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■ アスラン脱走 〜激闘スポ根地獄 (前編)〜


「いつまで寝こけている気だ、新入り! 集合時間はとっくに過ぎているんだぞ!?」

 とおい。とおい、どこかで――聞き慣れぬ女性の声と、ビシィッと何かがうなる鋭い音がした。

「……起きる気配もないな」
「もう、むりやり起こしちゃっていいですか? バジルール中尉」
「仕方あるまい。代表も痺れを切らしていることだし、バッターがいなくては試合にならん」

 同じ声が、まるで違う語調で会話を成立させている……? アスランは、ぐらつく意識の底で考えていた。

「うわ、これ重〜いっ……アサギ、ジュリ、マユラ! ちょっと手伝ってよ〜」
「えー? なにそれ使っちゃう気?」
「試合終了後にみんなで食べる、おしるこ用の水じゃない」
「しょうがないでしょ。叩いても蹴っても寝てるんだもの。早いとこ、及第点とって出て行ってほしいわ」
「あ〜まあねえ、フレイが苛つく気持ちも分かるわよ」
「なんせ付き合ってた男の子の、ホモ疑惑の相手だもんねー。そりゃ複雑よね〜」
「違うわよっ! こいつが勝手に一人でキラキラ叫んでただけで、キラにはちゃんと、あの全身ピンク女がいるんだから!」
「あっれー、あの子のこと認めちゃうんだー?」
「うるさいわね! キラがホ●呼ばわりされるくらいなら、ロリコンとか年増好きの方がまだマシって話よ!」

 きゃあきゃあ、ぎゃあぎゃあと、なんとなく覚えのある姦しさである。

「だいたい、それを言うなら、あんたたちのお姫様はどーすんの? 現在進行形で付き合ってる男に、●モ疑惑じゃない!」
「まーねぇ……はねっかえりのカガリ様に、こーんな美形のカレシが出来るなんて、奇跡に近い話だとは思ってたけど」
「まさか、ここまでおっきな落とし穴が待ち構えてるなんてね〜」
「やっぱり、ロウ・ギュールの方が男前だわぁ」
 はふう、と誰かが熱っぽい溜息をついた。あーはいはいと、それをテキトーに受け流す投げやりな声。
「なんにせよ、カガリ様のためにも、ここはひとつアスランさんの根性鍛え直して送り返さなきゃ!」
「さん付けで呼ぶ必要なんかないわよ、こんなヤツ」
「じゃ、いくわよ。いっせーのー……」

 どばしゃー!!
 複数の足音が近づいてきたかと思うと、とつぜん頭上から、大量の冷水が降ってきた。

「ぶはっ!?」

 あまりの冷たさに、アスランは飛び起きた。
「やーん、水も滴るいい男っ!」
「ふん。顔だけ良くったって、しょうがないわよ」
 目を覚ました、すぐそこで笑い転げていたのは、ヤキン・ドゥーエ攻防戦で命を落としたはずのM1パイロット三人娘。
 そして、もうひとり――どこかメイリンを連想させる赤毛の少女が、おそろいのミニスカ+両手にポンポンのチアガール姿で立っていた。ポンポンは、なぜかハロ仕様になっており、

〔ミトメタクナイッ、ミトメタクナーイッ!!〕

 赤毛の少女が 「うるさぁい!」 と怒るのにもかまわず、ミトメタクナイの大合唱を始めた。少女が苛立ちまかせに蹴り飛ばした巨大な鍋が、がらんごろんと転がって、なおのことうるさい。
「…………はあっ」
 少し離れた場所に立っていた、二十代半ばと見える黒髪の女性は、やれやれと嘆息して、

「ハロ軍団! アスラン・ザラが意識を取り戻した。グラウンドまで連れて行ってやれ」

 奥の扉を指すと、ぴしゃりと命じた。すらりとした身体にスポーツウェアを纏う、彼女の右手にはメガホン。腕章には 『監督』 とある。そして左手には、何故かつやつやと輝く鞭がにぎられていた。けっこうな迫力美人である。
「え? って、あ……?? ここは?」
 アスランは、ようやく我に返り、きょろきょろと周りを見渡した。白い壁。ずらりと並んだスチール製のロッカー。木製のベンチ。あちこちに無造作に置かれたタオルと、ボトル入りのドリンク。どことなく、軍の更衣室と似通った造りになっている。どうして、俺はこんなところにいるのだろう?

 黒髪美女の音声を認識したらしい、それぞれイエロー、ブルー、レッド、そしてピンク――4つのハロ型ポンポンは、ミトメタクナイの大合唱をぴたりと止め、がばちょと毛 (?) を逆立てると、

〔ハロ、ゲンキ〕 〔オマエモナ!〕 〔ハロ、ゲンキ〕 〔オマエモナ!〕

 ぽこぽこと弾みながら、アスランに時間差タックルをかまし始めた。
 大部分は通常のポンポン同様ビニール製であるため、別に痛くはないのだが……複数から襲われると、ちくちくするうえ顔に纏わりついて、かなり気持ちが悪い。
「な、なんだ? なんなんだ、いったい!?」
 アスランは、ハロポンポンに案内されるというより、追い立てられる勢いで、重度の混乱を抱えたまま外へと転がり出て行った。

×××××


「……野球狂の人たちに任せちゃうんですかぁ? 中尉が、スパルタ訓練でぼっこぼこにしてくれればいいのに」
 こけつまろびつ駆けてゆく、アスランの後ろ姿を見送りながら、赤毛の少女は不満げに言う。
「勘弁してくれ。せっかく、もうじき肩の荷が降ろせそうだというのに」
 ナタル・バジルールは、苦笑しつつ首を振った。
「危うくこちら側に来てしまうところだったが……それでも “彼” は、生き延びたからな。もうすぐ本当の意味で、あの人のところへ戻るだろう」

 相変わらず甘っちょろくて危なっかしい、アークエンジェルの女性艦長。
 死んだと思い込んでいた “エンデュミオンの鷹” が舞い戻ったとき――彼女がどんな顔をするか。想像するだけで、こそばゆいような笑みが漏れる。
 自分は、ムルタ・アズラエルを止め切れなかった。それだけは、やはり心残りだったから。

「アスラン・ザラの目を覚ますにも、適任者は他にいる。我々はただ、ここから祈るだけだ……生きている者たちの幸福を」
 そのためにも、あの少年には、いつまでもこんなところに留まってもらっては困るのだ。
「それは、君も同じだろう?  フレイ・アルスター」
「……わかってますよ」
 むくれた少女は、複雑そうにそっぽを向いた。
 残してきたものを、あっさりと割り切り、諦めるには――彼女はあまりに早すぎる死を迎えた。それでも、
「まあ、しょーがないじゃない? なっちゃったものは」
「フレイなら、こっちでいくらでもイイ男が見つかるって!」
 けらけらと陽気に笑いながら、フレイを肘で小突くアサギたち。案外にぎやかな場所で、気の合う友達もいることだし、ドミニオンに乗っていた頃よりは、よほど清々しい表情をしていると思う。


 時が過ぎれば、また違う形で、彼らと巡り逢うこともあるだろう。


 人々が破滅の道を選びさえしなければ――いつか遠い未来。あの蒼い星の何処かで。




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このシリーズ書いてると、種運命の第三期EDが頭の中をぐ〜るぐる……ナタルさんは、きっとマリュさんと同じくらい、ムウさん生存を喜んだと思います。フレイも、なんだかんだ言いつつキラを見守ってくれてるといいなぁと思います。