが、元三隻同盟のアークエンジェル、クサナギも健在だ。
 手強さにかけて “大天使様” の右に出る艦は浮かばず。
 主力隊を率いるクサナギの乗員、大多数を占めるオーブ軍人が忠誠を誓った相手はカガリ・ユラ・アスハであって、ラクスじゃない。ましてや偽歌姫に従っている訳でもないだろうに――

「どーすんの? イザーク」

 アスランたちに手を貸した後。
 ディアッカとイザークは、次に取るべき行動を決めかね、まっぷたつに瓦解した第一中継ステーション宙域に留まっていた。
【 マエデーフェルト沈黙、メートランド戦線離脱 】
【 ファルバーン。ジロンド、レブバース隊、出撃 】
 友軍は次々と “少数精鋭のオーブ機” によって蹴散らされ、しかし、それを上回る勢いで戦場に投入されているようだ。
 ジャスティス、アークエンジェルは、未だ態勢を立て直せていないオーブ主力艦隊の援護に向かい――デスティニー、ミネルバも連中を追って行った。
 執拗にエターナルを狙うモビルスーツ隊、その先陣を切るレジェンドは、フリーダムが実質一機で相手取っている。
 今のところ戦況は、ザフト有利に傾いている。
 このまま流れが変わらなければ、オーブ軍が撃たれて戦闘は終わるだろう。しかし、

「……エターナルを援護する」

 呻くように返されたイザークの台詞は、少々予想とズレていた。
「は?」
 傍観という選択肢は、こいつに限って有り得ない。
 自分にも嫌疑が掛かることを覚悟のうえでアスランを庇いに出るか、あくまでジュール隊の長として軍務を全うするか、どちらかだろうと踏んでいたんだが。
「ザフトの艦だ、あれは!」
 端正な顔を歪め、半ば自棄になったような口調で怒鳴り散らす。
「乗っている連中は容疑者だ! 盗人を捕縛して回収出来るなら、それに越したことはないだろう!?」
(いや、おまえ。それアスランの理屈……)
 かつて似たようなことを言い、ストライクを捕らえようとした同僚の “言い訳” が脳裏を過ぎる。今となっては、キラを殺したくないが故の建前だったんだろうと解るが、イザークの開き直り方も大概だ。
「なーるほど」
 しかしまあ、連中に手を貸す大義名分としては悪くない、というより最も無難な線だろう。

〔イザーク・ジュール? 貴様、なにを……!?〕
「やかましい!」
 エターナルを攻撃していたザフト機が、うわずった声で非難を浴びせてくる。
 友軍の識別コードを持つ “グフイグナイテッド” が、いきなり斬りかかって来ては、相手も堪ったもんじゃないだろうが、
「レクイエムを壊すのが目的だと言うなら、さっさと破壊させてしまえ! ヤヌアリウス、ディセンベルを滅ぼした連合の破壊兵器など、我が軍に必要ない! あんなモノを修理して使えと命じた輩の方がどうかしているッ!」
〔血迷ったか!? 連中はロゴスの残党だぞ!〕
〔あんたも裏切り者かっ! アスラン・ザラの同類が――〕
「敵の敵は味方、敵の味方は敵か? ふざけるな! そんな簡単な図式で割り切れるものなら、そもそも戦争など起きんわ!」
 ビームを避け斬り結びながら、イザークは怯むどころか怒鳴り返した。
「ラクス・クラインと名乗る女は、一連の事件の重要参考人! アスラン・ザラは裏切り者の脱走兵だ! 宣言どおりレクイエムを破壊した後、おとなしく投降するならそれで良し……武器を下ろさずプラントに危害を加えるようなら、俺がまとめて撃ち殺す!」
〔たった一機や二機で、連中を拘束出来るとでも? 馬鹿は休み休み言え!〕
〔裏切り者、犯罪者だと理解しているなら、今すぐ撃つべきだろう!〕
「貴様らこそ阿呆か!? その頭は飾りか! 容疑者を殺してしまっては、事の真相は永遠に闇の中だろう!!」
 背中合わせに友軍を牽制しながら、ディアッカは、エターナルの反応を窺う。
 こちらの意図を察した、もしくは仲間割れと見たか――とりあえず撃ってくる様子は無さそうだ。
「それにメサイアには、連中とは別に裏切り者が潜んでいる! オーブ軍を撃つより、プラント中枢に入り込んでザフトにまで手を伸ばし、正常な機能を奪っている “敵” を引きずり出す方が先だ!」
〔戯言を……!〕
〔すべて貴様らの憶測だろう! それとも居もしない “スパイ” に、アスラン・ザラの罪状を擦り付けるつもりか!?〕
「他に、裏切り者がいないと言うのなら……ひとつ訊くぞ」
 同胞たちがぶつけてくる不信に、イザークは、ぎっと碧眼を眇めた。

「なぜ、メサイアの連中は――ネオ・ジェネシスを管理していた奴らは! ヤヌアリウスとディセンベルが撃たれた後、二射目を防ごうと月軌道艦隊が戦っていたときに、あれで第一中継ステーションを撃たなかった!?」

 斬りかかってきた相手をスレイヤーウィップで弾き返しながらも、耳元にまでガンガン響いてくるイザークの怒鳴り声は、友軍――ザフト機、及び全施設に繋がるオープン回線を使ったものだった。
 逃げ隠れはしないという意志表示なら、国際救難チャンネルを使った方が手っ取り早いだろうに、オーブ側と馴れ合う気も無いということか、そこまで細かくは考えていないのか……なんにせよ。
〔そ、そりゃあ……あのとき撃てる状態なら撃ったに決まっている! まだ完成していなかったんだ、少し考えれば分かることだろう!〕
「ならば、なおさらネオ・ジェネシスの完成を急ぐべきだったろう!? 数も限られた技術者をダイダロスに送り、レクイエムを修理している余裕など無かったはずだ!」
 言い争う声、その内容。
 どの隊の誰が命令に背いて “エターナル” を援護などしているかは、モビルスーツの識別コードで即座にバレていたはず、とはいえ――これでもう、敵に機体を奪われただの脅されていただの、弁解は一切出来なくなった。キレイさっぱり退路も断たれた訳だ。
 ボルテール、ルソーを後衛に置いて来たあたり、初めからこうするつもりだったのかもしれない。
 自分たちの行動は、とっくに軍務を逸脱している。
〔制圧したといっても、人数は捕虜の方が多いんだ。人員を割くのは当たり前だろう!?〕
〔ダイダロス基地は連合が造ったんだからな! どこに何を隠しているか、どんな奇策を取ってくるか分かったもんじゃない。万が一にも武装蜂起を押さえきれず、砲台を占拠されて、再びプラントを狙われでもしたら――〕
「それとレクイエムを修理する必要性は別問題だろうがッ! インパルスが壊したままにしておけば、資材も人手も浪費せずに済んだ! 大量破壊兵器を撃てる状態に戻したが為に、余計な仕事が増えるなど本末転倒もいいところだ!」
 こっちにも言い分はあるし無駄死にする気も無いが、だからといって部下を付き合わせる訳にはいかない――それがイザークの心境だろう。

 予期せぬ事態に当惑しているに違いない、隊の連中に 『おまえたちは来るな』 と告げ。
 アプリリウスの行政府か国防本部にいるだろう、ライトナーやシュライバーに、要塞メサイアを調べてくれと……一縷の望み、不審点の解明を託す。
 なにより “レクイエム” という名の大量破壊兵器を――それを排除するという理由を思えば、同等の破壊力を持つネオ・ジェネシスも対象に加えられたろうが――無効化して。武器を下ろした瞬間に自国が撃たれかねないと、疑心暗鬼になっているだろう双方を、まずは話が出来る状況に落ち着かせること。
 その為に、アスランたちを黙って行かせる。
 ミーア・キャンベルの保護に失敗した今となっては、生き証人としても少々心許ないが――とにかくラクスを殺させぬ為にも、エターナルを援護する。
 選びうる選択肢の中では、立場と私情に折り合いが付くギリギリの線だったんだろう。



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原作50話の流れを見直しておりますよ。レイvsキラ、シンvsアスランの戦闘描写を除いたら、語ること、なーんもありませんよ……そんな腹立たしさを隊長が代弁しております。