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■ アスラン脱走 〜激闘スポ根地獄 (後編)〜
ハロ型ポンポンに押し出されるまま、たどり着いたのは広大なグラウンドであった。
頭上はドーム型の屋根に覆われている。四方に設えられた、ひし形のベース。前後左右を埋め尽くす観客席。うおおおおお、という大歓声に圧倒され、アスランはただただ呆然としていた。
「やっと来たか――ヒューマよ!」
ピッチャーズプレートに佇んでいた、スーツ姿の壮年の男が、びしりとアスランを指す。その豊かな髭を蓄えた面差しは、見間違えようはずもなかった。
「う、ウズミ様!?」
アスランは、仰天して叫んだ。
「ちがーう! 私の名はイッテツだ! ゆくぞ、ヒューマ!!」
どこをどうひっくり返してもカガリの父親にしか見えない男性は、意味不明なことをのたまいながら、白球を握りしめた手を振り回した。
「お、俺はアスラン・ザラです!」
アスランは、とりあえず訂正を兼ねて名乗った。
そういえば――カガリと恋仲になったのは、彼が亡くなった後だ。オーブ脱出前に、直に話を聞く機会はあったが、きっと元ザフトの一兵士に過ぎなかった自分のことなど覚えていないだろう。
「そんなことは知っておる……」
だが。ウズミ・ナラ・アスハは首を横に振り、革靴の爪先で、いじいじと砂に 『 の 』 の字を描いた。
「…………近い将来、義父になるかもしれん男が、息子とキャッチボールするという、ささやかな夢に燃えているのだから、少しくらい話を合わせてくれても良いではないか……」
しょんぼりと呟いた、広い背中には哀愁が漂っている。
「? ……?? わ、わかりました……すみません」
なにが何だかよく分からないが、愛娘とアスランの関係を把握してくれているらしい。彼の口から “義父” という単語が出てきて、気恥ずかしいが嬉しくもある。
そういえば、カガリも 『 父は野球が好きだったんだ 』 と言っていた。実父であるパトリックは、そういう遊びに息子を連れ出すタイプではなかったから、親子でキャッチボールという図式に憧れていた時期があったのも事実だ。
「そうか! では、ゆくぞ!!」
オーブの獅子の両眼が、きらりと輝いた。アスランが肯くと、
「しっかりな」
キャッチャーズボックスに控えていた、ウズミと同年代の男性が、バットを手渡してくれた。
「受けてみよ! 魔球・ヘルダートーーー!!」
ウズミは嬉々として振りかぶって、投げた。
「って、ええええええ!?」
某双子ちゃん限定レーダー、もといアスランの動体視力は、魔球の速さにサッパリついていけなかった。
ずごしゃああああ!!!
「……」
硬直したアスランの鼻先をかすめ、ウズミの変化球はぶすぶすと焦げ臭い匂いを放ちながら、キャッチャーの手元に納まった。
「ゴットフリートーーーーーー!!」 ぎゅおおおおお!! 「わあああぁーーーー!?」
「イーゲルシュテルーーーン!!」 ごしゅうううううう!! 「でぇええええーーーっ!?」
「バリアントーーーーーーー!!」 ぎゃるるるるるる!! 「のわあああーーーーっ!?」
…………ぜーはーぜーはー。
「こらっ、避けてどうする! 打ち返してくれねば野球にならんだろう!?」
「う、打てませんよっ、こんなもの!!」
不満そうなウズミに、アスランは憤慨した。これはもうキャッチボールのレベルではない。バットを振るどころか、身体に直撃しないよう避けるだけで精一杯だ。
「…………そうか」
とたんにウズミは、またしょぼんとなった。
「恋人の父親を前にして、この程度の球に立ち向かう気概もないということは、やはり、あの噂は本当だったのか……」
「……噂、ですか?」
「アサギたちから聞いたのだ」
なんのことだろうと訊き返すと、ウズミはとんでもないことを言いだした。
「実は君は、コーディネイター云々というより先に、男しか愛せない新人類であって、カガリよりもキラ・ヤマトの方が好きなのだと」
「は!?」
「無条件に甘いのは、キラくんに対してだけ。命懸けで戦うのも、キラくん相手のときのみ。ウチの娘に興味を示したのも、あれがガサツで男っぽい性格だったからで、すっかりしおらしくなったカガリのことは、別にどーでもよいのだと」
「ち、違います。誤解です!」
アスランは、あわてふためいて否定した。
「それは、キラはもちろん大事な親友ですが、俺が、その――恋愛、という意味で好きなのはカガリだけです!!」
「本気かね?」
じろり。ウズミは、底冷えするような迫力で、アスランを睨んだ。
「本気です! 証明になるかどうかは判りませんが、それでウズミ様に安心していただけるなら、俺は意地でもあなたの魔球を打ち返します!!」
自分の不甲斐なさは痛感しているが、それでも、気持ちまで疑われてはたまらない。アスランは正面切って叫んだ。
「そうか……ならば見せてもらうとしよう。その本気とやらを!」
にやりと笑んで、ウズミは白球を大きく振りかぶった。アスランは、ごくりと生唾を飲み、バットをかまえる。
ふつふつと湧き起こる、闘争心。ここは男として引けない。負けるわけにはいかない!
「ウズミ様、ファイトォーーーー!」
「きゃー、トダカさぁーんっ♪」
黄色い声援が飛んだ。アサギたち、さっきの女性5人組が、いつの間にやら観客席に移動していたのだ。ポンポンを弾ませて騒いでいる少女たちを、ちらりと横目に見やり、アスランは思った。
ずいぶんと、おかしな話を吹聴してくれたようだが――今から撤回させてやる!
「奥義・ローエングリンーーーーー!!」
白球が、ぎゃりぎゃりと空気を切り裂きながら迫ってくる。
「うおおおおおお!!」
アスランは気迫と共に吠えた。しかし渾身のフルスイングは、見事なまでの空振りに終わり、
……ごきゃっ。
ウズミの放った剛速球が、アスランのみぞおちにクリティカルヒットした。
「ぐっはぁ!?」
アスランは、吐血昏倒した。ずるずる薄れゆく意識に 「デッドボールー!!」 と無情な審判がこだまする……
「いくらなんでも、やりすぎですよウズミ様」
「当たりどころが悪かったら、冗談抜きにあの世行きじゃないですか」
「なんだ、ババ。それにトダカまで。よりにもよってカガリを泣かせおった、この少年を庇い立てする気か?」
「そうではありませんが――少なくともユウナ・ロマよりは、成長の見込みがあると見受けます」
「ふん。カガリの親としての、ささやかな仕返しだ!」
得意げなウズミと、それとは別の、複数の呆れ声が耳に届いた。
「だいたい、少し、では困るのだ。よほど気骨のある男でなければ、我が愛娘は任せておれん。まあ……未来の婿と、野球をしたかったのは本当だがな」
「それで、彼はこの後どうするのです?」
「……ローエングリンに立ち向かったまではいいが、それで自爆されるようではかなわん。積もる話もあるだろうからな、最終的な判決は “彼ら” に任せるとしよう」
そんな会話を遠く聞きながら。アスランは、意識ごとグラウンドに沈んだ。
根性鍛えるといえば、やはりスポーツ! こてこてスポ根はともかく、テニプリ風味の涼やかな感じなら絵になりそうですね、アスランは。けれど系譜において、そんな優遇措置は待っていないのです(笑)