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■ ミーア 〔1〕


「――はあぁっ!?」

 往来でケータイ片手に、ディアッカは耳を疑い立ち尽くした。
 行き交う人々がちらちらと訝しげな視線を浴びせていくが、もはやそんな些末事に構っていられる気分ではなく。
〔だから、ミリアリアに会ったと言っている〕
「どこで!?」
〔地名までは知らん。大通りにある交番を出て、しばらくいった路地だったか……〕

 ゴタゴタの末にようやく捕まえたというか捕まったというか、とにかく二人きりになれたあと。
 どこかゆっくり話せるところへ場所を移そうとした矢先、ふと気づけば、すぐ後ろを歩いていたはずのミリアリアが姿を消してしまっていたのだ。
 ただ逸れただけなら良いが、まさか “敵” に連れ去られたなんてことはと血の気が引くのを感じつつ、辺りを探し回っていたところへ――イザークからの着信音。見ればいつの間にやら着信履歴がずらずらと。
 勝手に出て行ったことを怒っているんだろうが今それどころじゃねーんだけど、と思いつつ無視するわけにもいかず、視線は雑踏へ向けたまま通話ボタンを押してみれば、

〔なにを早とちりして慌てていたのか知らんが。貴様に同行しなかったのは、彼女自身の意志だぞ?〕

 ……これだ。
 安堵は一瞬にして吹き飛び、代わりに渦巻くこの腹立たしさをなんと呼べば?
〔どこに監視の目があるか分からない。接触は避けるべきだと――諜報活動に従事する人間ならば、警戒して当たり前だな〕
 落ち着き払ったイザークの物言いがまた、癇に障ってしょうがない。
 そりゃあジャーナリストとしても軍艦のオペレーターとしても、当然の懸念ではあるだろう。しかし、
「だったらそう言ってから行けよ!」
 ろくに訓練も受けぬまま軍属となったミリアリアには判るまいが、誰かに付けられている気配など皆無だった。
 もちろん、そういった場合は相手もプロだろうから絶対とは言えず、だからこそ焦った訳だが――ディアッカも、前線に立ち続ける軍人だ。尾行されていれば気づけないとは思わない。
〔苦情の類は、本人に直接言え。そもそも場所も弁えず大声を出すから迷惑がられたんだろう〕
 素っ気なく突き放す口調に苛つきながらも、八つ当たりだとは認めざるを得なかった。
〔 “アイツ” ほど悪目立ちしていないとはいえ、貴様も前科者だということを忘れるな。軽率な行動は慎め〕
 いきなり逃げられたことにカチンと来て、必要以上にムキになっていたのも確かだ。
〔彼女と話をしたければ、堂々と会いに行ける状況を作ってからにしろ。交戦中でなくとも、オーブ軍は、今は敵だ〕
 そうして茹った頭もだんだん冷め始めたところへ、イザークはぴしゃりと命じた。
〔これ以上、勝手に市街をうろつくことは許さん。さっさと戻って来い〕
「……りょーかい」

 ツー、ツーと無機質に流れる音を聞きながら、思う。
 イザークに窘められるとは、俺も末期か――いや、俺がどうこうというより、こいつが変わったんだろうが。たった二年、されど二年。すっかり隊長職が板についている感じだ。
 頼もしい限りだが、そのうち世話を焼く必要がなくなってしまうかと思うと、それはそれで物足りないというか複雑だ。

(けど、見張られてる気配がまったく無いってのも妙だよなぁ……)

 実は濡れ衣でもなんでもなくアスランがトチ狂ってブルコス側についていた、とかいう可能性を除外するなら。
 あとは “真犯人” が、絶対に尻尾を掴まれることはないと高を括っているか、他に何らかの意図があるのか――地味に少人数で進めているとはいえ、軍部に隠れてやっている訳じゃない再調査に、これといった横槍も入らないのは何故だ?

 現時点で、新たに取れる手段は “ラクス・クライン” の護衛につきたいと再三願い出ること。
 今までは “ミネルバ” が常に軍事作戦に従事していたこともあり叶わなかったが――アスランの容疑に関して、ルナマリア・ホーク、及びタリア・グラディスの証言を得るべく事情聴取を申し入れるくらいか。
 実現が早そうなのは後者だが、それでもまだ評議会すべてを擁護派に引き込むには至らないだろう。


「……俺のぶんは?」


 あれこれ考えを巡らせながらカフェへ引き返してみれば、イザークは、優雅に紅茶など啜っていた。
 しかも持ち帰り用に注文したまま放置していた、サンドイッチが入っていたと思しき紙箱は、見事なまでに空っぽで。
「見てのとおりだ。ほっつき歩いて上司を待たせる、貴様が悪い――俺はまだしも、すぐ戻ると言われ待機していた人間が、どれだけ暇を持て余すか考えてみろ」
「……え、まさか車ん中で待ってるわけ?」
 さすがに、しまったと焦る。
 ここ数日コペルニクスを案内してくれていた、再調査班メンバーでもある黒服の存在を失念していた。
 二時間までは経っていないが、待ちぼうけを食わされた側は堪らないだろう。
「馬鹿者。あれは情報課に属している男だぞ。おまえの帰りを待つなら仕事や調べ物はいくらでもあると、個別ブースを借りに奥へ行った――俺は、行き違いを防ぐため、ここに座っていただけだ」
 ディアッカの追走を諦め引き返す途中に、連絡を入れて事情を伝え、待たせる詫び代わりにサンドイッチは食べてもらったと。
 呆れ混じりに答えたイザークのテーブル横には、なぜか果物がてんこ盛りに詰められたバスケット。
「もう時間も半端だぞ。夕食まで持たないというなら、さっさと買って来い」
「面倒くさいし食べる気も失せたし、要らねー。それより、なにそのメロンやらリンゴやら」
 なんの気なしに問えば、急に不機嫌そうに顔をしかめる。
「……土産だ。隊員たちへの」
 “へぇ、隊長太っ腹〜” と茶化す言葉が、喉元まで出かかったものの。
 こっちを物言いたげに睨む眼つきからして、あまり突っ込んで聞かない方が良さそうだと直感、軽く 「ふーん」 と流すに留めた。
「そろそろ行くぞ。あまり長く留守にして、艦長に負担をかけるわけには――」
 ムスッとしたまま立ち上がったイザークの台詞に被せ、店の奥から、つかつかと近づいてきた足音が。

「ああ良かった、お戻りになっていたんですね……出ますよ、お二人とも!」

 ディアッカたちが振り向いたときにはもう、鋭く急かす声を残して出口へとまっしぐらに遠ざかり。
「なんだ、どうした?」
「少々長くなります、話は移動しながら!」
 一刻も惜しいと言うように、そのままバタバタと出て行ってしまった。
「…………?」
 ただごとでない剣幕に戸惑いつつも追ってレンタカーに乗り込めば、ぎゃりぎゃりとアスファルトを咬む音を響かせ急発車。

「シュライバー委員長から、緊急の司令が下りました」

 アクセルを踏み込みスピードを上げながら、緊迫感を滲ませ告げる。
「例の活動休止宣言の後、ラクス様は――休養も兼ねて、この街にあるザフトの保養施設に滞在していたらしいんですが」
「コペルニクスに?」
 思わずイザークと顔を見合わせ、訊き返す。
 月面都市に保養施設があることは知っていた。
 何かの折、配られたパンフレットに目を通しただけで利用したことはなく、外観や所在地などはうろ覚えだが――リゾートホテル風で、かなり豪奢な造りだったように思う。
「セキュリティシステムは最先端のものですし、戦時下では、利用する兵士やその家族もほとんどいませんからね。騒がしいマスコミなどから逃れ、休むには適した環境と判断されたんでしょう」
「…… “いた” って過去形? 今はもう、どっか別の場所に移ってるわけ?」
「いいえ。移ったと考えるには、部屋に私物が置かれたままで無理があると」

 そこまで示唆されれば、さすがに解るというものだ――いったい、なにが “緊急” なのか。

「コペルニクスへは、護衛やマネージャーも同行していたそうで。公の場から離れたとはいえ、またいつ情勢が変わり、プラントへ戻っていただく必要に迫られるか分からないと……毎日、決まった時間に、新たな決定事項などの連絡を入れるようにしていた、ところが」
 今朝から、何度コールしても連絡が取れず。
 付き人の携帯電話も繋がらないと――訝しんだパーネル・ジェセックが、ちょうどダイダロスへ降りる途中だった部下に指示して、訪ねて行かせたところ、部屋はもぬけの殻だった。
「監視カメラを確認したところ、マネージャーを伴い出掛けていく、ラクス様の姿が映っていたそうですが……」
 ただ息抜きに街へ出ただけなら、こうも長時間、同行者まで誰一人として本国からのコールに応じないということは考えにくい。
「しかし、単なる通信障害という可能性もありますし。評議会は騒ぎを大きくしたくないようで――あくまで内密に、ラクス様が立ち寄りそうな場所を当たってみるようにと」

 ひとまず最後の足跡となっている保養施設を目指しつつ。
 掻い摘んだ状況説明を受けながら、ディアッカは、イザークもほとんど口を挟まなかった。

 ……このタイミングで消息不明となった、ザフトの歌姫。

 ただの通信障害。
 もちろん可能性としては有り得ること、だが――嫌な予感と言うヤツは、往々にしてよく当たる。

×××××


 カラオケボックスの一室に、ドリンクを運んできた店員が立ち去ったあと。
 カモフラージュとして音量抑えめに適当な曲を流しつつ、こちらも訊かれて答えられることには答えたし、それ以上に、ニトラムは色々な話をしてくれた。

 ザフト有志による、アスランのスパイ容疑に対する再調査状況については、ディアッカが話していたとおりで。ミリアリアには既知のこと、再確認の意味合いしか得られなかったが……続報が聞こえて来ないままだった、シン・アスカの不審行為に関する疑念追及は――結局、ジェセックという議員によって巧みにかわされてしまったと判明した。
 このパーネル・ジェセックなる人物、評議会の中では最もデュランダルに重用されており、今も要塞メサイアにて議長の補佐官的なポジションにあるらしく、

『敵機への過度な接近は、ロドニアのラボ調査に加わっていた彼が、ブロックワードもしくはそれに類する手段で虐殺を停止させようとしたもの』

『また、敵パイロットの遺骸を捨て置けば、家族や仲間を殺されて怒り嘆く人々の暴行にさらされかねず。
ユーラシア侵攻の実行犯とはいえ、連合軍に利用されていた子供に対する同情心もあったろうが、それ以上に――かつて “ミネルバ” が拘束したエクステンデッドを調べたところ、本来なら人間が体内に持たぬような物質も多数検出されていたことから、ウイルス感染などの二次被害を危惧して、ヒトの手が届かぬ地に葬った』

 そんな回答で、市長を納得させてしまったらしい。
 元よりザフトには 『助けに来てくれた、救援物資も届けてくれる人たち』 という印象を抱いていたベルリン市民であるから、なるほどと思えば不信感もあっさり解消してしまったようだ。
 だからもう、いくらこの件を突こうと、プラント政府に大衆が寄せる信頼は崩せないだろうと。

「ウイルス……?」
「 “デストロイ” のパイロットは生物兵器でもあったと仄めかした訳ですね。本当にそうだったのか、シン・アスカを庇い、ベルリン市民を黙らせるために尤もらしく辻褄を合わせた虚言だったのかは――司法解剖対象が失われてしまった以上、調べようがありませんが」
「なるほど。民間人を巻き添えにするのも厭わず、核ミサイルを使うような軍だもの…… “貧者の核兵器” にまで手を出してたって聞かされても、驚く気にもなれないわね」
「貧者のって?」
「毒ガスなんかの化学兵器や、ウイルス系の生物兵器をね。そういうふうに表現する場合があるのよ」
 小首をかしげてばかりのミリアリアに、噛み砕いた説明を付け足してくれる大人たち。
「ただでさえ無差別攻撃を受けた当事者なんだから。人体強化なんて悪趣味なことやってた組織なら、そういった類の研究しててもおかしくないって感じるわよねぇ」
「さすが論客デュランダルの片腕というか、上手くあしらったものですよ」
「そうね。ザフト軍にも目撃者がいるだけに、言い逃れは苦しいだろうと思ってたけど――」
 しみじみとした両者の会話は、不意に、ケータイの着信音に中断された。

「ごめんなさい、ちょっと失礼します」
 断って立ち上がり、壁際へ寄ったシエルに 「ええ、どうぞ」 と穏やかに応じて。
「……あ? 俺もか」
 けれどニトラムの懐からも、わずかな時間差で着メロが鳴りだす。
 “静かな夜に” の、しんみりした――ディオキアで聴いたポップス調ではないから、ラクスが現役だった頃の曲だろう。
 プラントにおける彼女の人気は聞き知っているが、ミリアリアの感覚では、やっぱりちょっと……けっこうイイ歳してそうな男性の着メロが、アイドルの歌というのは物珍しい目で見てしまう。しかしジロジロ眺めては失礼であるから、
「どうぞ、お気になさらず」
 すまなさそうなニトラムをうながして、自分は小休憩してますとばかりにジュースに口を付けた。

 キャリアも長く忙しいんだろう彼らは、しょせん他人に過ぎない互いの存在を気にしてか、短く相槌を打つばかりで――なんの話でどういう相手から掛かってきたかは、傍に居てもまるで分からない。
 すぐに席を外して確実に一人になれる場所にいることの方が少ないわけで、急ぎの用や緊急連絡があった場合、どこでも周りの注意を引かずに受け応え出来るというのも必須技能なんだろうなぁ……とボンヤリ思う。

 なんにせよ、プラント政府の “回答” は――実際にはシン・アスカへの詰問など行われておらず、ジェセックによる脚色や捏造が含まれていたとしても――アスランに聞いた話からして、事実とあまり違わないんだろう。
 やはり動かぬ証拠というヤツは、なかなか見つからないものらしい。
 ああ、そうか。
 容易には得にくいものだから。調べれば掴めるって保証もないのに探してるうちに手遅れになりかねなくて、だけど状況証拠だけじゃ心許ないから、つい、決定的な “なにか” をでっち上げたくなってしまうんだ。
 アスランが “ロゴスのスパイ” として撃たれる事態に陥ったのも、そういう理由なんだろう……処分したければ、理由は軍務不服従だけで充分だったろうに。どれだけ完璧主義なんだ、ギルバート・デュランダルという政治家は?
 いやいや。元は議長権限で復隊させたからこそ、それくらいとんでもない “裏切り” が無いと、アスランをFAITHにまで任じた彼の見込み違いを責める声ばかり上がりかねないから、必要な偽装だったんだろう。
 ひょっとすると議長にとっては、アスランが、ザフト兵として戦い抜いても、逆に離反してオーブへ戻ってしまっても――どちらに転んでも良かったのかもしれない。
 エース級パイロットが加われば、それは純粋に戦力となるし。
 変節したオーブを見限った前大戦の英雄が、ザフトに復帰したとなれば、軍の士気も上がっただろう。
 そうならなかった場合については、自分たちの現状が物語っている。
 なんだかもう、本当にデュランダルが黒幕だったなら、真相を暴ける気がしない……と溜息をついたとき。連鎖するように、ミリアリアのケータイまで鳴りだした。

「はい。もしもし?」
〔――ハウか?〕
「ええ。どうしたんですか? ……あ、キラたちと連絡取れたんですか?」
 てっきりマリューだと思って出たら、なぜか声の主はノイマンで。
〔すぐ、こっちに戻れるか?〕
「え?」
〔場合によっては今日中に、コペルニクスを出なくてはならなくなるかもしれない〕
「なにかあったんですか?」
 理由さえ述べず急きたてるような口調の、奇妙さに戸惑いつつ問えば、
〔電話で言える内容じゃないんだ〕
 ぐっと潜められた声だけでも伝わるほどの緊迫感に、遅ればせながら、なにか事態が悪化したんだろうと悟る。
「分かりました」
 通話を終えてケータイを閉じると、

「すみません。ちょっと、急な仕事が入りまして――今日のところは、これまでにしたいんですが」

 残る二人もすでに話終えており。シエルは、ニトラムに頷いて返しながら、
「ミリィちゃんは? 彼に質問とか、もう無い?」
「はい。それに私も今、戻って来るようにって上司から指示されて……」
「あら、そうなの? もっとゆっくり案内したかったけど、しょうがないわね。兼業ジャーナリストじゃ」
 残念そうに笑って、ソファに置いていたハンドバッグを手に取った。
「――それじゃあ、お開きにしましょうか」



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ディアイザの関係性は永久に変わって欲しくないなぁと思う反面、イザークがエリート街道を突き進むのに、ディアッカは相棒としては宜しくないんだろうなぁと思う。実力相性抜きにして、三隻同盟絡みの問題を快くは思ってなかったプラントのお偉方の心証の兼ね合いやら何やらで。イザークも、ディアッカが居なけりゃダメというほど依存している訳じゃなし。