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■ メサイア 〔2〕


(……ええい、どうなってるんだ!? メサイア内部は!)

 何度掛けてみても話中のまま、繋がらず。
 タッドは、舌打ち混じりに受話器を叩き付けた。
 不通ではなく通話中になるのだから、モニカが寄こした番号が間違っていたとも言い切れないが、繋がらなければ意味が無い。
 回線の先にデュランダルが居るのか、まったく別の政府関係者が座っているのかも定かでなく――そもそも連絡が取れたとして、なにを言うつもりでいるのかさえ自分でもよく分からなかった。
(よりによって、あんなモノを……)
 プラント侵略の意図が無いのなら、オーブは、レクイエムさえ壊せばザフト基地宙域から退くだろう。
 医学界の識者のみならず、支持母体たる一般人までもがプラン導入を拒否すれば、さすがのデュランダルも実行は断念するはず。
 一時休戦となれば、あとは各国首脳陣による譲歩交渉の問題であって。
 ロゴスが瓦解した世界はそれでも少しずつ、最も無難な形に落ち着くだろうという予測は、ものの見事に外れてしまった。

 前大戦で使われた “ジェネシス” と同種の兵器を用い、味方まで巻き添えにして敵艦隊を薙ぎ払うという、“人道的” とはかけ離れた暴挙を引き金に、戦闘は激化の一途を辿り――今はメサイア外壁に取り付いたオーブ軍と、ザフトが睨み合いを続けている。
 困惑する市民を放置したまま、反対や疑問の声は報道規制で押さえ込もうとしているようだが、それもいつまで持つか。
 要らぬ争いは避けて通り、他者による評価や世間の目に重きを置くタイプであった、自分が知るデュランダルと、現状との乖離は不可解極まりなく――議長命令と見せかけ、メサイア内部の指揮権は、ナチュラル殲滅を目論む何者かに奪われているんじゃないかという気さえしてくる。

 ニュース画面には、今にも炎上して崩れそうな要塞が映っており。
 カナーバたちも、旧クライン派やザラ派の構成員と連絡を取り、ザフトや行政府内の動向を掴もうとしているが、デュランダルの側近と呼べる役職の者は皆無で要領を得ないようだ。
 特に、愛息子がザフトを敵に回し、エターナルの援護に付いてしまったらしいエザリアの半狂乱ぶりは、見ていて気の毒になるほどだった。
 立場としてはタッドも同じだが、経験も二度目となれば驚きこそすれ取り乱すほどではない。馬鹿息子という認識が、大馬鹿息子に変わっただけだ。
 ただ、ジュール隊の母艦に何事か起きたようで、それはさすがに気に掛かったが――

×××××


 シホ・ハーネンフースは、息詰まるような緊迫感漂うメサイア宙域、デコイの陰に一人身を潜めていた。

 本隊へは、もう引き返せない。
 “ボルテール” と “ルソー” の位置はレーダーで掴めたが、現時点での合流に意味はないだろう…… “敵に寝返った男が隊長を務めていた艦” として共犯容疑をかけられ、同胞に監視されている状態とあっては。

 そもそもは増援部隊の一員として戦場に辿り着く寸前になって、軍本部から、まだ近づくな、少し待て――オーブ艦隊を一掃する、ネオ・ジェネシスを撃つと連絡が入ったのだ。
 その段階では何も知らなかったから、ただ母艦を心配して、とっくに発進準備も済ませていた機体のコックピットから通信を入れた。
 ジェネシスが発射されると聞いたが、射線上からの退避は完了しているかと。
 敵味方入り乱れる混戦下では、電波障害による受信ミスも考えられるから、念の為にと思って。

 間もなく旗艦の長から 『ありがとう、助かった』 と返信があり。
 イザークとディアッカは、敵艦エターナルを援護している――つまりはザフトを裏切ったという寝耳に水の事態を報されることとなった。
 それがザフト本部に知れた時点で、彼らの “グフ” と “ザク” は敵としてデータベースごと書き換えられており。
 当然、ネオ・ジェネシスに関する情報など送られて来る訳が無い。
 同じ嫌疑をかけられてしまった二隻や、ジュール隊機も同様に。
 とっさに危うさを察したボルテール艦長は、シホから届いた警告文をイザークたちの元へ転送――それが功を成したか否かは不明だが、とにかく隊長たちはジェネシスの一射を避けきったと。
 
 ……他方。
 当初は、隊長が出撃際に残した 『後ろから支援だけしていろ』 という指示に従っていた二隻だが。
 イザークらの離反行為が少し遅れて本国にも伝わったらしく、唐突に僚艦から告げられた “容疑” と投降勧告――どうすべきか迷ったものの、
『訳も分からずに捕まって見ているだけしか出来なくなるより、援護に向かいたい』
『プラントの不利益になるようなことを、隊長たちがする訳ない。相応の理由があるはずだ』
『ずっとアスラン・ザラのスパイ疑惑について調べていたから、真犯人が誰だか判ったんじゃないか?』
 そういった意見が相次いだ為、両艦長も腹を括ってイザークたちの後を追うべく、追撃を振り切ろうと試み――警告文を送ったまでは良かったが、自分たちもジェネシスから逃れようと転針した方向がマズかったため、結局ザフトに追いつかれ動けなくなった。
 今は両軍が膠着状態であるため、艦内捜索や尋問などはまだ行われず、四方八方を囲まれたまま待機している形だと。

 ならば自分は、どうすべきか?
 とにかくイザークかディアッカに、なにをどうするつもりでいるのか確かめなければ、のこのこと出て行ってもジャマになるだけだ。

(……上手く繋がってくれれば良いけど)

 出来ればザフトの誰にも、エターナル側にも傍受されたく無い。
 砲火にさらされているに等しいほど神経を張り詰めながら、シホは、通信機の周波数を弄りスイッチを押した。

×××××


 少しでもタイミングが遅かったら、オーブ艦隊もろとも死んでいただろう。
 ボルテールから “警告” が届かなければ、自分もディアッカも――ネオ・ジェネシスに焼き尽くされて。

 だから咎められる立場じゃない。
 けれどイザークは、コックピットのモニターを睨みつつ歯噛みしていた。

( “後ろから支援だけしていろ” と言っただろうが……っ!)

 隊員たちがザフトの責務を全うしていれば。
 万が一、自分が “失敗” して、裏切り者の烙印を押されたまま宇宙の塵になったとしても――彼らは、なにも聞いていなかった知らなかったと答えれば良かったはずだ。
 軍部から取り調べを受けることになったとしても 『過去、三隻同盟に関わっていた両名が寝返っただけ』 と、切り捨てられたろうに。
 エターナルを庇い、ザフトに銃口を向けた者へ情報を流したとあっては、全員共犯と決め付けられても弁解出来まい。
 元より、犬死するつもりで出てきた訳ではなかったが、さらなる重圧は避けられなかった。

 少しでも気を抜けばその瞬間に襲い掛かってきそうなザフト艦隊を牽制しながら、いつ膠着状態が崩れるかに神経を尖らせていたイザークの手元――通信機が不意に音を立て。

「シホ……!?」
 モニターに映った馴染みの顔に、思わず目を丸くする。
 本国に残してきたはずの彼女が何故、どこから――と困惑するも、すぐさま見知った識別コード反応をレーダーに捉えて悟る。
「ネオ・ジェネシスが発射されると、ボルテールやルソーに報せたのは……おまえか」
〔え? ええ〕
 シホは、一拍遅れて頷いた。
 考えてみれば、軍本部がジュール隊の艦に警告を出す訳が無いのだ。
 離反者が出た時点で多かれ少なかれ母艦にも嫌疑はかかっているのだし、最前線まで出てきていなければ、後回しにしてもジェネシスに巻き込まれる心配は無い。
 だとすれば――おそらくシホが、増援部隊の一員として。
「今すぐ本隊へ引き返せ。イザーク・ジュールの離反を知らなかったと言えば、ここで見咎められるより疑いも軽く済むはずだ」
 自分たちの次に危うい立場に、飛び込んで来てしまったということだ。
「俺たちはエターナルを援護している。ザフトを敵に回したんだ、判るだろう?」
〔嫌です。そうした理由を教えてくださるまで、指示には従えません〕
 間髪入れず拒否して退けた部下の頑なさに、イザークは少し戸惑う。
〔なにか考えがあってそうしていらっしゃるのでしょう? 私はジュール隊員である前に、ザフト軍人です。目的が定かでない命令は聞けません〕
「だったら……そこから動くな。メサイアに、なにか動きがあるまで隠れていろ」
 結局、こうして隊の連中を巻き込んでしまった以上は、潔く手を借りた方が事も上手く運ぶだろう。
「この戦闘が、どういう決着に終わろうと、俺はエターナルに着艦する。その申し入れはディアッカがやる――交渉事にはアイツの方が向いているからな」

 そう思い直したイザークは、意を決して告げた。

「おまえは、俺と一緒に来い」

 いつだったか、シホが口にした台詞を思い出す。
『隊長ご自身が “なにかおかしい” と判断して、異議を申し立てるなら。私はもちろん、皆も全力でサポートすると思いますよ』
 自分が、これからやろうとしていることは……彼女の理解を得られるだろうか?



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当初、タッドもミリアリアと同じく通信機越しにやりあう予定だったんですけれど。デュランダルにとって、メンデルで持論にケチつけたお偉方はもう 『過去の人間』 に過ぎなくて、タッドも相手を気にしちゃいるけど、対立者って意味でとことん付き合うほどの覚悟や重さは無いだろうなー……と思ったら、双方にとって今更だなと思いました。その諦念感が、年齢的な意味ではなく “大人” の限界であって、だから子供に未来を託すって話をよく見かけるんだろうなーとも。