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■ シーソーゲーム 〔2〕


「それで、おまえは何やってたわけ? なんでコペルニクスに?」
「アークエンジェルが正式にオーブ軍属になって、情報収集の任務に就いたのよ。プラントの協力は期待薄だし――アスハ邸を襲った首謀者や、ラグナロクのデータに侵入した真犯人探しも、自力でなんとかしなきゃロゴスの残党扱いされたままでしょ」
 そこは伏せる必要も無かったので、日焼け止めクリームをバッグに押し込みながら答える。
「私には、希望してた仕事そのものだったから。同業者に連絡取って、いろいろ聞いて回ってるわ……今のとこ、収穫らしい収穫は無いけどね」
 軽く肩を竦めてみせると、なぜか疑わしげな眼がこちらを窺い。
「一人で?」
「え?」
「ノイマンは?」
「港にいるわよ。いくら自動航行システムがあったって、ノイマンさんが艦を離れちゃったら、なにかあったときアークエンジェルまともに動けないじゃない――それに、みんなは諜報活動なんて専門外だしね」
 相手の詰問調にたじろぎつつ、ミリアリアは首をかしげた。
(なんでアスランやキラじゃなくて、ノイマンさん? 少佐のこと気にするなら、まだ分かるけど……そんなに仲良かったっけ?)
 さほど接点も無かった気がする二人だが、自分の知らないところで男同士、意気投合していたんだろうか?
「警備の厳しいオーブ軍基地から、誰でも出入り自由なコペルニクスへ移れば、なにか犯人側が仕掛けてくるかもしれないって。とりあえず港に待機したまま、様子を見てるわ」
「本当に、おまえは一人で?」
「そうよ。そうした方が効率良いと思ったから――データ集めに使える施設で知ってるとこ、ほとんどジャーナリスト以外は立ち入り禁止だし」
 さっきからなんなのよ、しつこいわねと文句を言いかけ、ハッと警戒して相手を睨み返す。
「言っとくけど、尋問されたって報道業界絡みのことは教えないからね」
「ああ? 心配しなくても期待してねーから」
 即答されたらされたで腹立たしい。
 どうせ私は新米で、たいして重要なこと知らないわよ悪かったわねと、意識の隅でいじける昼下がり。
「それより今は、専門外だろーが何だろうがクルー全員、情報収集の任務についてんだろ?」
「そうよ」
「おまえ、軍人になりたかった訳じゃねえだろ」
「……うん」
「艦を降りる気ねぇの?」
「無いわね」

 二人きりの路地裏で。
 ディアッカは、小さく溜息をついた。

「再調査班のメンバーが、ロゴス幹部の屋敷を片っ端から調べ上げてる。もし本当にアスランが連中と繋がってたなら、必ず、内通者として名前が残ってるはずだ――ザフトに潜伏しているスパイ本人はともかく、報告を受ける側のロゴスには、手間かけて痕跡を消す必要なんて無いからな」
「そんな調査してたの? じゃ、アスランの名前は……」
「さすがに真犯人の裏工作も間に合わなかったんだろうな。どっからも出てないし、この先も無いだろ。そうなりゃ証拠不十分ってことで、とりあえず銃殺刑は免れる」
 再調査班が結成されたとは聞いていたけど、そこまで調べが進んでいたのか。
「アスハ邸襲撃に関しては、これといった手掛かりも無ぇけど。黒幕はおおかた、アスランを嵌めた奴と一緒だろ。レクイエム発射時にそいつらがどこにいたかも、ある程度は絞れてる」
 あまり表情には出さず感嘆しているミリアリアを見下ろした、ディアッカは静かに、諭すように言う。
「民間人は引っ込んでろよ。荒事に首突っ込むな」
「今は、民間人じゃないわよ」
 素直に従うとは元から思ってなかったのか、内心は穏やかじゃないのか――どうあれ揚げ足取りめいた返事にも、べつだん怒りだしたりはしなかった。
「今の世界は…… “勝てば官軍” って感じよね」
 なにも今に限ったことではなく、遥か昔からそうだった世界は。
「あんたたちやカガリに任せて、どこか安全なとこで待ってたら。もしかしたら最後には “正義が勝つ” のかもしれない――いつか誰かが、平和な世界にしてくれるかもしれないけど、私は」
 キラが戻ってきて、少佐も生きていたけれど。
 トールは、フレイは二度と帰って来ない。
「……私みたいな人間は、最後まで生きていられるわけじゃないもの」

 キラが死なずに済んだのは、コーディネイターだから。
 高熱に苛まれても、どんなモビルスーツと戦っても負けないくらい強かったから。
 地球連合が、重傷を負っていた少佐を助けたのは、彼が名の知れたエースパイロットだったから。みすみす死なせるには惜しい人材だったから。
 もし通りすがりに発見されたのがトールだったら、きっと、見殺しにされて終わり。

 JOSH-Aで別れたあと、ナタルたちと転属していったはずが、どういう経緯でザフトの捕虜になったのか――戦争に巻き込まれて逃げられないまま、あの宇宙で殺されてしまったフレイも。

 もちろんキラだって、不死身のスーパーマンなんかじゃないとは解っているけど。
 あっさり殺されたりしないくらいには、やっぱり、ナチュラルとは違うのも本当のこと。

「オーブに住んでる両親や友達が気になるから、もちろん故郷の為っていうのもあるし。経験不足だってジャーナリストなんだから、始めたこと途中で放り出したくないとも思うし……いろいろ言っても、自分がやりたいことだから自分の為になるんだろうけど」
 ディアッカの隣を歩いてたって、数十cmはズレていて。目線の高さも違って――それは、とても些細な違いだけど。
 なんに意味があって、どこからが無駄なんて。
 結果も出ないうちから誰かに決めつけられることじゃない。
「今ここに立ってて、ここにあるものが見える人間は私だけなんだから……出来ることは全部やりたいの。いつか、どこかで死ぬときに後悔したくないもの」
 それは、すっかりおばあさんになってからかもしれないし。
 五年や十年――ひょっとしたら何日か後には交通事故だとか、陰謀も任務も無関係に、この街で死んでる可能性だってあるんだ。
「駆けずり回った挙句なんの役にも立たなかったら、あー無駄骨だったなぁって笑い話にしとくわよ。だから」
 確かなのは、ずっと部屋にこもっていたって、なんにも見つからないってこと。
「ご忠告ありがとう。だけど、あんたの言うことは聞かないわ」
 自信ありげに、不敵に笑ってみせたつもりだった。
「…………」
 それをどう受け取ったか、ディアッカは眉間に皺を寄せ、唐突に切り出した。
「ひとつ聞きたい。答えられないってんなら、答えなくてもいい」
 今度はなによ、と身構えるミリアリアに鋭い眼を向け、低く声を潜めて。

「おまえ、デスティニープランって知ってるか?」

 まさか、ここで聞くとは思わなかった、荒唐無稽な人類救済計画の名称を。


 “デスティニー・プラン” と聞くなり、ミリアリアの顔色が変わり。
「知ってんだな?」
「名前や所属は分からないけど……研究員らしい人が書き残してた日記の、コピーを最近読んだわ」
 困惑しつつも慎重に、選ぶように言葉を切りながら。
「メンデルが封鎖される前に研究されていた、遺伝子の解析データをベースにした社会保障システム――仕組みや理論なんかの記述は専門用語だらけで、正直、半分も解らなかったけど」
 うつむけていた顔を上げ、睨むようにこっちを見た。
「……あんたは? どこで聞いたの」
「こないだ、胡散臭い情報屋のオッサン経由で」
 こいつには訊き返すまでもない。報道業界のネットワークか、ラクス――クライン派繋がりだろう。
 情報屋の素性も些末事だ。いちいち裏付け確認に費やす暇はないし、今そんなもの気にして調べてる奴は、プラント現政府というより議長に何かしらの疑念を持ってる点で共通しているはず。
「誰か――」
 路地裏で立ち止まったまま、ミリアリアは呻くように呟いた。
「昔、学会で否定されたプランを諦められなくて、実現しようとしている誰かが、今の戦争を煽ってるんじゃないかって言ったら……あんた、笑う?」
 誰か、誰かって。
「戦争で人口が激減したら。あと、足りないのは反対勢力を黙らせる手段だろうけど。もしも、よ? エクステンデッドに対する記憶操作が、どんな人間にも簡単に応用出来るんだったら――」
 “プラント在住のザフト兵” に、気を遣ってるつもりか? この期に及んで、まだるっこしい。
「議長が怪しいと思ってんだろ? おまえら、っつーかオーブは」
「えっ?」
「俺たちに接触してきた情報屋が、そう言ってたぜ……違うのか?」
 溜息まじりに問い質せば、おろおろと焦ったように目を逸らす。
「え、ええっと」
「他の連中はどうだか知らねーけど、キラは、元から疑ってる感じだったしな。いまさら、なに聞いても驚きゃしねーよ」
「う……」
 そのまま黙り、ヒトを放ったらかしに何やら考え込み始めそうな雰囲気だったので。
「とりあえず、突飛とは思わないね。実行するしないは別として、発想自体は目新しくもなんともないぜ」
 話を先へ進めると、ようやくまたこっちを向いた。
「おおっぴらにメンデルで研究されてたんなら、プラン名や概要くらい、俺より上の世代で医療関係者なら聞き覚えあるだろ――待遇を決める基準が “遺伝子” って部分が特殊なだけで、王族や政府による管理社会そのものは、歴史上いくらでもあったんだし」
 地球連合の “強化人間” にしたって、そうだ。
「ネコを怖がらないネズミって、おまえどう思う?」
「は? なによ、いきなり」
 面食らったように浅葱色の瞳を瞬いた、彼女は、ごくあっさりと答えた。
「どうって……変でしょ」
「そうか?」
「だって、逃げなきゃネコに食べられちゃうじゃない。ペットのハムスターと飼い猫っていうなら、小さい頃から一緒に育ててればケンカしないかもしれないけど」

 ご尤も、だが。

「俺の親父が医者だって、話したことあったっけか?」
「あ、うん。いつだったかな? 聞いた――」
 ここへ来てようやく表情を和らげ、軽く話を脱線させる。
「そういえば、あんたとお父さんって似てる? ホスト顔のお医者さんなんて、ちょっと想像付かないわね」
 ホストホスト言うな。
 まったく昼間っから迷惑極まりない。引っ掛けた女にタコ殴りにでもされちまえ、ゴールデンなんたらの馬鹿ホストが。
「似てねーよ、コーディネイターなんだからな。中にはルックス弄ってない奴もいるだろうけど、たいてい顔立ちなんかバラバラだ」
「……あ、そっか」
「そーいう訳で? 俺の外見がこうなのは親のシュミだから、苦情は親父にでも言ってくれ」
 とはいえ、親父そっくりにコーディネイトされていた場合、どこのクラシック音楽家かという風貌になっていただろう――それなら、やはり今の方が良いか?
「気になるんなら、衛星放送の夜間番組で探してみな。エクステンデッド問題を取り上げてるヤツに出てっから」
「ふぅん……?」
 ちらっと観た感じ、素人向けに噛み砕いた話をしていて、人体薬物云々など専門外の一般人にも解り易そうだった。親父のツラに興味なくても時間の無駄にはならないだろう。

「とにかく親父の――書斎に並んでた雑誌に、そんな記述があった。ガキの頃に読んだっきりだから、さすがに細かいところは覚えてねーけど」
 なにも知らず、写真だけ見りゃ微笑ましくも映るんだろうか?
 先祖代々受け継がれてきた、生存本能を殺された実験動物。
「人間がようやくシャトルを宇宙に飛ばせるようになって。けど、その船には、訓練されたパイロットしか乗れなかったような時代に……そういう研究成果を発表した、科学者がいた」
「ネコを怖がらないって、人為的に?」
「ああ。特定の神経回路をやられると、ネコの匂いを嗅いでも姿を見ても、そいつが外敵って判らなくなるんだとよ」
 死に恐れを、恐怖を知らないエクステンデッドと、実験用に集められたマウスを同類扱いすることに。
「そうやって弄られたネズミは、仲間同士でも争わないってさ」
 ミリアリアのような常識人が抱くだろう反感は、あくまで人間の感性に過ぎず、本来の在り方を捻じ曲げられた生き物という点で、なんら両者は変わりない。
「クローン羊を造って、農作物の遺伝子組み替えて。禁止されてたってのに人間にまで手を出した結果が、俺たちコーディネイターだ」
 けれど “造られたもの” が増えて増えて “自然” を押し退け、なにもかも覆い尽くして、誰もが見慣れて気にしないほど浸透してしまえば――たぶん、それは日常になる。
 地球連合に焼かれたユーラシア西部の、ザフトやプラントに対する反応然り。
 あれだけコーディネイターに怯え拒絶していたミリアリアが、今はもう、いちいち身構えたりせずに。本来、似ているべき親子がまるで似ていないという事実さえ、あっさり流してしまえることも……個人的には嬉しいが。
「倫理問題丸ごと無視して。どんな技術も単なる手段だと、割り切って考える人間が出てきたって不思議じゃない」
 順応力も、裏を返せば鈍さだ。
 和解や親交といった、建設的な方向にばかり作用するとは限らない。
「だっ、だけど! そういうの。人間にも使えたとしてよ? 頭の中を弄って、奪ったり争ったり、そういう発想を消してしまって――その」
 青褪めた顔で、まくしたてるミリアリアは。
「遺伝子解析? システム管理をコンピューターで自動的にやったって、そのシステムを作るのは人間でしょ?」
 笑う? と訊いておきながら、笑い飛ばせというように食って掛かってきた。
「機械はいつか必ず壊れるんだし、人間は、どんなに頑張ってもミスするもの。完璧なんて有り得ないじゃない……それに、疑ったり問題提起する意識まで潰しちゃったら、システムを管理する側が、急に動けなくなったり失敗したとき、誰が改善やフォローするの? 普通、そんなプランを実現しようなんて思わないわよね?」
「なんだよ。否定して欲しかったのか、おまえ?」
「そういう訳じゃ……ないけど」
 また項垂れて唇を噛むのに、ディアッカは少し呆れた。

 それをメンデルで研究していたグループが、現に居たと言うんだ。
 科学者が “なにか” に没頭する理由は、多くの場合、探究心を惹かれる対象があるからで――それらを使える、必ず役に立つと信じ、おもしろいと感じていなければ、手間や根気、年月はおろか資金確保にも人並みならぬ苦労を強いられる研究職など、続けていられる訳がない。

「ま、プラン導入を目論んでる誰かさんがいるなら? そんなバグや故障、現代の科学力がありゃ許容範囲内に収められるってアバウトに考えてるか――己惚れてんだろ。ラプラスの魔?」
「ラプラス? なにそれ」
「全知全能の神でも気取ってんじゃない?」
 きょとんとするミリアリアは立ち止まったままで。
「とにかく、どっか座ろーぜ……」
 散々な目に遭いながら全力疾走してきたディアッカは、未だぐったりと疲労感に苛まれており。どこかで熱いコーヒーでも飲んで一息つきたかった。
 再度、うながして歩きだせば、おとなしく後ろからトコトコついてくる足音。
「そういや、おまえこそ。それストパー?」
「え、ううん」
 気になっていた変化について問えば、ミリアリアは毛先に手をやり、曖昧な返事を寄こす。
「よく分かんないけど、美容院でやってもらった……髪型ひとつでも印象変わるものだからって。アークエンジェルクルーだって知られたら、市街地でもトラブル起きかねないし」
 本人は得意げで、もちろん変装の必要性は分かるが。
「――今の仕事終わったら元に戻せよ? 確かに別人には見えるけど、似合ってねーし。いつもの方が良いって」
「なによ。放っといても、2、3日で戻るわよ……たぶん」
 なんなんだ、たぶんって?
(しかし無ぇなー、喫茶店。さっきのカフェまで戻るの面倒くせーし――)
 逃げる彼女を見失わないよう精一杯で、道中あった店など、オレンジをぶちまけてしまった八百屋くらいしか記憶に無かった。そもそも、ここはどこなんだ?

「おまえさぁ、この辺……」

 飲食店の看板を探しながらしばらく進んで、ふと、ミリアリアの方が地理に詳しいんじゃないかと思いつく――が。
 おとなしく付いて来ていたはずの少女は、いつの間にか、きれいサッパリ傍から消えていた。



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ミリアリアさん、再び逃走です。
ギャグマンガなら、ひゅるりら〜と風が吹き落ち葉舞うタイミング。