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■ アスラン脱走 〜究極の選択 (前編) 〜


 ひゅーるるるる………………

 風を切る音。落下感。
 それを全身で感じ取ったアスランは、気だるく重いまぶたを開いた。眼前に、どこまでも広がる紺碧が迫ってくる――

「!?」

 ドバシャーンッ!!
 あっ、と思ったときには既に手遅れで。叩きつけるような痛みと、不快な浮揚感が手足に纏わりついてきた。
(な、なんだ、これはっ!?)
 息が出来ない。水だ。しかも大量の。もがいた瞬間に飲み込んでしまったそれは、ひどく塩辛く、アスランは本能的に、上を――淡い光が差し込んでくる方向に、ごぽごぽと沈みかける身体を反転させた。

「…………こ……こは……」

 なんとか水面に顔が出て、荒いだ息と咳き込みが治まったところで。
「海、か……?」
 ゆらゆらと波に揺られながら、アスランは、あらためて周囲を眺めやった。見渡す限りの大海原。すぐ近くに、半径2kmほどの小島が見える。ぷかぷかと海面に漂う、いくつもの金属片が視界に映り、それでようやく自分が何故こんなところにいるのかに思い至った。

(ああ、そうか……デスティニーとレジェンドに撃墜されて、海に落ちたんだ……)

 空はすっかり晴れ渡り、脱出時に目にした雷雲は影もない。あれからだいぶ時間が経っているらしい。そして自分は、どうやら五体満足で生きているようだ。

『アンタが悪いんだ! アンタが裏切るから……っ!』

 困惑と憤りに満ちた、シンの糾弾が耳元でこだまする。彼は今頃、怒っているだろうか? それとも……塞いでいるだろうか。筋道だった説明をする余裕が無かったとはいえ、こんなとき、自身の口下手が悔やまれてならない。
(俺が、もっとちゃんとしていれば――)
 そこまで考えて、アスランは、今なにより肝心なことを思い出した。

「そうだ……! メイリンは!?」

 基地からの逃亡に、巻き添えにしてしまったオペレーターの少女。同じコックピット内にいたのだから、そう遠くに投げ出されてはいないはずだ。あわてて周辺を探るが、それらしい姿はない――もしかしたら、あの小島に泳ぎ着いているかもしれない。
 ここでクラゲのように漂っていても仕方がない。アスランは、少し考えた末、ざばざば波を掻い潜りながら島を目指した。

(……カガリと初めて出会ったのも、こんな島だったな)

 上陸して、びしょ濡れの軍服をテキトーに絞りながら、波間を注視しつつ浜辺を歩いていく。想いは自然と、過去に馳せられた。
 おぼろげに思い出す。アークエンジェルの医務室で彼女と再会する夢を、見ていたような気がする。
(ディオキアの海辺で、あんな酷い別れ方をしたのに)
 何度もアスランと名を呼んで、心配して泣いてくれていた。怪我人に対する扱いは、相変わらず……かなり乱暴だったが。
 それも彼女らしいなと、つい苦笑するも、すぐさま鬱屈とした気分に支配される。
 そんなはずがないのだ。あれは願望が見せた、ただの夢。現実に再会すれば、きっと詰られるだろう――だが、それすら幸せなことのように思う。
 カガリたちを乗せているはずのアークエンジェルは、ミネルバに撃墜された。キラのフリーダムは、シンの手で。止めるだけの “力” を自分は持たず、ただ成す術もなく見ていることしか出来なかった。
 生きていると信じたい……だが、ヒトの命がどれだけ呆気なく散ってしまうものかは、嫌というほど知っている。

(考え込むのは後だ……今は、メイリンを探さないと)

 そう思い直したとき、遠くから悲鳴が聞こえた――しかも複数の。
 青一色の波間に、きらりと黄金が映る。某双子ちゃん限定レーダー、もとい、コーディネイターの視力を侮ることなかれ。

「カガリ……キラ!?」

 浜辺からでは、よく見えない。アスランは前方の崖に駆け登って、再び目を凝らした。
 あれは間違いなくカガリたちだ。大破したアークエンジェルから投げ出されたのか。しかも、そこから少し離れた場所で、もうひとり溺れている者がいる――鮮やかな赤毛。見慣れたザフトの緑服。
「メイリンまで……!」
 三人とも、今にも沈んでしまいそうにバシャバシャともがいている。ここから、どの方向へも1kmほどだろうか。あっちを助けに行けば、その間に向こうの2人は溺死してしまうだろう。

 カガリ・ユラ・アスハは、生涯をかけて守ると誓った相手である (あんまり守れてないけど)
 キラ・ヤマトは、無二の親友である (どうせ俺は、ラクスやカガリや、ヘリオポリスの友人たちの二の次だけど)
 メイリン・ホークは、自分のとばっちりでこんな目に遭わせてしまった少女である (ほとんど話したこともなかった相手だけど)

 誰ひとり、見殺しに出来ようはずがない。

 どうしようどうしようどうしよう。
 どちらに向かうべきか決断がつかず、おろおろと崖っぷちに立ち尽くしていると、
「はいはい、時間切れ。天誅ーーーーーっ!!」
 突然、背後から、やたらと明るい少年の声が聞こえた。

 びゅごおおおお!

「ぶっ!?」

 どっぽん。
 崖に立っていたアスランは、いきなりの突風に煽られて、頭から海に落っこちた。



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予定どおりに書いてしまった……アスラン脱走第二弾。冒頭はシリアス。でも続きはコメディ。楽しいです、コメディ。シリアス書いていると、息抜きしたくなるんですよ、たまに。アスランファンの方々、ごめんなさい (滝汗)