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■ アスラン脱走 〜ザフト編〜


 アスラン・ザラは降りしきる雨の中、迷路のような基地内をひた走っていた。
 追手の兵士は、撒けただろうか? ちらりと背後を窺うが、けぶる水滴に、灰色に塗りたくられた視界は2mほど先からぼやけており、よく見えない。それは追跡者の側も同じことだろうが……
(まだ、死ねない)
 かつての、親友の台詞が脳裏によみがえる。今はまさに、そんな状況だった。
 なにがなんでも、生きて脱出しなければ。皆が生きていることを信じて、アークエンジェルを探さなければ。そして、伝えなければならない。
 自分とて、なにを具体的に掴んでいるわけでもない。だが――真に平和を望む者が、己に歯向かうもの、意にそぐわないものを、話し合いの場も持たず秘密裏に潰し、切り捨てようとするはずがない。
 カガリなら、そんなことはしない。今は亡き、彼女の父親とてそうだ。
(議長のやり方は、まるで)
 かつて、実際にはラウ・ル・クルーゼの計略だった、オペレーション・スピットブレイクに関する情報漏洩を。ただ、同時期に姿を消したからとクライン父娘に嫌疑を向け、ラクスたちを反逆者に仕立て上げた、父の手法より、なお冷酷だ。
 あのとき自分は、そういうことを “間違っている” と思ったから、ザフトを抜けたんじゃないか!

 焦燥に駆られながら、脱出口を探していると、
「!?」
 不意に、前方の通路に、真っ白な人影が立ちはだかった。銀髪碧眼、仏頂面。なぜ彼が、こんなところに?
「イザーク。信じられないかもしれないが聞いてくれ、議長は……!」
 騒ぎを聞きつけ、事情を問い質しに現れたのだろうと考えたアスランは、旧知の相手に走り寄った。

 …………の、だが。

「貴様が、不甲斐ないせいで」
 雨粒も消し飛ばすような怒りオーラを纏ったイザークは、なぜか脱走の件を面詰するでもなく、
「ザフトレッドの実力も落ちたものだの……実は軍部が扱いに困った権力者の息子で、性格破綻している問題児に “赤” を着せ、偉そうな肩書きを与えているだけなんだ、だのと……」
 ひたすら、よく解らないことをぶつぶつと呟いている。彼の右手には、
『がんだむし〜ど ですてぃに〜のしなりお / 完全版』
 そんな表紙の、電話帳に匹敵する厚みがありそうな書物が握られていた。
「俺は、何かしろと! それほどの力を無駄にするなと言ったんだぞ!? あのあとザフトに戻ったと聞いたから、てっきり貴様の華々しい武勲が、ムカつくくらい聞けるもんだとばかり思っていたのに――」
 キッ、と顔を上げ、真正面からこちらを睨み据えたイザークは、持っていた珍妙なタイトルの本をべりべりと引き裂いて、わめいた。
「指輪を渡した相手がおりながら、公衆の面前で不特定多数の女とべたべたいちゃいちゃ、さらには寝室に潜り込んだ不法侵入者が、隣で寝ていても朝になるまで気づかなかっただとぉ!? 弛んでいるにも程がある!!」
「え、えっ?」
 なんの話だと思ったが、思い当たる節がないわけでもない。そういえば、誰か脱出に協力してくれた少女がいた気がするのだが、なんでか自分は一人で逃げているようだ。はぐれたのか、それとも残してきたのだったか……?

 ルナマリア、ミーア、メイリン。これまでに接点があった相手の顔を思い返し、ぼやけた記憶を辿るアスランを前にして、ますますイザークは憤る。

「それでも、きっちり仕事をこなしてるというなら、まだいい。昔のコイツと同レベルということだからな!」
 ずびし!
 彼が指を突きつけた先には、金髪地黒の青年――ディアッカ・エルスマンが腕組みして壁にもたれていた。
「俺は女に板ばさみされたくらいでうろたえねえし、夜這いかけられたら気づくっての」
「威張るなっ!!」
 不本意そうな相棒を一喝したイザークの矛先は、再びアスランに向いた。
「だが! オーブ軍を相手にもたもたもたもた、現れたフリーダムに手も足も出せず!!」
「機体の手も足も、ぶった斬られたからなぁ……出しようがねえよな」
 さりげなく横から打たれた相槌が、耳に痛い。
「結果、後輩に舐められ、論戦でも戦功でも完全敗北。ミネルバ艦内では軍規違反行為が連続発生! いったい、この数ヶ月間なにをやっていたんだ、貴様は! 覚悟と信念はどこにあるんだ!?」
「お、落ち着け、イザーク! 説明するから話を聞いてくれ!」
 怪しいフィルターをかけて見れば、美少年二人でラブシーン♪ そんな至近距離まで詰め寄られたアスランは、両手でイザークの顔を押し退けながら、嘆願した。
「なにか弁解できる話があるのか!?」
 怒りに燃える碧眼が、それでも純粋な期待に輝いた。
(えーと、えーと)
 アスランは考えた。優秀なる脳細胞を駆使して一生懸命考えたが、

 …………なんの言い訳も思い浮かばなかった。

「俺をコケにするつもりか、貴様ぁああーーーーーーっ!!」
 とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。イザークは、腰の拳銃を引き抜いた。
「うわわわわ!」
 バンバンバン!! 建物の鉄扉に、銃声の数だけ開いた風穴を見たアスランは、己が類稀なる反射神経と、それを受け継がせてくれた両親に心から感謝した。
「お、おい! こいつを止めてくれっ」
 イザークの襲撃を必死で避けながら、もう一人の戦友に助けを求めたが、
「俺に頼み事できた義理かよ、おまえ」
 ディアッカは、地を這うような声音で応じた。
「よ〜く〜も〜、ヒトを差し置いて、ミリアリアと茶飲みデートなんざぁ……」
 イザークとは真逆、絶対零度の怒気をそこに感じ取り、アスランはぎょぎょっと後ずさった。
「な、なんのことだ?」
「しらばっくれるな、この野郎! 私服で、テーブルに二人っきり向かい合わせで、コーヒー飲んでたじゃねえか!」
 ジャキッ! とばかりに、ディアッカは、どこからともなく取り出したサブマシンガンを構えた。
「俺まだ、そんなことすらしたことねえのに!」
「……ないのか?」
 立ち話もなんだからと、連れ立ってカフェに入っただけなのに。他意なく呟いた率直な感想は、どうやら彼にとって禁句であったらしい。
「悪かったなーーーーーー!!」
 ズガガガガガ!! 怒号とともに、サブマシンガンが火を噴いた。
「だああああっ!?」
 横っ飛びに避けた瞬間、さっきまで背にしていたガスタンクが、蜂の巣にされて爆破炎上した。
 皮肉屋ではあるが、冷静で滅多に感情を荒げない相手のムチャクチャな行動に、アスランはうろたえて立ち尽くす。
(だめだ……!!)
 二人とも、とても説得が通じる状態じゃない。
「だいたい、あんな話題を振るくらいなら、もー少し詳しく訊けよな! あいつが、実際は俺のことどう思ってんのか!」
「お、俺には無理だっ」
 アスランは恐れおののき、ぶんぶんぶんと首を振った。ミリアリア・ハウにとって、死んだ恋人の仇である自分には、口が裂けてもそんなこと訊けやしない。
「だったら、その場しのぎで俺の名前なんか出すんじゃねえー!!」
「いや、それはそうかもしれないが、今は他にもっと重要な」
「問答無用っ!!」

 イザークとディアッカが、口を揃えて言い放つと、上空からするするとラダーが降りてきた。
「ななな、なんだその機体は!?」
 ぎょっと目を瞠るアスランの前で、両者はラダーに掴まり、いつの間にかそこに在ったMSに乗り込んでいった。
 片方はブルー、もう一方はグリーンを基調にカラーリングされている。洗練されたフォルムには、なんとなく見覚えがあるような……?
「貴様がぐじぐじうだうだやっていないで、順調に話が進んでいれば出てくるはずだった、俺様の専用機 “ソードデュエル” と――」
「 “アトミックバスター” だ!!」
 イザークとディアッカの声がスピーカーで響き、二機の両眼に光が点る。

「その腑抜けた根性、叩き直してくれるわーーーーーっ!!」
「いい加減、ミリアリアに会わせろ、こんちくしょぉーーー!!」

 生身で突っ立っているアスランに、ばらばらな怒りと、両機のごっついビーム兵器が向けられた。
 冗談だろう!? と思う間もなく、

「うわあああああっ!?」

 ちゅどーん。
 アスランは、意識ごと爆風に吹っ飛ばされた。



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……とある訪問者様に、イザークの暴れっぷりを “ホワイトサイクロン” とお褒めいただいたことから思いつきました、とことんコメディなお話♪ ひねりもオチも、なんにもないです。