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★ きみへ続く道 (1) ★


 幻海ばーさんの墓参りに行った帰り道、黄色い花畑が広がってたんで――嬉しそうな笑顔が見られるかと思って、向かい合わせに座ってる雪菜さんをチラ見したら、電車に揺られてる彼女の横顔は凍りついたように強張っていた。
(な、なんか変なものでも見えたか……?)
 慌てて周りを確かめるけど、休日午後の気だるい空気と、ウチの姉ちゃんと同じく転寝してる客の姿がチラホラ、あとは平和な田舎の景色が見えるだけ。
 窓の外へ向けていた視線を俯けた、彼女の顔色は、どんどん青褪めていって。
 具合が悪そうって感じでもねーし、心優しい彼女のことだから、ばーさんがいなくなっちまったことを悲しんでるんだろうと結論付けてみたものの――家に帰ってからも、ずっと沈んだ表情で。
 理由を訊こうかどうしようかと迷っている間に夜になり、朝が来ちまって。

「あの、和真さん」

 モヤモヤした気分で永吉たちに朝飯をやっていたオレんところに来て、話しかけてきた彼女の表情は、やっぱり暗いまま。
 いつもなら必ず最初に 「おはようございます」 って微笑んで、猫全員にも声かけて撫でてやってくれる礼儀正しい人なのに、そんな余裕も失くしている感じだった。
「おはようございます。どうしました? 雪菜さん」
「人間も亡くなったら、お墓を作ってお弔いするのが普通……なんですよね?」
「はい。だいたいは、どっかの墓地に――それが、なにか?」
「そ、その。行方不明になったまま、ずっとずっと帰って来なかったら……ご家族の方は、どうなさるんでしょうか?」
 なんだって急にそんなことを訊くのか戸惑ったけど、とりあえずは質問に答える。
「まあ、普通は警察に捜索願い出して、自分たちでも張り紙なんかで目撃情報とか集めて――生きてるって信じて、待ち続けるんじゃないですかね」
「………」
 胸元に手を当て、唇を噛み締めた彼女の様子に、これはばーさんが死んじまって云々とか、人間社会に対する単純な疑問じゃないなと、ようやく確信する。
「本当に、どうしたんスか? 雪菜さん。なにか気になることがあるんなら教えてください。オレで役に立てるなら、なんでも――」
 今日は日曜だから忙しくないし、とか何とかあること無いこと理由を付けて促すと、ようやく彼女は、消え入りそうな声で教えてくれた。

「……探したい人が、いるんです」


 雪菜さんが朝飯の後片付けをしてくれている間に、とりあえず姉ちゃんに相談してみる。
「え? 垂金の屋敷にいた頃の?」
「そーなんだよ。捕まってた雪菜さんの世話役で、唯一親切にしてくれてたっつー男」
 拳銃で蜂の巣にされちまった遺体を、あの野郎がマトモに弔ったり親族に返したとは思えない。
「それって雪菜ちゃんを懐柔する為の、演技とかじゃなくて?」
「垂金の留守中に雪菜さんを逃がそうとして、撃ち殺されちまったんだぜ。嘘や酔狂で、そこまで出来る人間いねーだろ」
「なるほどねぇ――」
 オレも直接には知らないが、雪菜さんの意識を少し感じ取れた時に “見た” ことがある。裏のある優しさとは思えなかった。
「雪菜ちゃんが、そいつについて知ってることは “つわぶき”って名前と、故郷に妹がいるって話だけ?」
「ああ。それは苗字か名前かって訊いたら、分からないってよ……妖怪に苗字って概念は無いらしいから、今まで気にしてなかったのもしょーがねーんだろうけど」
「まあ苗字だろ。どのみち珍しいから、警察に捜索願が出されてりゃ遺族の居場所は一発じゃないか? 教えてもらえるかどうかは別として」
「? なんで苗字って断言できんだ?」
「相変わらずバカだねぇ。花の名前だからだよ」
 ソファに座って煙草を燻らせながら、姉ちゃんはベシッとオレの頭をはたいた。
「漢字で書くなら “石蕗” ――初冬に咲く黄色い花さ。男に花の名前なんて、普通は付けないだろ」
 ……少し合点が行った。
 死んじまった人間が眠る場所と、黄色い花畑をを引き金に、昔のことを思い出したんだな。
「けど、雪菜ちゃんの希望は、遺体を親族に返してあげたいってことなんだよね?」
「ああ。垂金の別荘に乗り込んだとき、それらしい幽霊には出くわさなかったから成仏しちまってるんだろうし、いつだったか別荘はもう取り壊されて更地になっちまってるって、ぼたんが言ってたし。そいつの骨なんて、どーやって見つけてやりゃいいもんだか――」
 リビングテーブルに突っ伏しボヤいていると、ふっと名案が浮かぶ。
「あ、そーだそーだ! ぼたんに訊きゃいーじゃねーか! 霊界が、人間の魂を管理してんなら、その石蕗って野郎は向こうに行ってんだろうし。案内したヤツか誰かが話を聞いてりゃ、遺体がどこに埋められちまったかの手掛かりも……」
 霊界探偵助手じゃなくなっても、妖怪専門の何でも屋をやってる浦飯の屋台には、情報交換の為に、ちょこちょこ顔を出してるって話だ。
「早速行って来らあ!」
 財布とケータイをジーパンのポケットに突っ込んで、エプロン姿でキッチンに立っている雪菜さんに声をかける。
 ああ、今日も可愛い――浮かない顔をしていても可愛いけど、やっぱり笑ってくれてるのが一番だ。
 普段は滅多にアレが欲しいとかコレが良いとか主張しない、控え目な彼女の、ささやかなお願いなんだぞ! 叶えてあげなくてどーするよ!?
「あ、雪菜さーん! オレちょっくら調べものしてくるんで、泥船に乗ったつもりで任せといてください!」
 善は急げと玄関を飛び出すときに、
「あ、あの……!?」
「それを言うなら大船だろ。泥船じゃソッコー沈むよ」
 呼び止めたそうな雪菜さんの声に加え、姉ちゃんの呆れ声も聞こえてきたけど、手掛かりのひとつも掴まずに帰れるかってんだ!
 泥船じゃなく大船だって証明してやるぜ!

 気合十分、浦飯の屋台まで走っていって。
 ラッキーにも、ちょうどぼたんが顔を出す予定になってる日だって言うんで、ラーメン食いながら待っていたら、空から懐かしい気配が降りてきて。
「閻魔帳の写しは本来、案内以外のことに使っちゃいけないんだけどねえ」
 渋るぼたんを拝み倒して、まあ雪菜ちゃんの為だし、お弔いはきちんとすべきだしと納得させて――そこまでは順調だったんだが。


「……生きてることになってるだあ!?」

 思わず、すっとんきょうな声を上げてしまう。
「予定どおりの人生だったならね。石蕗靖さん、だろ――この人で間違い無いかい?」
「あー、そうだそうだ。こんなツラだった!」
 ぼたんが “ツワブキヤスシ” と呼び、着物の袖で大部分を隠しながら見せてくれたページには、念写されたものらしい証明写真サイズの人物画像が載っていた。
 なんで垂金なんぞに雇われてたんだかって感じの、実直そうな男の顔が。
「生きてるって何だよ。雪菜ちゃんの目の前で殺されちまったんだろ? そいつ」
「お釈迦様の先見も、ごく稀に、外れることはあるんだよ」
 この人の記述も訂正しなきゃいけないねえ、と肩をすくめつつ、ぼたんが答えた。
「特に、あんたみたいに、なにしでかすか読めないタイプの未来はね」
 ねじりハチマキ姿で屋台の奥から身を乗り出している浦飯を眺め、しみじみと溜息を吐く。
「事故死したあんたに会いに行ったとき、一年も経たずにまた殺されて魔族として覚醒するだなんて、思ってもみなかったさね」
「……言われてみりゃ、そっか」
 人間の未来が確実に分かるんなら、そもそもコイツに “生き返る為の試練” なんて与えずに、死んだままにしておいただろう。
 そうすりゃ仙水が起こした事件の時に、特防隊の奴等が大騒ぎする必要もなくて、霊界としちゃ楽だった訳だし。
「あとは妖怪に関わったりすると、どうしてもね。人間界と魔界との間に結界が張られていた間は、特に、それは想定外のことだった訳だから――」
「じゃ、こいつは霊界に行ってないってことか?」
「そうなるね。写しの記述と違った死に方をしようが何だろうが、この世に未練さえ無けりゃ、魂は自然と霊界へ辿り着くもんなのさ」
 考えてみりゃ、散々妖怪やら能力者やらと戦ってきたけど、ぼたんの本来の仕事がどんなモンだかって詳しく知らなかったんだよな、オレら。
「未練ってのは人間特有の感情と言っても良くてね。野生動物は生きるか死ぬかの毎日を送ってるし、妖怪の世界も弱肉強食だろ?赤ん坊を残して死んじまった母親なんかは、たまに自縛霊になってたりもするけど……人間がそうなる数に比べりゃ、微々たるもんだよ」
 少し新鮮な気分で、彼女の話を聞く。
「外敵もいなくて、安全な生活環境を作り上げてる、若ければ若いほど明日死ぬかもなんて考えずに生きてる人間の魂は、生物の中でも群を抜いて迷い、怨霊化しやすい――だから霊界も、水先案内人を飛び回らせてるのさ」
「じゃーひょっとして霊界って、人間の魂しか管理してねーの?」
「そうさね。妖怪の寿命はやたらめったら長いし、案内する必要が無いか、無理に連れて行ったら霊界が危ないかの、どっちかだからねー。あんたも次に死んだときゃ素直に霊界に来るんだよ」
 あははと浦飯の頭を小突きながら笑った、ぼたんは、また困り顔に戻って。
「とにかく、そういう訳だから……どこかを彷徨ってるんだろうけど、この人がどこにいるかまでは分からないねえ。水先案内人としては、無事に見つけて送り届けてやりたいもんだけど」
 少し考え込んでから、櫂に乗っかりフワリと舞い上がる。
「留まってる可能性が高いのは、殺されちまった現場の別荘跡、でなきゃ生まれ故郷や、その妹さんのところあたりかね。ちょいと見てくるよ。また明日にでも報告に来るからー」
 そう言い残して手を振りながら、空の向こうへと姿を消した。

 そんでもって翌日の夕方。
 学校帰りに、期待しつつ浦飯の屋台に寄ると、ぼたんの姿もあったけど、
「ダメだ、どこにもいなかったよ」
「まあ別荘にいたんなら、オレも突入したとき気づいたろうしなあ」
 結果は芳しく無かった。三人で顔つき合わせて、どうしたもんかと唸っていると、
 
「よ、ぼたんちゃん。幽助くんも」
 後ろから姉ちゃんの声がして、驚いて振り向けば、
「あれ?」
「静流さん! どうしたんだい?」
 ヒラヒラ手を振りながらこっちに歩いて来た姉貴を見て、浦飯が目を丸くし、ぼたんは嬉しそうに弾んだ声を上げた。
「この間からカズが、うろうろしっぱなしだから、手こずってるんだろうなあと思ってね――どうなってる、人探し?」
「んー。こういう頭使う仕事は、オレの範疇外なんだよなあ」
 ボヤいた浦飯に続いて、
「……ってな訳で、あたしの仕事でもあるし何とかしてやりたいんだけど、行き詰っちまったんだよ」
「ああー、雪菜さんをガッカリさせたくねえよお!」
 ぼたんが訴え、オレも頭を抱えていると、
「んじゃ、警察行こっか」
 コンビニ行こうかみたいな軽い口調で姉ちゃんが手招いた。
「へ?」
「非公式ながら、妖怪絡みの事件を捜査する部署があってね――昔から、たまに父さんが手を貸してるんだけど。そこに、おもしろい能力持ちの子がいるんだって」
 オレには初耳な話をして、ふっと笑う。
「行方不明者の捜索は、あちらさんの仕事でもあるし。事情を話せば協力してもらえると思うよ。アポ取ったから、今からでも雪菜ちゃん連れて行ってみよ?」
「能力持ちって……霊能者ってことかい?」
「話を聞いた限りじゃ “領域” 使いみたいだね。なんでも過去の景色が見えるんだってさ」
「そんならオレ、今回は止めとくわ。屋台もあるし」
 どんなだこんなだと話してる女二人を横目に、浦飯が肩を竦めた。
「昔、散々補導されたからな。なるべく行きたくねー」
 まあ、そうだろうな。
 しっかし警察かあ……オレもあんま、良いイメージ無えんだけど、まあ雪菜さんの望みが叶うんなら拘ってる場合じゃねえよな。



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雪菜ちゃんて垂金に幽閉されてた間のいつ頃、件のお兄さんと心通わせたんだろう? 原作の絵柄を見ると彼は25歳前後に見えたので、ご存命であれば20代後半かなー。名前は捏造しました。妖怪に、佐藤だの田中だの人間の苗字はピンと来ないだろうけど、花の名前なら覚えやすそうなので。