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■ シーソーゲーム 〔1〕


「待てコラぁ!!」

 コペルニクスの街角に響き渡った怒鳴り声に、なんだ何事だと振り返る通行人たち。
「おい、ディアッカ!?」
 いきなり逃げ出した少女を、鉄砲玉のごとく追っていった連れに戸惑う、イザークの制止に応えは返らず。
(え、ミリィちゃん……?)
 ケータイ片手に、駐車場のフェンスに背を預けていたシエルが、立て続けに眼前を横切った栗毛と金髪頭に首をかしげ――やや遅れて、なにやら憤慨しまくりで走っていく黒っぽい人影に眉をひそめ。
 ようやく通話を終えて、カフェの中を窺い、むぅと唸ったのが数分後。

「ちょっとっ、ついて来ないでよ!」
「じゃあ止まれ!」
「イヤよ、誰がザフト基地なんかでお茶するもんですか!」
 青信号が点滅し始めた横断歩道を、全速力で駆け抜けるミリアリア。
「そもそも、なんで連行されなきゃいけないのよ。このネックレスは私のよ、盗人呼ばわりされる謂れないわよっ!」
「いま自分のだって言ったな? 認めたな? 言質取ったぞ撤回すんなよ!?」
「なにをよっ!? オーダーメイドって? べつに、そんな珍しくもないデザインだし? ナンパの口実には白々しすぎるんじゃないですかオニイサン!」
「おまえの言い逃れの方がわざとらしいんだよっ」
 それから時間差十数秒、どこの陸上選手かというスピードで突っ込んできた歩行者――もとい、疾走者に、

「バカヤロー、危ねーだろ!?」

 横断者が誰もいなくなったとみて右折しかけていたトラック運転手が、けたたましくクラクションを鳴らして迷惑さ加減を主張するが……ディアッカには聞こえていない。
 もしもこのとき彼が暇人で、ついでに不機嫌モードであったなら、
『青信号を渡ってなにが悪いの? 路上じゃ歩行者優先、右折時は特に注意だろ? だいたい俺は車との距離くらい測って歩いてるし? 轢かれるようなヘマはしないね』
 相手の神経を逆撫すること間違いなしの理屈をこねるであろう場面だったが。
 運悪く、コーディネイターの中でも上位クラスの全力疾走なんてモノに出くわしてしまった、きちんと標準レベルの注意はしていた運転手の怒りの矛先は――すでに、ぎゃあぎゃあ言い争いながら爆走して見えなくなっていた。

「だいたい、なんだその格好は? それで変装してるつもりかよ!?」
 どうもすっかりバレているようだが、この場で追跡を撒いてしまえばシラを切りとおすことも可能だろうと、あくまで他人のフリを決め込むミリアリア。
「だから、なんのことですかッ。どなたかとお間違えじゃないですか!」
 重い機材を持ち運び、徒歩での強行軍も珍しくないカメラマン助手生活に慣れた身体は、学生時代より遥かに持久力をつけていた。
 しかしそれは、しょせん一般人レベルの話であって。ただ逃げていては、すぐさま追いつかれるに決まっているから――焦りつつもミリアリアは、人込みの中を選んで走っている。
「……往生際悪いぞ、ちょろちょろすんなっ!」
 ちりんちりんとベルを鳴らしながら向かってくる自転車、母親に手を引かれたよちよち歩きの子供に、半ば路上にはみ出した八百屋のダンボール、ほとんど道を塞ぐように広がって歩いている女子高生集団と――繁華街には天然障害物が溢れていた。
 ミリアリアは、それらの隙間をすいすいと難なく潜り、狭い路地を抜けてはドラッグストアに飛び込み、目ざとく発見した逆側のドアから抜け出したりと、己の小柄さと街歩きの知識をフル活用して逃げ続ける。
 他方、ディアッカは――運動能力だけで考えればミリアリアの捕獲など造作も無いんだろうが。体格の良さと常人離れしたスピード、さらには庶民の生活エリアに対する馴染みの薄さが災いして、危く自転車と接触事故を起こしそうになったり、長身であるがゆえ視界に映らなかった子供と正面衝突しかけて冷や汗だらだら。
 直後、またまた、今度は商店街でオレンジの箱を蹴っ飛ばしてしまい。
「なにすんだい、あんた!」
 八百屋のおばちゃんに叱られながらオレンジに染まった路上の片づけを超特急で終わらせ、通行人に踏まれて売り物にならなくなったオレンジの代金を弁償させられて、ほうほうの体で追跡を再開するも、おしゃべりに夢中な女子高生による害意無き通せんぼに遭ったりと――走った距離はたいしたことないにも関わらず、いつになく疲弊していた。

「つーか、なんで逃げんだよ!? やましいことでもあんのかッ」
「あるわけないでしょ! いきなり怖い顔した男が追っかけてきたら誰だって逃げるわ、条件反射よ!」
「なんだそりゃあ!? じゃあ俺が追っかけるの止めたら、おとなしく付いて来るのかよ?」
「そんなわけないでしょ、ナンパお断りって言ったじゃないの!」

 距離5メートルにまで迫られたり、500メートル近く引き離したりと、方々で市民の皆さんを巻き込みながらも未だゴールに至らぬハイスピードマラソン。
 しかし目撃者の、はた迷惑な男女が駆け抜けていったという記憶、一瞬の困惑や疑問は、日常の忙しさに流されあっけなく霧散していくのだった……一部の例外を除いて。

「俺は、おまえに話があんだよ!」
「私は無いわよっ、しつこいわね!」

 しぶとく15メートルほどの距離を挟んで怒鳴りあっていたところ、パトカーのサイレンが聞こえた。近づいてくるようだ。
 この界隈でなにかあったんだろうかと、酸欠気味の頭でちらっと考えるも、すぐさま意識は逃走ルートの吟味に戻る――しかし、

 ピーピピピピピピッ!!

 耳に痛い、笛の音。間髪入れず、
「止まりなさい、そこ!」
 前方の路肩に、急停車したパトカーから飛び出して、まっすぐこっちへ走ってくる警官たち。
(まさかディアッカが、地元警察まで呼んだわけ!?)
 ミリアリアは唖然とした。私ひとり、捕まえるために? 普通そこまでやる?
 しかし、前には警察。後ろからはディアッカ――さすがに逃げられないと観念して、足を止めるが。

「おまえか! ホストクラブ・ゴールデンフィンガーの迷惑客引き男!!」

 ただならぬ雰囲気の警官たちは、なぜかミリアリアの横を素通りして、ばらばらとディアッカを取り囲んだ。
「……は?」
「長身、色黒、金髪! おまけにホスト面! 半月前から相次いでいた相談、被害者の証言どおり!!」
 うち一人が、指差し宣言。
「四番街に出没……間違いないな」
「夜間の取締りが厳しくなったからといって、まさか日も暮れぬ夕方前から、こんな若い子までターゲットに――」
 やや年配の警察官は、重々しく告げる。
「自由の意味を履き違えてもらっては困るな。おまえたちの営業スタイルは、迷惑防止条例に完全に違反している」
「セールストークも度を越せば、ただの脅迫、詐欺なんだぞ。そのへん分かっとるのか? ああ?」
 ザフト軍人に負けず劣らずマッチョなお巡りさんたちは、問答無用で、ディアッカの腕を掴み引きずっていこうとする。

「……なっ……ゴールデン!? ホストぉ?」

 ミリアリア同様、呆気に取られていたディアッカが、ようやく我に返ったようですっとんきょうな声を上げた。
「ち、違いますよ誤解だ! 人違い! 俺、コペルニクスには仕事で寄っただけで、こっち来てから一週間も経ってないし」
「あー、どいつもこいつも口から出任せ言うんだよなぁ」
「話は署で聞こう」
 なんの冗談かと思ったが警官たちは本気らしく、ディアッカを “迷惑客引き男” と決め付け、抗弁もマトモに取り合っていないようだ。
「だいじょうぶだった? お嬢ちゃん。タチ悪いのに目ぇつけられちゃったねー」
 展開についていけずにいるミリアリアに、比較的若い警官が、苦笑混じりに話しかけてくる。
「こいつは当面、留置場にぶち込んどくし。ホストクラブも営業停止に追い込まれるだろうから、安心して」
「はあ……」
 思わず漏れる、生返事。
 どうやら、外見的な特徴が似通ったホストが、夜な夜な過度の客引きを行っていたようだ。
 カフェを出た後すれ違った誰かが通報したのか、パトロール中に見かけたディアッカを問題の人物と判断してのことか、どちらにせよ。
「いや、だから! そんなホストクラブ知りませんって!」
 中立都市に滞在するザフト兵としては、ただ仕事に励んでいる地元の警官を殴って逃げるわけにもいかないんだろう。必死に抗議する声もうわずっている。
(このまま放って行けば、余裕で逃げられるけど……)
 さすがに気の毒だし。
 こいつ、プラントでは、そこそこお坊ちゃん育ちらしいし。
 なによりこんがらがった情勢下、元評議会議員の息子・ザフト兵を誤認逮捕というのは、地元警察としても避けたい事態だろう。
 勝手に悪目立ちして捕まったディアッカを助ける義理はまったく無いが、こいつが独房行きになるということは、つまり本物の迷惑ホストが野放しになってしまうわけで。
 なにより街の治安を守るためにと駆けつけてきた、このおじさんたちに迷惑がかかっては忍びない。気は進まないけれど、しょうがない。

「えーっと……すみません、あの」

 じたばた抵抗するディアッカをパトカーに押し込もうと奮闘中の警官たちを、ミリアリアは、気まずく呼び止めた。
「放してやってもらえませんか? そいつ一応、私の知り合いで……客引きとかじゃないんです」
「え? 知り合い?」
「だが、しつこい、ついて来るなと、必死で逃げている女の子を見たと、市民から通報が――」
 訝しげな警官たち。
 確かに傍から見ると、紛らわしかったかもしれない。
「ごめんなさい。走りながら騒いでたのは、ちょっと……ケンカしてただけで。そのヒト、仕事はパイロットですし。もちろんホストじゃありませんから」
 なんで私が謝らなきゃいけないのと理不尽に思いつつ、ディアッカの無罪を訴える。
「通報があったっていう、その、ホストクラブとも無関係のはず……?」
 だけどひょっとしたら、夜の繁華街には出入りしていたのかも、なんて疑念がちらっと脳内を過ぎり。
「なんで疑問系なんだよ!」
 そんなミリアリアの気分を感じ取ったか、捕まったまま、猛然と食って掛かるディアッカ。
「……ホントに知り合い?」
「はい」
 二人を交互に眺めた警官が、溜息つきつつ小声でぼそっと呟いた。

「なんだ、痴話ゲンカかよ……」

 立場は違えど、コペルニクス滞在中にトラブルを起こしたくないのは、こっちも一緒。
「…………」
 違います! と全力否定したい衝動を、ミリアリアはどうにか堪えた。

×××××


 とりあえず納得したらしい警官たちが、パトカーに乗り込み去っていったあと。

「助かった…………」

 ディアッカは疲れきった様子で、街路沿い、花壇の縁にぐったりと座り込んだ。

「大声出して騒ぐからよ、まったく」
 腕組みして路上に立ち、今は自分より低い位置にあるふわふわした金髪頭を、ジト目で見下ろすミリアリア。
「あんたホントに、警察の人が言ってたホストクラブとは無関係なんでしょうね?」
「当たり前だろうがっ! だいたい、なんで俺がホスト呼ばわりされなきゃなんねーんだよ!?」
「見た目がそれっぽいからでしょ」
「……」
「もっとチャラチャラした服着たら、もう完璧? 潜入捜査とかでホストクラブに派遣されても、絶対、ザフトだなんてバレっこないわよ」
「…………」
「前髪下ろしてるとこ初めて見た気がするけど。ホストっぽく見られるの嫌なら、まだオールバックにしといた方がマシかもね」
「あのなぁ……」
 不本意そうに顔を引き攣らせていたディアッカだが、結局それ以上なにも言わず、手櫛で前髪を掻き上げた。
「――っていうか。あんたこそ、なによその格好? 目の色まで違うし」
 前髪が払われてしまうと、ますます黒の虹彩が浮いて映る。
「ザフトが制圧したのはダイダロスでしょ? なんで、ここにいるのよ。冗談抜きに潜入捜査でもしてたの?」
「休暇中」
 短く答えたディアッカは、車道の向こうに広がる街並みに眼をやった。
「このところ連戦強行軍が続いてたからな。息抜きがてらコペルニクス来て、ドライブついでに中立都市の様子見」
 ミリアリアもつられて、くるりと首を巡らす。
「俺はともかく、イザークは隊長クラスで元議員だろ? それなりに顔も知られてる。ザフトがうろついてるって判れば、ここの住民は気分良くねぇだろうし――だから、軽く変装しといただけ」
「ふーん……それじゃ、あんた」
 あのカフェに情報収集に来たわけ? と。
 訊きかけ途中で、うっと続きを呑み込んだ。
 もし違うなら、ただ食事に寄っただけなら、ザフト軍人にジャーナリストの交流場を教えてしまう失言になるし。
 逆に、カフェの裏側を知ったうえで立ち寄ったんだとしても――任務中なら、おいそれと内容を教えてはくれないだろう。もちろん、こっちだって迂闊なことは言えない。
「なんだよ?」
「……なんで、分かったのよ」
「あ?」
「私だって変装したし。声色も変えたつもりだったのに」
「はぁ?」
 強引に話を逸らした感に引っ掛かったか、問いそのものに面食らったか、ディアッカは訝しげに眉根を寄せた。
「……まあ、ちらっと見たときは、雰囲気似てるなーと思ったくらいだったけどよ」
 そうして、あっさりと言い切る。
「口利けば分かるに決まってんだろ。髪型はともかく声色変えたって、おまえ、俺以外――特に年上の奴らに話しかけるとき、たいていあんな調子だったじゃねーか」
「…………」
 あんな営業スマイルしてないもん、と思ったが、ムキになって反論するのも子供染みている気がして止めた。
 次からは、どこで知り合いに出くわしてもバレないように、もっともっと本格的な変装術を習っておこうと心に決めて。
「どうでもいーけど、これ。おまえのだろ?」
「え?」
 思い出したようにポケットに片手を突っ込んだディアッカが、ぽんと押しつけてきたそれは、さっきカフェで投げた日焼け止めクリームだった。
「……ありがと」
 けっこう痛かっただろうし謝らなきゃと頭では考えるのに、なぜか言葉がすぐに出て来ず。
「とりあえず、場所を変えよーぜ」

 ミリアリアがもたついている間に歩きだしたディアッカは、さっさと話題を変えてしまった。



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追いつ追われつの関係ってことで、シーソーゲームという単語を辞書で引いたら、ふと思い出しましたミスチルの歌。あつらえたように歌詞がトルミリ←ディアの関係性にどんぴしゃりで笑える……愛想なしとか大人気ないとかエゴとか劣等感とか!