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 コーディネイターでなければ、あの人は――きっと、ここにはいなかった。
 私も、コーディネイターでなければ、おそらくプラントで暮らしてはいなかった。
 こんな世の中でなければ、ザフトの軍服を纏い、背中を預けて戦う必要もなかった。

 出会うことなく、互いの存在すら知らずにいたら、今頃なにをしていただろう?


      マリア・ロス・クリスマス 〜 Shiho 〜


 なにを悩もうと辿ってきた “過去” はひとつきり。
 未来は無限大なのかもしれない、けれど、結局のところ選べる道はひとつきり。
 彼のように誇り高く生きようと決意し、日々自己鍛錬を欠かしてはいないけれど……それでも、なかなか思うようにはいかないものだ。

「クローン、ねぇ――まあプラント存続の為には、それしかないって気もするけど」
 艦内も、この話題で持ち切りではあったけれど。
「ただのクローンなら、動物実験の成功例も珍しくないんだろうけどさ。クローン細胞の成長を阻害しないレベルまで、伴侶の遺伝子も組み込むって……大丈夫なのかしら?」
「けど、せっかく産めるならそっちの方が良くない? 旦那にしろ自分にしろ、そのまんまコピーした赤ちゃんを “自分たちの子” だって、あんた思える?」
「そうよね、それじゃクローン人間だもん。子供とは違うわよねえ、やっぱり」
 アプリリウスの政府庁舎内は、審議結果に直接振り回される部署が多いからだろう、どこを歩いても、いつになくざわめいていた。
「しかし法案発表してから、地球の連中もうるさいみたいだな」
「またブルーコスモス? 想定の範囲内でしょ。ザフトが警戒してるわよ」
 実際、シホは警備強化に付随する書類を提出しに、ここを訪れているのだった。
「いや、それもあるけどマイノリティな連中がさ、出産を希望するペアならナチュラルでも永住可能かって、問い合わせが」
「マイノリティ?」
「あー、つまりゲイとかレズとか、そういう」
「なーるほど。男同士、女同士でも可能ってことだもんね」
「遺伝子の相性云々以前に、生物学的に子孫を作れないんだから、そりゃ法案が通ってクローンベビーが合法化したら――って考えるか」
「まあラクス様なら、快く受け入れるんだろうな」
「それにしても同姓を好きになるって感覚、私には正直よく分からないけど……」
「まあ、そこは人それぞれなんじゃない?」
「そういえば、あの人。怪しいって噂よ」
「あの人?」
「ほら、いつもラクス様に付き従ってる、眼帯してて赤服の」
「ラクス様を “愛しちゃってる” んだって」
「えー? マジで!」
「噂だけどね」
 それはシホも小耳に挟んだことがあった。
 同じ赤服とはいえ、あの女性は、キラ・ヤマトと同じくラクス個人のSPとでも呼ぶべき立ち位置であり、業務連絡以外の会話を交わしたことはないが。
 そんな短い時間でも、これは噂になるでしょうねと納得してしまうほどの心酔っぷりを目の当たりにしていた。ここしばらくは事件らしい事件も無かったので顔を合わせてはいないが、どうやら相変わらずらしい。
「ま、そりゃそうよね。ラクス様には、れっきとした婚約者がいらっしゃるんだし」
「あー、でも。キラさんって、クライン派から疎まれてるらしいじゃない?」
「え、そうなの? どうして?」
「そりゃあプラントの住人にとって心象が良くないってこともあるだろうけど、このまま彼と一緒にいたら、クラインの血筋は途絶えちゃうわけで」
「絶望的に合わないレベルってこと?」
「そりゃそうでしょ、対の遺伝子がそんな身近にゴロゴロしてたら、二世代目だからって誰も苦労してないんだし」
「十年近くも婚約者のままで、結婚式する気配すら無いし、ご懐妊のニュースも流れないって――つまり、そういうことよね」
「クライン派の支援者は、認めたくないでしょうね」
「あー、だからクローン合法化に踏み切った訳か……」
「あれ? そういや最近、その白服様、見かけなくね?」
「体調不良で寝込んでるって話だけど」
「えー? こんなときに?」
 庁舎の外に出ると、ようやく囁き交わされる噂話も途絶えた。配布用資料が詰まった紙袋を胸に抱き、大きく息を吐く。

(隊長のお母様も、当然、ニュースは観てるわよね――)

 次期国防委員長は彼だろうと内外から噂されるイザーク・ジュールは、未だ結婚していない。
 それどころか恋人の影すら無い理由についても、好き勝手な噂が流れている。
 元評議会議員でもある母親のエザリアが、ジュール家の跡取り誕生を望める、息子にとっての 『 “対の遺伝子” が現れるまでは』 と待ったをかけている、という話から、果ては 『ホモだから』 という不名誉極まりないものまで。
 いつだったか入隊したばかりのルーキーが酒の席で、好奇心もあらわに訊ねたところ 『仕事が忙しいのも事実だが、それ以上に母上がうるさくてな……』 と零していたから、ジュール隊員の認識は前者で統一されているが。
(――誰とでも、子供を作れるようになるのなら)
 きっとエザリア様は今すぐにでも、相応しい家柄の令嬢と隊長を引き合わせて、そうして。
 
(まだ、しばらく先のことだと思っていたけど……)

 ザフトに志願した時点で、結婚して家庭を持つという選択肢は捨てたつもりだったのに、あの人に出会って。
 もうずっと長い間、ひそかに好意を寄せ続けていたけれど。
 想いを告げ玉砕して、今まで必死で築き上げてきた部下としての立場が揺らぐことの方が怖くて嫌だったから、今のままで良いと自分に言い聞かせてきた。
 現時点で “対の遺伝子” が存在しないなら、その子が産まれたとて年頃に育つまで20年近く先の話だ。そこまで待てず、名家の女性を妻に迎え、遠縁から養子をもらうなどするにしても、女ならまだしも男性、しかも地位ある人物とくれば30代半ばまで独身でいるケースも珍しくない。
 隊長が花嫁を迎える頃までには、きっと、この想いも薄れてキレイに諦めて、隊員代表として笑顔で祝辞を述べられる――そう思っていたのに。
 振り返ってみれば10年は、嘘のようにあっという間で。
 今年の春先、除隊して地球へ降りたディアッカの姿が無くなったりもしたけれど。
 それは前々から、根拠不明の惚気話とセットで公言されていた未来だったから、べつだん驚きもしなかった。
 むしろ、これからは私が副官として、今まで以上に隊長の役に立てるよう頑張らなくてはと意気込んでいたところに、このニュース。
 プラントは、どうなるんだろう? これから……。

「どうした、シホ?」
「へっ?」

 鬱々と考え込んでいたところに声をかけられ、驚き振り向いたシホは、
「た、たたた、隊長ッ!?」
 会いたかったような会いたくなかったような、とにかく今一番心臓に悪い人物のどアップに、文字どおり飛び上がった。
「かか、会議はどうなさったんですか?」
「終わったから出て来たんだが――おまえこそ、時間が余るだろうから好きに休憩しておけと言ったのに、何故こんなところに突っ立っている?」
「あ、ええ?」
 混乱したまま腕時計に目をやれば、確かに会議終了予定時刻を過ぎている。いったい私は、どれだけボーッとしていたんだろうか。
「す、すみません! 少し考え事をしていまして……」
「べつに謝ってもらう必要は無いが。なにか問題でもあったか?」
 心配そうに訊かれてしまい、返答に詰まった。
 とっさの弁明も思い浮かばず、当たり障り無い部分だけを正直に口にしてみる。
「ええと、その――隊長は、どう思われますか? クローン法案は可決されるでしょうか?」
「正直、読めんな。ただ……」
 片眉を跳ね上げたイザークは、ちらと周囲を見渡して人影が無いことを確かめ、押さえた声音で応じた。
「遺伝子が “合わない” から低下し続けている出生率だぞ? 科学的に強引に掛け合わせたところで、合わないものは合わないに決まっている――たとえ最初のうちは問題なく生まれて来たように見えても、おそらく遠からず、致命的な欠陥が見つかるだろう」
 以前、地球で接触した医師の言葉を、不意に思い出す。

“コーディネイトの代償に “命を継ぐ力” をすり減らした”

 あのラクス・クラインが出来もしないことを発案するとは思えなかったから、遠からず実現するものと考えてしまっていたが、隊長の言葉とて尤もだ。
 おそらく動物実験くらいは済ませているんだろうが、マウスで成功したから人間に用いて問題が起きない、という保障も無いはず。
「ここ最近は比較的平和だが、ザフトである以上、いつ命を落とす事態になるかも分からんのに――そんなリスクを冒してまで、子を得たいとは思えんな」
 ……そうなんだ。
 安心したような、少し悲しいような。困惑した気持ちを持て余しているシホに、苦笑いに似た表情が向けられて。
「おまえは――興味を、持つか?」
 イザークが問い返す。
 政府の発表からこっち、増えた予定外の仕事に振り回されていた為、この問題に関して私見を述べるのは初めてだった。
「学生時代の友人たち…… “対の遺伝子” がいても、いなくても、皆やっぱり将来を決めかねて悩んでいますから」
 想い、想われても。
 次世代へは続かない繋がりや。
 相性が良いからという理由だけで、好きでもない相手と共に在ることを求められる煩わしさ。
 もしも彼の子を産める身体であったならと、たぶん誰しも一度は夢想してしまう――親から結婚を急かされる年頃になれば、なおさら。
「夢を現実にする方法があるのかと、考えたら……叶えば良いのにと、思ってしまいました」
 イザークは腕組みをしたまま、空を仰いだ。
「祖父母世代は、それに手を伸ばした。結果が今の俺たちだ」

 第二世代が歳を重ねるにつれ、増して行く閉塞感。
 第三世代は滅多に生まれない。
 国家を維持するには程遠い。
 そう遠くない未来、小さな町や村のようになって行き詰まり、クライン政権下筆頭の友好国であるオーブに吸収合併され、プラントは、ただの宇宙拠点として栄光の面影も失っていくんだろうと、割り切るしかなかったはずなのに――ラクス・クラインは、まさかの禁じ手に踏み切ろうとしている。
 “救国の歌姫” ならば、こんな状態のコーディネイター社会をも救えるんだろうか?

「まあ、どうするかを最終的に決めるのは評議会だからな。ザフトの役目は治安を維持し、テロリストの暴挙を阻止することだ。ジュール隊の持ち場はアプリリウスの市街地巡回に決まった。一部隊員は、シャトル発着場の警備増強へ回す……当分忙しくなるぞ」
「は、はい!」
 そうだ、ぼんやり悩んでいる場合じゃない。
 ディアッカが抜けたらジュール隊のフットワークが悪くなった、やはり右腕が女では――などと揶揄されてたまるか! しっかりしないと。
「シフト制でしばらくは、まともな食事も取れんだろうからな。せっかく首都に来たんだ。会議が定刻に終わって、まだ時間に余裕もある……なにか美味いものでも食べて帰るか」
「えっ?」
「ずっとそこで物思いに耽っていたなら、まだ昼食も終えていないんだろう?」
「あ、はい」
 言われてみれば、おなかが空いた。
「ならば、さっさと行くぞ。美味い物を出す店こそ、昼食時は混雑する」
 シホを促し、さっさと歩きだすイザーク。
「…………」
 長い付き合いといえど、隊員たちが傍におらずともディアッカはいることが当たり前だったので、二人で食事するというシチュエーションには免疫が無く、未だに慣れない。
 けれど、単なる上司と部下の食事でも、いつか隊長が奥方を迎えたら――私が女である以上は、遠慮して然るべきだろうから。
(……今だけ、だもの)
 もう返事も聞こえないんじゃないかというくらい距離が開いてから、ついてくる足音がしないことに気づいたんだろう、訝しげに振り返ったイザークと目が合い、
「うわ、はい! ご一緒します!」
 ようやく我に返ったシホは、大急ぎで上司の後を追った。



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10年後のイザシホ。軍人だらけの種キャラに食傷気味の管理人ですが、この二人だけは生涯ザフトでいて欲しいですね。そんでもって恋人期間を経ず一足飛びでプロポーズってイメージです。