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■ HUSH UP 〔2〕


「……え? 出掛けた!?」

 驚きうわずった声は、無人の小公園に思いのほか響き。
 ケータイ片手に、ブランコに腰掛けていたミリアリアは慌てて、もう一方の手で口元を押さえた。
 後ろと左右はコンクリートの壁――に沿ってぐるりと植えられた広葉樹。
 眼前は、びゅんびゅんと車行き交う大通りで、とりあえず今のところ怪しい人影などは見当たらないから……だいじょうぶ、の、はず。

〔ええ。ラクスさんに名指しで、情報を提供したいっていうメッセージが届いて――もちろん、罠である可能性も考えたのだけれど〕
 答えるマリューの声も、そわそわと落ち着かぬもので。

『アークエンジェルの乗員である、わたくしは、今は情報収集が仕事なのですから』
『だったら、僕も行くよ。艦で考え込んでたって始まらないしね』
『……しかし呼び出されるまま従って、万が一のことがあったらどうするんだ? 話なら、俺が聞いてくるから』
『だけど、わざわざ “ラクス様に” って指名してるくらいですから。アスランさんや他の人が行ったんじゃ、警戒して姿を現さないかもしれませんよ? このメッセージの送り主――』
『ああ、それは一理あるな』
『指定された場所は中心街ですからね。人目につくところで、そうそうおかしな真似をするとも思えませんが……』
『そこから相手が、どこかへ誘い込もうって素振りを見せるなら、完全に罠だと判断した方が良いでしょうね』

 主だったクルーが、ブリッジに集まり話し合った結果。
 ラクス自身が譲らなかったことに加え――取れる手段も限られている今、有益な話を聞けるなら、多少の危険は承知のうえで赴くべきだと多数決に至ったのだという。
 そうして、幼少期にとはいえコペルニクスで暮らしており、クルーの中では地理に明るいキラと。
 オペレーターとはいえザフト軍人として訓練を受けており、どうしても男性陣では入れないところ (挙げればキリが無いが、最たるものは化粧室か) まで護衛に同行できるメイリン。
 両要素を兼ね備えたボディーガード兼お目付け役のアスラン、といった顔ぶれで出掛けて行ったと。

〔あの “メッセージ” が、ラクスさんを、外へ誘い出すこと自体を目的にしていたなら……なりふり構わないつもりでいるなら〕
 イザークの懸念を伝えたのは、ミリアリア自身であるが。
〔――まずいわね。アスラン君も、それを危惧して最後まで渋っていたのかしら〕
〔かもしれませんけど……情報提供者の素性なんて、いちいち確かめる時間の余裕は無いですし。それだって、やっぱり調べるのはクルーの仕事になるわけですから〕
 焦り唇を噛むマリューの姿が目に見えるようで、つい擁護に回ってしまうと同時に、

『昔から、誰かを説き伏せようとしても――考えてみたら、成功した試しが無い』

 いつだったかボヤいていた、アスランの台詞が思い浮かぶ。
 常識的な慎重派であるがゆえ、勢いに押し切られる少数派ということか……なるほど。

 しかし結局は行くか、行かないかの二択だ。
 危ないからと避けて隠れては、なんの為にオーブ軍属となってここまで来たんだか分かりゃしない。その場にいたらミリアリアも、会うだけ会ってみる方に賛成しただろう。
 問題は、本人を行かせたことが吉と出るか凶と出るか。
 完全に罠と判って臨戦態勢で挑むケースなら、ピンクのウイッグを調達して、帽子やサングラスで顔も隠せば、ラクスと背丈の変わらぬ自分でも囮になれたろうが――まともに戦えもしないナチュラルでは、いざ事が起こったとき足手纏いになりかねない。
 まだ、メイリンの方が適任だろう……とはいえ、ただでさえ心労続きの彼女に、そんな囮役をさせるわけにはいかないし。
 なにより、すでにラクスたちが出発してしまっている以上、考えても仕方が無いことだけれど。

〔――だめ。どうしたのかしら、誰も出ないわ。コールに気づいていないだけなら良いけど〕
 電話口の向こうで、キラたちに連絡を取るといって、カチャカチャ物音をたてていたマリューが途方に暮れたように呟き。
「すみません、急にこんな話して。いまさら念を押されなくても、ラクスが狙われる危険性は、キラやアスランの方がよく解ってるとは思うんですけど」
 だが、敵にとって口封じの対象は、どちらの “ラクス・クライン” でも良いのだと……そこまで考えを詰めているかは分からない。
 マリューの言う情報提供者が、厚意からラクスに協力しようという人物であるなら、なんの問題も無いが。
 もしも懸念されたように、メッセージが罠だった場合。
 彼女を守って敵を退けるだけでなく、襲撃者を捕らえ。どうにかして、ミーア・キャンベルの居場所を突き止め、保護しなければ――
 オーブ側のラクスを殺せればそれで良し、再び失敗したなら手元の……と。
 もしも “敵” が、そんな物騒なことを考えているなら――おそらく、身代わりとされた少女に明日は無い。
(ホントに、ただの情報提供だったら良いんだけど)
 雲のない空を見上げ溜息をついた、そのとき、すぐ近くでクラクションが鳴った。
 ふと顔を上げれば、公園前の路肩にシエルの車が停まっている。

「すみません、艦長。私も今から、ちょっと情報交換に行ってきます」
〔ええ、お願い。アスラン君たちには連絡が取れ次第、伝えておくから……そうしたら、また電話するわね〕
 はい、と頷いて通話を切り。


「ええ、目的は不明ですけれどザフト兵が中にいたんです。なにかの拍子に見咎められでもしたら面倒ですし――待ち合わせ場所、変更してもかまいません?」


 頭を下げつつ助手席に乗り込めば、シエルは、ニトラムに事情を説明しているようだった。
 すぐに話し終えた彼女は、ケータイを胸ポケットに戻して 「じゃ、行こうか?」 と、なめらかにアクセルを踏み込む。

「すみません、ご迷惑お掛けして」
 カフェには他のザフト兵がいる可能性もあるなと、現在地を伝え、こうして迎えに来てもらったのだった。
「いいのよ。諜報活動にイレギュラーは付き物だし、むしろ取引相手と合流する前で良かったわ」
 結局、なにも注文しないまま飛び出して来てしまっていたし、例のカフェに拘る必要はないからとアッサリ笑って流してもらえたものの。
 市街を移動する道すがら、聞かれたことに順を追って答えれば、

「……はぁ。それで急に怖くなって逃げてきちゃったわけ? 帰るとも何にも言わないで?」

 運転中であるからして視線は前を向いたまま、しかし呆れ顔でコメントされてしまった。
「確かに、付き合う義理はないだろうし。知り合いとはいえ不用意にザフト兵と接触するのもリスク高いから、早々に話を打ち切ったのは、無難な判断だったろうけど――そんなイキナリいなくなったら心配するでしょ? その、ディアッカ君」
「怒ってるだろうなぁ……とは、思いますけど」
「それより先に心配して探し回るわよ。いったいどうしたんだ、まさか誘拐でもされたんじゃないかって」
 ミリアリアは、肩身も狭く縮こまる。
「まあ、相棒さんに会って話したんなら、もう無事は伝わってるかもしれないけど。ちょーっと酷すぎるわよねぇ?」

 イザークに遭遇したのは、ディアッカを撒いてから。
 帰り道としては一番安全なルートに思えた、交番がある通りを目指して歩いている途中だった。
 “ラクス・クラインが置かれた立場の危さ” について忠告したあと、彼は、これで用は済んだとばかりに、
『君も気をつけろ』
 もうカフェに戻ると、それだけ言って去っていった――ジュール隊員への土産だろうか、大きな果物カゴを持って。
 ディアッカが彼と連絡を取りさえすれば、ミリアリアが、自ら逃走したことは伝わるだろう。
 あとの反応は……あまり、考えたくないが。

「それに監視の目を前提にして、他人のフリをするんなら。誰が警察にしょっぴかれようが放ったらかしにして行かなくちゃ。中途半端が一番命取りよ」
「……気をつけます」
「ま、次に会ったとき、ちゃんと謝ることね」
 キレイな横顔を、ふっと寂しげに曇らせたシエルは、表情に似合わぬシビアな口調でつぶやいた。
「こんなご時世じゃあ、軍人じゃなくたって誰だって、次の機会なんて約束されてるわけじゃないんだから――」
 刹那、嵐のごとく意識を塗り潰す、フラッシュバックに。
「…………はい」
 息を止め、ゆるく吐いて。
 平静を装いやり過ごす――窓越しに移ろう自由都市は、争い続ける “外” など無関係に、平和そのものに見えた。


 それからしばらく車を走らせ、到着した先は、なぜか……カラオケボックス。
 しかも繁華街のメインストリートに面した、大きな新しい、密談のイメージとはかけ離れた施設で。


「どしたの? 入るわよー」
「あの。なんでカラオケ……?」
 当惑を隠せず、自動ドアの前で足を止めたまま問えば。
「あら、だって。防音対策はしっかりしてるし、オジサンから若者まで出入りする、しかも個室。客に呼ばれない限り従業員も誰も来ないでしょ? けっこう内緒話をするには向いてるのよ」
 あっさり答えたシエルは、すたすたとカウンターへ向かい受付を始めてしまった。どうやらニトラムの方が先に着いていたようで、
「お連れ様ですか? ええ、先ほどいらっしゃいましたよ。417号室になります」
 指定された417号室へ向かうべく、エレベーターに乗り込めば――浮遊感のあと、ちぃんと、日常的な音が弾けて開く扉。
 平日の、まだ夕方前ではさほど混んでもおらず。
 確かに案外、こうした待ち合わせ場所としては悪くないのかもしれないと、卒業以降は滅多に立ち寄ることもなくなっていた空間を眺め、思った。

「ごめんなさい、遅くなりました」
「いえ、俺も今来たところですから……」

 中へ入りながらシエルが詫び、ソファから立ち上がった人影が応じるのに。
「!?」
 ミリアリアは、ぎょっと扉の前で立ち竦む。聞こえてきた声が一瞬、ディアッカのように感じたのだが――
「初めまして」
 そう言って穏やかに名乗った人物は、背も一回り低いようだし顔立ちもまるで違う。
 なんとなく、小柄なバルトフェルド隊長といった風貌の、年齢不詳な男性だった。
(な、なんだぁ……空耳?)
 さっきの諸々の罪悪感に起因する幻聴かと、ほっと胸を撫で下ろすが――ザフトの動向についてシエルと言葉を交わす、ニトラムの声は、やはりディアッカに酷似していた。
 語尾に皮肉っぽさなど含まず、喋り方も異なるから混同するほどではないが、あの口調を真似てもらって目を閉じて聞いていたら、判別は難しいんじゃないかと思うほどに。

 世の中には、そっくりな人間が3人いるってよく言うけれど。
 ラクスとミーア・キャンベルの声がよく似ているように……声がそっくりな人間というのも、けっこう探せばいるのかもしれない。



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1Pに収めるつもりだったエピソードが4Pぶんに伸びまくりました。なんでこんなに手こずるのかって考えたら、話の流れに空白部分がありすぎるからだ! ちなみにフラッシュバックは 【 SIGNAL LOST 】 …… 克服したつもりでも、ふとした拍子に出てくるトラウマ。