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 ゲームスタートより早1時間が経過、シミュレーターの操縦桿を全方位へ操りながら――ディアッカは苦戦していた。
 民間人を誤射するたび減点されていく市街地に始まり、アフリカ北部を髣髴とさせる黄金の砂漠、吹雪の荒野、さらには機動力を削がれることこの上ない水中戦。
 切り替わったステージでは、ライフルを片手に密林を突破、敵基地へ侵入したのち “サイクロプス” 起動を阻止するという物騒な任務が待ち受けており。
(……トライアルモードとは雲泥の差だな、こりゃ)
 それが終われば5分休憩を与えられたのち、宇宙へ――前方には青く光る惑星、背後には人工の故郷がうっすら輝いている。
“核ミサイルが発射される前に砲台を撃破し、プラント及び地球の壊滅を防げ”
 画面右上に白く浮かび上がる司令文と、刻一刻と迫るタイムリミットを示すワーニングランプが点滅していた。


      Jack-of-all-trades 〔予選〕


 ザクウォーリアの性能は、さすがニューミレニアムシリーズといったところで。
 多少、不意を突かれても旧式量産機によって食らうダメージは微々たるモノだったが……襲い来る “敵機” はスペック以上に手強かった。
 なにしろカラーリングは黒一色に塗り潰され、あきらかな差異といえば、胸部に記された 『A』 〜 『Z』 の文字が示すのみ。しかもアルファベット順に強さが増していくのかと思いきや―― 『M』 や 『G』 が序盤で現れたにも関わらず、終盤になって 『C』 『F』 が飛び込んでくるという一貫性の無さ。実技と同時にペーパーテストを受けているようなものだ。
(“カラミティ” に “フォビドゥン” ……ってとこかねえ?)
 各軍MSのイニシャルに符合させてあると真っ先に気づくか、交戦しつつ相手のシルエットと攻撃パターンを分析し機体を特定、はっきり記憶できたヤツほど有利に立ち回って来れたろう。
 ――などと考えているうちに、ようやく撃破目標たる砲台をモニターの端に捉え。
「げッ!?」
 フルオート連射で片を付けるべく接近しかけたディアッカは、すうっと左右へ舞い降りるなりマルチロックオンのかまえを取った、タイプ 『J』 と 『F』 を見とめ顔を引き攣らせた。
(よりにもよってアスランとキラかよ、おい!!)
 終戦直前、桁違いのパワーを誇る両機が、数で勝るザフト・連合両軍に抗するため多用していた攻撃手段があれだ。
 ディアッカの脳細胞はコンマ1秒で、最も有効な対処法を弾き出す。
 即ち、逃げるが勝ち。

 へし折るように操縦桿を押し込みバーニアを噴かせば、砲台上空を素通りに突破したところで虹色の熱閃に薙ぎ払われた。
 いくら緻密に性能を再現しようと、所詮はコンピュータ。
 設定されたプログラム以上の動きは出来ず、プレイヤーの思考を読み取るなんてこともない。
 鋭敏すぎる反射速度が仇となり、標的たるディアッカを狙い放たれたビームの奔流は、核ミサイルを砲台から基地ごと巻き込み破壊してのけた。
「うわっ、とお!?」
 それでも威力衰えぬ光の筋は、ザクウォーリア肩部のシールドを吹き飛ばして左腕をもぎ取るが――エネルギーゲージが赤表示になった機体は、どうにか行動不能には陥っていない。
 どっと押し寄せた疲れのままに、座席シートへ凭れかかりながら 『報告コマンド』 を選択すれば。
(……やれやれ)
 爆発の残影がゆっくり薄らいで、ゲームクリアを称える軽快な音楽がぱっぱらぱらりと流れだす。
 デブリ漂う宇宙空間の映像にかぶせ、一面にテキストが表示された。


【 MISSON ACCOMPLISHED 】


「貴様ァ! ためらいもなく “デュエル” を撃ち墜とすとはどーいうつもりだッ、気づかなかったとは言わせんぞ!?」
 防音仕様の狭いスペースから外に出ると、すかさずイザークに難癖をつけられた。
「やりにくいなーって2秒くらい思ったって! ザフト機もことごとく敵に強奪されて混戦模様って設定なんだから、しょうがねえじゃん……おまえこそ俺のプレイ観戦してたってことは、さっさか “バスター” 撃破してクリアしたんだろ?」
 ほぼ同時にシミュレーターへ向かった、こいつが “デュエル” との攻防あたりを見届けていたなら――少なくとも20分は先にプレイを終えていたはずだ。
「しつこく中遠距から撃ってくる貴様ならまいてやったわ! それに俺は最終ステージでゲームオーバーだ、文句あるか!?」
「あ?」
「それが、その。砲台撃破を目前に、タイプFに正面から挑みかかって」
 後ろから遠慮がちに言い添えた、シホの隣には同期の奴らがずらりと顔を揃えている。ジュール隊メンバー内で最もプレイ時間が長かったのは、どうやらディアッカであるらしい。
「よぉ、お疲れさん……って、タイプF?」
「ええ。ダメージの蓄積した砲台が壊れたタイミングは、ザクウォーリア爆散より一瞬遅くて――報告コマンドが間に合わず、ステージクリアと見なされなかったんです。それでも午後の部で、個人スコア2位の成績を収められましたが」
 アルファベットと機体フォルムからして、おそらく “フリーダム” だ。ディアッカは感心しつつも呆れた。
「おまえ。あんな反則モビルスーツ、まともに相手すっから」
「うるさい!」
 ひたいに青筋ピキリ。
「んで? バーチャル世界でくらい、傷の恨み晴らせたの?」
「……黙れ」
 眉間のシワ、増殖。
「タイプJに進路ふさがれてムカついたりした? もうちょいでベテラン勢のトップに輝けたんだろうに、残念だったよねえ」
 握りこぶし、わなわな。
「やかましいッ、再現データの分際でうぁアスランめぇぇえええ!!」
「なに、図星? いつもの倉庫裏に行っとく? あー……それにしても肩凝った」
 のたうち歯軋りするイザークを微笑ましく眺めていると、冗談が通じない面子から怒られた。
「隊長のご気分を害するような言動は謹んでくださいッ!!」

 ぞろぞろ連れ立ってホールへ上がれば、観客席は熱狂の渦で沸き返っていた。
 集中を妨げないための配慮だろう。声援や野次の類もシャットダウンされて一切聴こえなかった、プレイヤーブロックの静けさが嘘のように。
 正面の壁には、設置シミュレーターと同数・20に区切られたハイビジョンマルチモニターがあり――そのリプレイ映像をがやがや検証している集団や、大健闘だったな〜と肩を叩き合う少年たち、きゃっきゃと響く少女らの黄色い声、各隊の映像資料ダウンロード申請を受けつけるオペレーターのメガホンボイス、果ては惨敗したのか隅でどんより落ち込んでいる男などなどでごった返している。
「あ、隊長!?」
「ディアッカさーん!」
「聞いてくださいよ、ハーネンフース先輩っ!」
 その一角に集っていたジュール隊員が、我先にと駆けてくる。
「ど、どうした?」
 部下に囲まれもみくちゃにされて、スキンシップに不慣れなイザークはぎくしゃくと訊ね返した。
「特訓っ、特訓の甲斐ありましたよ〜! 俺ら全員ばっちり平均スコアを上回って、午前の部でチーム総合5位!」
「せっかく隊長たちがトップレベルの実力者なのに、たぶん僕らが足を引っぱってしまうんだろうなって思ったりもしてたんですけど」
「そうそう。ヤマ張り、大当たりでしたよエルスマン先輩!」
「ああ、おまえらの方も機体当てクイズ状態だった?」
 内容の漏洩を防ぐ為として、午後より参加するメンバーは、一足先に催された戦後入隊組のプレイ風景を覗けない決まりになっていたのだが。
「はい! それより、やっぱディアッカさん強いじゃないですかあ!? 個人スコアしっかりトップ10入りって!!」
「謙遜は美徳じゃありませんよー?」
「あっ、あとで俺たちのリプレイ映像、目を通してくださいね? 自分の欠点洗い直したいんで」
「おーおー、燃えてるねえ」
「だって士官学校時代にですね、どうしても勝てなかった赤服のヤツがいたんですよ。けどそいつ己惚れが過ぎて、大会を舐めてかかったみたいで――ステージ序盤であっさりゲームオーバー! 劣等生だった俺がランキング50以内に食い込んでるの見つけて、呆然としてやがりましたっ」
「ざまーみろ、ってな!」
 隊員たちは晴れやかに笑う。ルーキー指導の効果も、そこそこ上がったようだ。
「継続は力なりって、こういうこと言うんですね。今回はシミュレーションだったけど、実戦だって、訓練続ければ技能は磨かれてくものですよね?」
「そ、う、だな」
「うおお、白鳥の精神……ッ」
「俺もいつか、きっと愛機をパーソナルカラーに染めるんだあ!!」
「僕らは5位でも、隊長たちが2位につけてて――チーム総合は、ジュール隊がトップだから」
「あとはもう決勝トーナメントで、隊長とディアッカさんに、シホ先輩やアイザック先輩がコンビ組んで優勝決まりですよっ!」
 普段はそこまでガキっぽい連中でもないのに、うえーいうおーいやっほうわっほうと叫びまくる。よほど嬉しかったらしい。
 一方、勝負事に熱くなるタチながら “浮かれて騒ぐ” 子供っぽさとは無縁のイザークやシホは、文字どおり飛んだり跳ねたりオーバーリアクションの後輩たちを前に固まっていた。

(……ラスティたちが、ここに居ればな)

 後輩の輪の中、一緒に盛り上がって――缶ジュースでも奢ってやりながら、笑顔で褒め。
 軍服の色で強さが決まるわけじゃない、と余裕で言い切ったろう。

 けれどディアッカは生粋のムードメーカーに非ず、ほどほどに煽りつつ脱線前に話を引き戻すのが常だった。
「油断禁物だぜ、おまえら? 上位5チームは僅差だし……単機じゃホーキンス隊のハイネ・ヴェステンフルスが、イザーク押さえてトップだろ。それに午前のランキング表も、ぶっちぎりでハイスコア出してる奴がいるな?」
 電光掲示板を仰ぎつつ、中間順位を見比べると、
「そーなんですよ、アスカにバレル――黒髪とプラチナブロンドの二人組がですね」
「今年の赤服で、もう強いのなんの!」
「あれで最年少のルーキーだろ? 末恐ろしいよなぁ」
 隊員らが飛び交わす噂を聞いていたイザークが、ふっと好戦的な笑みを浮かべた。
「……おもしろい。そう簡単に、勝たせてやるワケにはいかんな」

〔決勝戦〕 へ続く


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C.E72の時点で、シンたちの身分がどーなってるのか不明で困ったり。士官学校入学前か、在学中か――とりあえず、卒業直後の赤服ルーキーと仮定しておりますよ。