★ ユウウツハルハヤテ (1) ★
「はーっ、まさか螢子が落ちるなんてねえ……私らが第一志望の会社に受かる訳ないって感じだわ」
「ホント、やんなっちゃうよねえ。就職氷河期なんてさ。バブル時代の人たちが羨ましいや」
テーブル席の向かいに座った二人が、そろって溜息を吐いた。
「けど螢子、筆記の方は受かって面接だけだったんでしょ?」
「面接って、面接官との相性あるもんねー。来年は絶対に受かるよ。がんばって!」
「はは、ありがと」
励まされてお礼を言ったものの、正直、かなり落ち込んでいた。
考えてみたら 『不合格』 って、生まれてこの方始めての経験だ。
「ところで先生志望って採用試験に落ちたら、どうするもんなの? 塾講師のバイトとか? それか受験勉強に専念?」
「でも螢子は、筆記の方は突破してるんだしねえ。受験勉強するのもアホらしいよね」
そう、問題はそこだった。
筆記の時点で落ちたなら、教師になるには実力が足りなかったんだと納得して、来年は合格出来るように頑張ろうと割り切れただろう。
だけど結果は、面接を経ての不合格。具体的に何が問題だったのか訊ける相手もいない。なにをすれば良いのかハッキリしない、落ち着かない感じを持て余しながら答える。
「んー、人にもよるだろうけど、講師になって経験積みながら再受験ってパターンが多いんじゃないかな? 私も、そうするつもり」
「こうし? 教師じゃなくて?」
「臨時の先生よ。ほら、中1の時に担任が産休になって、代わりの先生が来たことあったじゃない? あんな感じ」
「あー、なるほど」
あの時の先生も確か、けっこうオジサンだった。十年以上、正教員になれずに試験を受け続けている人もザラだと、教育学部の先輩から聞いたことはあるけれど――とにかく落ちたものは仕方ない、さっさと登録を済ませて気持ちを切り替えよう。ああそうだ、常勤と非常勤、どちらを希望するかも決めておかなきゃ。
「ところで、夏子たちは就職どうするの? 二人とも第一志望、ダメだったんだよね」
「第一どころか第二、第三まで落ちたよ。やんなっちゃう」
「夏子は、まだ良いじゃない。一応は希望の業種でしょ? あたしなんか滑り止めぐらいの気持ちで受けた地元の中小企業からしか、内定もらえなかったんだから」
ストローでアイスティーをぐるぐると掻き回しながら、唇を尖らせる彼女たちと、こうして会うのも久しぶりだった。
高校が別になって、夏子は大学も県外に行って、ますます会う頻度は減って。
「けど就職浪人したって、そこ以上の会社に受かる気しないもん。これが今の自分の実力なんだと思って働くよ。実務経験積めば、転職って手もあるだろうし」
「だねー。それか良い男つかまえて、永久就職?」
「あはは、それ最難関じゃない? 男が草食化したって言われるご時世だしー」
社会人になれば、勤務時間も休日も違ってくる。特に私なんて、土日も部活の引率や、研究会なんて潰れるらしい教職志望。二人が遊ぼうと誘ってくれても、お盆と正月に顔を出せるかどうかって感じになりそうだ。
うつむき加減に、少し寂しいな……なんて考えていると、
「そこ行くと螢子の将来は、安泰だよね!」
唐突に、はしゃいだ声をかけられて。面食らいながら顔を上げれば
「え?」
「来年には教職、受かるだろうし。実家の食堂は、お婿さんが継いでくれるだろうしさ」
「へ?」
「なに今更とぼけてんの。浦飯君よ、浦飯君」
「ラーメン屋さん始めたのって、将来の為の修行なんでしょ?」
さっきまでの不満げな表情はどこへやら。冷やかし笑いを浮かべて、こっちを覗き込んで来ている。
「べ、べつにそんなんじゃないわよ! あいつに勤まるような仕事が自営業しか無かったってだけの話でしょ」
「そうは言うけどさ、最近けっこう評判みたいよ。浦飯君がやってる屋台。美味しいって。大学の先輩が行ったとかで、感想聞いたけど」
「意外よねー、客商売できるなんて」
「愛想笑いなんて、死んでもしなさそうなタイプだったし」
「中学の頃、本気で怖かったもんね。幼馴染だからって平気で話せる螢子が、理解不能だったわ」
幽助が一番荒れていた頃を知ってる二人は、言いたい放題に盛り上がって。
「あー、だけど卒業する頃には、だいぶピリピリした感じしなくなってたかも?」
「うん、確かに」
「怖いの抜きにしたら、実はけっこう顔立ち整ってるんだよね、あの人」
「うんうん」
「どっちに似ても子供は美形かー」
「螢子は先生だから忙しくて家を留守にしがちかもだけど、じじばばとパパが食堂で子供見てられるから安心よねー」
どんどん飛躍されていく話を、慌てて遮る。
「ちょっとちょっと、なんで私があいつと結婚することになってるのよ!」
「え、違うの?」
「じゃ、なんで中学時代から大学まで、彼氏の一人も作らなかったのさ。モテるのに」
「…………」
付き合いの長い二人に、そこを突っ込まれるとぐうの音も出ない。確かに私は彼氏いない暦21年だ。年明けに誕生日を迎えたら、22年。
いっそのことキレイサッパリそういう相手がいないなら、それがどうしたと開き直れるのに。
「ま、結婚式には呼んでよねー」
「あ、ごめん。私そろそろ時間ヤバイ」
ふと腕時計を見た夏子が、そわそわと腰を浮かし。
「じゃあ、お開きにしよっか?」
「……そうね」
答えにくい話題から逃げたくもあったし、軽く頷いて席を立つ。
カフェを出て、また連絡するねと手を振り合って、駅に向かって歩き出す。
二人は、希望どおりにはいかなくても就職先を決めたようだった。リクルートスーツ姿を見るのも今日が最後だろう。
私は――来年また、再挑戦。
空は、こんなに青くてカラリと晴れているのに、人生とは思い通りにいかないものだ。
教師になるという夢も、幽助とのことも。
「……まったくもう」
さっきの夏子たちの言葉を思い返して、苦笑する。
確かにプロポーズはされた。だけどそれは子供の頃から変わらない、仲直りの挨拶代わりみたいなものだ。
好きだとか、付き合おうとか、そういう世間一般的な告白なんてされてない、していない。そんなだから彼氏とか恋人なんて大っぴらに呼ぶにも違和感があって。
死んだり生き返ったりした挙句に、とうとう人間ですらなくなってしまったアイツとの間に、そんな人間社会のセオリーみたいなものを持ち込んだって無意味な気もするし――どこまでも曖昧な関係。
それなのに崩す気は起きず、他に目を向けようとも思えないくらい、見えない何かでガチガチに縛られている心。
宙ぶらりんな気持ちを抱えたまま、まっすぐ家に帰る気にもなれず、なんとなく皿屋敷中学に足を向けた。
教職を目指すにあたって色々と相談に乗ってもらった恩師・竹中先生は、今は異動して忌野中で校長をやっているし。
岩本先生や明石先生も、とっくに皿中を去っていて……教育実習でもお世話になった母校とはいえ、もう、昔の面影は校舎くらいしか無いのだけれど。
もう授業はとっくに終わってる時間帯だから、通路に人影はほとんど無い。その代わり、校庭は部活動生でにぎわっていた。
「マサルー! 走れ走れー!!」
「よっしゃああ!!」
サッカー少年たちがシュートを決めて、ゴール前で抱き合っている姿が目に飛び込んでくる。
(元気だなあ、みんな)
はしゃぐ子たちを見て微笑ましく感じる自分は、確かに、もう子供ではなくなったんだろう。かといって大人になれたかと言えば、ちょっと違う気もするのだけれど。
幽助は数年前まで、ここにいた――私も。
小学校の頃でさえお世辞にも、学校が楽しそうとは言えなかった幼馴染だけれど、それでも自分の他にも親しく言葉を交わす友達くらいいたし。教師たちから目の敵にされる程の問題児じゃなかった。
それが中学にあがった途端、服装や髪型や生活態度を厳しく校則で縛られて。
勉強、勉強と追い立てられるようになって。
そんな世界に反発するように、幽助の素行はどんどん悪くなっていって……なんとかしたくて口うるさく色々怒ってはみたけど、おとなしく私の言うことを聞くようなヤツじゃなくって。
結局、アイツは “戦いの世界” に自分の居場所を見つけて――憑き物が落ちたみたいに笑うようになった。
それでも竹中先生のことは内心、慕っていたみたいだから。
高校に進学して、将来のことを考えたとき、先生という選択肢は自然と浮かんだし他はしっくり来なくて、教育学部を選んだ。
先生たちが皆、竹中先生みたいな人だったら。
幽助だって、あそこまで荒れなかったんじゃないかと思ったから。
だけど……今になって思う。
どんなに親身になってくれる教師がいても、結局は幽助にとって学校という場所そのものが、窮屈な世界だったんじゃないかって。
同じ時間に登校して、同じ制服を着て、同じ授業を受けて。
そういった団体行動が苦にならない人々が、中心となって形作る、今の人間社会。
戦う牙を持たない小鳥なら、鳥カゴに閉じ込められて安心するのかもしれないけれど。
野生の獣を檻に閉じ込めたら、きっと怒って暴れるだろう。ここから出せ、ここかは嫌だと吠え続けて。
学校に馴染めない子たちが、多かれ少なかれ “そう” なんだとしたら、宥めすかし叱り付けて学校という枠に押し込めることに、いったい何の意味があるだろう?
勉強で評価されるのは学生の間だけ。自分のように学問に携わる道を選べばまた別だが、教科書で学んだ知識など、大半の社会人は仕事で使うまい。両親や幽助みたいに飲食業に就いてしまえば、なおさらだ。
必要なのは立ち仕事に耐え得る体力や、どんな客にも笑って対応できる対人スキル、なにより料理の腕。
お勘定さえ出来れば充分なんだもの。数学の知識なんて出る幕が無い――現に、飛び抜けて問題児だった幽助は、予想外に立派にラーメン屋を続けている。だから疑問を抱いてしまう。学校というシステムに。
単純だった志望動機に迷いが生まれたのは、いつ頃からだったろう?
面接では、そこを見抜かれたのか? それとも不良と付き合いがあった、という類の情報が面接官の耳に入っていたのだろうか?
だとしたら、事実だし恥じる気持ちも無い以上、それが気に食わないならどうぞ落としてくださいとしか言えないけど……。
「雪村? 久しぶりね」
物思いに耽っていたところに名前を呼ばれて、一瞬、ここがどこだか分からなくなる。
「え、佐藤先輩!?」
空耳かと困惑しつつ振り返れば、大学の先輩が立っていた。ストレートで教職試験に受かった才色兼備な人で、今年の3月に卒業して。赴任先は、確か――
「あれ? 先輩、累ヶ淵中にいらっしゃるんじゃ……」
「そうよ。来月の練習試合の申し込みを終わらせて、今から帰るとこ。あんたは?」
小首をかしげる仕草に合わせて、キレイな黒髪がサラリと揺れる。そうして私が答えるのを待たず、思い出したように問い重ねた。
「ああ、そっか。この辺が地元だっけ? 確か、ご両親が皿屋敷で食堂やってるって――」
「はい。卒業生です。教育実習も、ここで」
そんな雑談レベルのことを覚えててくれたんだ、と少し嬉しくなりつつ肩を竦める。どうせなら良い報告をしたかったな。
「だけど教職試験、落ちちゃいました。噂で聞いた以上にハードル高いですね」
「まあ、少子化してるうえに財政は厳しい、まだ当分は狭き門でしょうね」
「それに一発合格なさったんでしょう、先輩は? すごいなあ……」
大学時代から落ち着いた物腰の人だったけど、今も新米教師とは思えない堂々とした雰囲気で、学校の景色に溶け込んでいる。
「あの。先輩の志望動機は、なんだったんですか?」
ふと思いついて訊ねる。仕事中であれば呼び止めては迷惑だろうが、今から帰るところだと言うなら、立ち話くらいは問題ないだろう。
「ん?」
目をぱちくりとさせた先輩は、次いでからかうような笑みを浮かべた。
「母校を覗きに来た理由はそれ? 試験に落ちて、原点回帰か」
「はは、そんなところです……」
ふんふんと頷いた彼女は、ふっと目元を緩めて。
「雪村。この後、予定は?」
「いえ、特には……家に帰って、講師登録用の書類でも書こうかと思ってますけど」
「じゃあ、ちょっと気分転換に付き合ってよ。これから友達の、出産祝いの買い物に行くんだ」
にっこり笑いながらも、問答無用の勢いで私の腕を引き、歩き出した。
友人が正教員 (高校のですが) 目指して試験を受け続けていたので、どんだけハードル高いかは外野ながら存じ上げております。螢子ちゃんならストレート合格かなとも思ったけれど、幽助と付き合いがある、縁を切れという岩本の助言 (一応) を聞き流す、頭の固い古株教員たちからは、優秀だが扱い辛い印象を持たれそうな気もしたので、ちょっと挫折してもらうことに。