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 ――我思う、故に我あり。

 大昔の哲学者の言葉だ。
 そいつを拠り所にして良いなら、確かに “俺” は存在するんだろう。
 けど、この身体は、記憶は、間違いなく俺自身のモノなのか……平穏と呼んで差し支えないだろう日々を過ごすようになって、かなり経つ今も正直、自信は無い。
 そもそも人間の “在り方” を弄繰り回すような技術が開発されてなけりゃ、誰も、こんなことで悩む必要も無かったろうに。


      マリア・ロス・クリスマス 〜 Fllaga 〜


 午後、フロア中央の休憩室では、外回りを終えた営業マンや交代で昼飯を食ってるオペレーターの女の子たち、だいたい十数人がくつろいでいる。
 だからTVは基本つけっ放しで、なにか大事件の報道があれば、ちょっと席を離れる程度の余裕がある社員は入れ替わり立ち代りチェックしに行くような、ゆるい社風だ。
 だからその日もいつものように、書類仕事を中断して――目に飛び込んで来た字幕と、旧知の女の子――いやもう年齢的にはとっくに大人の女性なんだが――ラクス・クラインの姿を目の当たりにして、
「おい、どうしたフラガ? 顔、真っ青だぞ」
「あ、ああ?」
 同僚に声をかけられるまで、俺の思考は完全にストップしていた。
 そうして我に返っても、問題のニュースをどう受け止めりゃいいのか分からない。
 とりあえず断言できるのは、この精神状態で仕事してもミスを連発して逆に仕事を増やすだけだろう、ということだけだった。
「悪い。最近、寝不足気味でな……」
「寝不足? 最近は特に忙しくもなかったろ、仕事」
「ヤボ言うなよ。家に帰れば美人の奥さんと、可愛い盛りのチビが3人も待ってるんだぜ、そいつ」
「あ、そっか。ガキと本気で遊ぶって疲れるもんなあ」
「10kgも越えりゃ充分重たいしなー」
「眠いだけなら、そっちの会議室で仮眠取って来いよ。今日は使われる予定も無いし、誰かに訊かれたら、おまえはそこで休んでるって伝えとくから」
「すまん。そうさせてもらう――」
 気遣ってくれる同僚たちに促され、ふらふらと会議室の扉を閉め、ソファにへたり込む。

 クローニング技術の合法化、法案成立?
 新たなるデザインベビーの誕生?
 倫理観の問題は? 反対派の意見は? そうして生まれてくる子供は正常な成長を望めるのか――

 ニュースキャスターとゲストたちが口々に述べた疑念は、そのまま俺の疑問でもあった。
 まだ、合法化案が発表された矢先らしい。
 近いうちに、立案者であるラクス・クライン自身が会見を開く予定であると――いったい彼女は、反発する連中にどう答えるつもりだろう? それに、それより、あいつは?
(キラは……賛成したのか)
 コロニーメンデルで同じものを見聞きした、あいつが。
 ラクスが、こんな発表をするってことは、そうなんだろう――あの二人が子宝に恵まれず悩んでいる、という話は人伝にだが聞いていた。クローン技術が合法となれば、一応 “血の繋がった子供” は得られる。
 クソ親父みたいな傲慢な理由じゃなく、純粋に望まれた子なら、たとえクローンだとしても愛されて幸せに生きられるのかもしれない。
 ナチュラル同士で結婚して、罪人の癖に子供3人も作っている自分が、とやかく言えた立場じゃないのは重々承知だが、けど、クローンってのは、それだけは……!

 聞かなかったことに出来る気はしない。
 止めてくれと、そう言いたい。
 おまえたちは違うかもしれないが、大多数の人間は、そんな立派なモンじゃない。そう遠くない未来、新たな戦争の引き金になりかねない。
 だからといって、二人も考えた末に出した結論だろう、それを他人がどうこう言ったからって断念するとも思えない。
 ラクスの決断・行動力は、俺が知ってる人間の誰よりも強いし。
 普段はおとなしく優柔不断にさえ見えるキラも、いったん思い切ってしまえば、とことん決めた方へと突き進む頑迷さを秘めていた。

 そもそも自分はプラントの歌姫と面識こそあるが、さほど親しい訳じゃない。
 キラだって、今はザフトの白服だ。メールアドレスくらいは知ってるが、そんなんじゃまだるっこしい。出来れば直接、本気なのかと問い質したい。
 戦時中、世話になった “ターミナル” 経由なら力技でどうにか出来そうだが、世話になりっぱなしの社長たちに、これ以上、私情で面倒をかける訳にはいかないし。ジャーナリストのお嬢ちゃんとオマケの助手は、すぐに連絡が付く場所に滞在してることの方が稀だ。
 確実に連絡が取れそうな、地上に残ってるヤツといえば――やはり一国の代表、血縁者でもあるカガリくらいか。

『ま、そりゃあね。反対は表明しますよ。クローン技術なんか解禁したら、ろくなことにならない』
 TV画面の中で断言していた、ゲストの顔を思い返す。
『生き物として不自然な調整をされた身体で、不安定な環境で暮らして、散々すり減らした “命を継ぐ力” にトドメを刺す愚行としか思えませんが』
 ロゴス糾弾に伴い地に堕ちた世間のイメージを回復する為にと、選出されたブルーコスモスの現盟主は――先代や先々代とは対極の姿勢を取り、コーディネイター作出を否定こそすれ弾圧には無関心だ。
『それが彼らの出した結論なら、論理観かなぐり捨てても子供が欲しいというのなら、許されるプラントで暮らせば良いんじゃないですか?』
 ゆえに過激派は彼をトップと認めておらず、盟主が “いずれ自然淘汰される存在なんだから放っておけ” と諌めたところでテロ行為は止まらない。
『あちらの政策に口を出す権利は無いですし。ただ、戦争の火種になるような導入の仕方は避けてもらいたいものですがね』
 確かに、いくら次世代問題を抱えるコーディネイター社会とはいえ、全員が諸手を上げて賛同って流れにはならないだろう。
 あの歌姫様なら、キレイに収めるんだろうか?
 それとも、また――世界は揺らぐのか。

(たとえ狭い世界でも、理解者だけが集まった場所なら……クローン人間でも幸せに生きて、いけるのか?)

 分からない。
 ただ、上手くいかなかったから無かったことにするって訳にはいかないんだ――


「……あ!」
「パパ帰ってきた!」
「パパ、あそぼー」

 ふらつく頭を抱え帰路に着き、自宅のドアを開けるなり、子供たちが飛びついて来た。
 弾けるような笑顔。
 変わらない温もり。
 俺なんかを無邪気に慕ってくれる、まだ幼い命。

「おかえりなさい」

 チビたちを追ってキッチンから、エプロン姿のマリュー顔を出す。
 いつもと同じその台詞に、滲む気遣いの色――彼女もニュースは観たんだろう。
「ただいま」
 まとわりつく子供たちを小脇に抱え、そのまま彼女の肩に凭れかかると、かすかに苦笑する気配。両腕を拡げ、抱きしめ返してくれる柔らかさと、漂ってくる夕飯の匂い。煮込み料理っぽいな。なんだろう? どんなに滅入っていても腹は減るもんだな。
「わーい、ぎゅー!!」
「パパとママと、ぎゅー!」
 間に挟まれた子供たちがおもしろがって、歓声を上げる。
 俺には不相応な、幸せな場所。
(ああ。そうだ……とにかく、しっかりしないと)
 子供3人も抱えてる彼女に、馬鹿デカイ長男の面倒まで増やす訳にはいかない。
 べつに、まだ何か事件が起きたって訳でもないんだ。
(とりあえず飯食って、考えまとめて、オーブ政府に連絡つけて)
 カガリが多忙だろうことは想像に難くないが、ニュースを聞けば弟の口から話を聞こうとするはずだ。頼み込めば、その場に同席くらいはさせてもらえるだろう。

“優しくて、あったかい世界”

 この子たちが生きる未来が、そうであるように。
 生き恥さらして生き残った以上、やれるだけのことはやらないとな――



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自サイト設定のフラガさんは、軍人引退済の妻子持ちビジネスマンですが、公式的には未だにみーんな揃って軍人やってるんだろうなー。立場の違う人間がいた方が、話は広がりやすいと思うんだけれど。