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■ 宇宙に降る星


 ……議長との通話が途切れた後。

 メイリンが割り出した、その居場所と思しき位置をキラに伝え。
 彼を追ってメサイア内部に突入したアスランも、援護に向かい。
 長いようで短い時を経て――ザフトの移動要塞は、あちこちから火柱を吹き上げ崩れていった。

 寸前に、膨れ上がる熱量を感知したアークエンジェルは、ひとまず両者の母艦収容を断念。エターナル共々、慌てて外壁から飛び離れ。
 こちらを包囲していたザフト艦群も同様に、散り散りに退避。
 動力部を損傷して制御不能に陥ったんだろう、半壊したメサイアは――自ら巻き起こした爆風に煽られ、月面に激突した衝撃で、また大きく砕けて横倒しになり――もうもうと立ち込める煙が赤黒く、辺りを照らす。

 “赤色巨星”

 ふと、そんな単語が思い浮かんだ。
 まだカレッジに通っていた頃、授業で習った、星の一生。
 宇宙に生まれたときは青白かった惑星も、寿命が近づくにつれ、だんだん肥大化して赤くなっていき――末路は、その重さによって異なる。
 雲のように霧散して、静かに消えゆくか。
 ときに太陽の百億倍もの閃光を放ち、一瞬にして吹き飛ぶのだと――

 そうして潰れた貝殻のように原形を失って炎上する岩塊を、固唾を呑んで見つめていたクルーの耳に、
〔ジャスティス、フリーダム、シグナルを確認! イエロー8デルタ!!〕
 キラとアスランの生存を告げる、明るい報せが響いた。
 二人とも無事に自力脱出を果たしたようだ。
 ほっと空気の緩んだブリッジに、ほどなく、メサイア内部で何があったかについて通信文が届く。

 まず、大勢の警備兵に阻まれるという予想は外れた。
 砲撃による爆発が原因と思しき死骸の他に、内輪揉めでも起きたか、ザフト兵の銃殺体が通路のあちこちに転がっていて。ばたばたと行き交う兵士たちは伝令や消火活動に追われ、何事か言い争っている集団も多く、足音がする方向を避けつつ進んで行ったキラは運良く、目的地まで誰にも見咎められることなく――
 “有名人” であるアスランは、侵入者の存在を告げるアナウンスが行き渡った後だったからだろう、さすがに気づかれ攻撃されたものの、それでも一人で応戦できる程度の人数だったと。

 そうやって二人が辿り着いた、司令室らしき部屋。
 議長以外に生存者は誰もおらず、内装は黒焦げでボロボロに剥がれかけ、照明も壊れた薄暗い空間で。
 ギルバート・デュランダルは、レイという名の少年に撃たれて倒れ。
 なにを思ってか単身駆けつけてきたグラディス艦長も、マリューへの伝言ひとつを残して、彼らと共に崩落するメサイアに留まったと。

 議長は、こちらの不審の理由をすべて見透かし自覚しているようでもあったけれど。
 決定的なことは何も言わず、聞き出せぬまま。
 本当ならば、三人とも連れて避難すべきだったんだろうが――銃を掲げたグラディス艦長の、物静かな迫力に逆らえなかったという。

 駿足の彼らが全力で走ったからこそ、爆発間近の要塞から逃れられたのであり。
 その場に残ろうとするグラディス艦長たちを説得して、瀕死か、すでに絶命していたかは定かでないが、動かぬ議長を抱えて脱出しなければならなかったなどと責める訳にもいかず。

 起きたこと、現実は、いくら過去を悔いても変わらない。
 ならば今からどうすべきか?

〔こちらは “エターナル” 、ラクス・クラインです〕

 半ば呆然と凍りついたような一帯に、歌姫の声が流れ出す。
〔ザフト軍、現最高司令官に申し上げます。わたくしどもは、この宙域での、これ以上の戦闘継続は無意味と考え、それを望みません〕
 しかしメサイアを失ったとはいえ、まだザフトの方が圧倒的に多い。
 このタイミングで停戦して助かるのは、補給ルートを持たぬオーブ勢であって、プラント側に利は薄いと思われた。
〔どうか現時点を以っての、両軍の停止に同意願います。繰り返し申し上げます――〕
 拒否されれば、こちらも応戦せざるを得ない。
 オーブ本土を危険にさらす訳にはいかないからだ。
 しかしザフト司令部が首都・アプリリウスに移れば、以前、バルトフェルドが危惧していたように、プラント本国を脅かす戦闘になってしまう。
 ……果たして、応じてもらえるか?
 
 ラクスの呼びかけが始まって、何秒、何十秒――祈るような気持ちで、プラント側の出方を待ったろうか?

 不意に、ザフト艦群上空で、鮮やかな光が瞬いた。
 淡い水色、緑、ピンク――

 帰還信号。

 相手の意を受け、オーブ軍、各艦長からも指示が飛ぶ。
 ひとつ、ふたつ、みっつ。
 さっきまで飛び交っていたレーザー砲やビームじゃない、破壊による爆炎でもない新たな光が、真っ暗だった宇宙を照らし出していく。
 花火のように、生まれたての小さな星のように、きらきらと。
 その数は、日暮れに一斉に灯る住宅街の明りのように、あっという間に増えて、増えて――艦窓からでは全てが見渡せないほどに広がっていった。

(……流星群みたい)

 ずっと強ばっていた身体から、思わず力が抜けていく。
 まだ、なにひとつ解決してはいない状況も忘れて、ミリアリアは束の間、色とりどりの幻想的な情景に魅入った。

×××××


「――よ、お疲れさん」

 両軍のモビルスーツが、ほぼ母艦へ戻り終わった頃合に、ボルテールから通信をかけると。
〔ディアッカ君……〕
 すぐさまアークエンジェルから応答があった。
〔あなたたちだったのよね? エターナルを援護してくれていた、ザフト機は〕
「まあね」
〔感謝します〕
 こっちが味方とまではいかずとも “理解者” であると信じて疑わぬような、マリュー・ラミアスの微笑に、ディアッカは苦笑して返す。
「べつに頼まれた訳じゃないし? 俺たちの判断でやったことだから、礼は要らねーけど――あんたら、これからどーすんの?」
 “どうって?” と言いたげに小首をかしげるミリアリアの姿が、視界の端に映るのを、なるべく見ないようにしてディアッカは続けた。
「戦闘停止したは良いけどさ、ここじゃ補給も休憩も出来ないだろ。いったんコペルニクスに引き返すワケ?」
〔オーブ政府に指示を仰いでいる最中だ。なんせ自由都市のお偉方からも睨まれてる身の上なんでねぇ、どうしたものかと思ってるんだが……プラントの現責任者は、誰なんだ?〕
「ザフト司令官はタカオ・シュライバー、議長代理はルイーズ・ライトナーだ。俺たちは一応、そっちの責任者を、アプリリウスに連れて来るよう命令されてんだけどね――オーブ側の言い分を、あらためて聞きたいってんで」
〔シュライバーにライトナー、か〕
 こちらが告げた名を繰り返したバルトフェルドが、ふぅむと唸る。それぞれどういう人物だったか、おぼろげな記憶を辿っているんだろう。
「そっちの総責任者は、誰になるワケ? あんたでなきゃ、ラミアス艦長? 演説担当はラクスだろうけどさ」
〔あー……准将だ艦長だって肩書きはあるが、便宜上の部分もあるしなぁ。俺とラミアス艦長、元ファントムペインの大佐殿。ラクスにアスラン、ホーク嬢も出向かなきゃ始まらんだろうな〕
 気だるげに、艦長席から身を起こしたバルトフェルドは、
〔それから当然ザフトも知っているだろうが、コペルニクス郊外の劇場で “歌姫” が撃ち殺された件――被害者の遺体は今、現地の警察局に預けてある。どっちが本物かって水掛け論は、御免被りたいんでね。指紋や筆跡の鑑定を進めてもらっているところだ――捜査状況の確認を取ってもらえると助かるんだがな〕
「オーケイ。上に伝えとくよ」
〔ああ、もうひとつ。デスティニーとインパルスのパイロットを、アスランが拾ってきた。機体が壊れて母艦に戻れず、月面に座り込んでいたらしくてな〕
 シン・アスカと、ルナマリア・ホークか。
 シュライバーからはMIAと聞き及んでいたが、ひとまず無事でいたらしい。
〔二度も勝手にザフトを抜けたからには、アスランも疑われて当然だろうが……ディオキアでキラたちと接触したときに話していた内容くらい、目撃者である “彼女” に訊いてもらいたいんだがね。少なくとも、スパイと受け取られるような会話じゃなかったはずだ〕
「りょーかい。こっちも、いくつか調べを進めてることがあるけど、そこらへんは後でシュライバー委員長にでも聞いてくれ」
 “裏切り者” は要塞メサイアに居ただろうこと。
 ロゴス幹部の邸宅捜査も、そろそろ結果が出るだろう。
 野外劇場の監視カメラ映像の修復も、うまく行ってると良いんだが。

〔オーブより通達。アスハ・セイラン・グロード――三首長家による連名です〕

 バルトフェルドとのやり取りを遮るように、チャンドラが声を上げた。
〔各艦の長、及び諸容疑の当事者は、プラント政府の求めに応じて事情を説明しておくこと――オーブ使節団が到着次第速やかに、対話の席に着けるよう誠意を尽くすようにと〕
〔そうですか……まずお話に伺わなければならないのは、わたくしとアスランだと思います。彼は今、メイリンさんのお姉様たちに付き添っていて〕
 オペレーター席を振り仰いだラクスに、赤毛の少女が答える。
〔すぐブリッジへ上がる、とのことです〕
「いーよ別に急かさなくて。さすがのアスランとキラも、バテ上がってるだろ?」
 それをディアッカは、軽く片手を振って制した。
「どうせ後で誰より根掘り葉掘り訊かれるのは、アスランなんだし? だいたいの経緯は俺たちも想像ついてるし、ライトナー議員も聞く耳は持ってるだろ。ウチの隊長と補佐官そっちに行かすから、二人を案内役にしてプラントまでご足労いただければ、それでいーって。パイロット連中は、アプリリウスに着くまで休ませといてやれよ」
 そうして肩を竦め、続ける。
「それにあいつらモビルスーツ操縦の腕は超一流だけど、話はヘタクソの部類だからな。イザークと顔付き合わせたら、かなりの確率でケンカになるぜ」
 バルトフェルドが 〔確かにな〕 と苦笑い。
〔分かりました、お気遣いありがとうございます……ジュール隊長は、どちらに?〕
「識別出来る? 俺と一緒にエターナルを援護してたペールブルーの “グフ” と、一緒にいるもう一機」
〔ああ、あれですね――ハッチ、開きます〕
〔お願いします〕
 ラクスの視線を受け、ダコスタが応じて。

「いってらっしゃーい、隊長。歌姫ご一行様の護衛よろしくー」

 サブモニターに映る馴染みの顔に目配せすれば、
〔…………〕
 苦虫を噛み潰したような表情のイザークが、無言で機体を翻し――同じようにシホが続くのを、ディアッカは、やっぱり来ていたかと驚きもせず見送った。

 しかし、二年前にもしょっちゅう思ったことだが……能天気な奴らだ。
 まったくもって付け入る隙だらけ。

 ボルテール、ルソーの背後には、ずらりと控えたザフト艦群。
 おそらくアークエンジェルの面々は、停戦申し入れを聞き届けてくれた、すでに敵ではない相手という認識でいるんだろうが――実際は、こっちが少しでも妙な素振りを見せれば蜂の巣にされかねないというのに。
 “すいませーん。被弾してるんで、母艦に戻りたいんですけどー”
 と訴え。
 四方八方から向けられたライフルがいつ火を噴くかと、内心ひやひやしながら、監視下に置かれたボルテールへ帰り着いたものの。
 こうして未だ拘束されずにいるのは、国防本部のシュライバーが直接に口添えしてくれたからだ。
 大義名分をひとつ与えることによって。
 しかし、無条件の終戦に納得する奴もいれば、そう簡単には収まらない連中もいる――エターナルやアークエンジェル、フリーダム、ジャスティスを前にして、撃ちたくてウズウズしている輩も多いだろう。
 モビルスーツ戦では無敵に近いキラたちも、機体を降りれば生身の人間。
 プラント本国へ連れて行くとなれば、それなりの体裁を整えなければ、案内役を仰せつかったこっちの命が幾つあっても足りやしない。

 ……あとは “役者” が、上手いことやってくれると良いんだが。



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執筆にあたり、運命最終話をエンドレスにPCでリピートしています。映像に併せてラクスの歌が流れる感じは、すごく良いのになぁ……。まずはディアミリで進行、次はディアイザで舞台裏描写かな。