■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

NEXT TOP


■ アスラン脱走 〜Interlude〜


「アスラン……アスランっ!!」

 頭が割れるように痛い。四肢は痺れ、腹部がじくじくと疼き、がんがんと耳鳴りがする。うっすら瞼を開けると、なぜかそこには涙目のカガリがいて、
「しっかりするんだ、アスラン、傷は浅いぞ!」
 ひとの首根っこを引っ掴み、ぶんぶんと揺さぶりながら泣きじゃくっていた。
「うあああん、重傷だけどもう大丈夫だって言ったじゃないか! なんでコイツ、こんな熱出して魘されてるんだよ、キサカの嘘つき〜っ!」
「カガ、リ……?」
 洗いっぱなしの金髪。黄金に近い褐色の瞳。どこからどう見ても、カガリ・ユラ・アスハである。
「アスラン!?」
 朦朧とする気力を振り絞って名を呼ぶと、彼女はハッとこちらを凝視した。
「俺は……デュエルとバスターに襲われて……?」
 ぶっ飛ばされたはずなのだが、どうしてカガリとこんなところにいるのだろう? というか、ここは何処なんだ?
「!? なに、走馬灯なんか見てるんだ! デュエルとバスターなら、二年前にぶっ壊れたじゃないか! 気をしっかり持て、アスラン!」
「ぐ、るしい」
 ぼろぼろと泣きながら、ひとのシャツの襟元を締め上げたカガリは、気付けのつもりか渾身の往復ビンタをかましてきた。軍人として鍛え抜いた身体には、通常、ナチュラルの女性の平手など痛くも痒くもないのだが――体力づくりを趣味とするオーブ代表首長のそれは例外である。元々全身を激痛に苛まれていたところに、鮮烈な痛みが弾け、アスランの意識は昇天しかけた。

「どうしたの、カガリ」

 お花畑で手を振る両親と邂逅していた魂は、ばたんとドアが開く音と、やや苦手な人物の鋭い声に、超特急で現実に引き戻された。
「ミリアリアぁ〜!!」
 カガリはアスランを放り捨て、現れた相手に泣きついていった。無造作にベッドに投げ出された衝撃に、傷だらけの身体がずきんずきんと悲鳴を上げる。
「アスランがっ……さっきから、わけ分かんないこと言いながら、ずっと魘されてるんだ!」
 栗毛の少女にひしと抱きついて、カガリは訴えた。
「絶対安静だけど、心配いらないんじゃなかったのか? どうなってるんだっ?」
 そんな重傷の人間を乱暴に扱うなよ!
 痛みのあまり声も出せないアスランは、心の中で激しく突っ込んだ。
 だが、そういえば――前にも似たようなことがあった気がする。そうそう、ストライクと戦って自爆したあと保護されたときも、彼女からの扱いはこんなだった。
(ああ、カガリなんだなぁー……)
 憤慨する意識の隅で、アスランは和んでいた。
「怪我からの発熱は、よくあることなのよ」
 ミリアリア・ハウは冷静に応じると、身動きひとつ取れない状態のアスランを、じろりと見下ろした。
 改めて見渡してみると、ここはアークエンジェルの医務室のようだ。隣のベッドではフラガ少佐が胡坐をかき、おもしろそうにこちらを眺めている。あれ? 彼はあんな長髪だっただろうかと、アスランはぼんやり考えた。
「向こうで、だいぶ痛い目に遭ったみたいだからね。嫌な夢でも見てたんじゃない?」
 がさがさと棚を探った彼女は、ぶっとい注射針を出してきた。
 ただの医療用具であるはずのそれが、なぜかアスランには凶器に見えた。しかし、抵抗など不可能である。
「…………」
 ミリアリアは、ひょいとこちらの腕をとり、手首のあたりに遠慮なく針を穿ちこんだ。
「い、痛そうだな」
 カガリが、自分のことのように顔をしかめているのが、横目に見えた。ろくに呻くことも出来ないアスランは、痛いに決まってるだろうと無言で愚痴る。
「生きてるんだから、それはしょうがないわね」
 やがて針を抜いた彼女は、掴んでいた腕をぽいっと放り出した。
「解熱剤を打ったから。もうしばらく眠らせておきましょ。たぶん、あと三回くらい寝て起きたらしっかり気がつくわ」
「ホントか……?」
「私が今まで、あなたに嘘ついたことあった?」
 よしよしと頭を撫でられたカガリは、くすぐったそうに目を細め、ううんと首を横に振った。
「ない。ミリアリアは、いい加減なことは言わないもんな」
「でしょ? ほら、そろそろ夕食の時間よ。一緒に行こう」
「うんっ!」
 ミリアリアの誘いに、彼女は元気よく頷いた。
「今日のメニューは何かな〜? ここのコック、腕がいいから楽しみだ!」
「さっき、ちょっと食堂のぞいてきたら、ハンバーグだったわよ」
「ハンバーグ〜♪」
 少女二人は、仲良く腕を組んで、医務室を出て行った。

「おまえ、愛されてるねぇ」
 フラガ少佐が、同情の欠片もない嫌味な口調で、うっくっくと笑う。
 なにがどうなっているのかサッパリわからないが、俺はアークエンジェルに乗っていて、みんな無事で生きているらしい。辛うじて残された理性の部分で、ひとまずその事実に安堵しながら――睡魔に負けたアスランは、新たな恐怖が待ち受ける夢の世界に、再び旅立っていった。



NEXT TOP

キサカさんに救出されて、キラに見守られながら目覚める前の出来事ということで。
これを書いたのは45話 『変革の序曲』 を観た直後です。解釈は多様にあるでしょうが、カガリが指輪を外していたあの描写は、別にアスカガ破局ってことではないと思うので……クロニクルがシリアスパートに入る前に、ほのぼの平和な (?) 二人を出そうかな、と♪ (だったら、もう少し甘めの展開にしようよ!)