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■ LAST MISSION 〔2〕


 ――やっと戦闘が止まった。
 まだプラント側と交渉や事実確認の必要はあるだろうけれど、それでも、ひとまず一息つける……と胸を撫で下ろしていたら。

『ブリッジが占拠された』

 エターナルから、寝耳に水の通信が入った。
『ラクス様が銃を突きつけられていて、反撃はおろか、敵兵を取り押さえることも出来ない』 と。
 冗談にしか思えず、“敵兵” という単語がイザークやシホを指しているとすら理解が及ばぬうちに、一斉に動き出したザフト軍艦に取り囲まれて――アークエンジェルを含むオーブ主力艦隊は、抗戦はおろか退却さえ出来なくなってしまっていた。


「どういうことよ!?」
〔相変わらず、おめでたい奴らだよねぇ……俺が言ったまんまに解釈してたワケ?〕
 たまらず、モニター越しに食って掛かったミリアリアに向かって、
〔支離滅裂な言い分で侵略してきたロゴスの残党の、 “停戦に同意願います” なんて手前勝手な提案真に受けて、警戒体勢を解く方がどうかしてんじゃない?〕
 再び正面モニターに映し出された人物は、飄々と肩を竦める。
 マリューたちは未だ戸惑い顔のまま、口論と表現するには温度差が激しい二人のやり取りを眺めていた。
〔ジュール隊に与えられた任務は、偽ラクスを筆頭にした武装グループの逮捕連行。そのテロ活動に手を貸してた疑いが濃厚なオーブ軍の砲撃も封じて、とにかく事実関係がハッキリするまで、プラント本国の安全を確保すること――少数精鋭で乗り込むにしたって押さえ込める数には限度はあるから、そっちのパイロット連中は “休ませといて” 欲しかったわけ。OK?〕
「だからオーブは最初から、ロゴスなんか支援してないんだってば!!」
「へー。ヤヌアリウスやディセンベルの残骸に向かって、同じこと言えるんなら言えば?」
「……う」
 不服に思いながらも反論は出来ず、そこで詰まる。
 オーブ政府がジブリールを匿い、シャトルを奪われた。ブルーコスモスの盟主を、ダイダロスへ逃げ込ませてしまった。望まぬ結果とはいえ、事実は事実――亡くなった人々や遺族にとっては、確かに、誤解も何も言い逃れとしか聞こえまい。
「なにも後ろ暗いことが無いってんなら、そこで大人しくしてろよ? ……んじゃ。俺、忙しいから」
 それだけ言い残して、ボルテールとの通信は途切れた。



 “作戦成功” の報せを受け乗り込んできたザフト兵によって、今やエターナルは完全に制圧されていた。アークエージェルを含め、他のオーブ艦も同様だろう。
 元々、クルーの数はたかが知れており。
 いくら一騎当千のモビルスーツを擁するとはいえ、生身の人間としての力量はまた別だ。
 警戒すべき相手はアスラン・ザラくらいのもので、他の乗組員はさほど脅威にならない。ラクス・クラインを押さえてしまえば、なおさら――しかし揃いも揃って 『ラクス様の命にかかわる』 というだけで萎縮してしまっている様が、不可解極まりなかった。
 ただひとつハッキリと言えるのは、ここにいる者たちはザフトの軍服を纏っていてもザフトに非ず、ほとんどが歌姫の私兵であること。
 国よりも個人を優先している時点で、軍人ではない。オーブ兵とすら呼べまい。
 それでもオーブ政府が 『自軍だ』 と明言している以上、交渉相手はアスハ代表に違いないが……。

「今のわたくしは、きっと――憎まれていますわね。プラントの方々に」

 バルトフェルドたちは散り散りに、艦内の別室で監視されることになり。しんと静まり返ったブリッジの片隅で、渦中の人物がぽつりと呟いた。
 窓の外にはザフトモビルスーツ隊が展開、ほぼ視界を埋め尽くしている為、プラントへと発進した後も景色の変化など無きに等しく。
「オーブで暮らしていた頃にも、武装した方々に襲われて、危うく無関係な子供たちまで巻き込んでしまうところでした。プラントへ降り立てば、また同じようなことが起きないとも限りませんし……」
 “偽歌姫” を見張る立場となったシホは、拳銃片手に壁に寄りかかったまま、視線だけをそちらへ向ける。
「アスラン、キラ。バルトフェルド隊長も、狙われる可能性があると思います」
 やや離れた位置にいる、警備兵や操舵士には聞こえないだろう小声だ。話しかけられているのか? だが、シホが応えずにいても気にした様子は無く――至近距離にある拳銃や、艦を制圧された現状に怯えるでもなく、独り言に近い呟きは続いた。
「これ以上、ご迷惑おかけせずに済めば良いのですが」
「…………」
 そんなことは、言われなくても分かっている。
 エターナルクルーの反撃、クライン派による艦外からの奇襲を警戒する必要に加え。
 混乱している今が好機とばかりに、政治思想や個人的な恨みを胸に、ラクスたちを亡き者にしようと狙ってくる輩は多いだろう――ザフトといえどジュール隊の顔ぶれ以外は、現状、どこに連合のスパイが紛れているかも知れず、逆にラクス支持者がそ知らぬ顔で潜り込んでくるケースも考えられる。アプリリウスに到着すれば、一般市民の動向にも留意しなくてはならない。
 なんの為に隊長が、危険を承知でこんな回りくどい手段を取ったと思って――そう文句のひとつも言いたかったが、少し考えて止めた。
 形勢をひっくり返す為に、こちらの油断を誘おうとしているのかもしれないし。
 ただ手持ち無沙汰で誰かと話をしたいだけだとしても、無事に身柄の引渡しを終えるまで、一瞬たりとも気を緩める訳にはいかなかった。



 ……礼くらい述べるべきかと考えていたのだ。
 尋問という名目の、面会に向かうまでは。

 もちろん万が一にも事情を知らぬ一般兵や上層部に盗み聞きなどされていては、なにもかもブチ壊しであるから、戦後処理に一区切り付いた後にしなくてはならないが――とにかくアスランは、すべて理解した上で “芝居” に乗ったものとばかり……だが。

「おまえ、いったい何を考えているんだ? ラクスが他のクルーを制止したから良かったようなものの――下手をすれば、おまえたちが撃たれて停戦どころじゃ」
 人を見るなり開口一番、とんちんかんな心配をくれて寄こす元同僚。
「ふざけるな!!」
 反射的に殴り倒せば、壁に激突して凄まじい音を立てる。
 同じ部屋に押し込められていた連中がギョッと目を剥く様子が、視界の隅にちらりと映るも、到底構っていられる気分ではなかった。
「なにを、だと? それはこっちの台詞だ!」
 オーブに亡命したはずの人間がいきなり戦場に現れ、“FAITH” 待遇でザフトに復帰したと思いきや軍務違反を繰り返した挙句に、スパイ容疑で射殺命令。まったくもって意味不明だ。
 こいつこそ、自分が置かれた状況を解っているのか? まさかあの “停戦申し入れ” だけで全て水に流され丸く収まるとでも? 違うと言うなら、どう収拾を付けるつもりだったんだ?
「……なぜ逃げ出した」
 うめくアスランの胸倉を掴んで引きずり起こし、至近距離で怒鳴りつけている間にも、右の拳がじんじん痛む――この石頭めが!
「オーブで二年もの間、なにをやっていたんだ!? 貴様はぁッ!?」
「…………まったくだな」
 殴られ問い質されておきながら、怒りも弁明もせず自嘲する。ああそうだコイツはこういう苛つくヤツだったんだ昔から!!
「答えになっとらんわッ! だいたい――」
「や、止めてください!」
 焦ったように、横から割って入ろうとした男には見覚えがあった。
「貴様もだ、キラ・ヤマト!!」
 とっさに床に放り捨てたアスラン同様、右ストレートで殴り飛ばす。
「うわっ!?」
 腹に堪える、骨と肉が軋む音。
 あっさり避けるかと思いきや、まともに拳を浴びてひっくり返った。倒れた方向にちょうど備え付けのベッドが置かれていたため、壁への激突は免れていたが――生身では、モビルスーツ戦と同じようにはいかないらしい。
「なァにが “止めろ” だ! ただ目立ちたいだけとしか思えんやり方で暴れ回りおって……」
 己の怒声と重なって聞こえた、アスランの抗議と思しき雑音は無視。
「そもそも “フリーダム” は前大戦で大破したはずだろうがッ!? ザフトとの戦闘が本意では無いというのなら、盗み出して使っていたモビルスーツの設計を使うな! そんなに世界を敵に回したいか!!」
「いや、僕が造った訳じゃなくて――」
「どこで造ったんだか知らんが、第三者の眼にどう映るか考えもせず乗っていたならメカニック共々同罪だ! 馬鹿者!!」
「……すみません」



 あっさり謝ったキラに、毒気を抜かれたか?
〔もういい! 貴様ら全員、法廷送りだ――覚悟しておけ!!」〕
 イザークは捨て台詞を残して、足音も鼻息も荒く、アスランたちが拘束されている部屋を出て行った。

 本来ザフト艦だったエターナルのメインコンピュータを、ボルテールの監視システムに接続することは容易く。
「おーいおい、捕虜暴行はマズイんじゃないの? 後で訴えられても知らないぜ」
 母艦の隊長室にふんぞり返って、アスランたちの様子を眺めていたディアッカは、スピーカー越しに冷やかす。
「せめて顔より、ボディー狙った方が目立たなくて済むのにさぁ」
〔うるさい!〕
 しかしイザークは、部下の忠言を肩を怒らせ一蹴。
「ひっで〜、心配してんのに。隊長殿が留守の間、これ以上波風立たないように、方々からの詰問質問、細心の注意を払って応対してんのに……労わられるどころか怒鳴られるって、報われなさ過ぎじゃない?」
〔やかましい!! 貴様はそこで隊長代理を続けろ、オーブの連中が馬鹿な真似をしないか見張っておけ!〕
「えー? そろそろ代わってくれよ。監視カメラのチェックはともかく、ジュール隊長をって本国から呼ばれたらどーすんの」
「シホ一人に押しつけて戻れる訳がないだろう。俺宛の通信は、エターナルに回せ!」
 それだけ言い置き、さっさとブリッジの方へ歩いて行ってしまった。

 まあ、後々面倒なことになろうが昇進に響こうが、グダグダ言い訳するような男でもない―― 『殴りたいから殴っただけだ』 と逃げも隠れもせず開き直るだろう。
 なにより、オーブ陣営の主だったクルーが揃って無傷では、ジュール隊の長が乗り込んでいって制圧したという体裁も嘘臭くなるし。アスランたちが涼しい顔で歩いている姿など目にすれば、恨みつらみを抱いている人間の殺意に火が付きかねない……仲良く頬のひとつも腫らしてくれていた方が、それらしく映るというもの。好都合だ。
 イザークにとって、あいつらを殴り倒す理由の比重が、どちらに傾いていたかは不明だが。

〔だいじょうぶですか?〕
〔あの。なにか薬を塗っておいた方が――〕
〔必要ない。俺が裏切って来たものの多さを考えれば、足りないくらいだ……〕
 手元のモニター内では、ひどく心配そうなオーブ兵たちに助け起こされた、アスランの声音が途中で変わり、
〔……だから、か〕
 ディアッカは少し驚いた。
 もしや、こっちの都合に気づいたか? あの鈍感男にしては、珍しい。
〔俺は殴られて当然だが、おまえは完全にとばっちりだな――すまない。立てるか? キラ〕
〔目がチカチカする……〕
 苦笑混じりに頷いた、キラも頬を拭いながら応える。
〔けど、うん。そんなに痛くはないよ――昔、カガリに殴られたときの方が、よっぽど突然でビックリしたし」
〔カガリ?〕
 場違いに、すっとんきょうなアスランの問いが響く。
〔殴られたって、おまえ……なにがあったんだ?〕
〔え?〕
 キラは一瞬、しまったという顔をした。
〔な、なにもないよ?〕
〔なにも無い訳があるか。なんで――〕
 そうして一緒に押し込められているオーブ兵を蚊帳の外に、イザークが目撃しようものならまたブチ切れそうな、緊迫感に乏しい会話を始めたので。ディアッカは溜息つきつつ、画面をアークエンジェルブリッジに切り替えた。


〔プラントに着いたら、どーいう扱い受けるのかね? 俺たち〕
〔さすがに、いきなり射殺されはしないだろうが――〕
 今後を憂えるブリッジクルーの困惑顔に対して、さっきとはまた違った温度差を感じさせる少女が一人。
〔……だいたい分かった気がします〕
 オペレーター席で頬杖をついているミリアリアは、どこかゲンナリした呆れ声で言った。
〔分かったって?〕
〔敵地に乗り込んだ加害者が、不用意に遺族の神経を逆撫でしたら、ろくな目に遭わないからおとなしくしとけって言いたかったんだと思いますよ。さっきのザフト兵〕
「…………」
 とある “騒動” の記憶が呼び起こされたんだろう、マリューたちは、揃って黙り込んだ。
〔どのみち、ラクスの身の安全が最優先でしょう? ジュール隊長と補佐官さんが銃を突きつけて、ラクスの左右を歩いていれば、滅多なことは出来ませんよね。プラント政府による事情聴取が、公正に行われるよう祈るしかないんじゃないですか〕
 どうやらミリアリアも “気づいた” か?
 こっちの芝居が拙かったか、向こうの察しが良いのか――

〔エルスマン。地球から通信が入っています、繋ぎますか?〕

 唐突にブリッジから呼び出され、とりとめない思考は中断される。
「ん、誰? まさかオーブ政府じゃないよねえ」
〔いえ。ザフト調査班が、滞在しているジブリール邸の件で、取り急ぎ連絡したいことがあるそうです〕
「ああ」
 再調査。ジブリール邸の内部捜査――たいした月日も流れていないのに、ずいぶん昔の話のようだ。
「イザークなら席を外してるぜ。どうした?」
〔お久しぶりです。本国は戦闘の影響で混乱していて、情報が正確に伝わるか危ぶまれましたので……報告です〕
 相変わらずチワワみたいな容貌の少年兵は、どこかホッとした様子で告げた。
〔ジブリール邸の調査、完了しました。文書類、データベース、すべて調べましたが――ロゴス党員、他国組織に送り込まれたスパイ名簿の中に、アスラン・ザラの名前は存在しませんでした〕
 聞かされたディアッカの方も、やれやれという気分である。
〔また、ロゴスの余罪追及に役立つだろう物証が、かなりの数発見されました。調査員が現地へ赴き、裏付けを進めているところです〕
「ご苦労さん。裏付け調査員の手は足りてんなら、戻って来いよ。シェリフ」
 きょとんとするシェリフを、にやりと笑って促す。
「アスラン・ザラの身柄は確保した……法廷に突き出すんだろう?」
「――はい!!」

 勢い込んで頷いた少年との通信を終えたとたん、再び着信ランプ……本国からだ。
 やれやれと肩をすくめ、水分補給にコーヒーを呷る。

 一仕事終わって――けれどまだ、なにひとつ解決してはおらず。
 当分は、こんな、事後処理に追われる日々が続くんだろう。



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ラスト、シェリフとの会話は当初イザークにさせる予定だったんですが、それぞれの居場所と流れ的に、土壇場でディアッカさんの役目になりました……まあ、裏方ポジション同士というのもウチの作風らしくて良いかな。