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 一度は戦死したと思われた息子が生還して、すっかり大人になり、三十路目前にカメラマン助手に転職――その数ヵ月後ひょっこりと、仕事のパートナーだという女性を実家に連れて来て――眼前で、夫婦漫才めいた会話を繰り広げている光景は、素晴らしく平和だ。
(プラントでの仕事が終わるまでと言わず、ずっとここに住んでくれて構わないんだがなあ。部屋も余っているし……)
 などと思いつつ久しぶりに賑やかな時間を満喫していたら、プラント政府が、まさかの重大発表。ジャーナリストである来客と、その助手たる愚息は、すっかり仕事モードに切り替わってしまった。


      マリア・ロス・クリスマス 〜 Tad 〜


 基本的に態度の悪い我が子が、彼女には頭が上がらない様子でいるのも愉快だし。
 息子相手には強気な言動を取っているミリアリア嬢も、私に対しては恐縮した面持ちで、からかいの言葉をかければイチイチ慌てたり真っ赤になって否定したりと、リアクションが非常に可愛らしい。なかなかに顔立ちも愛らしい。世界各地を飛び回っているだけあって話題も豊富と、もてなす側としても嬉しい限りの娘さんだ。
 自分が (どうやら事前同意も得ず) 連れて来たくせに、父親が彼女にちょっかいをかけると不満げな表情を隠しもしないディアッカも、おもしろくて笑える。
 ガラにもなく、息子が結婚して孫も産まれる未来――なんてモノを想像して。あいつのヒネた性格が顔を出さず、このまま素直に想い人の尻に敷かれておけば、可能性は充分にあるなと判断。
 さて、どう援護射撃をしたものかと鼻歌混じりに考えていたら、緊急ニュース速報がクローニング合法化案などと騒ぎ始めたのだから堪らない。
 
 ラクス・クラインは砂糖菓子のような外見に反して、内面は、むしろシーゲルよりも政治家向きだという印象を持っていたのだが……いくらコーディネイター社会が行き詰っているとはいえ、これは無謀すぎる。本気か? 側近連中は反対しなかったのか?

 疑念を抱けど、評議会議員を退いた身では確かめようもない。十年前には残留していたライトナーたちもとっくに野に下り、現プラント政府中枢に、正しく現状を把握していそうな知人は皆無だ。
 むしろイザーク・ジュールと共に長年ザフトに属し最前線で戦っていた息子や、報道関係者であるミリアリア嬢の伝手の方が事実確認に使えそうだった。
 二人の元へは、当然のように雇用主から追加取材の指示が届いたらしく、日々忙しなく朝からどこかへ出掛けて行ってしまっていたのだが、

「はぁ? それが、そんなに変なワケ……?」
「そりゃ、実物を知らないあんたには分かんないだろうけど、絶対におかしいわよ! いくら昔の話とはいえ、あの強烈なポーラ・ブローニーを忘れてるだなんて――」
 今日は、さすがに一休みということか、必要な機材か何かを取りに戻ったところなのか、客室から話し声が聞こえてきた。
 小窓からチラリと覗けば、ラウンドテーブルに向かい合わせで座り、コーヒーでも飲んでいるようだ。立ち聞きは野暮かと思ったが、べつに口説いている最中でも何でもなさそうであることと、
「キラね、夏休みの前くらいだったかな……? 彼女から告白されたの」
 話に上がった名前に、立ち去りかけた足が止まる。
 プラントの住人にとっては、イコール、ラクス・クラインの婚約者として浮かぶ響きだった。

 なんでも、そのポーラ・ブローニーとやらは入学当時、キャンパスの華だったらしい。
 しかし恐ろしく高飛車で、コーディネイター嫌いを公言しており、気に入らない女子生徒がいると取り巻きに命じて嫌がらせをするような、あまり関わりたくない類の人物だったとか。
「フレイが入学した年には卒業済で良かったって、サイが、しみじみ言ってたわよ。同時期にいたら絶対、あの人から目の敵にされちゃってたと思うわ」
「んで? そのセンパイが、何番目かのカレシと別れた後、あいつに目をつけたと――」
「そ。キラって、あの頃は、そんなに目立つタイプじゃなかったんだけど…… 今思えば勉強にしてもスポーツにしても、コーディネイターだってこと気づかれずに過ごす為に、本気を出してなかったのね」
 浅葱の瞳に懐かしげな色を浮かべつつ、彼女は続けた。
「それでも成績は優秀だし、PCトラブルが発生したら先生よりもキラを呼ぼ〜って感じに頼られてて、顔も女の子みたいにカワイイから。ゼミの教室が隣だったのが運の尽きよね――」
 しかし、いくら金持ちの美女であろうとも、性格にも難がありすぎる。
「キラは当然、断ったんだけど、ポーラ・ブローニーは相手の気持ちなんかおかまいなしって感じで……もう、すっかり恋人気分で、あちこちで待ち伏せして、映画だランチだ、課題を手伝って、買い物に付き合って、家に遊びにいらっしゃいって……さすがに友達といたら遠慮するんじゃって考えて、私たちが一緒に歩いてても、取り巻きの人たちからジャマだって押しのけられるし。防波堤の意味無し。かなり怖かったわよ〜」
「どーいう断り方したんだよ? フラれた自覚ないんじゃん、そいつ」
「現場を見てた訳じゃないけど、普通にお断りしたと思うわよ。けど、遠慮しちゃって、照れちゃって〜みたいな解釈するらしくて、こっちの意図が通じない思考回路っていうか?」
 歴代の “カレシ” 殿は、押し切られる形で付き合った男が半数、残りはブローニー家の財産に魅力を感じたり、はたまた本人の美貌に惹かれたりと、まあ色々だったらしいが。
 惚れっぽい反面すぐに飽きてしまう御令嬢で、毎回長くて半年の付き合いに終わっていたんだとか。
「クラスメイトの中にはおもしろがって、とりあえず一回付き合っちゃえば満足してくれるんじゃ〜? なんて言う子もいたけど、傍から見てるだけでも疲れる先輩だったし。彼女とケンカ別れした人の中には、取り巻きから酷い評判を広められて耐え切れなくて、登校拒否状態になっちゃった生徒もいるって噂だったし。放っとくだけじゃ収まりそうになくて――ゼミの先輩だった、サイに相談することにしたの」
「なんで、そこでサイが出て来たワケ? 担任とかじゃなくて?」
 問いかける息子の口調は、少々おもしろくなさそうな響きである。
「だって私たち、まだ入学して半年も経ってなかったのよ? ポーラ・ブローニーの横暴も、親がカレッジに多額の寄付をしてるって理由で、長い間、黙認されて来たみたいだったし……そりゃ迷惑だけど、嫌がらせされてるっていうには微妙な状況だもの。先生が頼りになるとは思えなくて。サイとは私たち、まだそんなに親しくなくって、温和な先輩の一人って感じだったけど。顔が広くて、よく揉め事の仲裁で頼られてることは知ってたから」
「んで、それ最終的にどーなったの?」
「まず、キラは気が弱いから、美人といると緊張して疲れてしまうタイプだって、彼女の自尊心を満たすような噂を流して。それから、ブローニー先輩がカトウゼミまで乗り込んできて騒ぐので勉強に集中できませんって、主任級の先生に訴えに行ってくれたわ。彼女、いくら親が権力者でも、そろそろ生活態度を改めないと卒業出来ないかもしれないって成績だったらしくて――」
 なんの話題かと思えば、どうやら共通の知人に関する、学生時代の思い出話らしい。
「最終的に親御さんに、単位が足りるかどうかの瀬戸際ですって話が行ったとか。彼女を溺愛してる両親も、さすがに呆れて。特別に補習授業を組まれて、朝から晩まで家庭教師に見張られる生活になっちゃったみたいよ。キラに構ってる余裕も無いって感じになって、そのまま」
「あー。なんで、おまえらの中に一人だけ、年上のサイが混じってんのかと思ったことはあったけど、そこら辺が理由?」
「うん。あの事件をキッカケに仲良くなったんだ……それでね」
 ミリアリア嬢の声のトーンが、微かに落ちる。
「もう大丈夫そうだね、良かった〜、ありがとうございましたって。ジュースとお菓子でだけど、お疲れ様カンパーイ、なんてやってた時に、キラが打ち明けてくれたのよ。自分は “コーディネイター” だって」
「……ふーん」
「そういうことがあったから。覚えてないって話も、先輩の名前は忘れちゃったって言うなら分かるわよ? だけどゼミの隣の教室にいた、二学年上の人だなんて、どうでもいい記憶はあるのに、話したこと無いって――散々げんなりする目に遭った当事者だったのに、おかしいでしょ!」
「まあ、そんだけ強烈な女に迫られた記憶が頭から吹っ飛ぶかって言われたら、忘れたくても忘れられそうにねーけど……じゃ、具体的にキラが、どうしたって言うんだ?」
「分からないわよ。だけど、こんなタイミングで倒れて入院中って話自体、ちょっと変だし。キラがホントに静養してるだけなのか調べるのも、クローニング法案の取材とかけ離れたことじゃないでしょ? ラクスの婚約者なんだから」
 どうやら話題の “キラ” は、例の有名人と同一であるようだ。
 なぜ二人が今そんな昔話を真剣にしていたのか、キラ・ヤマトが過労で倒れたという噂と、どう関係があるのかは不明だが。
「まーねー。しかしイザークのヤツに連絡とってもクソ真面目に守秘義務とか言いそうだしなあ――どこから、どーすっかなあ」
 息子と彼女は、とてつもなく忙しそうだ。このままでは引退済の親父は、サッパリかまってもらえそうにない……暇つぶしに少し、調べ物でもしてみるか。
 政府の内情調査は現役の彼らに任せて、まだ顔がきく病院方面にでも探りを入れてみるとしよう。



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ディアッカ父。なんとなく、息子の恋路には踏み込まないタイプだと思う。本命がいるな〜と感づいていても、どこの誰だと訊いたり結婚を急かしたりとかの詮索はしなさそう。けど、実家に連れて来るレベルとなったら喜んでメアドとか交換してそう。良い義理の父になってくれそうです。
あと、キラがカトウゼミの仲間に、コーディネイターだってことを打ち明けた経緯。なにかあったのかな〜と思ったら、こんなプチ事件が思い浮かんだり。