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■ アスラン脱走 〜オーブの法律 (後編)〜
翌日、暗がりで独り寂しくボーッとしていると、かつかつと複数の足音が響いてきた。
「ハツカネズミを通り越して、とうとうドブネズミか――無様なものだな、アスラン!」
牢獄の扉がばたんと開き、護衛らしき兵士数人を引き連れて、この場に不似合いなほど華々しく現れたのは、
「い、イザークぅ!?」
ザフトで隊を率いているはずの、銀髪おかっぱな友人であった。かぼちゃズボンに白タイツという、絵本の王子様スタイルでふんぞり返っている、
「もう……あなたったら、そんなふうに言わないの。確執はあったかもしれないけれど、二年ぶりの再会でしょう?」
彼の隣には、ストレートロングの金髪を結い上げ、しっとりと淡緑色のドレスを身に包んだカガリが寄り添っていた。
「あああ、あな、かっ!?」
普段の彼女には有り得ない服装。ずいぶん伸びている髪。がさつの 『が』 の字もない言葉遣い。
(あなたって、なんだそれは、あなたって!?)
まとめて問い質そうとしたアスランは、もつれた舌を噛んだ痛さのあまり、涙目でその場にうずくまった。
「ひさしぶりね、アスラン」
「…………な、なんでカガリ、おまえが、イザークと……」
プラントにいるはずの元同僚が何故かここにいる、という謎よりなにより解せないのは、やけに親密そうな二人の雰囲気である。アスランの疑問に、両者はにっこり微笑んで答えた。
「夫婦だからな」
「夫婦だもの」
アスランの思考回路は、呼吸を忘れたことによる酸欠のため、一時停止した。
そのまま、約三十秒。
…………
……………………
………………………………………………ふ
(ふうふーーーーーーー!?)
「な、ど、それはいったい、どーいうことだ、カガリ!?」
相手がユウナ・ロマなら、まだ政略結婚なのだと理解できる。だが何故そこで、よりにもよってイザークが出てくる?
鉄格子にしがみついて訊ねると、彼女はつんと顔を背けた。
「だって、アスランったら頼りないんだもの。ユウナ・ロマなんて問題外だわ。だいたい、あんなふうに女の子を置き去りにしておいて、二年も連絡ひとつくれないで。愛想尽かされない方が不思議だと思うけど?」
「お、置き去り? 二年って」
言われて、よくよく思い返してみると、ダーダネルスでケンカ別れしてからザフトを脱走するまでのことが記憶に甦ってきた。
そうか。キサカが老け、カガリたちが妙に大人っぽく見えたのは、あれから二年の歳月が過ぎていたからなのか? アスランはようやく、昨晩から感じていた違和の正体を理解した。
しかし――だとすると “デスティニー” に撃墜されてから、ここに来るまでの二年間、俺はどこでなにをしていたのだろう? 必死で考え込むアスランに、
「イザークはあなたと違って、決断力も行動力も兼ね備えていて、部下からの信頼も厚いわ。ヤキン・ドゥーエで私を守ってくれたのも、彼だったもの。あれこそが運命の出逢いだったのよねー?」
カガリは、伴侶だという青年の腕に抱きつき、ぴっとりと頬を寄せて言ってのけた。
「ちょっと怒りっぽいけど、いちいち他人に流されたりしないし、浮気の心配もゼロ。理想の旦那さまだわ♪」
「こらこら、止せ。人前だぞ?」
彼女を窘めながら、イザークはまんざらでもなさそうだった。
「――まあ、とにかくそういう訳だ。貴様ごとき、わざわざ裁判に時間をかけるまでもない。オーブ連合首長国刑法第202条に基づき、腹切りの刑だ!」
高らかに宣言した彼の右手には、やはり 『カガリさま親衛隊10の心得』 とピンクの文字で記された手帳があった。
「ハラキリ……」
「うん、ほら。これ使って、ぶすーっと潔くね」
カガリたちの後ろに控えていた裁判官ルックのサイが、さわやか笑顔で刀を差し入れてきた。木製の鞘には 『名刀アカツキ』 と記されている。
「…………冗談」
冷や汗たらたら笑い飛ばそうとする、
「じゃないよ」
ささやかな抵抗は、ゴミ箱に投げられる空き缶のごとく一蹴された。
ちょっとオーブから離れている間に、なにがどうしてこうなってしまったのか。アスランは、事態を飲み込めぬまま打ちひしがれた。
「最後に、なにか言いたいことがあるなら聞いてやらんでもないぞ」
勝ち誇り〜の表情で、イザークはこちらを見下ろした。
「まあ、どこでなにをやっても半端に終わる口先だけのヤツに、主義も主張もなかろうがな!」
死刑宣告されたことによる、走馬灯だろうか。
「ナチュラルとの共存だの、カガリ・ユラ・アスハを守るだの――散々大きな口を叩いておきながら、結局は、また軍に戻って命令どおり敵を撃つだけ。他人から大義名分を与えられなければ動けんような軟弱者、生きていたところで何ひとつ成し遂げられはせんだろう」
侮るようなイザークの口振りは、かつて一対一で対峙し、そして決裂した、父パトリック・ザラとの会話を髣髴とさせた。
「貴様が放り出したものは、俺がまとめて面倒を見てやるから、心置きなく切腹しろ。それとも介錯が必要か?」
「……ちがう……放り出したわけじゃない!」
父の顔を思い出したとたん、貶されるまま呆然としていたアスランの反発心に火がついた。
「なんだ、この期に及んで言い逃れか」
イザークは、呆れ顔で肩をすくめた。
「ならば訊かせてもらおうか? 貴様の復隊に、どれだけの意味があった?」
元来、こういった口論に割り込まずにはいられないタイプであるはずのカガリは、彼にすべてを委ねるように黙っている。
「どこに属していようと、軍人は軍人でしかない。それが嫌なら亡命などせず、戦後すぐにでもラクス・クラインを連れてプラントに戻り、政界の主導権を握るべきだった。パイロットとしての才能を生かしたいなら、この国でムラサメ隊にでも志願していれば良かったのだ」
サイや兵士たちも、静かに事の成り行きを見つめているだけだ。
「ただ単に、オーブで燻っている身が嫌だったから、デュランダルのような青二才の口車に乗せられて、ザフトに戻っただけではないのか?」
イザークの口調は、だんだんと彼らしからぬものに変わっていたのだが、痛いところを突かれて頭に血が上ったアスランは、もはやそれに気づく余裕も無くしていた。
「……ああ、そうだよ!」
アスランは、たまらず喚いた。
「ユウナ・ロマに文句ひとつ言えない、弱い立場が嫌だった! カガリの政務のサポートすら、ろくに出来ない護衛の自分が歯痒かった! あのままオーブで状況に流されているより、プラントに行って―― “力” を振るえる場所に戻って、俺自身の手でなんとかしたかった!!」
イザークに指摘されたことは、議長に疑いを抱き始めてからずっと考えていたものだった。
けれど認めきれず、意識の外に追いやろうとしていたことだった。
「あのときは本当に、議長なら信頼できると……彼が率いるザフトでなら、戦火を止められると思ったんだ……」
結局のところ、それは間違いで。
肝心なときに空回りしていただけ、ということになってしまうんだろうが。
「……俺は、自殺はしない」
うめくように言い返し、アスランはイザークを睨んだ。
「このまま牢に放ったらかされて、餓死しようがどうしようが――自分で、自分の命を絶つような情けない死に方だけはしない」
ずっと手にしていたかったものが、愚かさゆえに掌から零れ落ちて、二度と取り戻せないのだとしても。
「 “生きる方が戦いだ” と、あのとき言ってくれたのは、カガリだったんだからな!」
思いの丈を叫んだ次の瞬間、
「……ふん、だったらさっさと向こうに戻れ。親に逆らってまで選んだ道だろうが」
返ってきた声は、イザークのものではなかった。
「――父上?」
アスランは、あっけに取られて両目をしばたく。
かぼちゃ王子が威張りくさっていたはずのそこには、しかめっ面のパトリック・ザラが、なんの変哲もないスーツ姿で立っていた。
「ほらほら、ぼんやりしてないの。早く帰って、今までのことフォローしてあげないと、ホントに誰かに攫われちゃうわよ、あの子」
「は、母上……!?」
その隣で、茶目っ気たっぷりにウインクして寄こしたのは、記憶のままの母レノア・ザラだった。
「いやー、もうちょっと引っぱりたかったんだけどな。残念!」
「指輪売っちまったって言ったときのコイツの顔、笑えたのなんの。吹き出さないようにするの、大変だったよ?」
「うんうん、からかい甲斐のあるヤツだよな〜」
サイが居た位置にはラスティ・マッケンジーが、護衛兵が並んでいた場所には、ハイネやミゲル、オロールなど、今は亡き戦友たちが勢揃いしている。
「仕方なかろう、そろそろ潮時だ。あまり長くこちらにいては、本当に戻れなくなってしまう」
パトリックが、くいと顎をしゃくると、
「じゃあな、アスラン。当分こっちには来んなよ〜」
「じゃあな、アスラン。当分こっちには来んなよ〜」
ハイネとミゲルがステレオで言い、それぞれ向かいの壁の赤と青のボタンを押した。すると、がっしょんと牢屋の床が抜けた。
彼らとの別れを惜しむ間もなく、アスランは 「わー?」 と叫びながら、奈落の底に落ちていった。
前作最終回あたりで、イザカガにときめいた管理人の趣味が前面に出ています、この話。
まあ要するに、両親にお灸を据えられた、ハツカネズミの自分探しの旅だった、と?