■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

NEXT TOP



 だって、僕は……もし選べるなら、カガリや、トールと同じ、ナチュラルに生まれたかった。
 なにも悩まず、平凡でいられる、それってすごく幸せなことだと思うから。

 “最高のコーディネイター” だなんて、そんなもの――誰にも背負ってほしくない。
 いつか、あの頃の僕と、同じ想いをさせてしまうくらいなら。

 ……僕だけで、もう、終わりにしたいんだ。


      マリア・ロス・クリスマス 〜 Kira 〜


 病院という場所には、あんまり縁が無くて慣れないけど、ここは特に落ち着かなかった。
 産婦人科なんて、男が来ることはまず無いだろう。
 待ち望んだ赤ちゃんが産まれるか、そうでなければ僕たちみたいに――なかなか子供が出来ない原因を、はっきりさせる為にしか。

 内装は白基調だけど、薄いピンクやベージュ、クリーム色とか、とにかくパステルカラーのほんわりした感じで、ゆったりしたオルゴール調の音楽が流れている。
 ハーブのリラックス効果だとか、身体を温める食事指導とか、とにかく医学的な見地から妊娠の為に良いとされることを総合的に取り入れている産院で、ものすごく人気らしい。
 いつでも予約いっぱいで、妊娠が分かってすぐのタイミングじゃないと分娩を受け付けてもらえないとか、なんとか……そんな話を聞くと一瞬、ホントにプラントって少子化で困ってるのかなと首をひねりたくなるけど、出生率が下がる一方だから、産婦人科も経営が成り立たなくて少ないんだって話だった。

 赤ちゃんがいる部屋と、不妊治療に通ってる人たちの診察室は、当然、階も何もかも別々なんだけど、さすがに完全防音とはいかないみたいで――時々、かすかに泣き声が聞こえて来ていた。

 待合室のソファ。
 隣に座ったラクスの表情は、浮かない。
 祈るように組んだ両手を膝の上に乗せて、俯いたまま、なにか考え込んでいるみたいだ。
 ばらけた場所に女の人が何人か、あと、もう一組カップルがいるけど、ここでラクスを見かけることに慣れているのか、自分たちのことで頭がいっぱいなのか、誰も僕らを気に留める様子は無い。
 いつも、あの人たちみたい背中を丸めて、一人座っていたんだろうか? と想像したら、なんだか居た堪れない気分になったけど。

 さっき、ここの駐車場ですれ違った幸せそうなご夫婦と、生まれて間もない赤ちゃんの姿を思い出す。

 ラクスと僕の子供。
 生まれたら、きっと可愛いだろう。
 ラクスが喜ぶ顔を見たい、とも思うけど。
 彼女が悲しむだろうから、わざわざ口に出して言ったことはなかったけど……治療だとか、そんな無理してまで、二人の子供がほしいとは願えないんだ。どうしても。

 ほどなく順番が来て、呼ばれて。

「残念ながら、お二人では遺伝子の相性が合わず、不可能という結果が出ました」
「そう、ですか――」
 あっさり告げられた結論を、半ば予想していたのか、ラクスは溜息にも似た相槌を打つと、深々と一礼した。
「長い間、お世話になりました。ミゼット先生」
 ラクスはずっと通い詰めていたけれど、僕は初めて会う、その医師は、マリューさんと同年代に見える女性だった。
「いえ……お力になれず、申し訳ありません」
 相手も気遣わしげに、けれど淡々と頭を下げた。僕らみたいなカップルは、きっと珍しくもないんだよね。プラントじゃ。


 ――出会った頃から、もう、十年が過ぎようとしている。


 二度目の大戦後、ラクスは請われて、プラントの議長になって。
 何度か結婚の話も出たけど、やっぱり最高評議会の椅子に座ってる限りは、なんだかんだ事件が起きてそれどころじゃなくて、僕はフィアンセという立場のまま。
 “自然” には授からないまま、時間だけが過ぎて。20代後半になった頃、ラクスは 「原因があるとしたら…… “二世代目” のわたくしだと思います」 と言って、不妊治療に通い始めた。
 それも結果が出ずに、もう、ダメならダメではっきりさせたいと、一緒に検査を受けるよう頼まれて――ついさっき、告げられた現実。

(アスランとだったら……きっと、赤ちゃん産めたんだろうな)

 いまさら言っても、どうにもならないことだけれど。
 婚約解消を提案した方が良いのかなって考えたこと、話し合ったことも何度かあったけど、ダメだったら、二人で仲良くやっていこうという結論に落ち着いていたから。
「最初から、僕も一緒に検査――受ければ良かったね。ラクス、ただでさえ仕事が忙しいのに、空いた時間、ほとんどここに通ってたんでしょ?」
 しんと静まり返った廊下を歩きながら、僕が言うと、ラクスは苦笑して。
「最初は、自然に任せれば良いと思っていましたから。途中からは……はっきりさせるのが怖くなって」
「うん。残念――だけど、これでスッキリした気もする」
 後半は本音、だけど。
 残念なのは、コーディネイターに生まれたこととか、もし自然に授っていれば手放しに喜んでお父さんになれたかな、とか、そういうことで。
「ええ。でも、仕方ありませんわ。キラと、でなければ、意味がありませんもの」
 ロビーの受付で、診察料を払って。
 車へ戻ろうと外に出る。
 クリスマスが近いからだろう、駐車場をぐるりと囲むように植えられた街路樹は、どれも色とりどりの電飾に覆われていた。
 夜に来たら、ここ、キレイなんだろうな。

「ですから、クローニング技術の合法化、速やかな法案成立を目指しましょう」
「……へ?」

 今年のクリスマスプレゼント、なにが良いかな、なんて場違いなことを考えていた僕は、ありえない言葉に固まってしまって。
「わたくし、がんばりますわね。キラ」
「な、なに言ってるんだ? ラクス? 急にどうしたの? 冗談にしても笑えないよ」
 やっとのことで笑い飛ばそうとするけど、彼女は、不思議そうに淡いブルーの瞳を瞬く。
「? 冗談で、こんなこと申しませんわ」
 遺伝子レベルで不適合――たぶんお互い、薄々感じてはいたことだけど、はっきり断言されたショックで混乱しているんだろうか? 戸惑いながらも、
「僕とムウさんが、コロニーメンデルで見聞きしたことは話したよね? クローンは、生まれつきテロメアが短くて、長くは生きられなくて、変な発作にも苛まれるって……だから、あの人は……あの人たちは、あんなに」
 どうにか、返す言葉を絞り出せば。
「だいじょうぶですわ。クルーゼ隊長は――レイさんも、もうお歳だったアル・ダ・フラガ氏の細胞からクローニングされたからこそ、早すぎる老化に絶望していらっしゃったのでしょう?」
 いつもと変わらない、柔らかい表情。声音。なのに。
「わたくしも、あなたも、まだ20代です。天から与えられた寿命がどれほどかは分かりませんが、少なくとも50年は、長ければ70年近くありますでしょう?」
 冗談だとしても絶対に、同意なんか出来ない話で。
「子供が生まれた時点で、その細胞を保存。その子が将来、結婚や出産を望んだときに使えるように整えておけば、平均寿命の低下は最低限で済みます」
 だけど、歌うように淀みなく紡がれるそれは、到底、ふざけたり思いつきで言っているようには感じられなかった。
「今後、クローニングに関して堂々と研究できるようになれば、テロメアなどの問題も解決されるかもしれませんし」
「ほ、本気で言ってるの!? ラクス……」
 まさか、ずっと前から考えていたんだろうか? そんなことを?
「もし、もしも、テロメアの問題が無くなったとしても――絶対にダメだよ!」
 ラクスは、きょとんと小首をかしげる。
「通常の妊娠だって、想い合う男女の遺伝子が半々で受け継がれた新たな固体の誕生でしょう? わたくしたちコーディネイターは、それが困難だから、科学的に再現するだけですわ。なにか問題がありまして?」
 その仕草は、まだ出会ったばかり、少女だった頃の彼女を思い出させた。けれど、
「わたくしは、プラントの最高評議会議長です。プラントに暮らす皆様が、コーディネイターが、幸せに生きていけるよう、様々な問題を解決することが責務です」
 どうして、こんなことを言い出す? 誰かに、なにか言われたのか?
 だからって言いなりになるような彼女じゃない……だったら、どうして!?
「ぎ、議長就任を引き受けるとき――プラントの為じゃなく、世界の為に働くって宣言してたよね? それでもいいならって」
「ええ、だから世界の為ですわ」
 こくんと頷いたラクスは、強い眼をしていた。
「わたくしたちコーディネイターは、ちょっと極端ですけれど。ナチュラルの方々にも、子供を望んでも得られずに苦しんでいるご夫婦は少なくありません。その方々にとっても、クローン技術は希望になるはずですわ」
 戦争の最中に時々見せた、目的を見据え、やり通そうとする意志の光。
「わたくしたちが、第一例になりましょう? ね?」
「ダメだ!」
 にっこり微笑むラクスが、急に怖くなって、思わず一歩後ずさる。
「僕たちコーディネイターが生まれただけで、差別や迫害や――世界を滅ぼしかねない戦争が、二回も起きたのに――クローン技術を認めたりしたら、また戦争の火種になる! 絶対に」
「それこそ差別ですわ」
 拒否する僕の言葉を遮った、彼女は真顔で言う。
「カガリさんの尽力で、コーディネイター排斥論は下火になりつつあります」
 確かに、大戦時に比べれば、あからさまに態度に出す人や、テロ事件は減っている。
 当時、地球軍の裏で戦火を煽っていたムルタ・アズラエルや、ロード・ジブリール、過激派の中心人物たちが死亡もしくは捕縛されたことで、ブルーコスモスも発足当時のロビィ団体としての姿に近くなり、少なくとも、表面上は平穏が保たれているけど、だからって?
「ナチュラルに生きたい人は自然に任せて、コーディネイターであることを誇る者は婚姻統制やデスティニープランに従って、それでも子孫を望めなければクローン技術を……どんな形で生まれた子にも、自由と、幸福な未来を」
 紡がれる言葉はムチャクチャなのに当然みたいな響きを帯びていて、だんだん、僕の方が混乱してくる。
「クローン技術の結果の子でも、幸福に生きられる世界が実現できれば、今も夢の中であなたを苛む “あの人” への、手向けになりませんか?」
「デ、デスティニープランって――僕たちは、あのとき、それを否定したんだよ? 理由とか、忘れちゃったの?」
「デュランダル議長の強引な手法は間違っていたと、今でも断言できます。けれど、目指した平穏の形、その全てが誤りだったとは思いません……無理強いをせず、自然に人々に受け入れられるなら、平和の礎に成り得るものは取り入れれば良いではありませんか」
 なんとか反論しようとして、それが僕には出来ないことに、今になって気づく。
 あの人――ラウ・ル・クルーゼは、デュランダル議長も、善悪は別として確固たる信念を持っていた。
 僕は、彼らと対峙したとき、それは嫌だと、そんなことないと言い返したけど……じゃあどうするのかって訊かれて、具体的には答えられなかった。
 正しい道は、ラクスが、カガリが指し示す。
 僕は、そんな彼女たちを守り続ける為に生きればいいんだって、そう思って、やってきたけど。
 じゃあ、目の前にいる彼女が語る未来を、受け入れたくないと感じてしまったら? どうすればいいんだろう?

 僕の “本当の父親” ――ユーレン・ヒビキ博士が生み出したクローン人間は、数こそ少ないけど、あの人たち以外にもいて。
 戦後、起きた数々の事件の中で存在を知ることになった、彼らは、傍目には僕らと何も変わらなくて、だから。
 あの人たちを否定する気は無い。幸せに生きてくれれば良いと思う。
 だけど今、クローンベビーをと語る彼女に戸惑っている、この気持ちは差別……なのか?

 なにも答えられずに、ただ穴が開くほどラクスを見つめることしか出来ずに突っ立っていると、急に背中に、どんっ!!と鈍い衝撃がして、

「!?」
 体の自由が利かなくなって、訳も分からないまま前のめりに倒れ込む。
「き、キラ?」
 呆気に取られた表情のラクスが、両手を差し伸べてくれるけれど、
「彼を、この場で説得するのは難しいと思われます。ラクス様。男性には、やはり危機感の薄い話でしょうから」
 肩を掴まれぐいっと引き戻されて、誰かの腕に仰向けに抱えられる形になった。覚束ない視界に映る、眼帯に覆われた目元と、オレンジ色の短髪――
「ヒルダさん――」
 いつもラクスの送迎や秘書的な仕事をしていて、今日もここまで車で送ってくれた、元ザフトレッドの女性は、
「診察が終わったとメールをいただいてから、お戻りが随分と遅かったので……出過ぎた真似かと思いましたが」
 困惑気味の彼女に、普段と変わらないキビキビした口調で促す。その左手にあるのは――スタンガン?
「ご決断なさったのなら、お急ぎになった方が宜しいかと。先送りにすればするほど、生まれてくるであろう子供たちの寿命は削られていくのですから」
「……ええ」
「キラ様には、少しお休みになっていただくのが良いかと思います。戦後ずっと、慣れない場所で、慣れない仕事を続けて来られたのですし」
「そう、ですわね。では、まず彼を “ファクトリー” に送り届けて、それから――」
 踵を返したラクスに続いて、ヒルダさんは、僕を抱えたまま歩き出して。
 ふっと薬品くさい妙な匂いがしたと思ったら、意識がぐらついた。すぐ傍にいる彼女たちの声も、どんどん遠のいて。

 ―― “数多の兄弟の犠牲の果てに”――“故に許されない”――

 ブラックアウトした視界の中で最後に、あの人が、嘲笑ったような気がした。



NEXT TOP

SEED映画が実現していた場合、なにかしら事件が起きてシリーズの面々が巻き込まれ、というストーリーが予想された訳ですが、新規キャラを極力出さない為には、ラスボス(?)ポジションに相応しいのは、キラ様ご乱心orラクス様ご乱心しか浮かびませんでした。そんでもって種シリーズのテーマ的には、ラクスの方が自然かと。キラvsアスランは、無印で終わってるし。