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■ アスラン脱走 〜究極の選択 (後編) 〜
訳が分からぬまま、やっとのことで海面に顔を出すと、
「あ〜あ、せめて三人いっぺんに助けようとして海に飛び込んでりゃ、合格だったのにな〜」
「選べないんだろうなぁ、とは思いましたけど……予感的中ですね」
ぴゅいーんと頭上を通り過ぎていく、もこもこの黄色い雲。そこに乗っかっていた二人が、メイリン、カガリ、キラの順に波間から引き上げた。そうして、ふこふこと空を漂いながらこちらへと戻ってきた。
ぽかんと雲を見上げたアスランは、故人の姿をそこに見つけ、完全に混乱した。
「ニコル? それに……!」
「よっ」
写真でしか見たことのない、その人物は片手を挙げ、にかっと人好きのする笑みを浮かべた。直接の面識は無いが、忘れられるはずもなかった。トール・ケーニヒ。キラの友人で、ミリアリア・ハウの恋人だった少年である。
「お久しぶりです。相変わらずですね、アスラン」
その隣では柔らかな巻き毛の少年、ニコル・アマルフィが、二年前と寸分違わぬ姿で微笑んでいた。
「な、な、な……なにやってるんだ……それはなんだ!?」
どこからどう説明を求めたものか。錯乱したアスランの口からは、一番どうでもよさげな質問が飛び出した。
「ツッコミ用のハリセンと、心の清らかな者にしか乗れないという、いわくつきのピンクの雲です」
かつての同僚は、いたってにこやかに答える。
「いや待て! それ、どっちかっていうと団扇だろ? それに、その雲……黄色じゃないか?」
「気のせい、気のせい」
トールは、ひらひらと片手を振った。
「やだなぁ、なに言ってるんですか、アスラン。ラクス嬢の髪と同じ色ですよ、これは。黄色に見えるとしたら、邪念のせいですね」
まったくもう、そんなこと認めたら、著作権侵害で訴えられちゃうじゃないですか〜と、ニコルも意味不明なことを言った。
「なんだよ、ザフトのエースって実物こんななのか? だっせぇのー」
びしょ濡れで、胡坐をかいていたカガリが容赦なく言い放ち、ぐいと自分の髪を引っ張った。すると彼女の姿はボンッと煙に包まれて、青みがかった銀髪の少年になってしまった。
「!?」
アスランは、なんだかいろいろとぐっさり傷ついた。
「よしよし、迫真の演技だったぞ……っつーか、おまえ、半分本気で溺れてたな?」
キラが、彼らしからぬ口調で言い、けほけほと咳き込んでいるメイリンの髪を引っ張ると、その姿もボボンと煙に覆われて、ふわふわした金髪の少女になってしまった。
「…………? ??」
最後に、キラが自分の髪を引っ張ると、やはり白い煙が立ち込めて、そこには目つきの鋭い少年がいた。彼は、ほいとトールが渡したタオルで、かいがいしく少女の髪を拭いてやっている。
「はくしん……? ステラ、えらい?」
「偉い、偉い」
「偉い、偉い」
「お疲れさまでした、ステラさん。無理をさせてしまって、すみません」
「球場から、差し入れ届いてたぜ。あとで、みんなでアイスでも食おうな」
「うん!」
同年代の少年四人から、かわりばんこに頭を撫でられて、ステラと呼ばれた少女はにこにこしている。
「……で、どーすんの、コイツ?」
「及第点取れるまで、たらい回しの刑なんだろ?」
カガリだったはずの生意気そうな少年と、キラだったはずの短髪の少年は、おもしろがるような口調で訊いた。
「ええ、まあ。昔の同僚の誼で、なんとかしてあげたいところなんですが……あいにく獲得ポイントは、ゼロ。スポ根地獄行きは動かせませんねぇ」
ニコルは、クリップボードになにやら書き込みながら、ふう〜やれやれと首を振った。
「では、トール君。容赦なくお願いします」
「よっしゃあ!」
トールはすっくと立ち上がり、持っていた緑のひょうたんを思わせる団扇をかまえた。
「ふっふっふ。ここで会ったが百年目――」
語気に不穏なものを感じ取り、アスランは身を強ばらせる。言いたいことは、きっと山ほどあるだろう。なにしろ彼を殺したのは、自分なのだから。
「アスラン・ザラ……よーくーも、俺の大事なミリアリアをナンパしたな〜?」
30秒くらい、空耳かと思った。
「えええええ!?」
そう来るか? 問題点はそこなのか? なにか、順番間違ってないか? というか、どっかで聞いた台詞のような気がする。俺の気のせいか?
「ぬ、濡れ衣だ。そんなことはしていない!」
アスランは、ぶるぶるぶると首を振った。とんでもない誤解だ。自分が殺してしまった少年の彼女で、しかもディアッカが惚れている女性に、どうしてちょっかいなどかけられると言うのだ?
「じゃ、ディオキアの街で、二人っきりでカフェに入ったのは、なんで?」
「あれは、情報収集のために……」
「そーだよ思い出した! ミリィのお陰でキラたちに再会できたってのに、礼のひとつもなしに、好き放題言い逃げ。戦場じゃ女の子より野郎優先。おまえ、男として間違ってるぞ!?」
彼が握りこぶしを固めた反動で、団扇がちょっと揺れた。すると、まるで効果音のように波飛沫がどっぱーんと上がった。
「くらえ、れっかしんえーん!!」
トールは、そのままの勢いで、でりゃーと団扇を振り下ろした。
すると何故だか、アスランの周囲の海水が、そこだけ洗濯機のように回り始めた。ぐるぐるぐるぐる。
「うわわわわわ!?」
回る回る回る。まわれ、ま〜われメリ〜ゴ〜ラ〜ンド♪ もう、けし〜て止まらないよ〜に〜♪
どこからともなく状況にそぐわないバラード曲が聴こえ始め、アスランは己の正気を疑ったが――回り続ける視界に、金髪の少女がオルゴールを抱えてうっとりしているのが見えた。
だが、場違いな歌が幻聴だろうと現実のものだろうと、渦巻き回転は速度を増すばかり。
「あれっ? 技の名前が違います、トール君。それは “ばしょうせん” ですよ」
「え、そうだっけ?」
人類にあるまじき高速回転を強いられているアスランには目もくれず、ニコルとトールは雲の上で談笑している。
「……まあ、いいじゃん。それより、アイス食おうぜ」
「そうですね。今日はいいお天気ですから、早く食べないと溶けてしまいますね」
少年たちは車座になって、うまうまとアイスを食べ始めた。
ぎゅんぎゅん回り続けるアスランが、もう駄目だ、耐えられない、気絶すると思ったそのとき――
「それじゃアスラン、頑張ってきてくださいね〜」
「根性見せろよ〜? でないと、俺も浮かばれないからさー」
ニコルとトールが、こっちに向かってひらひらと手を振った。
ぎゅりぎゅりぎゅりぎゅり、ざっぱーん。
この状況でなにをどう頑張れと!? と思う間もなくアスランは、意識ごと津波に押し流された。
迷えるハツカネズミの苦難の旅路は、まだまだ続く。
別名、天国編? 時間軸は、ヘブンズゲート攻略戦の直後でしょうか……ステラたちの魂があったかいところに辿り着いて、トールやニコルが面倒見てくれてたらいいなあ、と思っただけなんです。そのコメディほのぼの版なんです。読んじゃっても怒らないでくださいまし……(滝汗)