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「月末の土曜に? MSシミュレーション……大会?」
 ソファに寝そべったまま手渡された回覧文を一瞥した、ディアッカの反応には、やる気の 『や』 の字も見受けられなかった。
「はい。開催日時をずらしつつ1週間かけて、オペレーターは情報処理実技、メカニックは破損機の修理と、それぞれ専門分野に特化したテストが一斉に行われ」
 シホは、すらすらと概要を説明する。
「パイロットは、まず予選で個人スコアを弾き出されます。シミュレーターのスペックはハンデ無し、開発途上の試作機・ザクウォーリアに固定――士官学校生と戦後入隊のルーキーは、午前10時より。私たちは午後2時に会場へ集合、各隊・クラスの上位5名までが決勝トーナメントへ」
 2対2のチームプレイ、デブリ、白兵戦など、一通りのパターンを試されるらしい。
「ヤキン・ドゥーエの戦禍により顕著になった、各隊の戦力格差を調整すると同時に、査定や、ルーキーの配属先を決める際の参考資料にされるようですね」
「それって参加必須?」
「いいえ。エントリーは任意ですが」


      Jack-of-all-trades 〔特訓〕


「――済ませてきたぞ、受付を」
 じゃあ俺パス、とクリップボードを投げかけた動作を封じるように、執務室のドアが開いた。
「隊長!」
「イザーク?」
「ジュール隊は全員参加。チームリーダーは貴様だ、ディアッカ」
 銀髪をなびかせ颯爽と入室してきたと思いきや、ヒトの鼻先に、びしり人差し指を突きつけ。
 CD−ROMだろうか、ディスク入りのプラスチックケースを 「配布されたトライアルモードのソフトだ。失くすなよ」 と押し付けててきた。
「はあっ?」
 普段なら、くだらんバカ騒ぎだと一蹴するだろう催しに。
「当然、俺たちも仕事の合間にプレイしておく必要があるが――総合優勝を狙うには、新入り連中を鍛え上げねば話にならんだろうからな。指導法は任せる」
「……んなイベントの類に率先して首突っ込むって、どーいう風の吹き回しぃ?」
「キ・サ・マが、やられっぱなしでいるからだろうが!!」
 生粋の攣眼をますます三角にしたイザークは、突如、ディアッカの胸倉を掴み上げた。
「毎日毎日、治りかけた端から打撲傷をこしらえおって! いくら今が平時で仕事に支障を来たさんといっても限度があるだろう――腕だの腹だの痛めたままで、ザフトが務まるかッ」
「えー? なにそれ打撲って」
「まだシラを切るつもりか、痩せ我慢もいい加減にしろ! この場で軍服を剥ぎ取られたいか!?」
 怒鳴りながら前後左右に、がっくんがっくん振り回す。
「うわあイザークたいちょってば、それ俺とシホの両方に対してパワハラセクハラ」
「やかましいわ、戯けー!!」
「あの、隊長……手加減なしに絞めては、さすがに傷に障るんじゃないでしょうか? 支給されたばかりの緑服も生地が伸びてしまいそうですし」
「かまわん! 医務室送りにする口実になって、手間が省けるッ」
 遠慮がちなシホの指摘にも、襟首を捻り上げるイザークの腕は緩まず。とうとうディアッカは音を上げた。
「それ以前に、窒息死の心配はしてくれないワケ? つか痛いってマジで痛でででで……! ギブギブギブ!!」
「だったら俺たちにまで隠すんじゃない! どこのバカだ、こそこそと陰湿にリンチまがいの真似を続けている連中は!?」
「いや、こそこそって……顔より、ボディー狙ってくれた方が目立たなくて助かるんだぜ?」
「すでに軍法会議で処罰されたろうが、貴様は――許されんのは私刑行為そのものだ!」
「けどなあ、やーっぱ降格だけじゃ」
 元議員のオヤジが大金積んで減刑させただの、権力に物を言わせただの、あることないこと噂されているようだが。
「俺がザフトで迎える立場だって、ナチュラル側についてた脱走兵が復隊したとなりゃあ、リンチまで行かなくても冷遇したろうし? 拳で解り合えるモンなら、受けて立つのも悪くねーかなぁと」
「だからといって、おとなしく殴られてやる馬鹿がどこにいるッ!」
「んー? しっかり正当防衛むしろ三倍返してるって」
「……貴様がそれで良かろうと、俺は我慢ならん」
 ひたいに青筋立てたまま、ようやく手を放したイザークは重低音で言い放つ。
「プラントを裏切ったつもりはないと、あの言葉が嘘偽りでないなら現状に甘んじるな! ザフトに戻った意味は、仕事で示して認めさせろ!」
「そりゃ、嘘じゃねえけどさ――」
 死んでいった仲間たちの墓前に立ったとして、恥じるつもりも無い。ただ、素面じゃ語りにくいことがあるだけで。
「とにかく分かった。ウチの新入り連中も、出るからには勝ちたいだろうしな……誠心誠意、隊長殿のご期待に応えてみせますよ」
 クソ真面目な友人の迫力に押されつつ、ぽりぽりと頭を掻いたディアッカの返事を。
「ひとつ、良いことを教えてやろう。総合優勝したチームの隊長には、新たに配属される部下二人の指名権が与えられる」
 耳にしたイザークは、おもむろに厳かに告げた。
「今はどの部隊も、ベテランの数が絶対的に不足しているからな。まとまった休暇など、申請されても受理できる状態に無かったが――見事勝ち上がり、指揮官クラスのメンバーを迎え入れたあかつきには、貴様に半月の休みをくれてやろう。好きにどこへでも出掛けてくるが良い」
「……乗った!」
 とたんに目の色を変え、ぐっと親指を立てたジュール隊No.2と。
「うむ」
 敬愛する上司が物々しく頷き合う様子を、傍で眺めながら。こんなことで大丈夫なんだろうかと、シホは一抹の不安を覚えていた。

×××××


「ディアッカさーん? このソフト、ひねりも何も無くて短調すぎますよ! 難易度低っ」
 ボルテールの格納庫、シミュレーターに座った隊員の一人が拍子抜けたように訴えた。
「ま、トライアルモードだからな」
「けど、スコアランキング見てくださいよ。全員似たり寄ったりじゃ、練習になってる気がしません」
「本番でもこのまんま、ってことはないよなぁ? 点差がつかなきゃ判定も出来ないし……どう違ってくると思います?」
「そりゃあ、プログラムの敵が手強いんだろ」
「おまえには聞いてねーよっていうか、そんなことは判ってるよ!」
 軍事訓練の一環とはいえ今は戦時下に非ず、しかもシューティングゲームに通じるとっつき易さだ。
「でも、どうせなら優勝目指したいよな」
「ああ。だけど……作戦練ろうにも前例が無いもんなぁ、こんな大会」
 画面を指し、わいわい騒いでいる新米連中の平均年齢は16歳――ただよう雰囲気は、まるっきり学校帰りのゲーセンである。同じ一般兵ながら、諸々の事情で一線引かれているディアッカは、さしずめ素行不良が祟りダブった先輩か。
「あのー、ディアッカさん」
 考え込んでいた隊員が、思いついたように挙手質問した。
「なんかこう――実戦向けで為になるテクニックっつーか。大戦経験者ならでは、みたいな裏技ないっすか?」
「うわ、それ聞きたいです!」
「おいおい。そんなモンあれば、こっちが知りたいって」
 とたん期待と好奇の目を浴びせられ、ディアッカは苦笑しつつ肩をすくめる。
「接近戦のことなら特に、イザークに聞いた方が良いと思うぜ。あいつは俺より強いからな」
「ヤキン・ドゥーエを戦い抜いた、エースパイロットですもんねえ」
「連合機の “フォビドゥン” と “レイダー” も隊長が撃墜したんだろ? 俺たちと三歳くらいしか違わないのに白服って、すげーよな」
 ぱあっと目を輝かせ、ひとしきりイザークの話題で盛り上がる隊員たち。
「……けど。ディアッカさんだって、ずっと最前線の戦いを切り抜けてきた訳でしょう? なんか注意事項とか、ありません?」
「そう言われてもなぁ、アドバイスってほどの話はねえよ。ただ――」
 なおも訊ねられたディアッカは、かつて交戦した敵機の数々を思い返しつつ応じる。
「被弾が激しけりゃ、パイロットの俺たちは負傷するだろ? 逆に、機体の動力系がイカれちまう場合もあるわけだ」
 骨折したか、レバーが動作不良を起こしたと仮定して。
「こんな感じで……両方な、どれでもいいから指3本使わずに操作してみ?」
「はあ、やってみます」
 指示された隊員は怪訝そうに肯いて、再びトライアルモードをプレイし始めたが、序盤さほど進まぬところで “ストライクダガー” のビームサーベルを避けきれず撃墜されてしまった。
「うお、勝手が違う?」
 プログラムとはいえ、さっきは楽に倒せた相手に撃ち落された、少年は顔を引きつらせて自分の手を眺め下ろす。
「なにアッサリ墜とされてんだよバーカ、下手くそ」
「んだとぉ? じゃあやってみろ、おまえやってみろよ!」
 すかさずヤジを飛ばすギャラリーに、そいつはムキになって言い返した。
「っだー、反応遅せえ!」
 挑戦者第二号もちゅどーんと派手な音をたて、あえなくゲームオーバー――ややダレていた格納庫の空気が一転、次は俺が私がと押し合いへしあいを始める。
「あとはまあ、モニターが故障すると厄介だよな。完全に見えなくなっちまえばどーしようもねえけど、映りが悪くなるだけでもやりにくいモンだぜ。地球はともかく宇宙空間なんて、どこも真っ暗だろ」
「なるほどー」
「なんかそれっぽく出来るもんは……」
「スモークフィルム貼ったら良いんじゃん? 濃いヤツ、確か備品にあったよな」
 順番待ち中の隊員が駆け出していき。
 そうこうしている間に挑戦者第三号は、レバーを握る手を滑らせデブリに激突して果てた。
「他には? 他にも、こういうのありました?」
「地上戦では面倒だったのは砂漠。まず足場が滑るし、熱対流でビームの命中率まで下がるだろ――それから、聴覚も鍛えといて損はないぜ。こっちの攻撃が命中したか、逆にかわしきれたか、動力系に異常は無いか感覚で判る」
 あれやこれや追加された “仮定” を、ありあわせの小道具で再現した結果。
 挑戦者第四号は、つるつる滑るマットの上に立ち、敵機と景色がモノトーンに同化して見分けにくい画面を睨みつつ、両耳にヘッドホンを宛がい、親指と人差し指のみでシミュレーターを操作することになった。
「こんなハンデだらけで動けるわけねえだろー!?」
 立て続いた “ゲームオーバー” の表示に、ぶつくさと愚痴る挑戦者第五号。しかし、
「けどさ、この状態に慣れてたら。俺たちって……大会本番でなにが出されても、かなり強くね?」
 次なるチャレンジャーが、わくわくした表情で仲間を見渡す。

 約二時間後。
 様子を見に訪れたイザークとシホは、訓練風景の異様さに一歩引きつつ、後輩たちに請われ交代でシミュレーションに付き合うことを約束するのだった。

 それぞれがそれぞれの出世欲や煩悩や向上心に燃えたぎり、一致団結した。
 ――ジュール隊の明日や如何に?

〔予選〕 へ続く


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あーでもないこーでもないとシチュエーション・設定を練り直し考え直していて、かなり難産でございました。番外編でも微妙に本編とリンクさせるのが好きな管理人です。