■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

NEXT TOP


■ メサイア 〔1〕


〔――誰だね?〕

 ギクリとした。
 不意に、淡々と響いた声に、とっさには反応出来ず。
 流れる沈黙と微弱なノイズの中、通話相手の訝っている雰囲気がインカム越しにも伝わってくる。

 考えてみればアークエンジェルの通信コードが、プラントのデータベースに登録されている訳が無い。ディスプレイには発信元不明と表示されているはずだ。
「こ、こんにちは……ミリアリア・ハウです」
 我ながら間抜けな挨拶だった。こんにちは、なんて言ってる場合じゃないだろう。
 そもそも名乗ったところで、議長は、ずいぶん前に一度話したきりの小娘なんか覚えているだろうか?
「ええっと、ディオキア基地で――慰問コンサートの日にお会いしました」
 記憶に留めていたとしても、単なる元アークエンジェルクルー、報道カメラマン助手という認識に変わり無いまま? それとも、あの後キラたちと合流したことまで把握している? 勘付いている?
「今、お時間よろしいでしょうかっ!?」
 なんにせよ “エターナル” ではメイリンが、要塞メサイアの、ホストコンピュータへの侵入を試みているはずだ。
 通話反応の出所をキャッチ出来るまで、なるべく会話を引き伸ばさないと。

〔……君か〕

 くす、と笑う気配。
〔時間? 良いと思うのかね?〕
「い、いえ。すみません」
〔まあ、少しの間ならかまわないよ。私は、軍事に関しては素人だからね――迎撃策を練る段階も過ぎてしまっては、兵士たちの健闘を祈るより他に無い〕
 イスに寄りかかるような物音が、かすかに聞こえ。
〔それで? なんの用だね、こんなときに……ラクスや、アークエンジェルの居場所なら、もう教えてもらう必要は無いよ〕
 返された言葉には呆れと、どことなくおもしろがるような響きが滲んでいた。
〔まあ、ジャーナリストを志すお嬢さんなら、この戦況も何処かで見ているだろうがね〕
「その件ですけど、あの。誤解なんです!」
〔誤解?〕
「オーブがロゴス支援国家だと疑われているみたいですけれど、ジブリールは、セイラン親子が勝手に匿っていただけで――アスランも、スパイ活動なんかしてませんし。それに――」
 ふむ、と軽い相槌を挟み。
〔アスハ代表が会見を開いていたね。アスランと共に脱走したメイリン・ホークや、ドムトルーパーを使った武装グループに関しても〕
 議長は、淡々と応じた。
 そういえばそうだった、と思い出す。
 彼も当然、会見の様子はTVニュースで見ていただろう……とすれば、今更な話だ。
〔しかし代表の意向がどうあれ、オーブの重鎮はジブリールを保護していた。結果、我々は彼を捕らえることが出来ず、ヤヌアリウスやディセンベルはレクイエムによって破壊された〕
「ぜんぶ、カガリの所為だって仰るんですか?」
〔なにも、そうは言っていない。ジブリールが乗っていたであろうシャトルを射程距離に捉えながら、撃ち落とせなかったのだからね。ザフトは――〕
 しかし、と突き放すように声は続く。
〔それが事実であるように、ジブリール隠匿はアスハ政権下で起きたこと。代表が関与していようとなかろうと、被害を受けたプラントにとっては些末事だ……公務で留守にしていたというような事情ならいざ知らず、オーブから姿を消していた経緯が “あれ” ではね〕
 ザフト軍に包囲された状態では、一瞬たりとも気を抜けない。
 聞こえてしまえば気になるからと言われ、スピーカーはOFFにしたままだったが。
〔対立関係にあった宰相たちが、大西洋連邦寄りの考えを持っていると知りながら。議論の場に戻ることさえせず、何ヶ月もアークエンジェルに隠れていたのだろう?〕
 そうするとやはり、ミリアリアの受け応えから推測される会話内容や、沈黙の理由が気になってくるようで。
〔代表不在となれば、当然、政務代行は宰相の役目となる。セイラン親子が招いた事態というが、すべては彼女が職務を放棄した結果――黙認していたも同じことだ〕
 時折ちらちらと心配そうにオペレーター席を窺い見る、クルーの視線を感じずにはいられなかった。
〔そうして今また、プラントには従わない。だが、オーブの要求は聞けと……ああして艦隊を差し向け。レクイエムを大量破壊兵器と呼び、ザフトが開発したネオ・ジェネシスを、同じ理由で排除すると豪語している〕
 当然、アークエンジェルのCICシステムが発する警告や作動音なども、向こうへ漏れないよう設定してはいるが、とっくに気取られているんじゃないかという不安も拭えず。
〔だが、あの少数――実質数機で。コーディネイターであるザフト軍を退け、撃ち壊してしまえる、オーブの――彼らの方がよほど “大量破壊兵器” の呼び名に相応しいと、私は思うんだがね〕
 どこまでも穏やかなトーンを崩さない声が、挑発めいて聞こえるのは自分の被害妄想か、それとも。
〔君は、どう思う?〕
 どうも何も、オーブは戦いたくて戦っているんじゃない。
 ユニウスセブンの悲劇が引き金になった、地球連合軍とザフトの諍いに巻き込まれてしまっただけで。

〔……アスランに関しても、同じことだよ〕

 ミリアリアの沈黙をどう解釈したか、議長は、返答を待たず話題を移す。
〔戦争を止めたいという熱意を買い、私の権限において復隊させた。“FAITH” として迎え、最新鋭機セイバーを託した彼が、ザフトの責務を果たさずプラントに不利益な行動を取り続けた以上、任命者として取るべき行動と義務がある〕
 反論すべきことは、たくさんあったはず。
 だって今まであらゆる可能性を考えて、行き詰まるたび視点を変え、どうにかここまでやって来た。
〔ミネルバ所属パイロットとして、軍の機密を見聞きした身でありながら、勝手にザフトを抜け。プラントの敵を庇い立てする国へ逃げ込んだ、アスラン・ザラという名の青年を――オーブが擁護するのは勝手だが〕
 それなのに……最も疑わしい人物と、こうして言葉を交わしているのに、切り返せない。
〔誤解だ、スパイではないと訴えられてもね――それでは彼は、いったい何の為に再びプラントへ渡り、ザフトの制服に袖を通していたのかな? ザフトはプラントを守る為の組織だ。アスハ代表こそを正義と信じていたなら、最初からオーブ軍で戦っていれば良かっただろう?〕
 誰と情報交換しても、月面都市まで飛んでも。
『どんな犯罪であれ、決定的な証拠なんぞ見つからないことの方が多いんだ』
 以前、師匠が呟いたとおり。
〔ミネルバクルーの生死よりも、敵パイロット、アークエンジェル乗員を優先するような振る舞い、母艦の和を乱して憚らぬ言動……内情を探る目的でザフトに属していた、後ろ盾を失い焦った、と解釈せざるを得ないよ〕
 すべては憶測に過ぎず、問い質したところで一蹴されるに違いないからだ。
 生き証人になってくれるかもしれなかった、ミーア・キャンベルも既に亡く――自分は結局、ぐうの音も出ずやり込められている。

〔……不思議なものだね〕

 インカムから流れてくる声音が、ふと変わった。
〔なぜ、そうやってオーブの、彼らの肩を持つのかな? どうして信じてくれないのかと、私に問うなら――君は、アスハ代表たちの釈明を鵜呑みにしているわけだ〕
 からかいめいた感じは消えて。
 代わりに、単純に訝しむような響きが混じる。
〔君の経歴は多少、聞き知っている。元々はヘリオポリスの学生で、地球連合どころか、軍隊そのものに縁の無い一般市民だった。たまたま “ストライク” を見てしまったが故に、ラミアス艦長に拉致される羽目になったとね〕
「そ、そんなんじゃありませんよ! 人聞きの悪い……」
〔君がどう思っていようが、どう言葉を飾ろうが第三者から見れば完全な拉致監禁だよ。未成年者略取、誘拐だ。少なくとも、親御さんにとってはね――機密保持だの何だの、それは連合軍人マリュー・ラミアスの都合に過ぎない。オーブの一般市民だった君たちには関わりの無いことだ〕
 心臓が跳ね上がる。
 スピーカーをOFFにしておいて良かったと、心底思った。
 それは戦後両親が、マリューを罵りこそしなかったものの、終始冷ややかな非難の眼を向けていた理由そのものだったからだ。
〔地球連合軍のモビルスーツ開発を請け負ったモルゲンレーテ、他国の軍人を領内で野放しにしていたオーブ政府の管理不行き届き。なにも知らなかったと言うウズミ代表に、責任は無いと思うのかな?〕
 真綿で首を絞めるとは、こういった問答を指すのかもしれない。
〔君の恋人が死に至った理由は? 間接的なものは、数え上げればキリが無いだろうね……ならば、直接の原因は? 誰が彼の命を奪ったのだったかな?〕
 こちらを気遣い同情するような口調なのに、あまり触れられたくないところを容赦なく抉ってくる。
〔仕方ないと割り切っているなら。彼らを赦していると言うなら――立派なことだね〕
 ここまで自分やトールのことを知っているなら。
 誰がスカイグラスパーを撃墜したかなんて、重々承知で言ってるんだろう。
〔けれどそれは、トール・ケーニヒもそうだと思うのかな? まだ、16歳の少年だったんだろう? 野戦任官で、正規の訓練も受けていなかったと聞いた。戦死する覚悟など出来ていなかったのではないかな?〕
 だけど、それは。
「……仰るとおりです。覚悟してなかったと思います。彼が戦死するまでは、私も……自分たちが死ぬかもしれないなんてこと、現実味を持って考えてはいませんでしたから」
〔ならば攻めてきたザフトが悪い、プラントの所為だと思われているのかな? クルーゼ隊も、モルゲンレーテが地球連合に手を貸してなどいなければ、中立国のコロニーに攻め込みはしなかったと思うんだがね〕
「赦す赦さないの問題じゃないんです。割り切ってる訳でもありません」
 戦後、コダックの弟子になって故郷を出るまで考え続けて、とっくに結論を出したことだ。
「国や軍隊の枠でしか知らなければ、ただ恨んでいたと思います。けど――そこにどういう人がいて、どんな事情があったか――知れば、憎み続けることは難しいです。元は敵でも、味方でも。ただ冷たい機械みたいな人間なんて、少なくとも今まで生きてきた中で私は、出会ったことありませんから」
 艦長や、少佐たち。
 出会ったときは敵だったディアッカ、アスランも。
「義務みたいに嫌い続けるより、和解したり、理解出来るならその方が良い。だから、知ってもらう為に伝えることが、報道の仕事です」
〔そうしている生き残った者を、殺された人間はどう思うんだろうね?〕
「……分かりません。私は、トールじゃありませんから」
 彼の気持ちや命は、彼のもの。
 確かめたいと願っても、死んでしまった人に訊くことは出来ない。
「薄情だと思われてるかもしれないし。仇を取ってくれよって、そんなふうに考える人じゃない、なんてことも――殺された経験の無い私には断言できませんけど」
 いつまでも思い出だけに浸ってはいられない、生きている人間の言い訳かもしれないけれど。
「喪った誰かとの約束や、心残り――そういったものを理由にして、少しでも良い方に変えていこうとする努力を投げ出したり、今生きている人たちを蔑ろにしてしまうことも、言い訳――現実から逃げているだけだと思います」
〔…………なるほど〕
 また少し、議長の声音が変わった。
〔だが、誰もが君のように理性的に考えることは出来ない。争いも途絶えない〕
 けれど含まれるニュアンスが何なのか、しっくり来る表現がミリアリアには浮かばず。
〔だから為政者は、そもそもの初めから諍いが起こらぬよう民や他国との利害関係を把握し調停していくべきであるのに、何度戦争を繰り返しても人間は懲りるということがない――どんな生き地獄を味わった者も百年も経てば死に、新しく生まれた子供らは戦争の悲惨さを知らぬのだから、当然といえば言えるが〕
 そうこうしているうちに再び口火を切った議長は、滔々と語り続ける。
〔変革の為には、人類そのものを統率するシステムが必要なんだよ。若い頃は根拠も無しに、ただ輝かしい未来があると考えがちだがね……世界がこのままである限り、年齢など関係なく唐突に、命は絶たれる。それは君にも解るだろう?〕
「だからデスティニープランを導入する、と?」
〔ああ。口先だけの理想など、物質的な余裕と立場に恵まれた人間が、その足枷になる過去を切り捨てながら罪悪感から逃れる為の詭弁だ――戦争の被害者や、余命幾ばくも無い者たち、なにより大切なものを失った人間にとっては、強者の傲慢でしかないよ〕
 ミリアリアは口を挟めない。
 プラン実現の障害となる余剰人口を減らす為に、議長が裏で糸を引いていた、なんて……笑い飛ばされるのがオチだ。
〔犠牲を無駄にはしないと言ったところで、死者の墓前に誓える具体案も何も無いのだろう? あれば、デスティニープランを拒否したときにでも国策として示したろうからね。人間の本質など、そう簡単には変わらない。変えようと思うならば、歪な土台から立て直さなくては――〕
 いや。いっそのこと、ダメ元でぶつかってみるか?
 あなたの持論は昔、学会で否定されたと聞きましたけど。
 度重なる戦争で、人口、ずいぶん減りましたよね。今がチャンスだ、とか思いました? 
 一般市民の中にも、オーブみたいにプランに反発する人がいたらどうするつもりなんですか? そうやって、取材って名目で。
 議長だって人間なんだし、少しでも動揺したら、ひょっとしたら口を滑らせてくれるかも……望み薄ではあるけれど。
 ああ、だけどやっぱり、キラやアスランが面と向かって疑念をぶつけた方が、動揺を誘えるかもしれないし。
〔――おや〕
「え?」
〔客人が、お越しのようだ〕
 どうすべきか迷うミリアリアを遮り、唐突に、議長は告げた。
〔なかなか楽しい時間だったが……私は、私の信念に基づいて、オーブを野放しにしてはおけない。君の訴えを、聞き入れる訳にはいかないよ。残念ながらね〕
 そうして “さようなら” の一言を残し、通話はアッサリと切られた。



NEXT TOP

どう頑張っても18歳の小娘が、理屈で議長には勝てないよなーと、書きながら思いました。
勝てるとすれば月並みだけど、感情論かなと。なにひとつ失ったこと無いお嬢さんなら、議長も鼻で笑い飛ばしたかもしれないけど。どーにもならない世界情勢に翻弄されてトールを亡くしてるミリアリアが言うことなら、ちょっとはタリアさんに固執してる議長の内面に、触れる部分があったりするかもなー……と、作者の願望混じりに。