■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

NEXT TOP


■ LAST MISSION 〔1〕


 着艦したエターナルの通路を、真っ直ぐにブリッジへ向かいながら――イザーク・ジュールは内心、苦々しく舌を打つ。
(……ふざけた奴らだ)
 “元三隻同盟の一員” の弁を真に受け、こうもあっさりザフトを招き入れるとは。
 自分の白服、シホが纏う赤が何を示すか、知らない訳があるまいに。ここの連中にとってはもう、元の意味も重さも失われて久しいということか?

 乗艦にあたって身体検査も無く、武器の没収さえされず。
 前を行く、見知らぬ一般兵は問われてもいないのにペラペラと、ここへ至るまでの苦労談を続けている―― “待ちに待った友軍” を迎え入れでもしたかのように。
 そんな認識でいるのだとすれば。この待遇が、信頼の証だとでも言うつもりなら……お笑い種だ。
 まったくもってディアッカの予想どおりの対応で、そうなるだろうと聞かされていた側としては驚く必要も無いはずなのに、鬱屈とした気分は増すばかり。
 もしもこの道を進んでいった先に銃口が待ち受けているなら、むしろ褒めてやりたいとさえ思ってしまう。
 尤もジュール隊の長としては、そうなっては都合が悪いのだが。

『知ってんのと、思い知るってことは別物なんだよなぁ――』

 プラントに、ザフトに散々な損害を与えた、歓迎される立場ではないという意識を持つ一方で。
 自分たちは間違っていない、だからいずれ正しさは証明されるはずだという、決定的な甘さが根底にある。
 善意の塊、だから分からないんだとディアッカは言った。
 その経歴と不釣合いなほど “憎まれる” 体験に乏しい。個人的な人間関係のもつれによる罵り合いは経験していても、不特定多数から正面きって糾弾される場に追いやられたことは無い。
 本来なら前大戦の最中、戦後にも、嫌になるほど直面していそうなものだが。
 通常の軍務には就かず、長らく孤立無援で逃げ惑っていたアークエンジェルクルー。ザフトを敵に回すまではプラントのVIPだった歌姫と、その支持者たるクライン派。さらには、地球連合が攻め込んでくるまで戦火に巻き込まれずにいた、中立国の姫君と部下一同――そんな顔ぶれが、戦後さっさとオーブへ引っ込み匿われて、なんの責めも負わずに済まされれば、実感が伴わずにいて当然かもしれなかった。
 加えて、劣勢時に手を貸してくれた者は敵ではない。味方になってくれると――なまじ “前例” がある故の、先入観があるだろうとも。

 ……ちら、と。
 一歩遅れて付いて来るシホを、肩越しに盗み見れば。
 ある程度親しい人間にしか判別出来ないであろう、苛立ちと呆れが滲んでいた。

 そのままザッと、辺りを眺め渡す。
 前大戦後に造り変えられているかという懸念は外れ、ほぼナスカ級に共通する内部構造だ。フリーダムやジャスティスと違って大破してはいなかったから、大掛かりな改修も必要無かったんだろうが。

「こちらです」

 指し示された先、しゅんと扉が開き――これまた既視感を覚えるブリッジが目に飛び込んでくる。
「ラクス様、バルトフェルド隊長。ジュール隊長、及び補佐官殿をお連れしました」
 ザフトの緑服に袖を通したクルーが、まず左右に二人ずつ、計4人。
 ツカツカと足を踏み入れれば、指揮官が全体を把握しやすいよう、途中から床が斜面状に低くなっている様子が見て取れた。ぐるりと艦窓に面したオペレーター席には、こちらも緑服が5人。
 上下の境を成す、前列の席には、一人コートを羽織った異質な装いのバルトフェルド。
 それより一段高くなった、ほぼ中央に位置するイス……さらに軍艦には不似合いな。緩やかに、ひるがえる薄桃色の長い髪。

「お久しぶりです、ジュール隊長」

 ふわりと席を立ち、音も無く床に足をつけ。にこやかに顔を上げた歌姫は、
「初めまして――」
 シホに視線を移しながら、挨拶しようと開きかけていた唇をピタリと噤み、淡いブルーの瞳を瞠った。
 イザークが、その左胸に照準を合わせ、無言で拳銃を突きつけたからだった。

「……!? 貴様、なにを!!」

 本人以上に、ブリッジの空気が凍りついた。
 ばらばらとイザークへ向けられた銃口、その射線上に、さっとシホが立ち塞がりエターナルクルーを牽制する。

 血相変えて立ち上がった顔ぶれの中には、マーチン・ダコスタの姿もあった。前大戦時は、北アフリカ駐留軍にてバルトフェルドの副官を務めていた男だ――今も “砂漠の虎” に付き従っているらしい。
 それからもう一人、ぱっと目を惹く赤毛の少女。
 アスランと共にジブラルタル基地から脱走したという、メイリン・ホークだ。

 格納庫まで出迎えに寄こされ、ここまでイザークたちを案内してきた男は、入り口付近に突っ立ったまま蒼白になっている。

「……おいおい、イザーク・ジュール。まさか、この艦を乗っ取りに来たのか?」
「ハイジャック犯は、あなた方でしょう?」
 副官席に座したまま軽口を叩く男に、シホが冷たく切り返す。
「 “エターナル” はザフトの艦です。さらにはディオキアでのシャトル強奪、クルーへの暴行――追撃に出たモビルスーツ隊を破壊するだけでは飽き足らず、ご丁寧に、管制室や発着場まで砲撃して――被害総額が幾らになったか。何十人の死傷者が出たか、ご存知ですか?」
「いやあ、耳が痛いなあ」
 バルトフェルドは、ぽりぽりと顎鬚を掻いた。
「しかしエターナルはともかく、例のシャトルは返却したはずだがね」
「会話に通訳が必要かしら? あなたの現住地では、どことも知れぬ宇宙空間に乗り捨てていくことを “返却” と表現するの? ……しかも、クルーを殴って身動き取れぬよう縛り上げておいて? 捜索隊の発見が遅れたら、彼らは餓死や窒息死していた可能性だってあるんですよ」
「ごもっとも」
 茶化すような口調で相槌を打ち、
「だが、そんな乱暴な武装グループを捕まえに来たにしては、たった二人でというのは無謀じゃないか? 彼らが一斉に発砲すれば、さすがに逃げ場は無いだろう?」
 顎をしゃくるようにして、拳銃を構えた部下たちを示してみせる。
「撃ちたければ、どうぞ。ご自由に」
 けれどシホは素っ気なく応じた。おそらく、顔色ひとつ変えていないだろう。
「ただ、私が倒れるよりも、隊長が “オーブの歌姫” を撃つ方が早いでしょうけれど――そうして 『テロリスト捕縛』 の一報が入らぬまま、この艦が動き出せば――我が隊の旗艦が、主砲を撃ちます」
 バルトフェルドたちが立つ下層からは、歌姫の座席やラクス自身が壁となり、イザークを直接狙えない。
 上段にいる連中も、それなりに訓練を積んだ兵士なんだろうが、女だてらに “赤” と認められたシホを凌ぐ腕を持つ者はいないだろう。
「分かった分かった。だから、それだけは勘弁してくれ」
 肩を竦め、軽く両手を挙げてみせる “砂漠の虎” を視界の端に捉えつつ。イザークは、眼前の少女を睨み据えていた。

「……わたくしを、殺しにいらっしゃったのですか?」

 驚きの表情はすぐに、掴みどころの無い微笑に変わり。
 物騒な台詞を、涼しげに口にする。
 最後の記憶から丸二年が過ぎ、もはや少女と表現するには難のある雰囲気を醸し出す、ラクス・クライン。
 “プラントの歌姫” 以外の何者でもなかった昔であれば、ただ無邪気なことだと脱力するだけだったろうが――もう、以前と同じ言い訳は、市民に対してさえ通るまい。
 かつて母・エザリアが使った、彼女は 『平和を願う心を利用されただけだ』 という方便は。

「プラントに攻撃を仕掛けてきた、オーブ軍の総司令官を連行しに来た」
「プラントに危害を加える意図はありませんでした。わたくしたちは、レクイエムや、ジェネシス――あの大量破壊兵器を排除したかっただけです。この世界から」
「プラントを守る為の組織がザフトだ。その基地に攻め込んで来ながら、プラントと敵対する意志は無いなどという詭弁が通用すると思うのか?」
「けれど壊さなければ、あのままにしておけば、ザフトはあれでオーブを撃ったのでしょう?」
「撃つ撃たないを決めるのは司令部だ。俺に訊かれても答えようが無いな……それとも、撃たれて当然だという自覚があったか」
「降伏勧告もせずにアルザッヘルを撃ったでしょう? オーブはロゴスの残党だと、誤解されているようでしたから」
「違うとでも?」
「違います。誓って」
「信用出来んな。口先だけなら何とでも偽れる」
 何故かは分からない。
 しかしラクスの言葉を突っぱねるのは、ひどく精神的に骨の折れる作業だった。
「現実に、オーブは大西洋連邦と条約を結び、アークエンジェルともどもミネルバの行軍を再三妨害した挙句、ロード・ジブリールを匿い、ダイダロスへ逃れる手助けをした」
「その結果を招いてしまった事実は認めます。けれど――カガリさんは、民の暮らしを守りたかった。わたくしたちは、戦争を止めたかっただけです。ロゴスを支持するものではありません」
「信用ならんと言っている」
 実際、その所業を上げ連ねれば、なにをしでかすか見当も付かない危険人物ではあるのだが。
「戦闘をやめろ、道を開けろという、そちらの呼びかけに惑い動きを止めたザフト機を、薙ぎ払って侵攻して来る軍隊などは」
「オーブを撃たせる訳にはいかなかった、時間が無かったのです。せめてコックピットが損傷しないよう、パイロットの皆さんも留意なさっていたのですが……」
「申し開きは、評議会に対してすることだ。とはいえ、メサイアが破壊されてデュランダル議長とは連絡が取れない――当面は、ルイーズ・ライトナー議員が代理となるがな」
「デュランダル議長はメサイア内部で撃たれました。生死の確認は出来ませんでしたが、生きてはいらっしゃらないでしょう」
「要塞に侵入していたフリーダムか、ジャスティスのパイロットが殺したか?」
「いいえ。撃ったのは “レジェンド” のパイロットだったという少年です」
「……ふざけた作り話だ」
「虚偽ではありません。事実です。キラが現場にいて、見て来たのですから」
「そのキラ・ヤマトが、何故、議長と同じ場所にいた?」
「議長に直接、お話する為です。オーブはプラントと争いたくない、だから攻撃を止めてほしいと――」
「馬鹿げた理屈だな。侵攻して来たのはそちらだろう? ……キラ・ヤマトが議長を銃殺し、居合わせたザフト兵に罪をなすりつけようとしていると考えた方が、よほど辻褄が合う」
「違います! それに――お話すれば長くなりますが、ロゴス支援の疑惑とは無関係に、議長個人がオーブを撃ちたがっていたという根拠は」
「信用ならんと、何度言えば分かる?」
 そうやって睨み据えれば微笑は消え、少し悲しげな顔つきになった。
「それでは、なぜ、ディアッカさんとお二人で、この艦を援護してくださったのですか?」
「容疑者が死んでは尋問も何も出来なくなるだろう」
「……帰還信号を上げて、モビルスーツを撤収なさった理由は? 停戦に合意してくださったからではないのですか?」
「いつ誰が、そんな声明を出した?」
 つい緩みそうになる敵愾心を保ち続けていられたのは、背中を守るシホの存在があったからこそだろう。
 今ここで、引鉄にかけた指を、一瞬たりとも緩める訳にはいかなかった。
「元々ザフトは、攻め込まれたから応戦していたんだ。どんな裏があれ侵略者がモビルスーツを引っ込めた以上、戦闘を続ける理由は無い――そちらの “大量破壊兵器” が機能しなくなるよう、指揮官を取り押さえる必要はあるがな」
「そうして、アプリリウスへ連れて行くと?」
「最初に言ったはずだ。プラントに攻撃を仕掛けてきた、オーブ軍の総司令官を連行しに来たと――容疑に反論したければ、公の場に出てすることだ」
「……分かりました」
 ようやくラクスは、イザークに訴えることを諦めたようだった。
「銃を下ろしてください、皆さん」
 エターナルクルーは仰天して歌姫を見つめ返すが、シホは微動だにする気配もなく、ざわつく空気を押し返している。
「わたくしは、この方に同行いたします」
「なんてこと仰るんですか! 相手は連行って言ってるんですよ!?」
「アスハ邸を襲った暗殺者の素性も、未だ掴めないまま――捕まったら何をされるか!!」
「わたくしを殺す為だけにお越しになったのなら、先ほど、なにも言わずに銃を撃たれていたでしょう」
 クルーの反対を遮り、また微笑を浮かべて問いかける。
「指示に従えば、話を聞いていただけるのでしょう?」
「俺たちは、そう解釈している……アプリリウスにいる議員方の総意かは分からんがな」
「――では、お会いして確かめてまいりますわ」
 ラクスの返答に、いよいよブリッジクルーが騒然とし始めた、そのとき。

「すまない、イザーク。遅くなった」

 タイミングが良いのか悪いのか、アスランがのこのこ現れて、
「シンたちが、やはり、なかなか艦内には降りたがらなくて……ん? どうしたんだ?」
 例の緑服がまだ扉の前に突っ立っていて視界を塞ぎ、すぐには状況が掴めなかったんだろう、ひどく呑気に問い――次いで、唖然と叫んだ。
「イザーク……!? ラクス!」
「動くな」
 間髪入れず、冷ややかに威嚇するシホの声。
「……馴れ馴れしく呼ぶな。この脱走兵が」
 イザークは、あえて振り返らず続ける。
「貴様らは全員、容疑者だ。軍務不服従、脱走、シャトル強奪――罪状を数え上げればキリが無いがな」
「…………」
 ようやく事態を呑み込んだらしいアスランが、黙ったのと入れ替わり、エターナルクルーが火が点いたように騒ぎたてる。
「あ、アスラン・ザラ! そいつらを取り押さえろ!!」
「よりにもよってラクス様をプラントに連行するなどと、まるで罪人扱いをして――!!」
「士官アカデミーの成績……総合トップは俺でしたが」
 唐突に、なにを言い出すかと思いきや、
「射撃だけは二位だった。一位を取ったのはそいつ、イザーク・ジュールです」
 アスランは、こっちが面食らうような昔のことを口にした。
「戦後、滅多に銃を取ることも無い、アスハ代表のボディーガードとして過ごしていた俺と。ずっとザフトの最前線に立ち、訓練を積んでいた男と――差は歴然としているでしょう」
 これで形勢逆転だと言いたげに色めき立っていたオペレーター連中の顔色が、一斉に褪せる。
「もし、運良く勝てたとしても……あの至近距離だ。間違いなく、ラクスは死にますよ?」



NEXT TOP

シホ嬢とバルトフェルド隊長って、ものっすご相性悪そうだ……と、書いてて思いました。対ディアッカなんて比べものにならない、水と油な感じ。ラクスに拳銃を突きつけるイザークというシチュエーションは、前々から書きたかった部分なんですが、我ながら緊迫感の表現力足りないなー(汗)