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「うわっ、やっぱり寒いなぁ! ここ……」

 電車を降りた途端、吹き付ける木枯らしに反射的に首を竦め、マフラーをきつめに巻きなおす。
 半年ぶりに立ち寄ったベルリンの街は、クリスマスシーズンを控え賑やかにざわめいていた。
 かつて “デストロイ” を擁する地球連合軍によって無差別攻撃を受け、瓦礫の山と化した名残は、少なくともメインストリートからは見当たらない。


      Life goes on 〜 Fllaga 〜


「失礼します、フラガさん。お客様ですよ」
「ああ、もうそんな時間か」
 スタッフに案内された事務室の一角で、書類の束と睨み合っていたムウ・ラ・フラガは、表情を和らげ片手を挙げた。
「久しぶり、お嬢ちゃん」
「もー、ムウさんてば。さすがに “お嬢ちゃん” って呼んでもらえる歳じゃないですよ、私も」
 ミリアリアは、笑って肩を竦める。そういう自分も 『少佐』 と呼ぶ癖がなかなか抜けず、戦後しばらくは、よく突っ込まれたものだけれど。
「そう? いくつになるんだっけ?」
「25歳。来年の二月には26歳ですよ」
 四捨五入したら30歳か、とは、まだあまり考えたくない。
「そうかー。俺も歳取るはずだよなー。まだまだオニイサンのつもりだったんだけどなー」
「なに言ってるんですか、あしながおじさん」
「……それ、誰から?」
「半年前、取材に寄ったとき。みんな楽しそうに教えてくれましたよ」
 前回訪れたとき、クライアントとの昼食会に同席しているとかで、彼は社長たち共々不在だった。
 それでも、ここの院長とはすっかり顔見知りであるから、患者の容態や運営状況などを説明してもらいつつ雑談していると、
『あしながおじさん、今日は一緒じゃないの?』
 なんて妙なことを言い出す子供たち。聞けばフラガは最近、そんなあだ名で呼ばれているらしい――とある本が流行ったんだろうことは、想像に難くない。
 うわちゃー、と嘆いたフラガは 「まあ、フランケンよりマシだけどな」 と苦笑いしつつ立ち上がった。

「だいぶ、減りましたよね……子供たち」

 フラガに先導され、館内を歩きだす。
 ここはベルリン市街からレンタカーを飛ばして30分ほど走った郊外にある、エクステンデッド保護施設。世界各地に点在する内のひとつだ。
 戦後しばらくは保護された子供たちで溢れ返り、いつ訪れても凄まじい騒ぎだったが――今では20人そこそこ、背丈は大人と変わらず突飛な言動も無くなり、なにも知らなければ普通の学生寮に見えるだろう。
「ああ。ケンカの仲裁も、夜中に叩き起こされることも滅多に無い……俺も今じゃ、本社でデスクワークしてる日の方が多いな」
 当時はフラガも、マリューと二人ここに住み込み、発作を起こして暴れる子を抑えたり宥めたり、常に身体のどこかに生傷が出来ている状態だったが。
 まだ幼かった “保護対象” たちも、薬物中毒の治療を無事に終えた子から次々と、里親に引き取られたり、理解ある協力企業に就職が決まり、この施設を巣立っていた。
「ムウさんが来てから事業拡大する一方で、大忙しって話ですもんね。ヴィラッド社」

 戦いの最中に、ムウ・ラ・フラガとしての記憶を取り戻した彼は、終戦後――フラガ家の遺産を元手に “ゆりかご基金” を立ち上げ、ラボから解放された子供たちの為に使おうとしたのだが。いくら名家の財や、ご両親が懇意にしていたという弁護士のフォローがあっても、やはり一筋縄ではいかなかった。
 基金設立に向け賛同者を募っても、まっとうな団体であるほど “戦犯ネオ・ロアノーク” と好き好んで関わろうとはしない、たとえ彼に同情的な人物がいたとしても周囲がストップをかける。
 さらに子供たちの治療費を稼ごうと就職や起業を目指しても、提携や協力を申し出てくるのは、潤沢な資金を騙し取ろうと企む胡散臭いグループばかり。
 後に冗談めかして 『正直、人間不信になりかけたぜ』 と語ってくれたが、おそらく笑い事ではなかったんだろうと思う。
 そんな折、手を差し伸べたのがベルリンを拠点とするヴィラッド社だった。
 元々、慈善活動に力を入れていた会社だが、さらに専門の部署を立ち上げ、施設スタッフの一員としてフラガを迎えると。
『周辺住民からは嫌われて後ろ指されるでしょうし、死ぬまで平社員として扱き使いますけど……それでも宜しければ、お越しください』
 渡りに舟とばかりに弁護士同席の元、話はまとまり。
 オーブで暮らせば良いのにと勧めるカガリの誘いを丁重に断って、彼らは、あえてベルリンに移住した。
 かつて軍を率い踏み躙った土地の人々にも、出来る限りの誠意を尽くそうと。
 道を歩けば誹謗中傷、浴びせられる糾弾、冷ややかな視線、嫌がらせは日常茶飯事。そんな殺伐とした日々も、月日の流れと積み重ねとで――次第に穏やかに変わり。
 従来のソフトウェア開発に留まらず、エクステンデッドの治療過程で一般人の難病にも応用できる新薬が開発されたりと、ヴィラッド社は今も順調に業績を伸ばし続けている。

「ま、社長たちには世話になったし? 少しは貢献しないとな――俺と違って、べつになんの責任がある訳でもないのに、兄弟そろって保護活動に会社の黒字分ほとんど注ぎ込んでんだから。頭が下がるぜ」
「ふふ、そうですね」
 相槌を打ちつつ、ミリアリアは眼を伏せる。

 以前、社長秘書のカーリィと食事に行って、ちょっとお酒も飲んで。
 その際、彼女がこぼしていたこと。
 ヴィラッド兄弟も戦災孤児。
 戦時中、ティーラデルの地下ドックに寄港した際――おじいさんから聞いた “歪み” の顛末は、彼らと、ミリアリアが師と仰ぐカメラマンのこと。
 理不尽な世界への怒り、自分たちだけ生き延びた罪悪感を、似たような境遇の子供たちを助けることで、昇華しようとしているんじゃないか、と。

「しかし正直、助かるよ。運営が順調になって平和なのは良いんだが、そのぶんマスコミに取り上げられることも滅多に無くなったからな……あの子たちにとっては、その方が静かで良いに決まってるんだが、寄付金や協力企業の増加を期待できなくなると、社の利潤だけじゃ少し厳しい」
 今は数学の授業時間らしく、教室の中、子供たちは教科書と睨めっこしている。
 そんな彼らを眺めやり、フラガは短い金髪をわしゃわしゃと掻いた。
「まあ、まだ残ってる子たちも、あと四、五年もすりゃ独り立ちの歳だ――それくらいまでは、なんとかなるだろうけど」
「このまま、あの子たちが巣立ったら、基金は解散するんですか?」
「いや。自然災害なんかで親を失った子たちを保護するために、存続する。それまでに次の代表を決めとけって言われて、リストから検討中だ」
 “ゆりかご基金” の発案・メイン出資者はフラガだが、代表の座には就かず、エクステンデッドの治療指導を担う医療チームのリーダーに委ねていた。
 保護対象が変われば、もちろん医者の出る幕は無くなるから、現代表が降りるというのは分かるが、だったら。
(ムウさんが、やればいいのに……)
 釈然としない気分を押し隠しつつ 「そうですか」 と頷いて返す。
 戦犯の名が全面に出ては保護活動に支障を来すから、という理屈を抜きにしても、フラガは頑なに、裏方に留まり動こうとしない。

『私たちのことは信じてくれても、肝心な……自分自身を、まだ信じられないんでしょうね』

 以前、マリューがぽつりと漏らしていたこと。
 傲慢、横暴、疑り深い――そんな父親が、自らのクローンを生み出し。
 そうした身勝手で造られ棄てられたクローンが、人間を滅ぼそうとして。
 フラガもまた自分の意志と無関係に、人格を塗り替えられ、非人道的な行為に手を染めていた。
 たぶんきっと “親父のようにはなるまい” と思って生きて来たんだろうに……そんなふうになってしまったら。不可抗力だった、なんて言い訳は、誰より自分が認められない。
 だから権力や、地位、財産といった――人間を狂わせがちなものは、出来る限り自分から遠ざけておきたいんだろうと。

「今回は、いつまで滞在? とんぼ返りってことはないだろ?」
「五日ほど。明後日、また別件の取材予定があるから、今夜は市街のビジネスホテルに泊まって、明日、マリューさんと赤ちゃんに会いに行こうと思ってます」
「そうか――チビが3人もいると、なかなか外出もしにくくて家にこもりがちだから、喜ぶだろ。ありがとうな」
 メールで 『母子ともに健康です』 と報告を受けてすぐ、出産祝いとカードだけ先に贈らせてもらっていたが、前回ベルリンに立ち寄ったときはまだ生後二ヶ月足らず。
 出産経験も無ければ兄弟もいない自分では、手伝おうにもオタオタしてしまって邪魔になるだけだろうと、立ち寄らずにいたから、赤ちゃんたちに会うのは初めてだ。
「俺が遊びに連れ出してやれれば良いんだろうが、なかなか定時退社って訳にもいかなくてさ。マイホームパパなんて、夢のまた夢だぜ」
 そんなふうにボヤいて、彼は笑ったけれど。
 笑い方には、やっぱりどこか翳りがあった。

 いつか、傷は癒えるだろうか? それとも死ぬまで消えないんだろうか?
 分からない、けど――せめて “家族” が待つ部屋に帰ったときくらいは、心から笑えているんだったら良いな、と思う。



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DESTINYから7〜8年後くらいのイメージで。映画化の話が無くなった(?)ようなので戦後は想像するしかないですが、個人的には退役後、オーブからは出て、ファントムペインによる被災地と向き合い、エクステンデッドの子たちを “優しくて暖かい世界に返す” 為に働いていてほしいです。