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 あの日、フレイやキラを説得して、皆でアークエンジェルから降りていたらどうなっていただろうと……終戦から約十年が経った今でも、ふとした瞬間に考える。
 生き延びるどころか “デュエル” に救命艇を撃たれ、死んでいたかもしれない。
 けど “ストライク” が出撃していなければ、敵機の注意もどこか他へ向いていて、戦場から逃げられたかもしれない――まだ、たった5歳だった、あの小さな女の子も。
 死んでしまった人々の時間は、そこで止まり。
 生き残った俺は仕事に就き、結婚して……産まれた娘は、もうじき5歳になる。


      マリア・ロス・クリスマス 〜 Ssigh 〜


「……キラが、おかしい?」

 出勤した途端、上司から別室に呼ばれ。
 最近提出した書類に何か不備でもあったか? はたまた異動の内示だろうか? それとも先月希望しておいた有給休暇予定日にどこかのお偉いさんとの会議か食事会でもねじ込まれたとか――二人目を妊娠中の妻をガッカリさせたくないし、娘から嘘つき呼ばわりされると辛いものがある。それだったら断固断ろう、などと首をひねりながら向かった先には、
「ああ、どこがって言われると説明しにくくて困るんだけどさ」
 見知った顔の、だけどヒラ職員が一対一で話をすることなんてそうそう無いはずの代表首長がいて、ひらひら片手を振りながら 「あ、おはよう。急に呼び出してごめんなー」 と挨拶して寄こしたのだった。
 彼女の秘書官が 「内密にお話したいことがあるそうです。私は、隣の部屋に控えておりますので」 と会釈しつつ、隣室へ姿を消し。

「姉弟って言ってもさ。一緒に過ごした時間、ほとんど無いんだよな。私たちって」

 向かい合わせにソファに腰掛けたカガリは、ふっと目線を窓の外へ向けた。
 カラリと晴れた冬の空。キラは、その遥か向こう――プラントのアプリリウスで、ラクスの護衛として暮らしているはずなのだが。
「クローン合法化に関するニュースは、見てるよな?」
「もちろん。他国の話とはいえ、導入されれば影響を受ける業界は多岐にわたるだろうからね」
「うん……」
 憂鬱そうな面持ちで、うつむいた彼女はティーカップを持ち上げ、こくりこくりとそれを飲んだ。
 ウズミ代表が亡くなり、すったもんだの末に改めて後を継いだ、その後は――側近に恵まれたこともあり、大小様々な事件を乗り越えて、一時期は危うかったアスハの地位を磐石のものに立て直しつつある。
 短かった金髪はすっかり伸びて今もキレイに結い上げられ、お茶を飲む仕草とて優雅なものだ。喋り方も、自分のような昔を知る者の前では相変わらず、とはいえ公の場に出れば見事な切り替えを見せる。
(人間って、変われば変わるものだよなぁ……)
 まあ自分も彼女も、すでに20代後半。なにひとつ変わっていない方が問題か。
「確かにキラが、クローンの合法化なんて話に賛成するとは思わなかったけど――何年もプラントで暮らせば、考えも変わって来るんじゃないか? コーディネイター社会を維持したければ、もうそれしか無いって感じらしいし、ラクスとは、その――遺伝子が合わないって判ってるんなら、なおさら」
「覚悟の上で踏み切ったって言うなら、見守るしかないとは思ってる。けど……」
 首長服の膝の上で握り締めた両手を、ほどいたり組んだり、しばらく言い淀んでいたカガリは、
「私さ、知らなかったんだ。あんな発表があること」
 やがて顔を上げるなり、一気に話し出した。
「いくら親しく交流してたって、別々の国だし。なんでもかんでも事前に打ち明けられる訳じゃないだろうから、それは仕方ないと思ってるよ。けど――驚いたぞって。単純なクローニングならまだしも、伴侶の遺伝子も組み込むなんて医学的に大丈夫なのかって、連絡取れたラクスに訊いたらさ」
 溜まっていた鬱憤をまとめて吐き出すような勢いだった。いや実際に、ここ数日ずっと悩んでいたんだろうけれど。
「それは大丈夫だって笑顔で頷かれて。だったらもう私が口を挟める問題じゃない、よな……だって私は、ナチュラルで。結婚とか出産とか全然、焦ってないし」
 婚約者だったユウナ・ロマ・セイランが戦時中に急遽してから今日まで、諸国から持ち込まれる縁談も蹴っ飛ばして、アスハ代表は独身を貫いている。
 アスラン・ザラとはどうなっているんだと思わなくもないが、外野もいい加減うるさかろうに、敢えて独り身でいることこそが答えなんだろう。待っているのか、待たせているのかは分からないが。
 付き合い始めて三年目の記念日だから、なんて個人的理由でプロポーズに踏み切れる、自分のような一般人と違って――背負うものが多い彼女たちは、身を固める前に片付けなければならない問題が山ほどあるんだろうし。
「ラクスの気持ち、分かってあげられない。キラのことも……知ってるつもりだったけど、話してくれたことが全部本音だなんて、そんな訳ないんだよな」
 コロニーメンデルでの出来事。敵軍の司令官だったラウ・ル・クルーゼと、ムウ・ラ・フラガの俄かには信じ難いような関係も。
 それはアークエンジェルの主だったクルーであれば、誰もが聞き及んでいた。
 だからニュースを見たとき、キラは反対しなかったのかと驚き、疑念を抱いたことも事実だが。
「それでも直接、本人の口から聞きたかったから。キラと連絡がつかないんだけど、なにかの任務中かって訊いたら――体調崩して、寝込んでるって言われて」
「寝込んでる? ……こんなときに?」
 思わぬ情報に面食らう。
 ラクスの護衛は、なにもキラだけではないと聞いている。多忙なのも疲労が溜まっているのも、むしろ彼女の方だろうに。
 発表されたのがセキュリティシステムなり何なり、工科系統の法案であれば、その下準備に追われた挙句に寝不足でダウンしたんだろうと納得も出来たろうが――クローン技術は医学分野。なんだってキラが倒れるんだ?
「まだ安静にしてなきゃいけない状態だけど、TV電話を使える個室に入院してるから、話くらいなら出来るって聞いたから。そこの番号教えてもらって、見舞いがてら話したんだよ」
 ニュース映像のラクス、彼女の周囲にキラの姿が見当たらないとは思っていたが、道理で。
「そしたら、なにか……変なんだ」
「さっきも、そんなこと言ってたよね。具体的に、どういうこと?」
「それを説明できれば苦労しないんだって!」
 カガリは、じれったげに自分の膝をばんばんと叩いた。
「話が弾まないっていうか、暖簾に腕押しっていうか――とにかく番号教えるから、サイも少し話してみてくれないか?」
 有無を言わせぬ勢いで、電話番号が記されたメモ用紙を押し付けてくる。
「アスランも最初、なに言ってるんだみたいな顔してたけど、実際にキラと話したら、確かに変だって……昔、ザラ派の残党が起こした事件のこと、思い出したって」
「事件? ザラ派の残党――」
「覚えてるかな? ほら、ルイーズ・ライトナーの息子さんが絡んでいた」
「ああ、あったね。死んだはずのザラ議長が生きてたって、大騒ぎになった……」
 結局あのパトリック・ザラは、コンピューターが生み出した完全なグラフィックに過ぎなかったのだが。
「つまり、君たちは――画面の向こうのキラが偽者じゃないかって、疑ってるってこと?」
「もちろん考え過ぎなら、それで良いんだ。だってキラは、あいつらしい受け応えしてて、私やアスランの思い出話だって通じるし、たぶん客観的には怪しいところなんて何も無い。だけど、やっぱり……」
 カガリ自身も、自分が要領を得ない話をしているとは分かっているんだろう。歯痒げに首を振りつつ訴える。
「どこか変だと、そう思う」
 おそらく理屈抜きの、直感的なことなんだろう。

「あー、キラ?」
「…………サイ?」
 画面の向こうで、きょとんと目を丸くしたキラは、次いで穏やかに笑った。
「久しぶり、元気だった?」
「ああ。そっちは倒れて、入院してるって言うじゃないか。大丈夫か?」
 確かに背景は病院の個室らしかった。白いベッドシーツ、点滴のスタンド、手元には読みかけらしい雑誌。
「今日、カガリから話を聞いてさ。ラクスたちは忙しくて顔を出せないだろうし、一人で退屈してるはずだから、見舞いの電話でもかけてやってくれって言われて」
「そうなんだ、ありがとう」
 礼を述べ、苦笑しつつポリポリと頭を掻く。
「けど、喋るのがしんどいほどじゃないけど、おとなしく寝てろって言われてるんだけどなあ――」
「病気とかじゃなくて、ただの過労か? いつ頃、退院できそうなんだ?」
「うん。一週間も安静にしてれば充分だって。ただ知ってるとは思うけど、プラント政府やザフトの皆も、病み上がりに気を使っていられるような状況じゃないから。いっそのことクローン合法化案が採択されて落ち着くまで休んでろってさ」
「ラクスが、導入に踏み切ろうとしてるってことは……おまえも賛成したんだな」
「うん。そりゃ、迷ったけどね。あの人とは違う、ラクスと一緒なら大丈夫だって――そう、信じてる」
「……そうか」
 なんだ、べつにどこも変わってないじゃないか?
 会話していて特に違和感も無い。クローン云々に関しては、プラントで暮らすコーディネイターとオーブ在住者の、価値観や危機感の相違だろう。
「一緒といえば、ミリィさ。今頃フェブラリウスにある、ディアッカの実家に招待されてるはずだよ。そろそろ年貢の納め時かもね」
「へー、そうなんだ! 春先にディアッカが、ザフトを辞めてミリィのとこ押しかけて、助手のポジションに納まったとは聞いたけど」
「仕事でプラントへ行くのに宿泊先の手配任せてたら、ビジホじゃなくて実家に連れてかれたって、泣き言メールが――おまえんとこには来てない?」
 やや疎遠気味な自分と違って、ミリアリアとキラは今も昔と変わらず、連絡を取り合っているようだったがと引っ掛かりを覚えるも、
「あ、あー……見れてないや。ケータイ持ってると、どうしても職場関係からの電話も来ちゃうから気が休まらないだろうって、病室への持ち込み禁止されてて」
 続いた説明に納得する。確かに休日くらい、呼び出し音は聞きたくないものだ。
「あー、そっか。おまえが入院中でなけりゃ休みの日に、久々に会えたろうに――残念だったな」
「まあ、仕方ないよ。それにせっかく二人でいるとこジャマしちゃ、ディアッカに睨まれそうだしね」
「それもそうだな」
 知人の話題に楽しそうに声を弾ませて。話が噛み合わないなんてことは無い、むしろ疎遠気味だったワリには盛り上がれている方だろう。きっとカガリたちの思い過ごしだ。
(ラクスの偽者が現れたり、ザラ議長の事件もあったし、警戒心が強くなるのは無理もないんだろうけど……)
 ミリアリアや他の誰かが一緒ならそうでもないが、二人でいるとどうしても、フレイのことを思い出してしまう。キラは余計に、そうだったろう。だからどうしても戦前のようには付き合えず、自然と疎遠になったけれど。
 こうして雑談できると、やはり嬉しいものだ。
「サイは、ええっと……奥さんや娘さんは、元気?」
「ああ、おかげさまでね」
 疎遠気味とはいえ結婚式には電報をもらったし、娘が生まれたときには出産祝いを贈ってくれた。近いうち同じように返せるようになるなら、それは単純に幸せなことなのかもしれない――人間が、ごちゃごちゃと難しく考え過ぎているだけで。
「おまえがベビー服とセットでくれた、クマのぬいぐるみあったろ? あれ今でもお気に入りで、ベッドサイドに飾ってるよ。床屋さんごっこがブームだったときに被害を食らって、後頭部が10円ハゲ状態になっちまってるけど」
「あはは。まあ、気に入って遊んでくれてるなら、それで充分だよ」
「そういえば、先週の日曜に親子で出掛けた先で、ブローニー先輩に会ったよ。相変わらずだった。あの性格はもう一生治らないんだろうな」
 すっかりくつろいだ気分で話題を次へ移すと、そこでキラの表情が固まった。
 たっぷり十数秒そのまま瞬きだけ繰り返し、
「ブロー……ニー……? ええと、ああ。カトウゼミの、隣の教室……僕より二学年上だった」
 ようやく口を開いたものの、やはり反応は鈍い。
「サイ、親しいんだっけ?」
「いや、知り合い程度だけどな。おまえは、あんまり覚えてない?」
 面食らいつつ訊ね返す。てっきり 「うわーあんまり思い出したくない!」 と叫ばれるか、うげっとした表情をされるとか、とにかく昔を懐かしめるかと思ったのに――そもそも、記憶に無い?
「うん。話したことないし……無かったっけ? ゼミの教室は近かったから、顔を見れば少しは、思い出すかもしれないけど」
「そっか。あー、カトウ教授と言えばさ――」
 内心の動揺をなるべく表に出さないよう、話を逸らして。ひとしきり雑談した後、通話を終える。
 ようやくカガリが訴えたかったことが少し、分かった気がした。

 ……確かに、妙だ。



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サイ兄さん。無事に法学部を卒業して、ただいまオーブ政府の中間管理職。あっさり結婚済。アスハ代表にアスランを頼まれて (?)、恋は正々堂々早い者勝ち!をモットーにしばらく頑張ってみたものの、アスランの鈍さに見切りをつけたメイリンちゃんがアーガイル家の嫁になっていたら管理人的には美味しい。