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 白服の男女に囲まれ、ゲスト来賓として、にこやかに事の成り行きを見守っていたデュランダル議長は――秘書官からマイクを託されると朗らかに告げた。
『きちんと回覧文に記していたのだがね?』
 どよめいた会場のそこかしこに、ゴソゴソばさばさと四つ折などにしていたコピーの文面を確かめる音が重なり。
『軍人にとっては注意深さや判断力も、いかに潜在能力を発揮できるかを左右する大切な要素だろう。これを機に精神を研ぎ澄ませたまえ』
 そもそも回覧に目を通してさえいないディアッカには、少々耳の痛い話で。
 けれど現時点では “FAITH” の所属していないジュール隊には、別段どうでもいい特記事項だった。
「……こんな隅っこに解り辛く……悪徳業者の契約書じゃねえんだから」
 すぐ近くにいた整備兵のぼそっとした呟きは、コーディネイターといえどホールの反対側に座した議長へはさすがに届かなかっただろう。


      Jack-of-all-trades 〔決勝戦〕


 各チーム・選出メンバー5人で10通りのペアを組み。
 ハイビジョンマルチモニターはフル稼働――電光掲示板に映し出されたトーナメント表は刻々と、勝敗ラインを上へ塗り替えていった。
 そうしてあちこちで発生する番狂わせ。
 個人スコア上位にランクインした者の、多くは “FAITH” の徽章を与えられたパイロットであり――特定の艦に籍を置くこともあるが、しかし有事には国防委員会の指揮下で身軽に動けなければならない。
 ……つまるところ各隊の編成は、彼ら抜きの状態でバランスが取れている必要があるのだと。
 特務隊のメンバーは決勝トーナメントに参戦せず、交代で、司会その他を担当すると土壇場になって発表されたものだから、単機の強さに頼り切っていたチームがあわてふためき団結して猛然と抗議。
 ところが本部の反応はサラッとしたもので、全員が、議長より前述のお言葉を賜ったというわけである。

『栄えある第1回・ザフト主催MSシミュレーション大会もいよいよ、この決勝戦を残すだけとなりました――』

 オレンジに近い金髪の青年は、高らかに宣言した。
『満員御礼につき、観客席への出入りはあと10分で閉め切りだ! ジュースの買い出しに行ったきり戻らない同僚、とっくに待ち合わせ時間を過ぎても現れないカノジョ、探しに行くなら今のうち!!』
 うおおおおどこ行った〜、と騒ぎどよめく観客席。
『ついでにシステムトラブル完全防止のため、ケータイは使用不可になっている!』
 隣に座ったオペレーター、金髪の少女が 『これも回覧文の記載事項です』 と冷静に付け足すと。
 道理で繋がらないはずだよー、と天井を仰ぐ者たちが続々。
『無念にも準決勝で敗退したペアへは、なんと驚き。本部から特別ボーナスとして、2週間の特別休暇を進呈だー!!』
 うわあマジかよと遠くで歓声が上がり。
 ついさっきイザーク&シホに敗北を喫し、悔しげにプレイヤーブロックを去りかけていた二人組も、おおきくガッツポーズを決めた。
『さあ。実況中継はハイネ・ヴェステンフルス、アシスタントはアビー・ウィンザーでお送りします決勝戦――さっそく選手紹介に行ってみよう!』
 ハイネ様、素敵ー!! と黄色く沸き上がる、試合と無関係の声援はなんなのか。
 これまで司会を務めた “FAITH” 陣の中でも突出してノリの良い性格をしているらしく、カメラ目線で手を振り返しては、快活にまくしたてるヴェステンフルス。
『まずは新星ザフトレッドチームより、シン・アスカ! アーンド、レイ・ザ・バレルー!!』
 アナウンスに応じた黒髪と、プラチナブロンドの赤服が進み出てシミュレーターへ向かい。
「頼んだわよ、シン、レイ!!」
「二人とも、がんばれーッ」
「ここまで勝ち上がれただけでも充分すげえんだから、気楽になー」
「もう、ヨウラン? ここまで来たからには優勝でしょっ!」
 観客席の南側、最前列に陣取った男女グループが和気藹々と叫び、その後方では 「きゃあああ、レイ様ー!!」 とチアガールの格好した集団がぴょんぴょん跳ねている。華やかなことだ。
『そんな期待のルーキーを迎え撃ちますは、百戦錬磨の元赤服コンビ、イザーク・ジュール、アーンド、ディアッカ・エルスマンー!!』
 さらなる声援と野次が入り混じり、どおっと揺れる会場。
 興奮のあまりかイザークの名を連呼して卒倒、外へ担ぎ出されていく女や。新入りに舐められんなよーと囃し立てるキャリア勢、そんな喧騒に紛れるように 「引っ込めー、こしぎんちゃく野郎っ」 「おととい来やがれ、エロスマンー」 とブーイングが飛んだりする。
 好きに言ってろ、と嘆息しつつ。ディアッカもシミュレーターに着いた。

 アスカ機は、赤。
 バレル機は、白。
 ジュール機は、青。
 エルスマン機は同じく、ザクウォーリアの黒である。

 ――決勝の火蓋が切って落とされた。

×××××


 ほどなく勝負がつき、閉会式も終わり。
 チームリーダー登録されていたディアッカが、新人指導の秘訣云々といった優勝インタビューから解放される頃には――外はもう薄暗くなっていた。
 任意参加・食事会形式ながら、さっそく司令官クラスによる部隊再編会議が行われるらしく。
 眼精疲労もどこ吹く風といった意気込みのイザークは、旗艦 “ボルテール” 並びに “ルソー” の艦長らを伴い、係員に案内されて行ってしまった。宿舎へ帰ってくるのは夜中だろう。

 そうして、すっかり人影もまばらになった帰り道。

 空腹を抱えホールを後にしたディアッカは、欠伸を噛み殺しつつ駐車場へ向かった。
 他のジュール隊員は一足先に、市街の焼肉屋で打ち上げパーティーを始めているはずである。
 食い放題コースを予約しており晩メシを食べ損ねる心配はないが、イザークも抜きに、浮かれたルーキーたちの引率を任されっぱなしではシホが一苦労だろう……と。

「どうしたらいいんですか、強くなるには」

 前方の木陰からスッと歩み出た人影が、険のある問いを発した。
 どこぞの血気盛んなグループがまたケンカを吹っかけに? と思いきや。よくよく見ればそいつは、さっき決勝で対戦した赤服のルーキーだった。
 といっても――陽の落ちた駐車場、しかも私服姿ではよく分からず。
 その脇に控えた少年のプラチナブロンドが印象的だったため、推察しただけのことだが。
「ンなこと、俺に聞いてどーすんの」
「俺は、あなたに負けました……勝てると思ったのに」
 即答した声音は、心底悔しげで。
「あれが実戦だったら、おまえが勝ってるよ。べつに俺、そんな強くもないしね」
「だったらどうして!」
「おまえ、気が短いだろ。挑発に乗りやすい」
 指摘された少年はムッと顔をしかめ。分かりやすい反応に、ディアッカは苦笑した。
「似たような無鉄砲なヤツが身近にいてさ。頭に血が上ってるときの行動パターンは、なんとなく想像がついた――それがビンゴだったってこと」
 ……そういや、こいつらの名前なんだっけ? 
 思い出そうと試みるが、興味ある物事にのみ抜群の記憶力を発揮する脳細胞から、ついさっきまで接戦を繰り広げていたパイロットの名は飛んでしまっていた。
(これが女のコだったら、まだ覚えてたんだろうなぁ)
 などと、少年が知れば激怒しそうなことを考えるディアッカ・エルスマン。齢18歳。
「画面の中で、プレイヤーが操作してるザクウォーリアは縦横無尽に動くけど――完全にプログラム設定されてる背景や、障害物の類はそうじゃない」
 なんにせよ、わざわざ出待ちしていたらしいルーキーの熱意に応え、アドバイスのひとつくらいは呈しておくべきだろう。
「飛び道具代わりに使えそうな、デブリが一定間隔で動いてた」
「え?」
「おまえが黒のザクウォーリア目掛けて突っ込んできたとき、デカイ岩塊が進路を遮ったろ? あれに偶然ジャマされなけりゃ自分が勝ってた……と思った?」
 意地悪く訊ねてみれば、少年は真っ赤になった。図星らしい。
「スピードじゃ完璧に、俺の方が遅れを取ってたからな。いつビームの直撃食らうかヒヤヒヤしてたんだぜ? けど――優位性を確信してるぶん、おまえ、攻撃は最大の防御といわんばかりに飛び回ってたろ」
 ついでに先入観による、敵は二機だけだという油断もあったろう。
「とにかく防御優先に距離を保ちつつ? デブリの慣性パターンと、そっちが苛ついて注意力散漫になる頃合を見計らって――ぶつからせた隙に後ろを獲った、ってワケ」
「…………」
 まだ不服そうに黙っているものの、眼つきの悪さは和らいで、素直に得心しているようでもある。
「まあ、実力で劣る側が勝つための、作戦っつーか賭けだよね」
 他者を寄せつけぬほど強ければ、そんな策を練る必要はなく。そもそも考えもしないだろうが。
「んで、そっちのヤツは終始冷静な戦いぶりだったけど――おまえが墜とされて一瞬、動揺してたな。だから土壇場で、回避が遅れた」
「……そうだったのか?」
 少年は驚いたように、連れを振り返る。
「…………さあな」
 プラチナブロンドの長髪に隠れた、その表情は窺えないが、どこか戸惑っているような雰囲気だった。
「敵機の隙を逃すほど、ジュール隊長の腕も錆びついちゃいない。停戦後、司令官に就いてからも訓練は欠かしてないしね」
 そのイザークと互角にやり合っていた、ルーキーの将来も末恐ろしいがと。
「おまえら強いし、この先まだ飛躍的に伸びそうだからな。負けるとしたら――そういう性格が裏目に出たとき、くらいじゃねえの」
 結論づけ、少年らの横を通り過ぎながら言った。
「ま、おまえらの出る幕ないようにオニーサンお勤め頑張っとくから? 配属先が決まるまでに、ちったぁ短気を治しとけなー」
「なんですか! 出る幕ないようにって」
 とたん噛みつく赤目。
 パイロットとしてのスキル以外の部分で、イザークと良い勝負が出来そうだ。
「強くなるにはどーすりゃいいかって、そんなに強くなってどうする気だよ? せっかく停戦したってのに」
 挑むような視線を、ディアッカは静かに見返す。
「MS戦のノウハウ磨くより、災害救助活動のマニュアルでも頭に叩き込んどく方が、よっぽど健全で建設的な軍人だぜ」
「停戦なんて……どんなに平和だって、いつ壊されるか分からない」
 ところが少年は、呻くように怒鳴った。
「なにか起きてからじゃ遅い、どうにもならないんだ強くないとッ! 戦うための “力” は絶対に要るんです!!」
 その剣幕に、ディアッカは少々たじろぐ。
 戦後入隊組らしからぬ、頑なさと陰――ユニウスセブンで家族を亡くした志願兵だろうか? 先の大戦時には、年齢制限で叶わなかったのかもしれない。
「強けりゃ守れるものも、あるだろうけどな。弱っちい手に、命を拾われることもあるし……強すぎて壊しちまうものだってあるんだぜ?」
 そうして唐突に、分かり切ったことを訊いた。
「おまえら、人殺したことある?」
「……いいえ」
 訝しげに首を横に振る。
 まあ、戦時中には一般人だった子供が前科持ちでは問題だ。
「やらずに済むならその方がいーって、間違いなく神経ささくれるからさ。それに将来、好きなコでも出来たら困るだろ。いくらカノジョが理解示してくれたって、まず親は良い顔しないぜ?」
 きょとんとした、黒髪の方は真顔でうつむいたが。
「将来の無いものは――」
 プラチナブロンドの少年は、刺すような口振りで問う。
「そうして、あなたに殺されたもの。戻らぬ誰か、取り返しがつかないことは? ……どうすれば良いと言うんです」
 容赦ない追及に、ディアッカは苦笑した。
「どっから批難浴びても、プラントを守る――俺に出来ることはそのくらいで、死ねば償いになるとも思わねーし、8割方はどうしようもねえな。小競り合いの抑止力になるくらいが関の山だ、軍人は」
 薄情者、責任放棄と思われても。
 現実にそうなのだから如何ともし難い。
「平和の礎ってヤツは一般人で、指導者として立つのは政治家の仕事だろ?」
「ええ、そうです」
 けれど “意を得たり” というような冷笑を浮かべた少年は、そのままスッと踵を返す。
「行くぞ、シン。もう充分だろう」
「え? ああ……っと、すみません。ありがとうございました!」
 あわてふためき頷いた、もう一人も謝辞を残すなり、連れを追いかけ走り去っていった。

〔後日談〕 へ続く


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連載本編では言及する機会がないけれど。対キラほどじゃないにせよ、レイは、ディアイザに対しても含むところがあると思う。そんでもって自分で思ってる以上に、シンのことが好きだと思う。