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■ HUSH UP 〔1〕


 おとなしく付いてくると疑っていない様子のディアッカを撒いて、脇道に飛び込んだ勢いのまま。
 ミリアリアは、行きとは違うルートで四番街のカフェへとひた走っていた。

 コダックに弟子入りしてからこっち、見知らぬ土地を点々として方向感覚はだいぶ鍛えられていたし――特に、コペルニクスは計画的に建設された大都市。目印となる大型ビルが多く、市街MAPはここへ来る前に頭に叩き込んでいたから、分かれ道にも戸惑いはしないけれど。

(尾行されたり、してないわよね……?)

 つけてくるような足音は聞こえない、とはいえ、訓練されたコーディネイターなら気配を隠すくらい朝飯前だろう。
 もし監視者がいるなら、現役のザフト兵より先に非力なナチュラルを狙うだろうし、さっきまで、ディアッカも周りを警戒する素振りなど無かったが――接触してくる人間を調べようと、わざと拘束せずにいるのかもしれない。
 そう考えると、すれ違う誰も彼もが怪しく思えてくる。
 疑心暗鬼の袋小路。
 ただ……はっきり言えるのは。
 自分にとって、ディアッカたちは貴重な情報源に成り得るけれど、逆は成立しない。
 利点よりマイナス要素が格段に多いということ。

『彼、もしかして危ない!?』
『どうだかな。好き勝手、暴れ回った挙句に身動き取れなくなった、この艦に居るよりマシなんじゃねえ?』

 ロアノークの生体データを届けに来てくれたとき、そんな話をしたけれど。
 アークエンジェルに乗っているアスランは、ザフトが再攻撃を仕掛けて来ない限り、身の安全を脅かされる心配もないけれど。
 どこかに潜んでいる “黒幕” から、次の標的にされかねないのは――彼らだ。
 ザフトの一員でありながら、アークエンジェルとも関わりがあって。
 キラたちと一緒にいるラクスが本物だと察していて、アスランのスパイ容疑を再調査してもいる二人は……真犯人にとって、目障り極まりない存在だろう。
 特にイザークは、ひとつの隊を預かるエリートであると同時に元議員。
 ザフト軍人として模範的な言動をしていればこそ、手出しされる隙もあるまいが。
 休暇中に、敵軍のオペレーターと接触していたなんて知れたら、抗議や弁明する間もなくアスランの二の舞だ。

(なんで追っかけて来たりしたのよ、あのバカ!)

 彼らがノーマーク状態であること。万が一、監視の目があっても遠くからで、知り合いに声を掛けただけと判断されるよう祈るしかないだろう。
 もう少し話を聞きたくはあったが、街を歩けばそのぶん人目に触れるし。アスハの別邸がやられたように襲われでもしたら、自分は足手纏いにしかならない――やっぱり、どう考えても一緒にいてはマズイ。
 それに情報屋との待ち合わせにも、あまり時間が無い。急に飛び出してきてしまって……シエルも、きっと困っている。

(――そうだ、すぐ戻りますって電話入れなきゃ)

 駆け足からスピードを緩めて。
 バッグからケータイを取り出そうとした、そのときちょうど着信音が鳴った。

×××××


 ディアッカと、おそらくミリアリアだろう少女を追ってカフェを出たまでは良かったが……混雑した街の途中で、二人を見失い。
 通りかかった青果店で、ディアッカと思しき男について不平を漏らしている店員を見つけ、これ幸いと話しかければ、
『あんた、あの兄ちゃんの友達かい? まったく最近の若い子ときたら――』
 経緯さっぱり不明な文句を浴びたイザークは、用も無いのに、フルーツ詰め合わせのバスケットを買わされる羽目になった。
 釈然としない気分のまま、目撃証言を得た方角へ進んでいくと。
 今度はディアッカと思しき男が、OL風の女性をナンパしている場面に遭遇。
『貴様ッ! 時と場所を弁えろと……!!』
 ついカッとなって怒鳴りつければ、顰めっ面で振り返った相手は、金髪具合や背格好こそ似ていれどまるっきり別人で。
 失礼した、人違いだったとこちらが謝るより早く、なぜか女の方が涙目でイザークに抱きついてきた。
『助けてください! 私、お酒苦手だし興味ないって断ってるのに、このヒトしつこくて困ってたんです!』
『……は?』
 訳が分からなかったが、とたんに男が 『チッ』 と舌打ちして逃げようとしたので、なにか後ろ暗いことがあるんだろうと判断。じたばた暴れるのを捻じ伏せて、女に促されるまま交番へ引き摺っていくと。
『いやあ、ありがとうございます!』
 どうやらそいつは如何わしいクラブのスタッフで、度を越した客引きに近隣住民から苦情が殺到していたらしく、やたらと感謝されたイザークは困惑するばかりだった。

「なんなんだ……」

 辟易しつつ交番を出て、ケータイを鳴らすがディアッカは出ない――どうしたものか? そういえば、注文したサンドイッチも受け取らぬまま来てしまっている。
 うろうろせずカフェに戻って待つかと諦め、引き返そうとしたところへ、

「はい、BQショッピングモールってオレンジの看板があります。それから」

 不意に耳が拾った声。
 髪型こそ、セミロングのストレートで別人のようだが、まず間違いなくミリアリアだ。ケータイ片手に誰かと話しながら歩いている……ディアッカは見当たらない。
 ややあって通話を終えたらしく、ぱすん、と二つ折りのケータイを閉じた彼女は顔を上げ――こちらに気づいて固まった。
「やはり君か。ディアッカはどうした?」
「ええっと、どこか向こうの方で怒ってると思います……隙を見て、逃げてきましたから」
 こんにちはと頭を下げ、バツが悪そうに答えたミリアリアは、きょろきょろと背後を気にしつつ声を潜めまくしたてた。
「イザークさんも、私に話しかけない方が良いですよ! アークエンジェルクルーと接触したなんて誰かにバレたら、立場悪くなっちゃいます」
「そんなことを気にするくらいなら、最初から君を追わずに他人のフリをしている」
 ディアッカはどうだか知らないが、少なくともイザークには彼女らに伝えておきたいことがあった。
「ラクス・クラインは、今どこにいる?」
「え、あの――」
 浅葱の瞳を泳がせ、くちごもるミリアリア。
 返事を渋るのは当然だろうし、今となっては居所を知りたい訳でもない。
「厳重に警備された場所にいるなら、それで良い。絶対に外を出歩かせるな。スパイだの刺客だのが、けっして手を出せないように」
 おそらくアスランも、言われるまでもなく解っているだろうが。
「カガリ・ユラが会見の場で述べた経緯が事実で、アスランに掛けられた嫌疑も濡れ衣だというなら」
 ミーア・キャンベルといったか。
 ジブラルタルで、身の危険を警告してくれたという “歌姫” の本名は。
「どちらか一方でも “ラクス・クライン” が殺されてしまえば……あいつの潔白だけじゃない。オーブの彼女が本物であることも、立証は難しくなる」
 ミリアリアは、困惑気味に眉根を寄せた。
「どういう意味ですか? アスランのスパイ容疑はともかく、ラクスは誰から何を訊かれたって困らないでしょうし、カナーバ前議長も “会って話せば見分けられる” って」
「それには両者の対比が前提だ」
 イザークは考えを整理しつつ、首を左右に振ってみせる。
「フリーダムが度々ザフトに損害を与えた件で、本国では、前議長の責を問う声が少なからず上がっていたからな。いまオーブ側に肩入れする素振りなど見せれば、彼女ともども “死の商人” 扱いされかねない――プラントの歌姫が対談に応じない限り、大衆の関心を、事の真偽へ向ける以上の効果は得られんだろう」
 だが、引退宣言した “ラクス” が、そう簡単に表へ出てくるとは思えない。
「じゃあラクスが、前議長に会いに行っても……?」
「片方に記憶や知識があるからといって、もう一方に無いとは言い切れまい? 公にされた、エクステンデッドの存在を鑑みれば――」
 消される不都合な思い出に、植えつけられる偽りの認識。
「いくら否定しようと今のオーブは、ロゴス支援国家と見なされているのだからな」
 声では区別が出来ない。
 顔は整形で似せられる。思考は科学で塗り替えられる。
 ならば誰が、どちらを本物と断言できる?
「ラクス嬢に身寄りはいない。シーゲル・クラインの出身地であるスカンジナビアを探せば、遠縁の親戚くらいは見つかるかもしれないが……DNA鑑定に頼るのは難しいだろう。スパイが先手を打って、婚姻統制のデータベースなどに細工している可能性も高い」
 婚約者だったアスランも、今は、裏切り者の脱走兵という立場にある。
 世間的な信用を失っていては証人としても弱い。
「ミーア、さん? 彼女を説得して、アスランを弁護してもらうしかないってことですね。ラクスの代役になった経緯も――」
「ああ、だが」
 ただプラント政府に見出され、代役を務めていただけなら良いが。
「承知の上にせよ、なにも知らずいるにせよ、すでにスパイと接点を持ってしまっているなら。危い立場にあるのは、ラクス嬢ではなくミーア・キャンベルだ」

 彼女は生き証人だ。
 議長とミネルバの赤服が交わしていたという、不審な会話に関してはもちろん。
 どちらが本物で替え玉かという事実についても。

 さらに “裏切り者” が捜査の手を逃れるには、どちらか片方だけでも口を塞いでしまえば済む。
 オーブの歌姫が殺されれば、カナーバ前議長の申し出に窮したアスハ代表が、面倒なことになる前に “ラクス” の口を封じたと――それをまたザフトによる襲撃と言い張っているという話にしてしまうだろうし。
 プラントの歌姫が殺されたなら、オーブの刺客による暗殺とでも発表するだろう。
 今の世界情勢、国際社会における力関係を思えば。ニュースとして報道された場合の世論の動きは、容易に想像できる。

「引退声明後、彼女が、どこでどうしているかは……?」
 話しかけない方が、といった気遣いも頭から吹き飛んでしまったようで、ミリアリアは真剣な顔つきで訊ねた。
「俺には分からない。政府でも一部の者しか把握していないだろうな」
 ニトラムに会ったあと、駄目で元々と。
 まだ軍部に紛れているだろうスパイを牽制するため、ラクス・クラインの護衛につきたいと国防本部に伝えていたが、叶う見込みは薄そうだった。
 しかし、自分が思いつく程度のこと――議長には解っているはず。
 だから歌姫の警護は万全にされているはずだ。

『あとはまあ、議長が居ると判っても、メサイアは撃てない理由があったか?』

 盗まれた形跡の無い “アッシュ” 部隊や、ラグナロクのデータハッキングを偽装出来るあたり――ある程度、権限を持つ人間が裏で糸を引いていることは確かだろうが。
 オーブ陣営や、ニトラムの見解が的外れな代物であったなら。
 ミーア・キャンベルは、安全な場所に匿われているはず……こんな気掛かりは、杞憂に終わるはずだ。



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オーブ陣営を正義として正当化したいなら、ミーア救出・諸々の証人としてアスランたちの味方に付くことは必須事項だったろうに、なぜにむざむざ死なせるか……脚本家さんたちの意図はよく分かりません。