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■ 四番街のカフェ 〔2〕


「――はい、到着っと」
「ありがとうございます。車まで出してもらっちゃって……」
 カフェの駐車場に降り立った、ミリアリアが恐縮して頭を下げるのに、
「いいのよ、そんな遠慮しなくても」
 ばたんと閉めたドアに鍵をかけ、キーをハンドバッグにしまいながら、さらっと応じるシエル。
「どうせついでだし。普段、男だらけの中で仕事してるから、後輩の女の子がいるって嬉しいのよねー」
 楽しそうに笑い、先に立って歩きだした、
「ここね、サンドイッチが美味しいのよ。持ち帰りで翌朝に食べても――」
 彼女の話はケータイの着信音に遮られた。
「あっちゃー、クライアントだ」
 パンツスーツのポケットから取り出したケータイの、液晶画面を確認して。
「ごめん、ミリィちゃん。ちょっと長引きそうだから、先に入って、テキトーに好きなもの注文して好きなとこ座っといて?」
 シエルは、すまなさそうにカフェの入り口を指差した。
「待ち合わせには、まだ二時間以上あるからね。ここで腹ごしらえしときましょ」
「はい、分かりました」
 いくらコダックの紹介で新人を面倒見ているといっても、いくつも別件の仕事を抱えているんだろう彼女が、オーブの問題にばかり構っていられないのは当然だ。
(まずは先に、新着情報のチェック終わらせとかなきゃね)
 さあ仕事だ頑張るぞという意気込みに加え、ずっと憧れだったサラサラストレートで街を歩けるという事実が、単純に嬉しくてたまらず。
 ミリアリアは、勇んでカフェに踏み込んでいった。

 煉瓦造り風の外観。
 メニュー表やレジが置かれたカウンター、ガラス窓に面したテーブル席。マガジンラックには新聞や雑誌がずらりと並び、そこだけ見ればターミナル関連施設とは思えない。
 込み入った話をしようという人間は、やはり隠しブースへ移るか、どこか外へ場所を変えているんだろう。
 同業者っぽい姿もちらほら混ざってはいるが、大半はカップルや親子連れ、コーヒーカップ片手にノートパソコンに向かうサラリーマン、制服姿の少女たちなど――どこにでもありそうな光景だ。
 しかし、そうした一般市民のおしゃべり、井戸端会議、噂話には――なかなかどうして侮れない、事実の欠片が潜んでいたりするらしい。
 遠い昔には、コーヒー・ハウスと呼ばれる飲食店が、情報交換の場として浸透していたらしいけれど。長話をするに適した施設と考えれば、それも必然だったんだろう。
 
「えーっと……」

 ともあれ腹が減っては戦が出来ぬ。
 列の一番後ろに並び、ミリアリアは、背伸びしてメニュー表を見上げた。
 シエルが 『美味しい』 と太鼓判を押していただけあって、もうランチタイムも終わり間際だというのに、店内は客でごった返している。
 レジの傍、テレビ周りにソファが設置されたスペースも、テイクアウトメニューの出来上がりを待っているらしい人たちでいっぱいだ。

 どれにしようと考えたところで、シエルの希望を聞いていなかったことに気づき。
 しかしサンドイッチがお勧めというふうに言っていたのだから、ミックスあたりを二人ぶん頼めば間違いないだろうと結論づける。
(あとは野菜スープ? デザート? 飲み物はコーヒーで良いかなぁ……?)
 目移りして悩んでいるうちに、テキパキした店員によって、客の列はどんどんさばかれていって――思ったより早く、あと一人で順番が回ってくるというところまで進んだ。
(うん。二種類ずつテキトーに買って、好きな方を取ってもらえばいいわよね)
 お世話になりっぱなしじゃ申し訳ない。
 ここは絶対、払わせてもらおう。
 ……と。
 バッグから取り出した財布に引っ掛かるようにして、ターミナルの通行証、さらには日焼け止めクリームとリップスティックまで、カシャン、カラカラと床に散らばってしまった。さらに間が悪いことに、
「あ、すいません」
「いえ、私こそすみません!」
 食事を終えて出て行くところだったらしい男性客に蹴飛ばされた、落とし物が、ばらばらに転がっていってしまう。

「ん……?」

 転がるリップスティックは、ソファの端に座っていた、ミュージシャンっぽい格好の青年が気づいて拾ってくれた。
「君のか」
「はい。ありがとうございます」
 礼を述べて受け取り、残りのふたつはどこへ行ったと首を巡らすミリアリア。
 ソファとは反対方向、観葉植物の陰に日焼け止めクリームを見つけ。しゃがんで手を伸ばした背中越しに、
「なんか、こっちにも――」
 不意に、聞き覚えある声が。
 まさかそんなはずはと、おそるおそる首半分だけ振り返れば――さっきの青年の斜向かい、長身を屈め、ソファの下を覗き込んでいる金髪の人影。

(……ディ、ディアッカ!?)

 髪型はオールバックじゃないけれど、肌色の黒さといい声といい、たぶん間違いない。
(なんでアイツがここにいるのよ!?)
 そう思ってよく見れば、先刻のミュージシャン風の青年。バンダナキャップから僅かに覗く髪は銀色――イザークか!?

 日焼け止めクリームを掴んだ体勢のまま、ミリアリアの思考回路はパニック一歩手前で高速回転を続けていた。
 落ち着け、落ち着くのよ私。
 このストレートヘアで、月面都市のど真ん中で、気づかれるわけが無い!
 近づいてくる足音、のんきに掛けられる声。
「これも君の?」
 やっぱり、どー考えてもディアッカだ。
 髪型を変えられても声までは変わらない、しゃべってはマズイだろう……無言でひったくって逃げるか?
 いやいや今からここでシエルと食事、ニトラムと待ち合わせもするんだからダメだ。
 じゃあ、どうすれば……?
 ああ、そうか! ディアッカ相手には、いつもケンカ腰に振る舞っていた訳だから。
 逆に思いっきり、よそゆきの声を出せばいいんだ! 

「すみません、ありがとうございます」

 振り向きざま、ミリアリアは、にっこり笑顔で右手を差し出した。
 我ながら、極上の営業スマイルだったと思う。

「ああ――」

 そこには、カラーコンタクトでも付けているんだろうか? 目こそ黒いものの、やはり旧知の相手が立っていた。
 つられて笑いかけたディアッカが、通行証を手渡そうとして。
「…………」
 なぜか途中で眉根を寄せ、動きを止めた。
(なに、なんなのよ?)
 一般人には、シンプル極まりない白銀のプレートにしか見えないはずのそれを、なぜか無言で凝視するディアッカ。
 そうしてミリアリアを、頭のてっぺんから爪先まで眺め下ろすと、唐突に言った。
「……お嬢さんカワイイねー。一人? 今から俺と、お茶しない?」
「は?」
「時と場所を弁えんか、キサマ! 俺たちが、ここへ何をしに来たと思っている――注文したものを受け取り次第、帰るぞ!」
 横から憤然と食って掛かる青年に、ミリアリアは、内心エールと拍手を送った。
 もっと言ってやってください、イザークさん。
「弁えてるから、艦の外でやってんじゃん。だいたい、ここにはメシ買いに来ただけだし」
「そういう問題かッ!!」
 悪びれないディアッカに立腹、ヒートアップするイザークを横目に、
「あのー。ごめんなさい、私は仕事中ですし……すぐに連れも来ますので」
 これ幸いと、二割り増しのハイトーンボイスで告げ、そそくさ立ち去ろうとするミリアリア。
「へえ、断るんだ?」
 乱暴とまではいかないが有無を言わせぬ強さで、こちらの肩を掴んだディアッカは、いきなり小声になって囁き。
「じゃ、盗っ人仔猫ちゃんってことで、ザフトの取調室に連行でいーい?」
「え?」
「こ、れ」
 含みある笑顔で、裏返したプレートを掲げてみせた。
「俺が昔、知り合いの子にあげた、オーダーメイドの一点モノなんだけど……まさか、質屋で買ったとか言わないよねぇ?」
 ぽんとミリアリアの手のひらに乗せられた、通行証のチェーンに引っ掛けてある、銀鎖のアメジスト。
 
『会ったら突き返すって言ってたけど、ディアッカ――』

 いつぞやのキラの声が、脳裏に甦る。
“次に会ったら――厚い面の皮めがけて速攻、投げ返してやる”
 そう思って。
 忘れないようにとプレートにかけておいたことを忘れていた。
 なにせアークエンジェルに乗り込んで以来、通行証が必要な施設に立ち寄ることもまず無かったし。

「あ、う」

 肯定の台詞も、上手い言い訳も思いつかず、その場で固まること十数秒。
「……ミリアリアか?」
 驚きもあらわなイザークの声に、ハッと我に返り。

 ごんっ!!

 気づけば反射的に、右手に持っていた日焼け止めクリームを、眼前の男に投げつけていた。
 プラスチック製のケースはナチュラル女子ごときの腕力でも、この至近距離においては、かなりの威力を発揮したらしく、
「っ〜!?」
 よろめき、ひたいを押さえるディアッカ。
 違う違う投げようと思っていたのはネックレスの方! だけどこんな造りが細かいものぶつけたら壊れちゃいそうだし投げなくて良かったのか――って、今はそんなこと考えてる場合じゃなくって!
「な、な、な」
 ざわざわひそひそと訝るギャラリーの声に、ますますうろたえるミリアリア。
 なんか注目浴びちゃってる?
 ごまかさないとごまかさないと、なるべく不自然じゃないようにってどうやって?
 必死に考えるものの、さして場数も踏んでいない身で、不測の事態に引き出されるボキャブラリーなんてたかが知れていた。
「ナンパお断りっ!!」
 怒鳴ってそのまま回れ右。
 ミリアリアは、脱兎のごとく逃げ出した。

“望んでることがホントに一緒なら。行く道が違ったって、いつか同じ場所にたどり着くわよ”

 カガリが泣いていた海辺の情景が、妙に苦くフラッシュバックする。
 確かに、あの二人がまた会えることは願ったけれど……今の、この状況を希望した覚えはありません!

 カフェを飛び出した勢いのまま走りながら、人工の空を恨めしく睨む。
 元々信じてなかったけど――やっぱり、神様なんて信じらんない。



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最初はネックレスを投げそうになってたんですが、そりゃあんまりだろーとディアミリスキーの良心が咎め、日焼け止めクリームケースになりましたとさ。マル。