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 それが旅先であれ、友人宅でお泊り会という状況であれ。
 就寝前に女同士でクッキーなどつまみつつ、くつろいでいれば、出てくる話題は色恋沙汰と相場が決まっている。
 ……で、仲間内の誰かに、ただの男友達なのかそれ以上の関係なのかはっきりしない相手がいれば、あれこれ詮索するのも世の常であって。
『だから別に、そういうんじゃないから。あいつは、ただの知り合い!』
 などとテキトーにはぐらかせば、たいてい、にやにやと人の悪い笑みを浮かべながら切り返されたりするものだ。

『じゃあ、彼が別のコと仲良くしてても平気なワケ? やきもち焼いたりしたことないの?』 と。


      Fortune comes to a merry home


 “ドミニオン” とザフトの猛攻を振り切り、メンデルを脱出して二週間が過ぎようという、ある日の午後――整備士たちに届けるため、軽食やドリンクを載せたトレイを手に歩いていたミリアリアは、
(あれ……?)
 5メートルほど先、格納庫の出入り口に、やや苦手な人物の姿を見つけて足を止めた。
 とっさに物陰に隠れてしまい、そんな自分の行動にもバツの悪さを覚える。

 “ジャスティス” のパイロット。物静かな印象の、コーディネイターの少年。
 キラの親友で、今は味方とはいえ、元はアークエンジェルを執拗に狙ってきたザフト兵――個人的な事情もあり、わざわざ顔を合わせたい相手ではなかった。
(なにやってるんだろ、こんなところで)
 そっと窺う、こちらの視線に気づく様子もなく。赤面したと思いきやサーッと青褪め、中に飛び込みかけては踏みとどまり、柳眉を逆立て全身をわななかせたのも束の間、やけに寂しそうに肩を落とす。

 アスラン・ザラは、無言で百面相していた。

 やがて溜息をひとつ残して、ふらふらとその場から歩み去っていった。


 もしかしたら案外おもしろい人なのかも、と思いつつ、小さくなっていく後ろ姿を見送って。
 本来の用を済ませるため格納庫に入りかけたところで、ミリアリアは、今度こそ完全に動けなくなる。
(……珍しい組み合わせね)
 油臭い無彩色の空間に、ひときわ目立つ金髪の男女――壁際に積み上げられたコンテナを背凭れ代わりにして、モルゲンレーテのジャケットを着たディアッカと、そっくり同じ服装のカガリが談笑していたのだ。どうやら、アスランの挙動不審の原因はこれらしい。
 この位置からでは会話内容までは聞こえないが、二人は、遠目にも判るほど楽しそうに笑っている。

 なんなのよ、あいつ。
 ミリアリアは、無意識に眉をしかめていた。

 自分が知るディアッカ・エルスマンは、いつだって、ふざけているか困っているかのどちらかだ。あんなふうに笑う姿、知らない。今の今まで見たことがなかった――出会ってから、それなりに時間も過ぎているというのに。

 だが、考えてみれば当然のことのようにも思う。

 プラントの名家出身だという彼には、友好国のお姫様の方がずっと気楽に話せる相手だろう。
 なにしろ私は、元敵軍の兵士。しかも一歩間違えれば、ディアッカを刺し殺すところだったのだ。
 モビルスーツのことなど分からない。冷たい宇宙空間に独りきり、戦う恐怖も知らない。相手がなにを考えているのか、なにひとつ理解できずに話が弾む訳もない。
 ……戦力配分というなら、M1部隊に移ってもらえば済むことだ。
 元々ナチュラルだらけの艦内で浮いた存在なのだから、無用なトラブルを避けるためにも、艦長あたりに直談判してクサナギなりエターナルに移ればいい。そうしたら、おかしな噂を立てられることも無くなる。私だってせいせいするわ。

 オーブを発ってからというもの一部のクルーから叩かれている、下卑た陰口を思い出し、ミリアリアは憤然と踵を返す。
 腹立たしさの片隅に覚えた、心臓の奥がきゅっと冷えるような感じを、
(そういえば、おなか空いたわ……)
 さっさとマードックさんに差し入れを渡して、食堂に行こう。そのときは、そんなふうに片づけて、づかづかと格納庫に入っていった。


「ほら見ろ、私だって出来ただろ?」
 スパナ片手に、頬を潤滑油で汚しながら、カガリ・ユラ・アスハは得意げに胸をそらした。
 格納庫をちょろちょろしているところを見つけ、声をかけたのだが――女というより、気のおけない男友達か、懐っこい猫でも相手にしているような気分である。
 教えてやると言えば、いたって素直に聞くし、からかえば頭から湯気たてて怒る。MSパーツの調整を手伝うといって、油まみれで胡坐をかいている少女が、正真正銘オーブの姫君であるとは俄かに信じがたいくらいだ。
「オーブの旗印殺しに来た、ザフトのスパイかもよ? 俺」
 アスハ代表の忘れ形見を、こんな場所に一人でうろつかせていいのかよ。あまりの屈託なさに半ば呆れながら脅すと、
「そうだとしても、もうアークエンジェルは墜とせんだろう?」
 彼女は、からからと笑い飛ばした。
「ついでに、エターナルとクサナギもな。おまえは良いヤツだし、だから問題ない」
「どっから来んの、その自信」
 不必要に顔を近づけ、金の瞳を覗き込んでやったのには、さっきから愉快な視線を浴びせてくる元同僚への嫌がらせも含まれていた。
「女の勘だ!」
 カガリは即答した。なにに気づいているのか、いないのか、ずいぶんと簡単に言ってくれるものだ。
「いや、ご名答」
 ディアッカは、諸手を上げて引き下がった。

 こういう人間は嫌いではない。むしろ好みである。
 そういえばイザークも、かなり感情的なタチだった。オーブの姫君とは、いい勝負だ。
 裏表がないというより、なにを考えていても顔に出るのだろう。嬉しければ喜び、悲しければ泣く……父親を亡くし、国を焼かれながらも。

 カガリはこうして笑うのに、なぜ “彼女” は笑わないのだろうと、ディアッカはぼんやり考える。

 どちらもナチュラルの少女だ。オーブに生まれ、育った環境は違えども、現実を直視して戦う強さはよく似ていると思う。
 だが、ミリアリア・ハウは笑わない。いつだって、怒っているか泣きそうな顔をしているかのどちらかだ。
 出会ってから、それなにり時間も過ぎているというのに、笑顔と呼べるものは見たのは一度だけ―― “トールの仇” を前にして、駆け去った彼女を追いかけて、なんとかフォローしようと四苦八苦するばかりの俺に、ミリアリアは、泣きはらした瞳を細めて 「ありがと」 と微笑んだ。
 ……可愛いと思った。
 だが、それっきりだ。たまに表情を緩めることはあっても、笑顔というには程遠い。弾けるような笑い声など聞いたことがない。
 ここが戦場だから、という理由ではないだろう。
 明るく朗らかで、よく笑う少女だったとサイたちは語った。語尾を濁すその様子から、それが途絶えたのはトール・ケーニヒがMIAになってからなのだろうと簡単に想像がついた。

 だったら、どうすれば “それ” は戻るのだろうか。
 カガリが笑っていられる理由に、あのクソ真面目で愛想もないアスランの存在が含まれるのかと思うと、無性に気に食わなかった。

 死者が還ることはない。優秀と自負していた頭をいくら使っても、ミリアリアを喜ばせる方法など分からない。
 元敵軍の兵士である俺には、そもそも不可能なことなのかもしれない。
 平和な生活を奪われて、戦場に放り込まれて、彼氏が死んだ――プラントも連合も敵という最悪な状況で、こんな望みを彼女に抱くこと自体、馬鹿げた感傷なのかもしれなかった。

 なら俺の存在意義は、“バスター” のパイロットであることだけか?
 戦って、戦って、連合もザフトもこの馬鹿げた戦争の根源すべて殺し尽くせば、彼女は、なにも気に病まずに笑えるようになるんだろうか。
 それすら無意味なことだとしたら……眼前から失せた方がいいのは、医務室での一件を思い出させる俺自身か。


 ついでにあいつも、とアスランが突っ立っていた方向に意識を向け、いつの間にかそれが消えていることに気づく。
 代わりに、耳に飛び込んできたのは、

「これ、差し入れです」
「おっ、ありがとよ。嬢ちゃん!」
「腹減ったー」

 さっきまで脳裏を占めていた人物の声と、握り飯やら何やらに群がる整備士たちの歓声だった。
「あ、ミリアリア!」
 陽気なカガリの呼びかけに、彼女はわずかに微笑んで手を振り返した。
 しかし和らいでいた表情は、ディアッカと目が合うなり硬化した。ふいと顔を背け、そのまま行ってしまう――ミリアリアに冷たくあしらわれることには慣れているし、作り笑顔を見たいわけじゃないから、それはかまわない。ただ、

 また、泣いていたように見えた。

「……あれ?」
 こっちに来るものと思っていたのか、きょとんと首をかしげるカガリを置き去りに、
「おい、ちょっと待てよ!」
 ディアッカは、あわてて彼女を追いかけていった。



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タイトルの意味は、諺の 『笑う角には福来る』 です――リクエストいただいたのがお正月だったので、縁起の良さそうなものをvv (えー?)  わんこ年記念!