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■ 目覚める刃 〔2〕


 しかしイザーク本人が思っている以上に、隊の連中は彼を好いている。信頼してもいる。
 そういった関係性は不思議と、当事者よりも、傍から見ている人間の方が感じ取れるものだ。お偉方まで動かせるかは、ライトナーたちの判断に委ねるより他に無いが。
〔よ、抑止の為さ! 基地内で反乱など起こせば、ただじゃ済まないぞと……〕
「抑止が目的なら、なおさらネオ・ジェネシスの完成で事足りたはずだ! メサイアは移動要塞――中継ステーションの角度調整などに、いちいち手間取ることもないのだからな!」
 イザークが命令違反に至った根拠に納得すれば、おそらく隊員たちは手助けに来るだろうし。
「そもそも、なぜアルザッヘルを撃った!? すでにロゴスを擁護する国など皆無に等しく、ダイダロスも占領され、おとなしく降伏するか宇宙で干上がるかを選ぶしかなかったろう相手を!」
〔そ、そりゃあ反抗の兆しを見せたから……〕
〔だいたい、あそこに居たのは地球連合の残党だぞ! 一般市民を惨殺した、ロゴスの手先どもだ! 生かしておいてなんになる!?〕
「ヤヌアリウスとディセンベルを壊滅させた、レクイエムを発射したのはダイダロスにいた連中だ! 反抗どころか、コーディネイターを人とも思っていないような暴挙に出たのはな!!」
 仮に、イザークの指摘を尤もだと取り合う者がおらず。
 隊員たちが長の意を汲み “常識的な振る舞い” を選んだとしても、間違いなくシホは、ここに来る――それは予想や希望というより、確信だった。
 執拗にエターナルを狙ってくるビームの驟雨を、ミサイル連射で相殺しながら、ディアッカは小さく笑う。
 昔に比べ、イザークは変わった。
 数年前までは、同胞を疑って掛かるという発想すら持ち合わせていなかった男が。
「そんな奴らを、人手を割いてまで捕虜にしておきながら、アルザッヘルは一射で宇宙の藻屑かッ! ザフトは “レクイエム” を手中にした。降伏しなければ撃つと勧告もせずに……事の順序が違っているだろう!?」
 思っていたよりずっと、上層部に対する不信感も蓄積していたらしい。
 しかし信頼だの何だのと青臭いことを考え、甘い考えだと思いつつ何故か疑う気になれずにいる自分も、ずいぶんヤキが回ったものだ。

 ただ、戦況が好転するまで持ち堪えられるかという現実問題には、甘い見通しなど浮かぶ余地も無かった。

 パイロットとしてベテランの部類だという自信はある、腕に覚えもある。
 けれど数で押してくるモビルスーツ群を、余裕で退けられるほど突出している訳じゃなし、機体性能も一般兵に配備されているモノよりは上というだけで、ジャスティス――さらにはアークエンジェルが抜けてしまったぶんを、すべてカバーするなど到底出来ぬ芸当だ。
 モビルスーツの速さに抗しきれないエターナルの砲撃は、牽制の域を出ず、ザフトによる包囲網はじりじりと迫ってくる。
「ええい! いい加減に……!!」
 イザークの声にも、次第に焦りが滲み始めた。
 モノアイばかりが流星のように目立って光る、黒と紫にカラーリングされた三機の援護もあって致命傷こそ避けているものの、エターナルの艦体は、すでに疵だらけ――いつ、被弾した箇所から火を噴いてもおかしくない。
「フリーダムは、なにをやっている!?」
 そういえばさっきから見当たらないなと、少し離れた宙域にモニターを切り替えれば、未だ “レジェンド” に押されているようだ。加勢は見込めないだろう。
「なんだよ、助けて欲しいのか?」
 迎撃に集中していたディアッカだが、つい、いつもの癖で茶化すように応じる。
 ドラグーンシステムが搭載された両機。それを軽々と使いこなすパイロットの撃ち合いに巻き込まれた日には、縦横無尽に飛んでくる流れ弾――もとい、ビームを避け切れるかさえ怪しい。
 前大戦時、同系統の機体によって死にそうな目に遭った経験もあり、ディアッカには 『頼むから、こっち来んな』 というのが正直なところだった。
「違うわ、馬鹿者ッ!!」
 イザークは、笑えるほど予想通りにカッカした調子で、ささやかな軽口を一蹴して退けた。

×××××



「アスラン君は……!?」
 切迫したマリューの問いに、ミリアリアは首を振って答えた。
「ダメです、位置特定不能!!」
 ジャスティスの行方は、インパルスと撃ち合いに縺れ込んだところに、デスティニーが乱入してきた辺りから分からなくなってしまっていた。それどころか、フリーダムの状況も掴めない。
 混戦の最中、エターナルも機影を見失ってしまったという。
 今、護衛に留まっている戦力は、ドムトルーパーの他に、味方に付いてくれたらしいザフト製モビルスーツ二機のみだと。
『ここは僕とエターナルで抑えます』
 そう宣言して “デスティニー” と “レジェンド” を同時に相手取っていたはずのキラだが――母艦に戻らず、レクイエム撃破にも現れずにいるということは、まだ交戦中なのか、他に脅威を見つけて対処に向かったか? しかし、デスティニーがインパルスの援護に駆けつけたということは、まさか、
(被弾して、動けなくなってるんじゃ……? それとも)
 ふと脳裏に差し込んだ嫌な想像を、あわてて振り払う。通信に応じる余裕が無いだけだ。
 きっとそうだと思っておくより、他に無い。
 あまりにも多数のモビルスーツや戦艦が入り乱れて、どこがどうなっているのか、肉眼どころかコンピューターでも把握が難しくなりつつある。
 辛うじて確かな事実といえば、ダイダロス宙域で合流した “クサナギ” 以下、十数のオーブ艦と――艦群の機動力不足をカバーしてくれているアカツキ、ムラサメ隊、通信も繋がっているエターナルの無事くらいだ。

「シールドを突破出来なければ、オーブは……!!」

 マリューの表情が険しさを増す。
 アークエンジェルも、追ってきたミネルバを押さえるのに手一杯で、レクイエムを覆う陽電子リフレクターは未だ健在――援軍の到着を受け、どうにか陣形を立て直したオーブ艦隊が砲撃を続けているものの、ローエングリンを無効化されていては火力が足りない。
 持久戦に陥ってしまえば、こちらの負けだ。
 ザフトの切り札は、オーブ本国をも狙い撃てる大量破壊兵器は、レクイエム以外にもうひとつ存在するのだから。
〔俺が行く!〕
 キラやアスランの合流を待っている時間は無いと判断したんだろう、ロアノークが、すっと機体を月面へ翻した。
「ムウ……!」
〔戻って来るまで持ち堪えててくれよ、皆さん!〕
 追い縋るようなマリューの声に、どこか懐かしささえ感じる、飄々とした笑みを残して。
〔ムラサメ一個小隊、付いて来い!〕
 一佐の指示に応えたムラサメが数機、リフレクターの効果範囲外へ回り込むように飛び去っていき。
 行く手を阻むものが激減した空間を、ゆっくりと――すっかり見慣れたグレーの艦が、砲口を全開にしながら距離を詰めてくる―― ブリッジ目掛けて迫り来る閃光を、なんとか回避したと思った瞬間、
「ゴットフリート2番、被弾!!」
 アークエンジェルを襲う、横殴りの衝撃――次いで足元から突き上げるような揺れに見舞われたミリアリアたちは、とっさにアームレストにしがみつく。
 ミネルバが放った淡緑色のビームが、左舷エネルギー収束火線砲を貫いたのだ。
「7番ブロックで火災発生! 非常用シャッター、作動しません……!!」
 ビービーと激しく明滅して、各部の損傷を報せるアラートに。
「突撃するっ!」
 ミネルバは手強い、振り切れない。戦闘不能に追い込まない限り、行く手を阻まれたまま、レクイエムを射程距離に捉えることさえ出来ないと危機感を抱いたんだろう。
「コリントス、てぇ!!」
 マリューの号令と同時に、発射されたミサイル群が次々と迎撃されて、噴き上がった爆炎が――数秒、視界を遮り。
「バレルロール、バリアント照準!」
「はい!!」
 ノイマンが舵を切る。
 レーダーが示す敵艦の位置反応を頼りに、紅い煙幕の中を突っ切って行きながら。アークエンジェルは、ミネルバと睨み合っていた体勢から、みるみる真逆に――例えるなら、そう。ちょうどクロールから背泳ぎに切り替えるように180度、ぐるりと回転した。
 すぐに煙が晴れた宙域を、すれ違う二隻。
 ずっと追われて逃げ惑うか、正面から側面から砲火を交えるばかりだった艦のフォルムを頭上に仰ぎ、ミリアリアは目を眇める。
 ミネルバの艦首砲は、アカツキに撃ち抜かれて使い物にならないだろう。
 また、こうして武装を見る限り。今までの戦闘を思い返してみても――相手に、真上を狙い撃つ術は無い。
「てぇーっ!!」
 至近距離、すれ違いざま。
 真上に向けた単装リニアカノンが、ミネルバ両舷の攻撃オプションをことごとく吹き飛ばした。
 左右から一気に噴き上がるオレンジの爆炎は、もはや戦闘不能と判断するに充分な激しさで。
(これで、もう……)
 ミネルバに攻撃手段は残っていない。
 早くロアノークたちの援護にと、気を散らしたミリアリアを叱りつけるようなタイミングで、
「まだよ。スラスターを撃って!」
「艦長?」
「武装を失ったから終わりだなんて、そう簡単に退いてくれるとは思えない」
 マリューが、まったく警戒を崩さぬ姿勢で言う。
「総員退艦させたうえで、特攻を仕掛けて来るかもしれないわ。彼女が “軍人らしい軍人” だったら、なおさらね」
 真っ先に脳裏に浮かんだ情景は、タケミカズチの最期。
 それから、どんなときにも厳しい立ち振る舞いを崩さなかった、かつての副長。
「でも、走行出来なくなってしまえば、さすがに諦めて――」

 言葉は、そこで途切れ。

「……なに、誘爆!?」
「違う! ブーメラン状の飛行物が、あっちから向こうに突き抜けていって――」
 ミリアリアたちが状況を掴めずにいる間にも、メインスラスターを損傷したらしいミネルバは、いきなり艦底から吹き上がった爆炎に包まれて姿勢制御もままならず、もうもうと黒煙の尾を引きながら月面に不時着した。
「ファトゥム01……?」
「アスラン?」
 ミネルバを月面に沈めた飛行物体を、モニターが捉える。赤紫の、それはジャスティスの背面ユニット・パージ可能なリフターだった。
 計器を操作するまでもなく、混戦の最中見失っていた僚機が姿を現す。
〔すみません、遅くなって! レクイエムは――〕
「まだ壊せていないの! 今、ムウがムラサメ隊を率いて、リフレクターを突破しようとしているわ……あなたと戦っていたザフト機は!?」
 焦りもあらわに、半ば怒鳴るように問い、答え。
〔デスティニー大破、インパルスは中破! どちらも戦闘不能と判断し振り切って来ましたが、レジェンドがどうなったかは分かりません――警戒を続けてください。俺は、レクイエムに向かいます〕
「お願いね!」
 状況確認を終えるなり機体を翻した、ジャスティスはあっという間に見えなくなった。追って転針しかけたアークエンジェルに、今度は、エターナルから通信が入り。

〔ラミアス艦長〕

 正面モニターに姿を現したラクスが、キラの無事を告げた。
〔レジェンドを撃破後、ミーティアを装着――ジェネシスを撃つため、あの移動要塞へ向かいましたわ〕
 マリューが、こちらの戦況を手短に伝えると、こくりと頷いて返す。
〔アスランも駆けつけたのであれば、アカツキと共に、リフレクターの強行突破も可能ですわね。わたくしたちはフリーダムの支援に留まります。アークエンジェルは、ダイダロスの〕
〔エターナル!!〕
 そんなやり取りを遮って、突如スピーカーから飛び込んできた声量の凄まじさに、ミリアリアは点目になった。
〔イザーク・ジュール……?〕
 誰の声だっけと記憶を辿るよりも早く、バルトフェルドの、面食らったような呟きが聞こえてくる。
 第一中継ステーション撃破に、ザフト機が加わったことは知っていた。
 おそらくクライン派の誰かなんだろうと思って、深くは考えていなかったけれど……バルトフェルドが驚いているあたりエターナルの乗員たちも、助けてくれる時点で敵ではないと判断して、相手の意図や素性の確認などする気も余裕も無かったんだろうけれど。
(それじゃ、もう一機に乗ってるのって――)
 確か、飛び入りの “味方” は二機いたはずと、脱線しかけたミリアリアの思考もぶった斬り、
〔メサイアが撃って来るぞ! 射線上の連中を下がらせろ、早く!!〕
 再び、イザークの大声がブリッジに響き渡った。
〔え……?〕
 唖然としていたラクスの顔色が、ざぁっと褪せて。
〔ネオ・ジェネシスを撃つと言ったんだ! ザフトが、レクイエム宙域に群がっているオーブ艦隊を狙って――聞こえたのなら、すぐに他の連中に報せろ!!〕
 急きたてる声は、ますます、業を煮やしたように荒いでいく。
 イザークが言うなら間違いないだろうと僚機や艦に警告を送りながらも、ミリアリアは、そこまで切羽詰った状況とは思えずにいた……むしろ、照準がオーブ本土ではなかったことに安堵を覚える。
 前大戦時、ヤキン・ドゥーエの攻防を髣髴とさせる状況下にあって。
 ザフトが一斉退却を始めればイコール時間切れ、そういった回避行動に移らず攻撃を仕掛けてきている限り、二射目が放たれることもないという判断基準にしていたのだが、
〔司令部は、自軍の退避にかかる時間すら考慮していないッ! すでに秒読み態勢だ、発射されるまで、後十秒も無いぞ!!〕
 射線上から逃げる余裕くらいあるだろうという、根拠は脆くも打ち砕かれた。
 自分たちの読みが甘かった? だけど、そんなことしたらザフト機だって逃げ切れずに巻き添えじゃないか!?
〔マリューさん!〕
「機関最大! 回避ーっ!!」
 
 イザークやラクス、マリューが叫び終えるか終えないかのうちに、膨大な熱量を感知した計器がエマージェンシーの文字を点滅させ、そうして――真っ赤な閃光が一瞬にして、宙域を貫いた。



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公式小説では、ミネルバの艦尾スラスターを壊したの、オーブ機ムラサメとなっていましたが……あれ、どう見ても撃ったのアスラン……だよなぁ? 背中のリフター飛ばして。違うの?? そもそも離反行為に至ってるディアイザの元に、ジェネシス発射情報が届くのも妙だし、メサイアに潜伏してたエザリア様シンパのザフト兵が、とっさに報せただけ?(謎)